33 / 78
32】急ぎ足で向かった
しおりを挟む
32】急ぎ足で向かった
繁忙期の波を越え、やっと早く帰れる時期になった。そして今日は金曜日。
リュックに財布類の他に、そっと着替え何かを準備して出社していた俺。おかげで、いつもよりもリュックの膨らみが大きい。その理由は……まぁ、今日は約束していた日だから。チラリとパソコン画面の端に表示される時間を確認。終了間際の滑り込み電話もなく、今日は俺が一番に留守番へ切り替えるボタンを押した。
(よし!)
そのまま席を立ち、荷物をまとめで早々に出口へ。足取りも軽く、俺は仕事を終えて会社を後にした。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れ様~」
「お伝え様です」
気持ちは足取りと同じように軽い。繁忙期から解放された、俺は自由だ! の気持ちと中村さんのお店に行ける! という二重の気持ちだった。電車に乗っている最中、中村さんにメッセージを送っておいた。
(本当に浮かれているな、俺)
自身の浮かれ具合に、ふと電車のドアに映った自分の顔を見る。俺と中村さんは、変な関係じゃないんだからと、気を引き締める顔を作って自分に気をつけろと叱咤した。それから間もなく降りる駅に着く。朝よりも少ない電車はスムーズで、俺は改札口を過ぎ。まっすぐに中村さんのお店へと向かった。
(あのメッセージを送ってから、中村さんに会うのは初めてだな)
あのメッセージ。何か話したいという思いと、偶然見かけて試してみたいと思ったお店の商品と。だが、それを試してみたいだなんて自分から言い出すのは気が引けた。というか、恥ずかしい。中村さんから聞いてきてくれ……! と他力本願なことを思っている中村さんが、「希望があれば」と聞いてくれたのが数日前。
そう! 俺は! その言葉に甘えてしまったのだ!!
しかも、少し時間を置いて返信するという巧妙さで。試したいと思った手袋型のものを伝えたら、短く「分かった。大丈夫だよ」と返信があった。試している最中はSなのに、こういう時は本当に優しい。恥ずかしさはあるが、期待の方が大きくなるばかり。見えてきたお店の佇まいに、俺は静かに扉を開けた。
「こんばんは……」
今日違ったことといえば、隠れるように入るわけでもなく。小さく挨拶をしながら入ったこと。
「こんばんは、伊織君」
またニコリと中村さんが現れ、嬉しそうに笑っていた。
「久しぶりに、伊織君に会えて嬉しいな」
「俺なんかに、大袈裟ですよ」
「そんなことないよ。俺、伊織君から連絡貰えて、凄く嬉しかったんだから」
「俺も会えて嬉しいです」
「よし、じゃあ時間も惜しいし。またレビューお願いしても良いかな?」
急に声色と表情が変わった中村さん。ドキンとしながら、俺は小さく首を縦に振った。
「じゃあ、伊織君。先に部屋に行って待ってて。俺、戸締りしてくるから」
「分かりました」
(何だか、厭らしいことだけするためにお店に来てるみたいだ)
そう思うと、ドキドキとしていた胸のどこからチクリとした。
(うん?)
やっぱり変だなと思いながら、先に部屋に入る。慣れたもので、先に準備されていたスリッパに履き替え。それから先にスーツの上着なんかをハンガーを拝借して掛けた。リュック類は下に置いて、準備は万端。一度見られているからいいかと、ズボンも脱いで。汚れても構わない状態になって、一人で中村さんを待った。
ドキドキドキ。
「伊織君、入るよ」
「あ、はい」
一応声掛けをして、中村さんが部屋の中に入って来る。「おや」という表情で、俺の隣に座り。
「そんなに積極的だと、俺。ドキドキしちゃうよ」
ははっ、と照れくさそうに言うものだから、ぐぅっ……! と言葉に詰まる。
「いや、その。スーツとか汚れちゃうのもなって思って。今日着替えとかも持って来てるんで……」
「そうなんだ。じゃあ……さっそく試して貰っても良いってこと?」
始めるよ? と知らせるように、中村さんが俺の耳元で囁いた。こうされるのに弱い。敏感な耳元で、意味ありげに中村さんが囁けば、俺の身体はすぐに反応して力が抜けてしまう。
「……はい……っ、お願いします……」
また静かながら、確実に煩く俺の心臓はドキドキと鳴った。
******
繁忙期の波を越え、やっと早く帰れる時期になった。そして今日は金曜日。
リュックに財布類の他に、そっと着替え何かを準備して出社していた俺。おかげで、いつもよりもリュックの膨らみが大きい。その理由は……まぁ、今日は約束していた日だから。チラリとパソコン画面の端に表示される時間を確認。終了間際の滑り込み電話もなく、今日は俺が一番に留守番へ切り替えるボタンを押した。
(よし!)
そのまま席を立ち、荷物をまとめで早々に出口へ。足取りも軽く、俺は仕事を終えて会社を後にした。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れ様~」
「お伝え様です」
気持ちは足取りと同じように軽い。繁忙期から解放された、俺は自由だ! の気持ちと中村さんのお店に行ける! という二重の気持ちだった。電車に乗っている最中、中村さんにメッセージを送っておいた。
(本当に浮かれているな、俺)
自身の浮かれ具合に、ふと電車のドアに映った自分の顔を見る。俺と中村さんは、変な関係じゃないんだからと、気を引き締める顔を作って自分に気をつけろと叱咤した。それから間もなく降りる駅に着く。朝よりも少ない電車はスムーズで、俺は改札口を過ぎ。まっすぐに中村さんのお店へと向かった。
(あのメッセージを送ってから、中村さんに会うのは初めてだな)
あのメッセージ。何か話したいという思いと、偶然見かけて試してみたいと思ったお店の商品と。だが、それを試してみたいだなんて自分から言い出すのは気が引けた。というか、恥ずかしい。中村さんから聞いてきてくれ……! と他力本願なことを思っている中村さんが、「希望があれば」と聞いてくれたのが数日前。
そう! 俺は! その言葉に甘えてしまったのだ!!
しかも、少し時間を置いて返信するという巧妙さで。試したいと思った手袋型のものを伝えたら、短く「分かった。大丈夫だよ」と返信があった。試している最中はSなのに、こういう時は本当に優しい。恥ずかしさはあるが、期待の方が大きくなるばかり。見えてきたお店の佇まいに、俺は静かに扉を開けた。
「こんばんは……」
今日違ったことといえば、隠れるように入るわけでもなく。小さく挨拶をしながら入ったこと。
「こんばんは、伊織君」
またニコリと中村さんが現れ、嬉しそうに笑っていた。
「久しぶりに、伊織君に会えて嬉しいな」
「俺なんかに、大袈裟ですよ」
「そんなことないよ。俺、伊織君から連絡貰えて、凄く嬉しかったんだから」
「俺も会えて嬉しいです」
「よし、じゃあ時間も惜しいし。またレビューお願いしても良いかな?」
急に声色と表情が変わった中村さん。ドキンとしながら、俺は小さく首を縦に振った。
「じゃあ、伊織君。先に部屋に行って待ってて。俺、戸締りしてくるから」
「分かりました」
(何だか、厭らしいことだけするためにお店に来てるみたいだ)
そう思うと、ドキドキとしていた胸のどこからチクリとした。
(うん?)
やっぱり変だなと思いながら、先に部屋に入る。慣れたもので、先に準備されていたスリッパに履き替え。それから先にスーツの上着なんかをハンガーを拝借して掛けた。リュック類は下に置いて、準備は万端。一度見られているからいいかと、ズボンも脱いで。汚れても構わない状態になって、一人で中村さんを待った。
ドキドキドキ。
「伊織君、入るよ」
「あ、はい」
一応声掛けをして、中村さんが部屋の中に入って来る。「おや」という表情で、俺の隣に座り。
「そんなに積極的だと、俺。ドキドキしちゃうよ」
ははっ、と照れくさそうに言うものだから、ぐぅっ……! と言葉に詰まる。
「いや、その。スーツとか汚れちゃうのもなって思って。今日着替えとかも持って来てるんで……」
「そうなんだ。じゃあ……さっそく試して貰っても良いってこと?」
始めるよ? と知らせるように、中村さんが俺の耳元で囁いた。こうされるのに弱い。敏感な耳元で、意味ありげに中村さんが囁けば、俺の身体はすぐに反応して力が抜けてしまう。
「……はい……っ、お願いします……」
また静かながら、確実に煩く俺の心臓はドキドキと鳴った。
******
3
あなたにおすすめの小説
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる