【完結・BL】マンネリ化を解消したかっただけなのに!【店員×社〇人】

彩華

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32】急ぎ足で向かった

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32】急ぎ足で向かった

 繁忙期の波を越え、やっと早く帰れる時期になった。そして今日は金曜日。
リュックに財布類の他に、そっと着替え何かを準備して出社していた俺。おかげで、いつもよりもリュックの膨らみが大きい。その理由は……まぁ、今日は約束していた日だから。チラリとパソコン画面の端に表示される時間を確認。終了間際の滑り込み電話もなく、今日は俺が一番に留守番へ切り替えるボタンを押した。

(よし!)

そのまま席を立ち、荷物をまとめで早々に出口へ。足取りも軽く、俺は仕事を終えて会社を後にした。

「お疲れ様です。お先に失礼します」

「お疲れ様~」
「お伝え様です」

気持ちは足取りと同じように軽い。繁忙期から解放された、俺は自由だ! の気持ちと中村さんのお店に行ける! という二重の気持ちだった。電車に乗っている最中、中村さんにメッセージを送っておいた。

(本当に浮かれているな、俺)

自身の浮かれ具合に、ふと電車のドアに映った自分の顔を見る。俺と中村さんは、変な関係じゃないんだからと、気を引き締める顔を作って自分に気をつけろと叱咤した。それから間もなく降りる駅に着く。朝よりも少ない電車はスムーズで、俺は改札口を過ぎ。まっすぐに中村さんのお店へと向かった。

(あのメッセージを送ってから、中村さんに会うのは初めてだな)

あのメッセージ。何か話したいという思いと、偶然見かけて試してみたいと思ったお店の商品と。だが、それを試してみたいだなんて自分から言い出すのは気が引けた。というか、恥ずかしい。中村さんから聞いてきてくれ……! と他力本願なことを思っている中村さんが、「希望があれば」と聞いてくれたのが数日前。

そう! 俺は! その言葉に甘えてしまったのだ!!
しかも、少し時間を置いて返信するという巧妙さで。試したいと思った手袋型のものを伝えたら、短く「分かった。大丈夫だよ」と返信があった。試している最中はSなのに、こういう時は本当に優しい。恥ずかしさはあるが、期待の方が大きくなるばかり。見えてきたお店の佇まいに、俺は静かに扉を開けた。

「こんばんは……」

今日違ったことといえば、隠れるように入るわけでもなく。小さく挨拶をしながら入ったこと。

「こんばんは、伊織君」

またニコリと中村さんが現れ、嬉しそうに笑っていた。
「久しぶりに、伊織君に会えて嬉しいな」

「俺なんかに、大袈裟ですよ」

「そんなことないよ。俺、伊織君から連絡貰えて、凄く嬉しかったんだから」

「俺も会えて嬉しいです」

「よし、じゃあ時間も惜しいし。またレビューお願いしても良いかな?」

急に声色と表情が変わった中村さん。ドキンとしながら、俺は小さく首を縦に振った。

「じゃあ、伊織君。先に部屋に行って待ってて。俺、戸締りしてくるから」

「分かりました」

(何だか、厭らしいことだけするためにお店に来てるみたいだ)

そう思うと、ドキドキとしていた胸のどこからチクリとした。

(うん?)

やっぱり変だなと思いながら、先に部屋に入る。慣れたもので、先に準備されていたスリッパに履き替え。それから先にスーツの上着なんかをハンガーを拝借して掛けた。リュック類は下に置いて、準備は万端。一度見られているからいいかと、ズボンも脱いで。汚れても構わない状態になって、一人で中村さんを待った。

ドキドキドキ。

「伊織君、入るよ」

「あ、はい」

一応声掛けをして、中村さんが部屋の中に入って来る。「おや」という表情で、俺の隣に座り。

「そんなに積極的だと、俺。ドキドキしちゃうよ」

ははっ、と照れくさそうに言うものだから、ぐぅっ……! と言葉に詰まる。

「いや、その。スーツとか汚れちゃうのもなって思って。今日着替えとかも持って来てるんで……」

「そうなんだ。じゃあ……さっそく試して貰っても良いってこと?」

始めるよ? と知らせるように、中村さんが俺の耳元で囁いた。こうされるのに弱い。敏感な耳元で、意味ありげに中村さんが囁けば、俺の身体はすぐに反応して力が抜けてしまう。

「……はい……っ、お願いします……」

また静かながら、確実に煩く俺の心臓はドキドキと鳴った。

******
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