上 下
36 / 41

■連れて来られたものの■

しおりを挟む
■連れて来られたものの■

「……」

ドン! と身構えるように目の前にあるのは、ありふれたマンションのドア。俺の家のドアじゃない。この部屋の家主は、俺の隣に立っている人物────加藤先輩。
あのまま俺は先輩から逃げることが出来ず、ズルズルと先輩の家について来た。(正しくは、連れて来られた)
当然ながら、先輩がドアノブに鍵を押し込んで、ギィッ……とドアが開いた。

「ただいま」

「……」

「水野、いらっしゃい。遠慮せず上がってくれ」

「お邪魔します……」

(先輩。誰もいないのに、ちゃんと「ただいま」って言うんだ)

そんなことを思ったのは、多分自分の緊張を和らげたいから。パチパチと部屋の電気がついてゆき、案内されたのはリビング。俺よりも少し部屋が広いくらいで、部屋数は大して変わらないように見える。

「これが給料の差かぁ……」

「そこか?」

今の部屋でも十分満足しているが、広い部屋はやっぱり良い。というか、何だか置いているものもお洒落で迂闊に座ることも躊躇する。

「立ったままも、きついだろ? 適当に上着を脱いで座れよ」

「良いんですか?」

「ああ」

座れと言われて、恐る恐るソファーの上に腰を下ろした。

「くつろいでいろ」

家主である加藤先輩にそういわれながら、背後でカチャカチャと食器を扱う音がする。俺は今、先輩にとってお客さんなんだと思えば、部屋に上がっていることと、お客さんなんだと理解して少しだけ畏まった。座っている足をくっつけて座るのは、卒業式以来だろうか。

「卒業式……」

いけない。ついうっかり、先輩の卒業式を思い出してしまった。あの日も、フラれた日と同じくらい泣いたっけ。

「水野、ミルクティーで良かったか?」

「わっ……!? 有難うございます」

一人で数秒感傷に浸っていれば、ヌッと隣から加藤先輩が現れた。上着を脱いでシャツかと思えば、ラフなスウェットに着替えている。何だか新鮮だ。食器の音がしている最中、一旦静かになったと思ったのはコレかと思いながら、湯気の立つマグカップを受け取った。コーヒーじゃなくて、ミルクティーなのが何だか先輩らしい。
数回フーッと息を吹きかけ、冷ます。もう良いかと一口飲めば、ビールの後に胃に優しくてホッとした。

「美味しい」

「メーカーのインスタントは裏切らないな」

うんうんと頷きながら、先輩が俺の隣に座る。流石に男二人がソファーに座るには狭く感じつつ暫しの沈黙。

(今さらながら、緊張してきた……。ヤバイ。俺今、先輩の部屋にいるんだ。先輩の家に来るの初めてだ)

ドッドッドッドッドッ。

(ドキンとかじゃないのかよ~! めちゃくちゃ俺緊張してるじゃん!)

漫画なんかであるドキン(キュン)なんて甘いのを想像したが、現実は違う。平静を装いながら、全然可愛くない音が鳴っている。

「……」

「…………」

「…………水野、こんな時に何なんだけどさ」

「はい」

「俺、やっぱり水野が好きだよ」

■連れて来られたものの■

******
どうしようか軽く詰んでます
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,827pt お気に入り:2,423

尾張名古屋の夢をみる

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:6

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,963pt お気に入り:5,668

職業選択の自由なんてありません

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,812pt お気に入り:6

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:965pt お気に入り:1,554

どうしようもない幼馴染が可愛いお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:646pt お気に入り:65

愛との訣別

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:220pt お気に入り:0

科学部部長の野望と阻止するM子

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:640pt お気に入り:3

花嫁に憧れて〜王宮御用達の指〜

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:17

処理中です...