華と毒薬

アザミユメコ

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第二章 乱れ桜に幕が下りる

二十七 掟

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「オージさん……!?」

 長屋の入り口で拳銃を構えて立っていたのは桜蒔おうじだった。
 後方には、おそらく見張り役で連れてこられたのであろう志千しちの姿もある。

 まさか、まさか来てくれるとは思っていなかった。
 やられっぱなしで引くような性格でもないが、助けてくれるとしても別の手段を取ると予想していたのだ。
 金とか司法とか、大人の知恵を使った立ち回りのほうが得意なはず。
 だからきっとすぐには解放されない、どこまで体がもつだろうかと考えていたのに。
 
 それが、どう見ても正面突破である。
 どこで手に入れたのか、帝国軍式の銃まで持っている。

 のぎはゆらりと立ちあがって、戸をほうに顔を向けた。

「オッサン、なんで来た? そのひ弱さで乗り込んでくるなんざ、よほど命知らずか、思っていたより阿呆なのか?」

 まさか撃つはずはないと踏んでいるのか、余裕の態度だ。
 
 桜蒔は変人に見えて常識人──と見せかけて、自身の信念にはとても正直で、貫くためなら平気でぶっ飛んだ行動をする。
 芒に向けた銃口が脅しなのか本気なのか、小幕にも判断できない。

「阿呆ではあるな。なんでって、おどれにわしのもんを触られるんがイラつくけえ、取り返しに来た。そんだけじゃボケが」
「えっ──」

 体の痛みやぼやけた頭もすっかり忘れ、小幕は慌てて上半身を起こした。

「それって、ヤキモチですか!? オージさんが!? 僕に!?」
「嬉しそうにすんな! 緊張感ないのう……。活動写真なら、ここが最高潮の救出劇じゃ。もっと囚われの姫様らしい悲壮感を出してくれや」
「じゃあ、オージさんが王子様ですね! オージさんだけに」

 芒は舌打ちして、桜蒔を睨みつける。

「どうせただの脅しだろ」
「まあ、積極的に当てる気はない。クソ親父と同じ釜の飯なんか食いたくないけえの」
「なんだ、やっぱり──」
「じゃけえ威嚇射撃のつもりで撃つけど、ちゃんとした撃ち方なんか知らんし、いっさい制御できんからな。暴発しても知らんぞ」

 それを聞いて、戸の前に控えていた志千が焦った口調で言った。

「や、暴発したら小幕にも当たるだろ!」
「そんときゃすまんな」
「はーい♡ オージさんになら殺されてもいいでーす」 
「なんだそりゃ……」

 弁士の青年は、まったく理解できないといったふうに目を白黒させているが──

「小幕、わしんとこ来い!!」
「は、はいっ!!」

 差し伸べられた右手に向かって、立ちあがって飛びついた。
 銃に気を取られていた芒が、小幕が移動したのに気づいてこめかみに青筋を立てる。

 だが、そんなことはどうでもいい。
 桜蒔と初めて通じ合っているような感覚が小幕には心地よかった。
 百夜ももやや志千に助言されてとおり、本当にたった一言でよかったのかもしれない。

 自分のところへ来いと、ただその言葉だけを信じればいい。
 いろんな疑念や、過去や、劣等感がぐるぐると渦巻き続けていたけれど。
 ようやくこれまでのすれ違いや、伝わっていなかった想いがするすると紐づいていく。

 求められるって、すごい。
 ここにいていい。ここにいたい。
 繋がった手をもう離したくない。

 背後に回って抱きつき、首の横に顔を埋める。
 
「オージさん、好き!」
「わかった、わかったけえ、今はちょっと邪魔!」
「ひどっ!」
 
 いまだ銃口は向けられたままで、芒は動けないでいた。

「いまいち深刻な空気にならねえけど、どっちも生き生きしてきたなぁ」

 と、志千が呆れて笑う。
 人質をも奪われて無防備な状態になってしまった芒は、なお語気を弱めずに凄んだ。

「……それで、こっからどうするつもりだ。撃ちゃおめぇは牢屋行きか、うちの組に報復される。撃たなけりゃこれまでとなんも変わんねえぞ。こまはうちの商品だ。この浅草にいる限り、死ぬまでな」
「じゃあ今後はつきまとえんように、片脚くらい撃っとくか。うまいこと当たるか知らんけど。不愉快なもん見せつけてくれたお返しじゃ」

 軽くそう言って、桜蒔は躊躇ためらいもなく芒の脚に狙いを定めた。

 口調に反して、頭に血がのぼっている。
 見せかけほど冷静じゃないようだ。
 そういえば、普段は閉じているような細目が今日はずっと開いている。

 自分のために我を忘れている姿を見るのは正直嬉しくもあるのだが、撃たせるわけにはいかない。

「オージさん、待って」

 小幕は後ろから抱きしめる腕に力を入れて止めた。

「なんじゃ、情けをかけたいか? いちおう幼馴染じゃしのー」
「いーえ。後腐れなく別れたいので、僕たち・・・のやり方でけりをつけさせてくれませんか?」

 桜蒔に銃をおろさせ、芒と相対する。

「芒……いいよな? 抜けるときのケジメだ」
「こまぁ、本気で俺に勝てる気でいんのかよ。おめぇが負けたら、一生自由はねェぞ」
「上等だよ」

 浮浪児たちの掟。
 仲間を抜けるときは、ボスと一対一の殴り合いタイマンで勝たなければならない。

 ふたりは長屋を出て、一番近くの通りで対峙することになった。


 ***


 見世物を察知した群衆が集まってきた。

 あばら家が密集したこの町内の住人が、全員野次馬と化したのではないかと思うような騒がしさだ。

「相手の子、まさか女の子?」
「あの着物は男娼でしょ。でも体格差がありすぎて可哀想だね」

 心配するふうなやり取りも聞こえてくるが、この土地では喧嘩や揉め事など日常茶飯事だ。
 すぐにはやし立てる声のほうが大きくなる。

 小道の両端を老人や男たちが埋め、銘酒屋の格子越しに酌婦たちが見物している。
 桜蒔と志千も、少し離れた場所で立ってこちらを見守っていた。

 人々の間隙を縫って、黒い頭巾を被った青年がひょっこりと現れた。

「……これは、いったいなにが起こっている? 予想外の騒ぎになっているな」
「百夜!? 危ねえから俺らのほうには来ちゃだめって言ったじゃん」

 志千の恋人である百夜だ。あたりを見渡しながら、首をかしげていた。
 どこからもらってきたのか、ビール瓶を逆さまに持っていた。いざというときの武器のつもりだったらしい。

「んー、なんか、決闘?」
「そうか。わかりやすくていい」

 二文字であっさり納得して、頷いている。

「おれの仕事はもう終わった」
「え? 早くね?」
「蝶子との合流まで間があったから、自力でもひとりくらいには訊いておこうと、手近な娼婦にどうにか話しかけたんだ」
「そりゃ頑張ったな」
「そうしたら、あれよあれよと女たちがよその店からも集まってきて、まとめて尋ねることができた」
「顔面の力すげー」

 百夜は一瞬、ちらっと小幕を見た。

「思い当たるという人物がいたぞ。事実かどうか、話をすり合わせてみないとわからないが」

 やり取りの意味は不明だが、今は目の前の敵だ。
 さきほどまで余裕を失くしていたはずの芒は、小幕に負けるはずがないと踏んでいるらしい。
 自信ありげに首を回して、関節を鳴らしている。

 小幕の体はすでにぼろぼろだった。
 薬を吸わされて、自分よりひとまわり体格のいい男に何時間も犯されていたのだ。
 摂取からある程度時間が経過したのと、桜蒔の登場のおかげでだいぶ思考は明瞭になってきたが、もやのかかった浮遊状態が続いている。

 だが、勝機はあった。
 芒は小幕をいたぶるわりに、本気の力では殴れない。
 あくまで支配するために暴力をふるうのであって、そのやり方しか知らないだけなのだ。

 ──こいつ、僕のことけっこう好きだからなぁ。顔も狙わないだろうし。

 可哀想だから、そろそろフッてやるか。
 そんな台詞がよぎって、笑いさえ漏れそうになる。

 我ながら現金な話だ。あんなに弱気になっていたのに、桜蒔のたったひとつの言葉だけで無敵になった気分だった。

 ちょうどふたりのあいだに位置する小脇に立った桜蒔が、軍配を構える振りをした。

「はい、東方~、芒~。西方~、小幕~」
「なんで桜蒔先生が行司やってんだよ。もうちょっと心配しろよ」
「わしゃ、おどれみたいな過保護じゃないけん。『Spare the rod and spoil the child』ってな」
「なんてぇ?」
「先生が念仏をとなえている。小幕、死ぬのか?」

 志千の背に寄り添うみたいにくっついている百夜が悲しそうに言うので、横から口を挟まずにはいられなかった。

「死にませんけどー?」
「異国のことわざじゃ。『かわいい子には旅をさせよ』。阿呆の子らはさがっとけ」

 まったく、真剣勝負の真横で騒がしいにもほどがある。

「では、オージさんのかわいい子、いきまーす!」

 はっけよい、の掛け声とともに両者が動く。
 一発目、どこを狙ってくるかはだいたい予想ができていた。客を取るのに支障がなくて、一発で黙らせられる場所。

 わざわざいつもと違うやり方はしてこないだろう。
 小幕は今まで一度も芒に殴り返したことがないのだから、負けるはずがないと油断している。

 思ったとおり、鳩尾みぞおちに向かって斜め下から拳が飛んできた。
 容易たやすく膝蹴りで止め、信じられないといった表情に歪んだ芒の眉間を、正面から思いっきり殴打する。

「ごめんな、芒。もうガキの頃の恩には報いただろ。これ以上、てめぇと同じ地獄にいてやる義理はねぇな」

 よろめいて前のめりになった好機に、振袖の裾から素足がさらけだされるのも構わず、太い首筋に向けて踵から回し蹴りを落とした。

 芒は顔から地面に沈み──

「勝負あった!」

 桜蒔の掛け声とともに小幕は片手をあげた。
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