21 / 73
第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥
第二話 生き別れの母娘㈡
しおりを挟む
「娘の名は菖蒲といいます。年齢は年明けて十六になったはずですわ」
新橋花街で待合茶屋を営んでいるという女性──竜子の言葉遣いは丁寧で、澄んだ声もよく通る。さすがは元芸者だ。
ただ、どことなく上辺だけの愛想に感じるのは、客商売をやっている者の常だろうか。
さきほどはハンケチを噛みしめんばかりにこちらを睨みつけていたが、今はすっかり落ち着いていた。まるで見間違いだったかのような変貌である。
しかし、先客をそっちのけにしてしまった小弟らに非があったのだ。
あらためて佇まいを正し、相談をしっかりと聞く姿勢を整えた。
「母と娘、二人きりでどうにか暮らしておりましたが、娘が尋常小学校を卒業してすぐに離れ離れになってしまい……。それから三年、一度も会っておりません」
まだ女学生のような年頃の娘が、母と生き別れとは気の毒な話だ。
小弟にも同じ年頃の妹がいる。最近は大人びた口を利くようになったとはいえ、家族から見ればまだまだ子どもだ。
妹と重ねて、反射的に同情の念が湧きおこった。
「警察で捜してあげればいいのに。職務怠慢じゃないのかね」
机に肘をつき、兎田谷先生がからかい口調で言う。
鶯出巡査はそう返されるのをわかっていたかのように、すぐさま首を横に振った。
「うちじゃ時間も人手も充分に割けない。せっかく相談にいらしたのに申し訳が立たなくてね。だから先生に頼みたいんだよ」
「ってことは、緊急性も事件性もないわけだ。なにも連れ去られたわけじゃないんだろう? 生き別れになった理由は?」
竜子は神妙に頷き、身の上を告白しはじめた。
「わたくし自身、小学校も碌に卒業しないうちから新橋花柳界で生きてまいりました。芸者としてそれなりの評判は得ましたが、花の命は短いものです。引退したあとも面倒を見てくださる相手はいたものの、なにしろ妾でしたから戸籍上に夫は存在しません。上の学校にやる余裕はありませんので、尋常科まで出したあとはすぐ奉公にやりました。娘もたった三年季だと笑っており、嫌がってはいなかったのですが……」
すでに相談内容を知っているであろう巡査も、真剣な表情で彼女に相槌を打っていた。
「離れて暮らしてからも、娘は時折手紙を送ってくれました。時節の挨拶だったり、わたくしの暮らしぶりや体調を気遣ってくれたり、取るに足りない内容ばかりです。ただ、三ヶ月前に届いた手紙に気にかかる内容があって……昨年の十二月で年季は終わる予定でしたのに、結局戻らずじまいなのです」
震えた声が途切れがちに小さくなっていった。
「年季の約束もなんだかんだ延ばされることが多いみたいだからね。奉公先には?」
「こちらから連絡はできません。手紙の郵便日附印を確認したところ、娘は短い期間で居場所を転々としているようなのです」
「ふーむ。そのまま所在知れずになったってことか」
たしかにこの事情では、警察が積極的に動くのは難しいかもしれない。
事件ではなく、母親が承知して家から出している。最後に会ってから三年の月日が経過していて手がかりも少ない。
「届出は受け付けるし、事件に巻き込まれた記録がないか調べてやるくらいはできるがね……。竜子さんも、わかるだろ。この先生に頼んだほうが手っ取り早いぜ」
巡査は兎田谷先生に向かって「頼むよ」と手を合わせ、懇願した。
「なるほどねえ。巡査が俺に押しつけ……頼もうとした理由はわかったよ。まあ、うちじゃよくある相談ってやつだからね」
兎田谷文豪探偵事務所でも、人捜しはめずらしい依頼ではない。
失踪、家出、駆け落ちなど、警察が本腰を入れたがらない事情を持つ家族からの相談は多い。そんなときこそ探偵の出番なのだ。
足を使っての聞き込みが主な調査方法となるため、先生が好むような派手な事件ではないが、日頃の運動不足解消にはちょうどいいかもしれない。
竜子は兎田谷先生をしばらく胡乱な目つきで見つめていたが、鶯出巡査の言葉に納得したらしい。最終的に依頼を承諾した。
「手付金は報酬の三割ね。残りは成功してからで構わない。交通費などの調査にかかる必要経費は別途で、これも後払い。分割にも応じるよ」
懐からだした算盤を素早く叩いて突きだす。
相手が裕福そうな装いだからか、あきらかに通常価格より掛け値をしている気がするが──
「一括でお支払いできますから、お気遣いなく」
帯から天鵞絨の布財布を取り出し、言い値の金額を机に置いた。
「まいどあり! では、さっそく取りかかろうじゃないか。手紙だとか、娘さんの手がかりとなるものを用意してくれ給え──」
「探偵さん」
満面の笑みで手付金を受け取った先生の手首が、突然がっちりと掴まれた。
「絶対に捜しだして。一刻も早く。わたくしはどうしても……あの子を見つけなけりゃならないの」
「……!!」
場の空気が凍りつく。
上目遣いに睨みつける女人の形相は、ほとんど鬼気迫るようであった。
先生が気圧されて茫然としているのに気づいたのか、竜子ははっとして手を離した。お面が反転するかのように、すぐにたおやかな婦人の顔に戻った。
「まあ、失礼……。娘のことを思うあまり、力がこもってしまいました。手がかりでしたら、さっき巡査さんにもお見せしていましたから写真と手紙を持っておりますわ」
竜子は何事もなかったように微笑みを浮かべながら、一枚の写真と九枚の絵葉書を差しだした。
新橋花街で待合茶屋を営んでいるという女性──竜子の言葉遣いは丁寧で、澄んだ声もよく通る。さすがは元芸者だ。
ただ、どことなく上辺だけの愛想に感じるのは、客商売をやっている者の常だろうか。
さきほどはハンケチを噛みしめんばかりにこちらを睨みつけていたが、今はすっかり落ち着いていた。まるで見間違いだったかのような変貌である。
しかし、先客をそっちのけにしてしまった小弟らに非があったのだ。
あらためて佇まいを正し、相談をしっかりと聞く姿勢を整えた。
「母と娘、二人きりでどうにか暮らしておりましたが、娘が尋常小学校を卒業してすぐに離れ離れになってしまい……。それから三年、一度も会っておりません」
まだ女学生のような年頃の娘が、母と生き別れとは気の毒な話だ。
小弟にも同じ年頃の妹がいる。最近は大人びた口を利くようになったとはいえ、家族から見ればまだまだ子どもだ。
妹と重ねて、反射的に同情の念が湧きおこった。
「警察で捜してあげればいいのに。職務怠慢じゃないのかね」
机に肘をつき、兎田谷先生がからかい口調で言う。
鶯出巡査はそう返されるのをわかっていたかのように、すぐさま首を横に振った。
「うちじゃ時間も人手も充分に割けない。せっかく相談にいらしたのに申し訳が立たなくてね。だから先生に頼みたいんだよ」
「ってことは、緊急性も事件性もないわけだ。なにも連れ去られたわけじゃないんだろう? 生き別れになった理由は?」
竜子は神妙に頷き、身の上を告白しはじめた。
「わたくし自身、小学校も碌に卒業しないうちから新橋花柳界で生きてまいりました。芸者としてそれなりの評判は得ましたが、花の命は短いものです。引退したあとも面倒を見てくださる相手はいたものの、なにしろ妾でしたから戸籍上に夫は存在しません。上の学校にやる余裕はありませんので、尋常科まで出したあとはすぐ奉公にやりました。娘もたった三年季だと笑っており、嫌がってはいなかったのですが……」
すでに相談内容を知っているであろう巡査も、真剣な表情で彼女に相槌を打っていた。
「離れて暮らしてからも、娘は時折手紙を送ってくれました。時節の挨拶だったり、わたくしの暮らしぶりや体調を気遣ってくれたり、取るに足りない内容ばかりです。ただ、三ヶ月前に届いた手紙に気にかかる内容があって……昨年の十二月で年季は終わる予定でしたのに、結局戻らずじまいなのです」
震えた声が途切れがちに小さくなっていった。
「年季の約束もなんだかんだ延ばされることが多いみたいだからね。奉公先には?」
「こちらから連絡はできません。手紙の郵便日附印を確認したところ、娘は短い期間で居場所を転々としているようなのです」
「ふーむ。そのまま所在知れずになったってことか」
たしかにこの事情では、警察が積極的に動くのは難しいかもしれない。
事件ではなく、母親が承知して家から出している。最後に会ってから三年の月日が経過していて手がかりも少ない。
「届出は受け付けるし、事件に巻き込まれた記録がないか調べてやるくらいはできるがね……。竜子さんも、わかるだろ。この先生に頼んだほうが手っ取り早いぜ」
巡査は兎田谷先生に向かって「頼むよ」と手を合わせ、懇願した。
「なるほどねえ。巡査が俺に押しつけ……頼もうとした理由はわかったよ。まあ、うちじゃよくある相談ってやつだからね」
兎田谷文豪探偵事務所でも、人捜しはめずらしい依頼ではない。
失踪、家出、駆け落ちなど、警察が本腰を入れたがらない事情を持つ家族からの相談は多い。そんなときこそ探偵の出番なのだ。
足を使っての聞き込みが主な調査方法となるため、先生が好むような派手な事件ではないが、日頃の運動不足解消にはちょうどいいかもしれない。
竜子は兎田谷先生をしばらく胡乱な目つきで見つめていたが、鶯出巡査の言葉に納得したらしい。最終的に依頼を承諾した。
「手付金は報酬の三割ね。残りは成功してからで構わない。交通費などの調査にかかる必要経費は別途で、これも後払い。分割にも応じるよ」
懐からだした算盤を素早く叩いて突きだす。
相手が裕福そうな装いだからか、あきらかに通常価格より掛け値をしている気がするが──
「一括でお支払いできますから、お気遣いなく」
帯から天鵞絨の布財布を取り出し、言い値の金額を机に置いた。
「まいどあり! では、さっそく取りかかろうじゃないか。手紙だとか、娘さんの手がかりとなるものを用意してくれ給え──」
「探偵さん」
満面の笑みで手付金を受け取った先生の手首が、突然がっちりと掴まれた。
「絶対に捜しだして。一刻も早く。わたくしはどうしても……あの子を見つけなけりゃならないの」
「……!!」
場の空気が凍りつく。
上目遣いに睨みつける女人の形相は、ほとんど鬼気迫るようであった。
先生が気圧されて茫然としているのに気づいたのか、竜子ははっとして手を離した。お面が反転するかのように、すぐにたおやかな婦人の顔に戻った。
「まあ、失礼……。娘のことを思うあまり、力がこもってしまいました。手がかりでしたら、さっき巡査さんにもお見せしていましたから写真と手紙を持っておりますわ」
竜子は何事もなかったように微笑みを浮かべながら、一枚の写真と九枚の絵葉書を差しだした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。