大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿

アザミユメコ

文字の大きさ
55 / 73
第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第十六話 十通目の手紙㈢

しおりを挟む
「手紙なら、玄関の郵便受けにたまってたよ」
「他人の郵便物を覗くのは感心しないが……すでに店は叉崎さざきの手に渡っているからな」
「そー、回収するなら今のうち!」

 親玉が子分を引き連れて帰っていったあとには荒れた店だけが残った。
 『金蛇きんだ』の暖簾のれんは外され、すぐに名と女将を変えた別の待合が後釜に据えられるだろう。

 小さいながらも手入れが行き届いた庭、洗練された内装から、竜子りょうこが自分の店を大事にしていたのがわかる。
 その店も金も置いて、いったいどこへ消えたのか。
 
 玄関に備えつけられた郵便受けには、尋常ではない数の書簡が届いていた。
 大半は叉崎一派から届いた借金の督促だ。
 焦った手つきで、一枚一枚確かめていく。

「あった……!」

 私が本当に探していたものは、取出口からあふれるほど積み重なった紙束の一番下にそっと埋もれていた。

 娘から母への、十通目の手紙だ。
 葉書の通信欄に綴られた文面はいたって簡素なものだった。

 『お母さん江
 十は東京招魂社。いて血を吐く魂迎鳥。
 ながかつた願掛けも、お勤めもれで終はり。
 最後にお母さんとへるのを楽しみにしてゐます。』

 健気にも最後まで母を慕っている。
 ひと目でも逢いたいその母親が、自分をふたたび売ろうとしていた現実を、本人は知っているのだろうか。

 九通目にも手紙を送るのは次で終わりにすると書いていたが、今回の『最後に』は決別の意味を込めているのかもしれない。
 だとしたら、もうそっとしておいてやりたいとも思う。
 三年季の奉公も明日で終わる。菖蒲はもうどこへ行こうと自由だ。

 私は兎田谷うさいだや先生に頼んで菖蒲を捜してもらった自身の判断を、いまさら後悔していた。
 銀座の文豪探偵は噂のとおり、言動に似合わず有能だった。

 竜子が菖蒲に向けていたあの冷たい瞳を知っていたのに、軽率にも母娘を引き合わせるきっかけを作ってしまったのだ。
 それも、助けた娘に幸せでいてほしかったという自己満足のためだ。
 だとしたら菖蒲を不幸にするのは他でもない、私自身だということになる。

「──それで? いつ、どこから投函している?」

 手紙を握りしめて思案に暮れていると、先生が冷静な口調で訊いてきた。
 慌てて郵便日附ひづけ印を確認する。

「京橋木挽町こびきちょう郵便局だ。すぐそこだな。日附は一月一日」
「一日? じゃあ今日届いたばかりか」

 現在は一月二日の午後。
 東京市内であれば翌日である今日到着していてもおかしくない。
 わらべ屋一座は昨日湊稲荷みなといなりにいたのだ。抜けだして投函するくらいの時間もある。

 裏面をめくると、ポンチ画のような筆致で新橋芸者をのせた可愛らしい虎が描かれていた。近頃流行しているユニークな絵葉書だ。
 背景には歌舞伎座。郵便局か土産屋で購入して、そのまま使用したようだ。

「なんで芸者に虎なんだ? ここは上野でも浅草でもないぞ」
「年賀用の葉書じゃないかね」
「あ。そうか。今年は寅年だったな……」

 我ながらとぼけている。年越し働いていたせいで、新年の実感を失いかけていた。
 絵の中にも『賀正』とはっきり書いてあった。

「取引先からの年賀状なんかは、行李こうりに移してあったよな」
「うん。元旦の朝に届いていた郵便物は、派出所に相談に来る前に確認済だったんだね。叉崎の親分が話していた借金の返済期限は一日だから……」
「奴らのやり方なら、二日のれい時になったらすぐ脅しをはじめるぞ」
「実際、俺が早朝に着いたときにはすでに何通もあった。葉書は督促状の下に埋もれていたから、動かされていないなら一日の便で届いたことになる。郵便って当日に配達されるのかな?」
「さあ。目と鼻の先だし届くんじゃないか」

 普段から手紙なぞ送り合う習慣のない私に知る由もなく、いい加減な受け答えをする。
 
「俺が娘の居場所を知らせるため竜子さんに電話をしたのが昨晩二十時頃。そして取り立てがくる零時には店を去っていたはずだが、彼女はこの手紙を読んだと思う?」
「二十時ならもう配達時間は終わってるよな。しかし、夜逃げ前に郵便受けを確認したとは限らんだろ」
「まあ、そうか」

 郵便がいつ配達されたのか、竜子が手紙を読んだのか。
 兎田谷先生が気に留めているのはそういった事柄のようだが、正直なところ──私にとってはもっと重要な点があった。
 日附印が押されている以上、手紙の投函日が一月一日である事実は動かないのだ。

「十件目の火災が起こったのは一日の夜明け前。どうしたって手紙の到着より先か……」

 これまでの連続放火事件は、必ず手紙が届いた数日後に起こっていた。
 日附印で娘の居場所が判明したら、そのあとを追って火をつけていたのではないのか?

 今回、竜子は菖蒲が帝都に来ているのを知らなかった。
 でなければ、わざわざ捕まる危険を犯して警察や探偵に娘を捜させる理由がない。
 それなのに十件目の火災は起きてしまったことになる。

「昨日木挽町で起こった火事は連続放火事件と関係ないのか? しかし……これまでと同じで炎から子どもの声が聴こえて、その後行方不明になっている」
 
 私が根拠にしていた法則が崩れてしまう。
 一つでも食い違っていたら、残りの九つが揃っていても偶然である可能性が拭いきれなくなる。
 ようやく証拠を掴めたと思っていたのに、また確信が揺らいでしまった。

「そもそも、子どもたちはどこに消えた? 親が揃いも揃って子を隠そうとしているみたいでおかしいじゃないか。この際、安否を一件ずつ確認しに行くしかないのか……」
「いったい何週間の休暇を取る気かね。俺は汽車に乗って日本縦断の旅まではついていかないよ。うちの依頼と関係ないし」
「薄情者め」
「やだ。せっかくの旅行も警察官にずっと見張られているんじゃ、羽も伸ばせやしない。烏丸からすまると巡査殿にはさまれてお説教なんて勘弁してほしいよ」

 このご時世だ。大震災の影響で家族とばらばらになったり、親戚に預けられたり、家を失って孤児になった子どもはいくらでもいる。
 身売りや奉公にでて行方知れずの子もそれこそ大勢いるだろう。

 私が収集できたのはせいぜい名前や当時の年齢のみ。
 たったそれだけの情報からすべての足取りを掴むのは、先生のいうとおり、気が遠くなるほどの時間と労力が必要だった。

「先生、やっとアンタを納得させられそうだったのにな」
「俺が納得したところでねぇ。無意味じゃないかね。賞金もでないし」
「そうできれば、正解に近づくような気がしてるんだ。腕を信頼してるんだよ。言わせるな」

 わかりやすく気を落とした顔をしていただろうか。
 探偵はやれやれといわんばかりに肩をすくめ、木挽町の方面へ歩きだした。

「しかたないな。昨日の現場だけだったら、近いから調べてみてもいいよ。俺が必要な情報もあるかもしれないしね」
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。