大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿

アザミユメコ

文字の大きさ
58 / 73
第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第十八話 佐世邸㈠

しおりを挟む
 千歳ちとせを銀座通りのカフェーまで送り、また兎田谷うさいだや先生と二人になった。
 いつのまにか天気がぐずついている。一雨きそうな空模様だった。

「なあ、先生。十通目は年賀用の葉書を使っていたから、菖蒲あやめがもっと早く投函した可能性もあるってことだよな?」
「うん。一座がちょうど湊稲荷みなといなりにいたのもあって元日にだしたと思い込んでしまったが、東京にいれば木挽町こびきちょうの郵便局に寄るのはいつでもできる。でも、竜子りょうこさんは他の年賀状をすでに移動させていた。結局のところ午前には間に合わなかったんじゃないかな」

 探偵は手帖をめくり、聞き込みで得たわらべ屋の巡業経路を読みあげた。

「一座は十二月の二十八日まで関西にいて、二十九日に移動、三十日からは帝都で興行をおこなっている。場所は門前仲町と神田だからどちらも近くだ。つまり投函日は早くて二十九日。市内だけど年末ぎりぎりだったから遅れて午後以降に届いたんだろうね」

 投函日の推測が多少早まったところで、竜子のもとへ手紙が届いたのは火事より後ということになる。

 結果が覆ることはなかったが、考えていてもしかたがない。
 一歩進んで二歩下がったような状況だとしても、もっと情報を集めるしかない。

「次はどこに向かう? あと一件、調査が残っているんだろ」
「最後の目的地は銀座通りの佐世金物屋……から、徒歩十数分のところにある佐世させ綴造ていぞう邸だ」

 佐世綴造──竜子の元・内縁の夫。そして菖蒲の父親である。
 代々続いている老舗の金物屋を銀座に構え、自身の代でアルミニュームの工場をいくつも建てて事業を拡大したやり手だ。

「私はいないほうがいいか? ほら……」

 両腕を広げて、制服とサーベルを見せる。
 警察官が付き添って訪問すれば警戒されるかもしれない。
 商売人ならばなおさら、変な風評が立つのを嫌がりそうだ。

鶯出うぐいで巡査殿こそいてくれたまえよ。佐世という男、少し調べてみたけれど、金満家にしてはめずらしく誠実な仕事をするらしい。金持ちなのに信じがたいが、民衆の評判も悪くない」

 金持ちへの偏見に満ちた発言だが、先生の言い分にも一理ある。
 銀座は帝都で一、二を争う繁華街。表向きは上品に見えても、金の集まる場所にはそれなりにあくどい奴らも寄ってくる。
 叉崎さざきのように阿漕あこぎな商売で儲けている連中は山ほどいる。即刻逮捕というわけにはいかなくても、警察がいつも目を光らせている奴らである。

 その点、たしかに佐世はまっとうな商売人だった。
 親の代から引き継いだ小店を自らの力で大きくし、実業家と呼ばれるまでになった。

 芸者だった竜子に入れ込んでめかけを囲ってはいたが、生活に窮しないよう店を持たせてやったり、庶出しょしゅつである菖蒲も可愛がっていたようだ。

「俺だけで行ったら門前払いになってしまう。警察を警戒するのは後ろ暗いところのある者だけだよ。佐世が噂どおりまともな商売人なら、巡査殿がいたほうが正直に話をしてくれると思うね。それが善良な市民というものさ」
「先生は胡散臭いからな……。社会的身分のある者ほど信頼しないだろうよ。しかし──」

 彼に話を聞いて、はたして収穫があるだろうか。

「佐世とはもう会っていないと竜子さんが話していただろ。娘も奉公にでてから一度も顔を合わせていないと。いくら正直に話してくれたとしても、なにも知らないんじゃ意味がない」
「結局捨てられた、と話していたね。噂に聞く佐世の印象と結びつかない。いったいなにがあったんだろう?」
「知る由もないな。よくある男女のもつれじゃないのか。いかに成功者だろうと色絡みで利口にしていられるやつはそういない」
「ははは、まさか色恋に関して巡査殿の持論が聞けるとは」
「何度もそんな事例を取り締まってるんだよ……」

 自分だって普段の軽薄な態度に似合わず、艶聞えんぶんをまったく聞かないじゃないかと抗議したかったがやめておいた。
 私もたいして言い返せない。

「金庫に隠されていた佐世の小切手は三年前の日付になっていた。あの小切手、なんだと思う?」
「生活費をわざわざ小切手で渡さないよな。待合の開業はもっと前だから、その資金でもない」
「少なくともそれまで佐世との関係は続いていた。娘が奉公にでて以来会っていないなら、縁が切れたのちょうど三年前ってことだ」

 つまり、佐世と竜子の関係が破綻した決定的な理由は──

「竜子さんが菖蒲を売ったから、か。あの小切手は、手切れ金なのかもな」
「そう。時期を考えればちょうど合致する。佐世が一本気な性格ならばよけいに納得できる理由だ。もちろん世評が当たっていれば、だが」
「まあ、人の噂があてにならないのは、今回の火災でもじゅうぶん思い知ったよ。そもそも誠実な男が妾を囲うか?」
「さあねえ、男の甲斐性とか呼ばれるあれじゃないかね。俺に一切ないあれ」
「安月給の私にも縁のない話だよ」
「とにかく、佐世は母娘にもっとも近しい人物であるのは間違いない。最後の一押しで直接調べてみようってわけさ」

 なるほどと思いつつも、兎田谷先生にこれ以上関わる理由があるのか疑問だった。
 依頼料を回収したいだけなら、竜子が遠くに逃げる前にさっさと捕まえたほうが得策じゃないだろうか。

「先生、あんたはあの母娘をどうする気なんだ?」

 先生は私の問いかけを鼻で笑い、なんとも憎らしい顔で一蹴した。

「探偵が探偵たり得るのは、依頼があるからだ。俺は名探偵であり続けるために、そして小説のネタに使うために、依頼はすべて完璧に達成すると決めているんだよ」
「ほう。立派な心がけだ。だが、菖蒲を見つけて報告した時点で先生の仕事は終わったろ」
「なにをいう。依頼には報酬が発生し、受け取ってはじめて達成たるのだ! 未収なんて恥だね、恥!!」
「……兎にも角にも金を回収したいのはわかったよ」

 正月の浮足立った空気を漂わせる銀座を背に、我々は佐世邸へと足を向けた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。