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78.宣戦布告-2
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「フェリクス!!俺に合わせて左右に体重をかけろ!!今からこいつ運転するぞ!!」
「!?いったいなぜ!?」
「いいから!!」
説明する余裕はなかった。
振り落とされないよう気をつけながら左右に体重をかけ進行方向を操る。目的地は水壁だ。すぐそこだというのに、一角獣はなかなかそちらに近づこうとしない。テオドアのいうことなど聞いてやるかと思っているのかもしれない。
「ビア様を助けに行くつもりか?」
じゃじゃ馬を捌いている最中、背後からフェリクスに声をかけられた。
「当然だろ!あの様子のビアを放っておけるかよ!!」
今更聞くまでもないだろうに。
「……ビアか。前話した時と比べてずいぶん親密になったものだな。あの時はあのお方とか言って名前すら呼ばなかったくせに」
(・・・は?)
最初、テオドアはフェリクスが何の話をしているのか分からなかった。前、というと今朝か、もしくは昨日の出発前に少し話した時のことかと首を傾げたが、まったく心当たりがない。奔馬に夢中で回らぬ頭で、やっといつぞやの晩に盃を交わした日の話だと気づいた時、彼は寒気を覚えるほどに驚ろき、白目を剥きかけるほどげんなりした気持ちになった。
(め、面倒臭え……)
どうやらこの王子、ずいぶん執念深い男のようだ。
完全無欠と思われた美男子にも、欠点の一つはあるものなのだなと変に感心してしまう。この男がかの乙女に少なからず好意を抱いているのは理解していたが、この切迫した状況で牽制をかけてくるのはいかがなものか。
「君、ずっとビア様のことを避けていただろう。救国の乙女と知った途端に仰々しい態度をとって、僕が少しつつけば答えを濁すばかり。しまいには部下を寄越すほど敬遠していた癖に、今になってずいぶん積極的じゃないか」
「あのさあ、それ今じゃなきゃダメ?」
ただでさえ余裕がない状況下で、うだうだ文句を垂れ流されて苛立ちが募る。過去の話をちくちく蒸し返されるのも癪に触った。ジメジメ鬱陶しいイケメンとは一部の女性の心を掴むことはあっても、テオドアのようなガサツな成人男性にはまったくときめかない属性だ。
「昨日の朝までは、わかりやすく彼女との接触を避けていたのに、僕が部屋で休んでいる間に何かあったかな?君もなかなか隅に置けない」
なんとも感じの悪い言い方に気分が悪くなる。まるでこちらが隙を狙って付け込んだとでも言いたげじゃないか。ふだん温和で品行方正なこの男はこんないやらしい喋り方もできたのか、感心すると同時にかつてないほどの不快感を覚える。
「てっきり不戦敗希望かと思っていただけに、残念だ」
その言葉を聞いて、テオドアは己の頭にカッと血が上るのがわかった。視界が一瞬だけものすごく眩しくなる。頭がドクドクと脈打つように痛んだ。怒りで目を見開く。その瞳はおそらく爛々と光っているのであろう。
ただでさえ友人と思っていた男にあらぬ疑いをかけられささくれ立っていた。その上、騎士の誇りを掲げる自分に不戦敗なんて言葉を浴びせるなんて、ずいぶんと派手に泥を塗りたくってくれるじゃあないか。
怒髪天を衝いた頭の中で、突如記憶から蘇ったのはフェリクスと交わした会話だった。頭の中はぐちゃぐちゃな癖に妙なところで冴え渡っており、テオドアは今更あの対酌の日の問答を鮮明に思い出していた。
――君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか?
――彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?
――さて、本心を明かしてもらおうか。テオドア
テオドアの口端から、ふっと笑いが溢れた。
「………確かに、今までの俺の態度にお前がイラつくのも頷けるわな」
奔馬を操りながら静かに呟く。湯だった脳とは相反して出てくる言葉は冷静だった。
「特にあん時は何度も念押しするように尋ねてきたよな。せっかくお前が土俵に立たせてくれようとしてるってのに、俺ときたら情けなく尻込みだ。その癖今になってこんな態度じゃ、お前からしたら手のひら返されたようなもんなのかも知れねえな」
テオドアがしばし沈黙する。フェリクスは目の前の男のつむじをじっと見つめ、次の言葉を待っていた。蹄の音が一層けたたましく感じる。男がやっと口を開いた時、その声は先ほどより一層低く、フェリクスの鼓膜に強く残った。
「……なあ、そんなに聞きたいなら答えてやるよ。」
テオドアがほんの少し振り返り、横目でギロリと一瞥をくれる。後悔するなよとでも言いたげな眼差しは轟々と燃える炎を宿し、煌々と赤く輝く瞳にフェリクスは息を呑む。
――君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか?
――彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?
テオドアはすうっと大きく息を吸うと、めいっぱい置いてから、口を大きく開いて叫んだ。
「めっっっちゃくちゃ嫌だしクッッッソ面白くねえに決まってんだろ、ぶぁ~~~~~か!!!!」
馬鹿みたいに幼稚な主張が辺り一帯に響き渡った。フェリクスを始めジミルやクォーツ、しまいには水馬たちですら呆けた様子でテオドアを凝視する。
テオドアは背後に見せつけるように赤い舌をべえっと下品に突き出して見せる。それはちょうど水壁の目前に辿り着いた時であった。
テオドアはおもむろに鞘から剣を抜き、目前の暴馬の頚へと切先を突き刺した。突如襲った激痛に驚い、一角獣はかつてない嘶きを上げる。前足を高く掲げるとそのまま何度も激しく地を踏み鳴らした。その反動でフェリクスが馬上から転げ落ちる。
「うぐっ……!!」
すぐさま受け身を取ったものの、すぐには立ち上がれない。かろうじて半身を起こした状態から天を仰げば、頭上からテオドアがこちらを横目で睥睨しているのが見えた。
「……喧嘩、買ったからな」
――お前が売ったんだからな
眇められた柘榴石を呆気にとらえていると、頭上からポーションと包帯が降ってきた。テオドアが腰のポーチから取り出して寄越したらしい。
にいっといやらしい笑みを浮かべ、それを最後にテオドアは馬を走らせた。フェリクスは驚きのあまり止めることも忘れただただ遠のく馬の尻を見つめていた。
水壁にぶつかる瞬間、テオドアの身体がぐわんと横に傾いた。頭が十二時から三時の位置へと弧を描き、馬の胴と水平に並ぶ。落馬すると思ったのも束の間、彼はそのまま六時の位置まで身体を落とし、一角獣の中に身体を潜り込ませる。液状の胴体からざぱんと激しく水が跳ねた。
一角獣は突然体内に混ざり込んだ異物に驚き、甲高い悲鳴をあげる。しかし不純物を取り除こうとのたうち回るより先に、走っていた勢いのまま水壁をすり抜けてしまった。水馬の身体がテオドアごと壁の向こうに消えてなくなる。最後に尻尾が飲み込まれた時、小さな水滴がひとつ、とぷんと跳ねた。
「!?いったいなぜ!?」
「いいから!!」
説明する余裕はなかった。
振り落とされないよう気をつけながら左右に体重をかけ進行方向を操る。目的地は水壁だ。すぐそこだというのに、一角獣はなかなかそちらに近づこうとしない。テオドアのいうことなど聞いてやるかと思っているのかもしれない。
「ビア様を助けに行くつもりか?」
じゃじゃ馬を捌いている最中、背後からフェリクスに声をかけられた。
「当然だろ!あの様子のビアを放っておけるかよ!!」
今更聞くまでもないだろうに。
「……ビアか。前話した時と比べてずいぶん親密になったものだな。あの時はあのお方とか言って名前すら呼ばなかったくせに」
(・・・は?)
最初、テオドアはフェリクスが何の話をしているのか分からなかった。前、というと今朝か、もしくは昨日の出発前に少し話した時のことかと首を傾げたが、まったく心当たりがない。奔馬に夢中で回らぬ頭で、やっといつぞやの晩に盃を交わした日の話だと気づいた時、彼は寒気を覚えるほどに驚ろき、白目を剥きかけるほどげんなりした気持ちになった。
(め、面倒臭え……)
どうやらこの王子、ずいぶん執念深い男のようだ。
完全無欠と思われた美男子にも、欠点の一つはあるものなのだなと変に感心してしまう。この男がかの乙女に少なからず好意を抱いているのは理解していたが、この切迫した状況で牽制をかけてくるのはいかがなものか。
「君、ずっとビア様のことを避けていただろう。救国の乙女と知った途端に仰々しい態度をとって、僕が少しつつけば答えを濁すばかり。しまいには部下を寄越すほど敬遠していた癖に、今になってずいぶん積極的じゃないか」
「あのさあ、それ今じゃなきゃダメ?」
ただでさえ余裕がない状況下で、うだうだ文句を垂れ流されて苛立ちが募る。過去の話をちくちく蒸し返されるのも癪に触った。ジメジメ鬱陶しいイケメンとは一部の女性の心を掴むことはあっても、テオドアのようなガサツな成人男性にはまったくときめかない属性だ。
「昨日の朝までは、わかりやすく彼女との接触を避けていたのに、僕が部屋で休んでいる間に何かあったかな?君もなかなか隅に置けない」
なんとも感じの悪い言い方に気分が悪くなる。まるでこちらが隙を狙って付け込んだとでも言いたげじゃないか。ふだん温和で品行方正なこの男はこんないやらしい喋り方もできたのか、感心すると同時にかつてないほどの不快感を覚える。
「てっきり不戦敗希望かと思っていただけに、残念だ」
その言葉を聞いて、テオドアは己の頭にカッと血が上るのがわかった。視界が一瞬だけものすごく眩しくなる。頭がドクドクと脈打つように痛んだ。怒りで目を見開く。その瞳はおそらく爛々と光っているのであろう。
ただでさえ友人と思っていた男にあらぬ疑いをかけられささくれ立っていた。その上、騎士の誇りを掲げる自分に不戦敗なんて言葉を浴びせるなんて、ずいぶんと派手に泥を塗りたくってくれるじゃあないか。
怒髪天を衝いた頭の中で、突如記憶から蘇ったのはフェリクスと交わした会話だった。頭の中はぐちゃぐちゃな癖に妙なところで冴え渡っており、テオドアは今更あの対酌の日の問答を鮮明に思い出していた。
――君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか?
――彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?
――さて、本心を明かしてもらおうか。テオドア
テオドアの口端から、ふっと笑いが溢れた。
「………確かに、今までの俺の態度にお前がイラつくのも頷けるわな」
奔馬を操りながら静かに呟く。湯だった脳とは相反して出てくる言葉は冷静だった。
「特にあん時は何度も念押しするように尋ねてきたよな。せっかくお前が土俵に立たせてくれようとしてるってのに、俺ときたら情けなく尻込みだ。その癖今になってこんな態度じゃ、お前からしたら手のひら返されたようなもんなのかも知れねえな」
テオドアがしばし沈黙する。フェリクスは目の前の男のつむじをじっと見つめ、次の言葉を待っていた。蹄の音が一層けたたましく感じる。男がやっと口を開いた時、その声は先ほどより一層低く、フェリクスの鼓膜に強く残った。
「……なあ、そんなに聞きたいなら答えてやるよ。」
テオドアがほんの少し振り返り、横目でギロリと一瞥をくれる。後悔するなよとでも言いたげな眼差しは轟々と燃える炎を宿し、煌々と赤く輝く瞳にフェリクスは息を呑む。
――君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか?
――彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?
テオドアはすうっと大きく息を吸うと、めいっぱい置いてから、口を大きく開いて叫んだ。
「めっっっちゃくちゃ嫌だしクッッッソ面白くねえに決まってんだろ、ぶぁ~~~~~か!!!!」
馬鹿みたいに幼稚な主張が辺り一帯に響き渡った。フェリクスを始めジミルやクォーツ、しまいには水馬たちですら呆けた様子でテオドアを凝視する。
テオドアは背後に見せつけるように赤い舌をべえっと下品に突き出して見せる。それはちょうど水壁の目前に辿り着いた時であった。
テオドアはおもむろに鞘から剣を抜き、目前の暴馬の頚へと切先を突き刺した。突如襲った激痛に驚い、一角獣はかつてない嘶きを上げる。前足を高く掲げるとそのまま何度も激しく地を踏み鳴らした。その反動でフェリクスが馬上から転げ落ちる。
「うぐっ……!!」
すぐさま受け身を取ったものの、すぐには立ち上がれない。かろうじて半身を起こした状態から天を仰げば、頭上からテオドアがこちらを横目で睥睨しているのが見えた。
「……喧嘩、買ったからな」
――お前が売ったんだからな
眇められた柘榴石を呆気にとらえていると、頭上からポーションと包帯が降ってきた。テオドアが腰のポーチから取り出して寄越したらしい。
にいっといやらしい笑みを浮かべ、それを最後にテオドアは馬を走らせた。フェリクスは驚きのあまり止めることも忘れただただ遠のく馬の尻を見つめていた。
水壁にぶつかる瞬間、テオドアの身体がぐわんと横に傾いた。頭が十二時から三時の位置へと弧を描き、馬の胴と水平に並ぶ。落馬すると思ったのも束の間、彼はそのまま六時の位置まで身体を落とし、一角獣の中に身体を潜り込ませる。液状の胴体からざぱんと激しく水が跳ねた。
一角獣は突然体内に混ざり込んだ異物に驚き、甲高い悲鳴をあげる。しかし不純物を取り除こうとのたうち回るより先に、走っていた勢いのまま水壁をすり抜けてしまった。水馬の身体がテオドアごと壁の向こうに消えてなくなる。最後に尻尾が飲み込まれた時、小さな水滴がひとつ、とぷんと跳ねた。
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