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01.転移-1
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その日、小倉十和がそれを手に取ったのは、ほんの気まぐれだ。そう、本当にただの気まぐれなのだ。だから、まさかこんなことになるなんて思わなかった。
ーはじまりはガシャポンで!ー
りーりーという鈴虫の声が、耳に馴染むようになってきた。夜風もだいぶ涼しさを増し、晩夏から初秋へと移り変わる、ちょうどそんな頃。カツカツとパンプスの踵を鳴らしながら、十和は一直線に並ぶ街路樹の元を歩いていた。スマートフォンを見てみれば、もう二十一時半。都内といえど、辺りにはもう殆ど人もいない。十和はスマートフォンを鞄にしまうと、ひとつ大きなため息をついた。
今日はとにかくツイてなかった。朝は乗った電車が故障し満員電車で三十分ほど缶詰にされた。昼はお目当てにしていたアボカドサーモンサンドが目の前で売り切れ、夕方は退勤間際に割り込みの仕事が入り残業。やっと終わって帰路につけばどこかで人身事故があったらしく、電車が大幅に遅延していた。
再開見込みは一時間後というアナウンスを聞き、それなら別の路線で帰ろうと思い駅を出た。目当ての線に乗るには隣駅まで歩く必要がある。
幸い、都内の電車は隣駅まで十五分も歩けば着くことが多い。実際、十和も駅を出てから十分ほど歩いているが、今しがた目当ての駅を視界に捉えることができた。街灯で明るいとはいえ、女一人で夜道を歩くのは心細い。照らされた駅の看板に安堵を覚えると、十和はすぐ近くの自販機で小さいミルクティー缶を購入した。気が抜けた途端、急に喉の渇きを思い出したのだ。たかが十分とはいえ、ずっと早足で歩いてきたせいで少し息が上がっている。冷えたミルクティーを喉に流し込めば、その甘味が身体中に染み渡った。
「っぷはぁ~。」
ついつい晩酌時のような声が出てしまった。こうするだけで、幾分疲れが取れた気がする。まあビールと比べれば、まだまだ物足りないのだが。今夜の晩酌に想いを馳せつつ、ちびちびと紅茶を舐める。やがて空になった缶を脇のゴミ箱に捨てようとした時だった。
「ん…?」
ゴミ箱のすぐ隣に、もう一台、いや、正確には二台の機械が縦に並んで設置されていた。いわゆるカプセルトイ。硬貨を入れてハンドルを回すと景品が出るあれだ。巷ではガチャガチャやガシャポンなどの愛称で親しまれている。
それを見て十和は少しだけ訝しんだ。確かに自販機のそばにカプセルトイが並んでいることは少なくない。しかし、そういうのは大抵デパートやショッピングモール、人通りの多い駅などでの話だ。普通、こんななんの変哲もない道端の自販機横に置くものだろうか。
なんとなく興味をそそられた十和は、少ししゃがみ込みアクリル板越しに飾られたポップを覗き込んでみた。
上段の方は壊れているらしい。無機質な白い台紙の上に、「故障中」と書かれた紙が雑に貼り付けられていた。
そして下段の方は――
「何これ?『異世界ジョブガチャ』……?」
そこには緑豊かな森と西洋風の城を背景にして「異世界ジョブガチャ」の飾り文字がでかでかと載っていた。その周りには文字を囲むようにして、アニメ調の少女がたくさん描かれている。ご丁寧に、各キャラクターのすぐ下に「僧侶」や「魔術士」など、彼女達の役割が書かれており、おそらくこれが「ジョブ」を指すのだと、アニメ・漫画に疎い十和でも読み取くことができた。
(そういえば、確かここは秋葉原も近かったわね。)
おそらくそういった層をターゲットにしているのだろう。そういえばアニメ好きの後輩くんが、異世界がどうとか騒いでいた気がする。となるとこの異世界ジョブガチャとやらは人気コンテンツの一つなのだろうか。
「それにしても、ガシャポンなんて懐かしいなあ…」
なんとなく気になって、まじまじとポップを眺めてみる。正直、この異世界ジョブガチャとやらには別段魅力を感じないが、カプセルトイという玩具自体に興味をそそられた。十和が最後にそれを引いたのは、おそらく小学校の時。もう十数年やっていないことになる。引こうと思えばいつでも引けたが、趣味も物欲も少ない彼女には、特別欲しいと思うものがなかった。今だって、目の前の玩具の景品が欲しいわけではない。というかそもそも、このポップではどんな品が出るのか見当がつかない。ただ、あのカプセルトイを回す、独特の高揚感をもう一度味わいたくなった。
値段を見ると、三百円。少し高いが、痛い出費と言うほどでもない。十和は財布から百円玉を三枚取り出すと、コイン投入口へと転がした。
「今日一日の鬱憤ばらしも兼ねてっと……」
そう独りごちながらレバーに手をかけると、そのまま勢いよく回した。ガチャン、という小気味良いが機械から響く。左下の穴から転がってきたカプセルを手に取ると、十和はそれをじっと眺めた。
それは緑色のカプセルだった。十和の知っているような、クリアカラーのカプセルではなく、ペンキのようなベッタリとした緑で塗り潰されており、中が見えない。しかも妙に凝っていて、片面には紋章のような模様が印刷されている。
(最近のはカプセルからして随分洒落込んでるのね。)
開けなきゃ中身を確認できない仕様に、少し煩わしさを覚えつつ、カプセルを鞄の中に放り込んだ。別にここで開けても良かったが、中身の予想ができない以上、暗がりの中で無闇に広げない方が良いだろう。家に帰って気が向いたら確認してみよう。なんなら明日出勤した時、ネタのつもりで後輩君と開けてみても良いかもしれない。
妙な肩透かし感を覚えつつ、十和はそこから踵を返すと、再び駅に向かって歩いて行った。
ーはじまりはガシャポンで!ー
りーりーという鈴虫の声が、耳に馴染むようになってきた。夜風もだいぶ涼しさを増し、晩夏から初秋へと移り変わる、ちょうどそんな頃。カツカツとパンプスの踵を鳴らしながら、十和は一直線に並ぶ街路樹の元を歩いていた。スマートフォンを見てみれば、もう二十一時半。都内といえど、辺りにはもう殆ど人もいない。十和はスマートフォンを鞄にしまうと、ひとつ大きなため息をついた。
今日はとにかくツイてなかった。朝は乗った電車が故障し満員電車で三十分ほど缶詰にされた。昼はお目当てにしていたアボカドサーモンサンドが目の前で売り切れ、夕方は退勤間際に割り込みの仕事が入り残業。やっと終わって帰路につけばどこかで人身事故があったらしく、電車が大幅に遅延していた。
再開見込みは一時間後というアナウンスを聞き、それなら別の路線で帰ろうと思い駅を出た。目当ての線に乗るには隣駅まで歩く必要がある。
幸い、都内の電車は隣駅まで十五分も歩けば着くことが多い。実際、十和も駅を出てから十分ほど歩いているが、今しがた目当ての駅を視界に捉えることができた。街灯で明るいとはいえ、女一人で夜道を歩くのは心細い。照らされた駅の看板に安堵を覚えると、十和はすぐ近くの自販機で小さいミルクティー缶を購入した。気が抜けた途端、急に喉の渇きを思い出したのだ。たかが十分とはいえ、ずっと早足で歩いてきたせいで少し息が上がっている。冷えたミルクティーを喉に流し込めば、その甘味が身体中に染み渡った。
「っぷはぁ~。」
ついつい晩酌時のような声が出てしまった。こうするだけで、幾分疲れが取れた気がする。まあビールと比べれば、まだまだ物足りないのだが。今夜の晩酌に想いを馳せつつ、ちびちびと紅茶を舐める。やがて空になった缶を脇のゴミ箱に捨てようとした時だった。
「ん…?」
ゴミ箱のすぐ隣に、もう一台、いや、正確には二台の機械が縦に並んで設置されていた。いわゆるカプセルトイ。硬貨を入れてハンドルを回すと景品が出るあれだ。巷ではガチャガチャやガシャポンなどの愛称で親しまれている。
それを見て十和は少しだけ訝しんだ。確かに自販機のそばにカプセルトイが並んでいることは少なくない。しかし、そういうのは大抵デパートやショッピングモール、人通りの多い駅などでの話だ。普通、こんななんの変哲もない道端の自販機横に置くものだろうか。
なんとなく興味をそそられた十和は、少ししゃがみ込みアクリル板越しに飾られたポップを覗き込んでみた。
上段の方は壊れているらしい。無機質な白い台紙の上に、「故障中」と書かれた紙が雑に貼り付けられていた。
そして下段の方は――
「何これ?『異世界ジョブガチャ』……?」
そこには緑豊かな森と西洋風の城を背景にして「異世界ジョブガチャ」の飾り文字がでかでかと載っていた。その周りには文字を囲むようにして、アニメ調の少女がたくさん描かれている。ご丁寧に、各キャラクターのすぐ下に「僧侶」や「魔術士」など、彼女達の役割が書かれており、おそらくこれが「ジョブ」を指すのだと、アニメ・漫画に疎い十和でも読み取くことができた。
(そういえば、確かここは秋葉原も近かったわね。)
おそらくそういった層をターゲットにしているのだろう。そういえばアニメ好きの後輩くんが、異世界がどうとか騒いでいた気がする。となるとこの異世界ジョブガチャとやらは人気コンテンツの一つなのだろうか。
「それにしても、ガシャポンなんて懐かしいなあ…」
なんとなく気になって、まじまじとポップを眺めてみる。正直、この異世界ジョブガチャとやらには別段魅力を感じないが、カプセルトイという玩具自体に興味をそそられた。十和が最後にそれを引いたのは、おそらく小学校の時。もう十数年やっていないことになる。引こうと思えばいつでも引けたが、趣味も物欲も少ない彼女には、特別欲しいと思うものがなかった。今だって、目の前の玩具の景品が欲しいわけではない。というかそもそも、このポップではどんな品が出るのか見当がつかない。ただ、あのカプセルトイを回す、独特の高揚感をもう一度味わいたくなった。
値段を見ると、三百円。少し高いが、痛い出費と言うほどでもない。十和は財布から百円玉を三枚取り出すと、コイン投入口へと転がした。
「今日一日の鬱憤ばらしも兼ねてっと……」
そう独りごちながらレバーに手をかけると、そのまま勢いよく回した。ガチャン、という小気味良いが機械から響く。左下の穴から転がってきたカプセルを手に取ると、十和はそれをじっと眺めた。
それは緑色のカプセルだった。十和の知っているような、クリアカラーのカプセルではなく、ペンキのようなベッタリとした緑で塗り潰されており、中が見えない。しかも妙に凝っていて、片面には紋章のような模様が印刷されている。
(最近のはカプセルからして随分洒落込んでるのね。)
開けなきゃ中身を確認できない仕様に、少し煩わしさを覚えつつ、カプセルを鞄の中に放り込んだ。別にここで開けても良かったが、中身の予想ができない以上、暗がりの中で無闇に広げない方が良いだろう。家に帰って気が向いたら確認してみよう。なんなら明日出勤した時、ネタのつもりで後輩君と開けてみても良いかもしれない。
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