はじまりはガシャポンで!

米と麦

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15.赤-4

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 男が慌てて顔を上げれば、そこには、木にもたれかかりながら立つテオドアの姿があった。彼は首を斜めに傾げながら、胡乱げにこちら睨みつけている。その真っ赤な双眸は煮えたぎる地獄の炎のような怪しい光を帯び、より濃い紅に染まっていた。

(いや、本当に光ってる……)

 そう、それはものの例えではなく、本当に光を宿しているのだ。爛々と輝く真っ赤な眼光――それは飢えた獰猛な獣を思い起こさせた。

 テオドアはつかつかとこちらに向かってくると、右腕でビアの馬乗りになっていた男の胸ぐらを掴み、思い切り持ち上げた。もう片方の腕は拳を握りしめてぶるぶると震えている。

「ひっ……」

 持ち上げられた男が小さな悲鳴をあげる。もう一人の男も怖気付いたかのように足をすくませていた。

「……おたくら、確か第二部隊の、こないだ婦人会に睨まれてた奴らだよな。……いいのか?また問題起こして。除名処分になっても文句言えないぞ。」

 炎のような目で、しかし声は冷ややかなままテオドアが問いかける。男たちは震え上がり、もう声も出ないようだった。
 二人の様子に気がそがれたのか、テオドアは急に持ち上げていた男の胸ぐらを手放す。
 身体が地面に落ちた瞬間、その男は弾かれたようにその場を駆け出した。片割れの方もそそくさと跡を追う。

「くそっ……この野犬の血が……っ!!」

 去り際に、男の一人がそう吐き捨てる。テオドアは別段意に介した様子もなく、至極どうでも良さそうに二人を背中で見送った。
 今、彼の視界の中にいるのは、他でもないビアただ一人である。

「……ビア、遅れてすまない。立てるか?」

 テオドアがしゃがみ込み、ビアの方に手を差し伸べる。しかしビアは、その手をいつまでも握り返せずにいた。
 彼女が見つめるのは、目の前の男の眼。

 真っ赤に光る、眼。

 歪に輝く二つの柘榴石は、なんとも言えぬ胸のざわつきを駆り立てる。浮世離れした眼光、常人とは相容れぬ存在、畏怖の念――

 いまだ鈍い光を帯びてやまぬその瞳に、ビアはただただ釘付けになっていた。


 テオドアもビアの様子に察しがついたのだろう。それまで差し伸べていた手を、逃げる魚のように素早く引っ込める。そのまま己の顔の近くに持っていくと、まるで手庇でも作る仕草で両目を隠してしまった。

「ああ、悪いな……俺、ガルムンドの血が濃いんだ。……怖がらせてごめんな。」

 ローアルデも入ってるんだけどな。そう小さく付け足す。まるで弁解するかのように。



 ビアはその言葉の意味を、最初から最後まで理解できなかった。

 そう、理解はできなかった。だが――

(あ……)

 大きな掌が両目を隠す瞬間、まつ毛を伏せ、静かに項垂れる様子を垣間見た。
 ひどく傷ついたような、そして何かを諦めたかのような寂しげな瞳。一言で例えれば、失望。

(待って……)

 男の目が、顔が見えなくなる。
 今や手の影に隠れてしまったその表情を読み解くことは難しい。

(でも、分かる。)

 彼が今、その向こうですごく悲しい顔をしていること。とても寂しい目していること。

(違う……違うの!!)

 泣かないで。傷つかないで。諦めないで。独りにしないで。

 ――私は彼に、こんな顔をさせたい訳じゃない。

 たかだか掌一枚で隔てられたその先が、ものすごく遠い。でも、だからこそ、その障壁を取り払わねばならないのだ。


 指先をすっと、相手の指と指の間に絡める。そのままきゅっと優しく握りしめると、ビアはその手を繋いだまま、外側へゆっくりと弧を描かせた。


 世界の時が止まったかのように思えた。


 瞠目した男の顔が覗く。まだ僅かに光を残しているその目も、なぜだか今は怖くない。大きく見開かれた二つの柘榴石を、ビアは絶対に背けるものかとしっかりと見つめ返す。



「ノイマン副隊長、……私は、あなたの目を見てお話ししたいです。」


 男の瞳がより一層大きく見開く。
 その目はもう、孤独も失望も映し出していなかった。

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