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16.ガルムンド-1
しおりを挟む(あー、シクった。ほんと、なーんでついてっちゃったんだろうなあ、俺。)
鬱蒼とした森を歩きながら、ジミルはげんなりした顔で、本日五十三回目のため息をついた。今日だけでどれほどの幸せを逃したことだろう。分かっていてもこの嘆息を止めることは難しい。普段は気持ちの切り替えが早い彼も、今日ばかりはその個性がうまく発揮されなかった。
今日の仕事は城付近の森の巡警。お決まりの業務だ。まったく、上の貴族部隊どもは上等な装備をあつらえている癖に、やれ護衛だ守衛だとのたまってこういった泥仕事を好まない。役人の延長線上みたいなことばかりしてぬるま湯のような環境にずぶずふと浸っているから、奴らはろくすっぽ魔物も屠れやしない。にもかかわらず口だけは一丁前に、平民部隊は野蛮だなんだと馬鹿にするもんだから笑えない。
(……まあ、ぬるま湯って言ったら、今日の俺たちもおんなじようなもんか。)
ジミルは横目で今しがた枝葉が揺れた方を見やる。白銀の刃ががヒュンと風を切る音、続いて獣の小さな悲鳴が聞こえた。目視こそできないが、どうやらいい感じに獲物を追い詰めているようだ。
我らがノイマン副隊長が、今日も今日とて暴れていらっしゃる。
「おい、ブナンダー。今日の副隊長、どうしたんだ?いつになくやる気満々じゃねーか。」
「すげーな。いや、いつもすげーんだけど。今日に限っては、まるで俺たちの出る幕無しって感じ。魔物の数はいつもより多いってのに、ぜーんぶ副隊長が、目にも止まらぬ速さで片づけちまうんだから。」
そして彼は今日、この上なく絶好調である。
感嘆する部隊員をよそに、ジミルは再びため息をつく。五十四個目の幸せは、木々に覆われた緑の空に消えていった。
副隊長が絶好調である理由を、ジミルは知っている。いや、正確には見当がついていると言うべきか。
昨日の昼下がり、滝壺の茂みの中に、実はジミルもいたのだ。
午前の訓練を終えたテオドアが、そそくさと人目を憚りながら川上へ歩いていくのを彼は見ていた。なんとなく嫌な予感がしたジミルは、密かに彼の後ろをつけていったのだ。
(なんか問題が起きた場合、あの人一人じゃ分が悪いからな。)
頭に浮かんだのは、普段から素行の悪い第二部隊の連中、そして話術の苦手な副隊長の顔。
仮にいざこざがあったとして、テオドアが負けるとは到底思えない。しかし、その後の報復が実に厄介であった。
せめて一人でも目撃者がいれば、また違うかもしれない。
最悪、自分が仲裁に入ることも想定していたジミルは、しかしながらこの後、全く予想していなかった展開に目を丸くするのだ。
そう、あえてテオドアから一拍遅れでついていったのが凶と出た。
ジミルが茂みの中でテオドアの姿を確認したのは、ちょうど彼が掌でその両目を隠した時だった。
第二部隊の連中はいなかった。しかし場の雰囲気から、どうやら彼らがここに来て、そして既に去ったのだろうことは、聡いジミルには容易く想像がついた。なんとなくどんな展開だったのかも推測できる。
今はおそらく感情が昂った副隊長の目が、本人の意思に反して光ってしまったのだろう。ビアが呆然としながらテオドアの方を見つめている。
彼女の顔を見て、ジミルは己の心が静かに冷めていくのを感じた。
そこに浮かぶのは、漠然とした恐怖。
テオドアを畏れ、テオドアが恐れる感情。
その表情より彼女が今、テオドアから明確な一線を引いたことが見て取れた。
(……これはもう、無理そうだな。)
おそらくあの子はもう、金輪際テオドアに会うことはないだろう。騎士団区画には二度と足を踏み入れないし、厨女の仕事も自ら外してもらうかもしれない。
なに、今までだって似たようなことは何度もあった。
別にいつかこんな日が来ることくらい、初めから分かっていたじゃないか。あの化け物じみた瞳を見て、ただの女が「はいそうですか」とやすやす受け入れられるはずもない。二人の仲睦まじい日々がずっと続くなんて、はなから考えていなかったはずだ。
(……でも、もう少しくらい、夢を見させてやってくれても良かったんじゃない…?)
ぼんやりと浮かんだ不満に、自分が存外あの上司に肩入れしていると気付かされる。
(……今日の夕飯は、俺の分少し分けてやろうかな。)
ジミルが静かに踵を返そうとした時だった。
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