はじまりはガシャポンで!

米と麦

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21.ティータイム

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 掌に収まる満月のプールに、気を利かせたメイドがカミツレの花をひとつ落とす。淹れたてのカモミールティーのカップを手に取ると、ビアはそっとその中を覗き込んだ。ぷかぷかと浮かぶ小花がなんとも愛らしい。しかしその中に映り込む自分の顔は、今一つ晴れない。

(犬、野犬、柘榴石ガーネット……)

 先ほどモールから教えられた話が頭から離れない。蔑称、蔑称、蔑称……。いつも明るく朗らかなテオドアが、こんなにも難しい境遇に身を置いているとは知らなかった。

(ていうか、犬……は、下手したら私もアウトね。)

 他意はなかったとはいえ、テオドアのことを可愛いわんこみたいだと常々思っていたビアは、その蔑称を聞いた時、死角から胸に矢を放たれたような妙なショックを受けた。多分これは罪悪感というやつだ。

(……っで、でもでも!!私はけっして馬鹿にしたつもりじゃなかったし、そもそも野犬なんて失礼なこと思ってないもん!!……そう、ノイマン副隊長は野犬なんかじゃないわ。血統書付き、毛並み艶やかで品行方正、おりこうさんなブラックシェパードなんだからっ!!それを、野犬だなんて……全くもって失礼しちゃうわ!!)

 方向性は違えど失礼であることに変わりはないのだが、残念ながらビアの心にそれを指摘できる者はいない。

 ビアは次に昨日の二人組を頭に思い浮かべると、脳内で彼らに向かって連続パンチを繰り出した。拳のシュッシュッと風を切る音が気持ちいい……幻聴だが。
 ああまったく腹が立つ。せめて想像の中でだけでも痛い目を見せでやらなければ気が済まない。……いや、多少痛い目にはテオドアがあわせたのだが。あんなもんじゃ事足りない。なにより自分の手で制裁してやりたい。
 コテンパンになった二人組から「これ以上はご勘弁を」という言葉を聞いたところで、ビアの妄想は遮られた。

「今日は随分悩ましげですね、ビア様。」
「……っフェリクス王子!!」

 いつの間にか瞑っていた両目を開けば、視界にはこちらの顔を覗き込むフェリクスの顔がどアップで映し出された。

(ちっ近っ!!)

 反射的に体を仰け反らせる。このイケメン王子はなぜか最近妙に距離が近いのだ。

「まるで一人百面相でしたよ。沈んだ顔をしているなあと思ったら、いきなり顔を真っ赤にして、最後はいきり立つポメラニアンのような佇まいをしておりました。」
「いきり立つポメラニアン!?」

 どんな様子だそれは。いや、それよりも……

「観察してないで、もっと早くに声をかけてくださいよ。」
「すみません。眺めててなんだか楽しかったもので、つい……」

 ビアが恨めしげな顔でフェリクスを睨む。フェリクスはその視線をサラリと受け流すと、面白おかしそうにクスクスと笑った。

 モールと書庫であったその日の午後、ビアはフェリクスと茶会の約束を取り付けていた。メイドを始めてからというは、なんとなく二人で会うことはなくなるかと思っていたビアだが、その予想は外れ、彼は未だ定期的に交流の場を設けてくれる。
 元々は紳士的で隙のない彼だったが、今ではだいぶん打ち解けてきたのだろうか。以前より地の表情を曝け出してくれるようになった。

 そして何故だか、距離も妙に近くなった。

(今更思い出したけど、確かノイマン副隊長の話が出るようになった頃からね……)

 フェリクスとは日々の何気ない出来事を話すことが多い。適正判断の時は試験内容を話すことがほとんどだったが、メイドを始めてからは、どんな仕事をして何があったかを話すことが多い。
 一応、王子の耳に入ることになるので、話す時はあえて人の名前は伏せている。その為テオドアのことも「厨房に時々くる騎士団の方」程度にしか話していない。しかし――

 書庫からの帰り際、モールに釘を刺されたことを思い出す。

『――いいですか、ビア様。先程の話は絶対に他言無用です。特にフェリクス王子には何があっても言ってはなりませぬ。……公には伏せておりますが、フェリクス王子とテオドア様は旧知の間柄にございます。歳も近く大変仲も良い。ゆえ王子はテオドア様に対する皆の差別的な態度に大層心を痛めていらっしゃる。城内で堂々差別用語を口にする者がいると知れば、それこそ彼の目が光るほど憤ることでしょう。……それはきっと、テオドア様の望まないことだ。……どうか、フェリクス様にはご内密にしてください。』

 ビアはこの時初めてフェリクスとテオドアが顔見知りであることを知った。モールは仲が良いとまで言いきっていたし、おそらくフェリクスは、「厨房に時々来る騎士」というのがテオドアのことだと察しがついているのだろう。今ではそう思う。

(差別されがちな友人、その彼に私が仲良く接していると分かって、幾分ガードが緩くなったのかもね。)

 この気持ちはビアにも分かる。初対面の人と話してみて、実は共通の友人がいたと知れば、いくらか親近感が湧くものだ。しかもそれが仲の良いものであればなおさら。

(とはいえ、最近はあまりにも近すぎると思うのだけれど……)

 フェリクスとの距離が縮まって何が困るかといえば、彼のその美しすぎる顔に当てられることだ。……まったく、彼には自分が絵に描いたような王子様であるという自覚を持って欲しい。ちょっと目が合うだけでなんとなく照れてしまうというのに、それがどアップで近づいてきたものならもうたまったものではない。頭の中が沸騰し思考がろくに回らなくなる。だから彼にはほどほどの距離を保ってほしいのだ。

「……それで、一体どんな考え事をしていたんですか?」

 ビアの心もつゆ知らず。フェリクスは無邪気に問いかけてきた。

「そ、それは……」

 頭の中にモールの言葉が再び蘇る。

 ――いいですか、ビア様。先程の話は絶対に他言無用です。特にフェリクス王子には何があっても言ってはなりませぬ。

(………い、言えない………)

 あそこまでキツく念押しされたのだ。何がなんでも話すわけにはいかない。
 とりあえず曖昧な笑顔で誤魔化してみる。……が、フェリクスは相変わらずこちらの顔を見つめるままだ。あくまでも話題を変えるつもりはないらしい。ビアの額に脂汗が浮かぶ。
 さてどうしたものか。躱せないなら騙すしかない。が、うまい作り話など早々頭に浮かぶものではない。

 先ほど浮かんだ脂汗が首筋を伝い始めた時だった。

 幸いにも部屋の戸を叩く音がした。返事をすればフェリクスの従者が勢いよくその扉を開けた。何やらずいぶん急いでいるようだ。
 彼はすぐにフェリクスのもとにやってくると、神妙な面持ちで耳打ちをしてみせた。フェリクスがすぐに顔色を変える。

「……失礼、ビア様。どうやら急用が入ったようです。せっかくの茶会ですが、途中で席を外すことをお許しください。」
「えっ、あ…いえ、勿体無いお言葉です。」

 ビアの返事を聞くやいなや、フェリクスがそそくさ退散する。その様子からしてどうやら只事ではなさそうだ。
 何が何だかわからぬうちにその場は締め括られ、あっという間にお茶会はお開きとなってしまった。

(……とはいえ、まあ、ナイスタイミングだったわね。少なくとも私にとっては……)

 フェリクスの後ろ姿をドアまで見送ると、ビアは一人静かに安堵のため息をついた。とりあえず、さっきの話はうまい具合に流れた。フェリクスの様子からして、今後蒸し返される可能性も低そうだ。
 ビアはのたのたともう一度席に着くと、まだ口をつけていなかったカモミールティーをグビリと飲む。カミツレ独特の風味の効いたそれは、一口飲めば身体中にその味わいが沁み渡り、今日一日でドッと疲れた身体を芯から温めてくれた。
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