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51.再会-1
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若草の瞳に再び光が灯ったのは、あの凄惨な目撃から五日後のことだった。
正直、ここ五日間の記憶はほとんどない。混沌とした意識の中、習慣化したルーチンに身を委ねて、ふらふらとただなんとなく生命活動を持続していた。いつ起き、何を食べ、誰と話したか、たった数日のことだというのにまったく思い出せない。
(……いえ、正確には一人――)
正確には一人だけ、かろうじて覚えている顔があった。たった二度ほど見かけただけの顔、銀縁眼鏡をかけた茶髪の男。
クォーツと名乗ったその男が、ビアに話しかけたのは、ちょうど厨房でレーナの指示のもと仕事をしていた時だった。
テオドアの話は彼女の耳にも入っていたらしい。ビアの様子がおかしい理由にも、すぐ見当がついたのだろう。優しい彼女は心ここに在らずなビアを、怒るどころか切に心配して、静かに様子を見守ってくれていた。
レーナから頼まれ、パンの生地を捏ねていた時だった。ひたすらパンを捏ねる作業は無心で集中でき、全てが曖昧な今のビアにはうってつけの作業だ。
柔らかな生地を黙々と手でこねていた時、隣から聞きなれない声がビアを呼んだ。
「失礼、君がビアだな?」
テオドアの見送りに来た――そう続いた言葉を聞いて、弾かれたように顔を上げると、見上げた先には長身の眼鏡男が、こちらをじっと見下ろしていた。レンズ越しに薄水色の瞳と視線があわさる。
「私はクォーツ=オスト。宮廷魔導士をしている。今日は君に用があってきた」
それから彼は何か尋ねようとしてきたが、ビアはそれより早く声を発した。
「ノイマン副隊長と出発された方ですよね!五日前、城門で怪我人を運んでいらっしゃった!!……あれは、……あの、運ばれていた方は、ノイマン副隊長だったんですか?……あの方は、生きていらっしゃいますか!?」
途中から声が震えた。聞いておきながら、答えを聞くのが怖かった。顔が熱くなる。急に酷い耳鳴りが襲う。
クォーツはしばし逡巡し、たった一言、「今は答えられない」とだけ返してくれた。ビアの体温がすうっと引く。耳鳴りもすぐに止み、先ほどまでくっきりしていた視界が、靄のようにみるみるぼやけ始めた。薄水色の瞳と、確かに視線は合っているはずなのに、いまいち焦点が定まらない。
ビアはまた、混濁した世界のなかにぼんやり揺蕩うことを選んだ。
朦朧とした意識の中で、それでもクォーツの話は聞いていた。彼はビアがテオドアに贈ったレモネードについて知りたがった。なんの変哲もないレモネードの、いったい何が気になったのかは分からなかったが、まだ原液が残っていたので、戸棚から保存容器を取り出しそのまま手渡した。
レモネードを手にしたクォーツは、それで満足したらしい。仰々しい礼を述べて、厨房を去っていった。別に感謝されるようなことは何もしていないのだが、ビアが少しだけ首を傾げる。
去り際、彼は厨房の出入り口からこちらを振り返った。ビアの様子を見かねたのだろうか。憐れむような眼差しを向けて、優しく笑う。
「……これだけは伝えておこう。テオドアは君のレモネードを、ひとつ残さずたいらげたよ」
それが嘘なのか本当なのか、ビアにはまったく判断つかなかったが、彼の優しさだけは痛いほど伝わってきた。
力なく微笑み返せば、男は今度こそその場を後にした。
正直、ここ五日間の記憶はほとんどない。混沌とした意識の中、習慣化したルーチンに身を委ねて、ふらふらとただなんとなく生命活動を持続していた。いつ起き、何を食べ、誰と話したか、たった数日のことだというのにまったく思い出せない。
(……いえ、正確には一人――)
正確には一人だけ、かろうじて覚えている顔があった。たった二度ほど見かけただけの顔、銀縁眼鏡をかけた茶髪の男。
クォーツと名乗ったその男が、ビアに話しかけたのは、ちょうど厨房でレーナの指示のもと仕事をしていた時だった。
テオドアの話は彼女の耳にも入っていたらしい。ビアの様子がおかしい理由にも、すぐ見当がついたのだろう。優しい彼女は心ここに在らずなビアを、怒るどころか切に心配して、静かに様子を見守ってくれていた。
レーナから頼まれ、パンの生地を捏ねていた時だった。ひたすらパンを捏ねる作業は無心で集中でき、全てが曖昧な今のビアにはうってつけの作業だ。
柔らかな生地を黙々と手でこねていた時、隣から聞きなれない声がビアを呼んだ。
「失礼、君がビアだな?」
テオドアの見送りに来た――そう続いた言葉を聞いて、弾かれたように顔を上げると、見上げた先には長身の眼鏡男が、こちらをじっと見下ろしていた。レンズ越しに薄水色の瞳と視線があわさる。
「私はクォーツ=オスト。宮廷魔導士をしている。今日は君に用があってきた」
それから彼は何か尋ねようとしてきたが、ビアはそれより早く声を発した。
「ノイマン副隊長と出発された方ですよね!五日前、城門で怪我人を運んでいらっしゃった!!……あれは、……あの、運ばれていた方は、ノイマン副隊長だったんですか?……あの方は、生きていらっしゃいますか!?」
途中から声が震えた。聞いておきながら、答えを聞くのが怖かった。顔が熱くなる。急に酷い耳鳴りが襲う。
クォーツはしばし逡巡し、たった一言、「今は答えられない」とだけ返してくれた。ビアの体温がすうっと引く。耳鳴りもすぐに止み、先ほどまでくっきりしていた視界が、靄のようにみるみるぼやけ始めた。薄水色の瞳と、確かに視線は合っているはずなのに、いまいち焦点が定まらない。
ビアはまた、混濁した世界のなかにぼんやり揺蕩うことを選んだ。
朦朧とした意識の中で、それでもクォーツの話は聞いていた。彼はビアがテオドアに贈ったレモネードについて知りたがった。なんの変哲もないレモネードの、いったい何が気になったのかは分からなかったが、まだ原液が残っていたので、戸棚から保存容器を取り出しそのまま手渡した。
レモネードを手にしたクォーツは、それで満足したらしい。仰々しい礼を述べて、厨房を去っていった。別に感謝されるようなことは何もしていないのだが、ビアが少しだけ首を傾げる。
去り際、彼は厨房の出入り口からこちらを振り返った。ビアの様子を見かねたのだろうか。憐れむような眼差しを向けて、優しく笑う。
「……これだけは伝えておこう。テオドアは君のレモネードを、ひとつ残さずたいらげたよ」
それが嘘なのか本当なのか、ビアにはまったく判断つかなかったが、彼の優しさだけは痛いほど伝わってきた。
力なく微笑み返せば、男は今度こそその場を後にした。
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