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52.再会-2
しおりを挟むそれから数日が経った。あの凄惨な現場を目撃した日から五日後のこと。その日ビアは洗濯当番だった。
今日は快晴。雲ひとつない青空のもと、ロープに干した真っ白なシーツが幾重に連なってはためく様は壮観だった。ちょうど強い風が吹き、シーツがより一層大きく飜る。視界が青と白の二色に染まる。その光景にぼうっと見惚れていた時、ふと背後から自分の名を呼ぶ声がした。
「ビア」
その声を聞いた途端、ビアの青と白の世界に眩しい紅が加わった。ぼんやりしていた視界が開け、世界が一気に鮮明になる。
少しざらついた声が、しっとりと耳に響く。それはなぜかとても懐かしい声に聞こえた。たった数日会えなかっただけだというのに、もう何年もずっと待ち焦がれていたような――そんな、ひとりの男の声。
何を考える間もなく振り返っていた。ビアの目が見開く。
「ノイマン、副隊長……」
ややくたびれた軍服に身を包み、そこからのぞく少し焼けた肌。ほんのり寝癖が残る黒紅の髪。その前髪の下に並ぶ色鮮やかな、しかしどこか優しげな柘榴の瞳――ビアが名を呼んだ男は、彼女の望むそのままの姿で目の前に現れた。
「どう……して……」
思わず口からこぼれた言葉。
だって、こんなことありえないはずだ。五日前、担架に乗せられた怪我人を、フェリクスは確かに「テオドア」と呼んだ。あの時の怪我人は見るも無惨な姿で、もういつ息を引き取ってもおかしくない状態だった。けして医療に通じてないビアでも、あの身体がこの短期間でこんな脅威的な回復できるはずないことくらいは分かる。
なのに今、彼はそんなことを微塵とも感じさせないくらい、いつも通りの様子でそこに立っている。
「やー悪い悪い。……本当は何日か前に帰ってたんだけど、足捻っちゃってさ。嫌な捻り方したもんだから、歩くのも辛くて、しばらく医務室で安静にしてたんだ。だから帰りの報告遅れちまった」
あっけらかんと笑いながら、こともなげに言ってみせる。こちらは運び込まれた時の姿をまざまざと覚えているというのに。見え透いた嘘に胸が詰まる。
「……お怪我、は……大丈夫なのですか……?」
かろうじて口から出た言葉は、囀りのように震えていた。
「ん?あ、ああ……足の痛みは少し長引いたけど、他は小さなかすり傷程度だったからさ、今はもう全然平気。……やーやっぱ慣れない土地はヘマしがちだな」
テオドアがまたカラカラと笑う。さもなんでもなかったかのように。
なまじりを下げて笑う彼の姿は、いつも通りのテオドアで。なのにその笑顔を見つめていると、ビアの中には安堵と不安を行き来するような、なんとも表現し難い気持ちが芽生える。
テオドアの並べた嘘を、頭の中でゆっくり咀嚼していく度に、ビアの心はどんどんちぐはぐになっていく。
テオドアと再び会えて、ただひたすら嬉しかった。記憶と変わらぬ姿で動き話す彼を見て、心の底から安堵した。屈託なく笑う彼の笑顔で、胸につかえていた不安が一瞬で澄み渡った。――喜び、安堵。この気持ちは確かに嘘じゃない。だけど――
全身を酷い火傷で包まれながら、意識不明の重体で運び込まれてきたこの男。その張本人が、さもなんでもなかったとばかりにへらへらと、どこまでも己を軽んじる姿を見て――――遣る瀬の無い悔しさと憤りを覚えるのは、ビアがおかしいのだろうか。
分かっている。この嘘が彼なりの優しさであることを。ビアを心配させたくないがための強がりであることを。これからまた日常を続けるために、必要な処世術であることを。
――――ちゃんと分かっている。
「…………嘘ばっかり」
気づいたら口からこぼれていた。
静かに、だが確かに心のうちをぶちまけた瞬間、急に目が、喉が熱くなる。頬にじっとりした何かが伝い、なんだか気持ちが悪い。
それまで穏やかに笑っていたはずのテオドアは、ここにきて突然ぴしりと凍りついた。特徴的な目を見開かせ、口は半開きにして声を詰まらせる。なんだかちょっと間抜けな顔だなと内心笑ってしまった。先ほどまでの自分もこんな感じだったのだろうか。
「………あのさ、ビア。ごめん、俺なんか変なこと言ったかな?」
「……?」
「いや、だって……その……」
その時、頬を伝った不快感が、そのまま顎の先まで流れ、ぽたりと落下していった。たまたま胸元で合わせていたこぶしにそれが貼り付く。反射的に視線を落とし、その不快感の正体が水滴であることに分かった時、ビアはやっと、自分が泣いていたことに気がついた。
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