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60.臆病者-3 (※微BL注意)
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「まあ、なんだ……こんなこと言ったらますます怒るかもしれねえけど、悪いことばかりでもなかっただろ。召喚された乙女の件、今回の騒動で力を発揮したってんだから…………で、あれからどうなった?」
あらかた片付いたので席に戻ると、手ぬぐいで両手をふきながらなんとなしに尋ねてみる。
「ああ……そうだな。ビア様ならまた適性審査を開始する手筈になった。回復職・薬学・調理系を中心に進めるつもりだ。当然メイドとして働くのもやめてもらうことになる。……大臣達は随分喜んでいたけれど、正直僕は彼女にかかる負担が心配だ」
ビア、という単語に指が少しだけ跳ねた。その名前で呼ぶことはもう自分には許されていない。メイドをやめるのも当たり前だと分かっていながら、心のどこかで落胆する自分が恨めしい。
「……へえ、そうなんだ。あんまし無茶はさせないで欲しいな。まあそれをうまい塩梅で進めるのもお前の仕事か」
「……確かにそうだが………君はそれでいいのか?」
「いいって………何が?」
「厨房にいつもお腹を空かせた面白い騎士様が来る――ビア様からそう報告をもらっている。どうやら彼女はこの騎士様とやらに色々世話になっていたみたいでね。何かと彼の話を聞かせてもらっているんだ。……テオ、君は随分ビア様と仲良くしているようじゃないか」
「……不敬罪はやめてくれよ、知らなかったんだから」
「茶化すな。それに別に責めているわけじゃない。ただ僕は、君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか、それを聞きたいだけだ」
「……仕方ないだろ。もともとメイドやってること自体がおかしかったんだ。あるべきところに戻った。そう思えば不満もなにもって話だ」
「……では聞き方を変える。彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?」
「だから別に、なんも………まあ、強いていうなら心配はしてるよ。お前もあのお方も、どうにも肩に力が入りすぎてるから。たまにはどっか城の外で息抜きでもしたほうがいいんじゃない?」
何の気なしに口にした答えは、しかしどうやら彼の琴線に触れたようだった。
「……これは驚いた。まさか塩を贈られるとはな」
フェリクスの目が僅かに眇められる。グラスに口をつけながら試すような視線でこちらを睨め付けた。射るような眼差しがテオドアの全身に刺さる。今更ながら話題のすり替え先を間違えたと後悔した。何かを誤魔化すように意味もなくビアグラスを回してみたものの、うまい切り返しは見つからない。
「………いったい何が聞きたいの?」
「君がこう言った探り合いが苦手なのは知っているが、かと言っていつまでも煙に巻くような態度はいただけないな」
フェリクスはグラスワインを一気に飲み干すと急に立ち上り、テオドアの目の前にすっと立ちはだかった。
「ここぞという時に本心を明かさないのも無粋だ」
何事かと見上げた時にはもう遅かった。
フェリクスは片膝を乱暴にソファに乗せ、両腕はテオドアを挟むようにして背もたれに手をかけた。壁ドンならぬソファドンである。
「ちょ、フェリク……」
彫刻も劣るほどの美しい造形をした顔が、頭のすぐ上まで迫る。それはまるで逃がさないとばかりに上からじっとこちらを見据え、なぜだか目を逸らすことができなかった。翠玉の瞳にはまたわずかな光が灯り、逆光の中鈍くきらめく様子は、まるで獲物を狙う肉食獣のようだ。
「い、いきなりどうし……」
「皇子である僕の質問には誠意をもって答えるべきだぞ、ノイマン第八副隊長殿」
そう耳元で囁かれ、身体にぞわりと鳥肌が立つ。柔らかなシャンパンの毛束が首筋にかかってくすぐったい。
まるで迫られているようなこの状況に、テオドアの脳内信号の伝達は全く追いつかない。訳もわからず混乱する最中、本能的に冴え渡った五感がフェリクスの吐息からわずかに香るアルコール臭に反応した。
(そういえばコイツ、めちゃめちゃ下戸だったーー!!!!)
いや、そういえばではなくちゃんと覚えていた。なんなら最初に飲みすぎるなと念を押したくらいには。だがこの男ときたら「社交界で嫌でも慣れた」だなんだというから少し気を抜いてしまった。いちおう最初のうちは彼の飲酒量を目視で確認してはいたのだが、二人で水入らずの会話をしているうちにすっかり意識から抜け落ちてしまっていた。
テオドアが即座に卓上を見る。ボトルの減り具合からしておそらく五杯分。うち一杯は床に落としたとして、それでも四杯は飲んでいる。
(いやコイツの限界確か二杯だよな!!)
さっと血の気が引くのが分かった。
「お前、ちょっと飲み過ぎ!!完全酔っ払ってんだろ!!」
「そうやって君はまた僕をはぐらかそうとする」
「いやこちとら真面目に答えてんだわ!!」
なんとかして皇子を引っぺがそうとしてみるが、綺麗な顔でもやはり成人男性。そこそこの重みがあるため適当にはいなせない。
実際、テオドアの方がたっぱも力もあるわけで、本気を出せばフェリクスを押し飛ばすことも可能なのだが、さすがに友人にあまり乱暴な真似はしたくない。しかも相手はこの国の皇族。うっかり怪我などさせたもんなら……
そうこうしているうちに酔いどれ王子が今度はテオドアの顎を強引に持ち上げた。顎クイである。若干力が強すぎてテオドアの頬が潰れ、タコチューみたいな顔になっているが。フェリクスは彼の顔を持ち上げると無理矢理自分に視線を合わさせた。
「さて、ちゃんと心の内を明かしてもらおうか。テオドア」
いや、もはや何聞かれてたんだか覚えてねえんだわ
そんなことよりこのままだと変な気が起きそうでそれどころではない。確かビアを巡って牽制をかけられていた気がするが、それはテオドアの思い違いでもしかして巡られていたのは自分だったのではないか。そして今から自分はフェリクスのものになるのではないかと、意味不明な思考が頭にとっ散らかる。
(――――なんかもう、それでもいい気がする)
だってコイツ王子だし、なんかすげーイケメンだし。うん、なんかもういいんじゃない?幸せになれるよ俺。やったね!
………テオドア=ノイマン。哀しきかなこの男、普段人に距離を置かれることはあっても詰められることはそうそうない。それゆえに予告もなく降ってきたその稀有な経験に、頭が相当沸き立っていた。
「や、やひゃひくひてください(優しくしてください) ……!!」
「それは君の回答次第だ」
いったい何のやりとりなのか、我々は何を見せられているのか混沌を極めたその時――――
「……ぐう」
間の抜けた空気音とともに、突然の重量感がテオドアの左肩にかかった。フェリクスがのしかかるように倒れ込んできたのだ。
(……………………え?)
ぐらぐらと揺さぶってみたものの反応がない。いや、正確には規則正しい呼吸音がひとつ――
こいつ……まさか……
「………………寝落ちしてる。」
閑静な部屋に、テオドアのつぶやきが静かに響いた。
あらかた片付いたので席に戻ると、手ぬぐいで両手をふきながらなんとなしに尋ねてみる。
「ああ……そうだな。ビア様ならまた適性審査を開始する手筈になった。回復職・薬学・調理系を中心に進めるつもりだ。当然メイドとして働くのもやめてもらうことになる。……大臣達は随分喜んでいたけれど、正直僕は彼女にかかる負担が心配だ」
ビア、という単語に指が少しだけ跳ねた。その名前で呼ぶことはもう自分には許されていない。メイドをやめるのも当たり前だと分かっていながら、心のどこかで落胆する自分が恨めしい。
「……へえ、そうなんだ。あんまし無茶はさせないで欲しいな。まあそれをうまい塩梅で進めるのもお前の仕事か」
「……確かにそうだが………君はそれでいいのか?」
「いいって………何が?」
「厨房にいつもお腹を空かせた面白い騎士様が来る――ビア様からそう報告をもらっている。どうやら彼女はこの騎士様とやらに色々世話になっていたみたいでね。何かと彼の話を聞かせてもらっているんだ。……テオ、君は随分ビア様と仲良くしているようじゃないか」
「……不敬罪はやめてくれよ、知らなかったんだから」
「茶化すな。それに別に責めているわけじゃない。ただ僕は、君たちが築いてきた今まで通りの関係を、この先続けていけなくなることに不満はないのか、それを聞きたいだけだ」
「……仕方ないだろ。もともとメイドやってること自体がおかしかったんだ。あるべきところに戻った。そう思えば不満もなにもって話だ」
「……では聞き方を変える。彼女の世話係は全面的に僕が担当することになっている。それについて何か思うところは?」
「だから別に、なんも………まあ、強いていうなら心配はしてるよ。お前もあのお方も、どうにも肩に力が入りすぎてるから。たまにはどっか城の外で息抜きでもしたほうがいいんじゃない?」
何の気なしに口にした答えは、しかしどうやら彼の琴線に触れたようだった。
「……これは驚いた。まさか塩を贈られるとはな」
フェリクスの目が僅かに眇められる。グラスに口をつけながら試すような視線でこちらを睨め付けた。射るような眼差しがテオドアの全身に刺さる。今更ながら話題のすり替え先を間違えたと後悔した。何かを誤魔化すように意味もなくビアグラスを回してみたものの、うまい切り返しは見つからない。
「………いったい何が聞きたいの?」
「君がこう言った探り合いが苦手なのは知っているが、かと言っていつまでも煙に巻くような態度はいただけないな」
フェリクスはグラスワインを一気に飲み干すと急に立ち上り、テオドアの目の前にすっと立ちはだかった。
「ここぞという時に本心を明かさないのも無粋だ」
何事かと見上げた時にはもう遅かった。
フェリクスは片膝を乱暴にソファに乗せ、両腕はテオドアを挟むようにして背もたれに手をかけた。壁ドンならぬソファドンである。
「ちょ、フェリク……」
彫刻も劣るほどの美しい造形をした顔が、頭のすぐ上まで迫る。それはまるで逃がさないとばかりに上からじっとこちらを見据え、なぜだか目を逸らすことができなかった。翠玉の瞳にはまたわずかな光が灯り、逆光の中鈍くきらめく様子は、まるで獲物を狙う肉食獣のようだ。
「い、いきなりどうし……」
「皇子である僕の質問には誠意をもって答えるべきだぞ、ノイマン第八副隊長殿」
そう耳元で囁かれ、身体にぞわりと鳥肌が立つ。柔らかなシャンパンの毛束が首筋にかかってくすぐったい。
まるで迫られているようなこの状況に、テオドアの脳内信号の伝達は全く追いつかない。訳もわからず混乱する最中、本能的に冴え渡った五感がフェリクスの吐息からわずかに香るアルコール臭に反応した。
(そういえばコイツ、めちゃめちゃ下戸だったーー!!!!)
いや、そういえばではなくちゃんと覚えていた。なんなら最初に飲みすぎるなと念を押したくらいには。だがこの男ときたら「社交界で嫌でも慣れた」だなんだというから少し気を抜いてしまった。いちおう最初のうちは彼の飲酒量を目視で確認してはいたのだが、二人で水入らずの会話をしているうちにすっかり意識から抜け落ちてしまっていた。
テオドアが即座に卓上を見る。ボトルの減り具合からしておそらく五杯分。うち一杯は床に落としたとして、それでも四杯は飲んでいる。
(いやコイツの限界確か二杯だよな!!)
さっと血の気が引くのが分かった。
「お前、ちょっと飲み過ぎ!!完全酔っ払ってんだろ!!」
「そうやって君はまた僕をはぐらかそうとする」
「いやこちとら真面目に答えてんだわ!!」
なんとかして皇子を引っぺがそうとしてみるが、綺麗な顔でもやはり成人男性。そこそこの重みがあるため適当にはいなせない。
実際、テオドアの方がたっぱも力もあるわけで、本気を出せばフェリクスを押し飛ばすことも可能なのだが、さすがに友人にあまり乱暴な真似はしたくない。しかも相手はこの国の皇族。うっかり怪我などさせたもんなら……
そうこうしているうちに酔いどれ王子が今度はテオドアの顎を強引に持ち上げた。顎クイである。若干力が強すぎてテオドアの頬が潰れ、タコチューみたいな顔になっているが。フェリクスは彼の顔を持ち上げると無理矢理自分に視線を合わさせた。
「さて、ちゃんと心の内を明かしてもらおうか。テオドア」
いや、もはや何聞かれてたんだか覚えてねえんだわ
そんなことよりこのままだと変な気が起きそうでそれどころではない。確かビアを巡って牽制をかけられていた気がするが、それはテオドアの思い違いでもしかして巡られていたのは自分だったのではないか。そして今から自分はフェリクスのものになるのではないかと、意味不明な思考が頭にとっ散らかる。
(――――なんかもう、それでもいい気がする)
だってコイツ王子だし、なんかすげーイケメンだし。うん、なんかもういいんじゃない?幸せになれるよ俺。やったね!
………テオドア=ノイマン。哀しきかなこの男、普段人に距離を置かれることはあっても詰められることはそうそうない。それゆえに予告もなく降ってきたその稀有な経験に、頭が相当沸き立っていた。
「や、やひゃひくひてください(優しくしてください) ……!!」
「それは君の回答次第だ」
いったい何のやりとりなのか、我々は何を見せられているのか混沌を極めたその時――――
「……ぐう」
間の抜けた空気音とともに、突然の重量感がテオドアの左肩にかかった。フェリクスがのしかかるように倒れ込んできたのだ。
(……………………え?)
ぐらぐらと揺さぶってみたものの反応がない。いや、正確には規則正しい呼吸音がひとつ――
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