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第1幕 ~レモンドーナッツと味わいたいもの~
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数日後の日差しの強い八月上旬のある日。
華は小ぶりな段ボールを手に、高級マンション、通称『殺し屋御殿』のエレベーターに乗り込んだ。
ともに乗り込んだ澄春の姿は少々異質である。
片手に大ぶりのカーペット。片手にクーラーボックス、とハンドバック数個。
背中に三つの女性もののリュック。
彼に車を出してもらって自宅からとってきた荷物たちである。
「引っ越しまで手を借りてしまって。すみません」
「いやいや。逃避行みたいで楽しいよ。それに、一人では危険だ。今の華ちゃんの周囲で殺人的なのはこの猛暑だけではないんでしょ?」
「ええっと……」
言いよどんでいると、澄春が微笑む。
「詳しい事情はまだ知らないけれど。かよわい女性が困っているなら、全面的に協力するからね」
そんな台詞も彼が言うと極めて自然に響く。
玄関を入り、左側に部屋が二つ、右側にキッチンとつながったダイニング。
奥に進んだ正面の扉から入る一室を使っていいと言われている。
ちなみにさらに上階も彼らが借りていて、キッチンの階段でつながっている。
ひとまず荷物を降ろしに、華と澄春が向かった奥の部屋から。
「なんなんだよこの悪趣味な部屋は」
路空の呆れたような声が響いた。
「悪趣味とはなんですか。華さん歓迎の意図を表するために、私が碧さんとともに考案した、ハイセンス空間です。コンセプトは『日常をロマンチックにゆめゆめしく』」
湊の応戦する声と、
「ふむ……おかしかっただろうか」
碧の声もする。
「女性の部屋というのはイメージがしづらくて……。ひとまず、華やかなデザインのものを一式取り入れてみたんだが」
「はぁ……」
たどり着いたさきで路空が頭を抱えている。
「湊はやたら世界観固めたがるし、碧にいのセンスは壊滅的だし……インテリア担当にこの組み合わせはどう考えてもねーってさいしょから言ったぞ俺は」
「そうかな? なかなかおもしろい部屋だと思うよ。僕には、蝶々さんたちがひらひら舞うのが見えるね……」
凪がうっとりと部屋で息を吸っている。
どうやら全員がそろったようだ。
「うっすらあぶねーこと言ってんじゃねー。……あ、澄春先生」
路空が華たちに気づき、目の前の部屋を促す。
「見て下さいよ、このやばい部屋」
「うん。言われなくても、見えているけれど」
その先を言いよどんだのか澄春は、引っ越し荷物に囲まれた少々ユニークな姿もそのままに立ち尽くす。
段ボールを抱えたまま、華も固まっていた。
右手のカーテンは明るいピンクにラメをちらし、中心上部に大ぶりのリボン。
カーペットは紫の薔薇柄に彩られ。
中世ヨーロッパの絵画のような天使が描かれた天井、文机に小テーブル。
白いドレッサーはどこかの姫が使うようなデザインだが、まぁこれは、どうにか使えそうと思う。
極めつけは、クローゼットの中だ。仮装大会でも使いきれなさそうな華美なドレスがこれでもかというほど敷き詰められている。
「これは華さん! ちょうどよいところに!」
湊の期待に満ちた表情にうっと身構えてしまう。
自負を表すように眼鏡を押し上げ、湊は片目を閉じた。
「いかがでしょうか、この部屋。華さんにふさわしいものをデザインさせていただきました」
「は、はい。ありがとうございます。……そうですね……」
はっきり言って落ち着かなくて暮らせたものではないが、自分のために用意してくれた湊と碧を想うと、そのまま口に出すのは憚られる。
「おや。もしや、お気に召しませんでしたか……?」
哀しそうに目を細める湊に、
「えっと、その……」
言いよどんでいると、
「湊。このあたりにしておこう――華さん」
碧がフォローを入れてくれて助かった、と思う。
が。
「やはり、カーペットの薔薇とカーテンの色は、ショッキングピンクに統一すべきでしたよね」
真顔で言われて、あ、これ助かってない、と悟る。
「ったく」
真の助け舟となってくれたのは意外にも路空だった。
「考えてもみろよ。こんなどぎつい部屋でまともに休めるかっつの」
「そうだね。パーティー会場としてなら素敵だけど、おかしな奴らに追われていて、まずは安心したい女性には少し……ね?」
さらに荷ほどきをしながら澄春も言ってくれ、華も続けることができる。
「そうですね。もう少しだけシンプルだと、もっと素敵だと思います」
「そうですか……すみません、華さん。私、少し張り切りすぎてしまって」
「そんな」
湊に華は両手を振った。
「考えてくれた気持ちがとても嬉しいです。その、一つ一つは、とても素敵ですし」
碧が頷き、
「すまないが路空、部屋のデザインをもう一度考え直してくれるか? お前はこういうことは得意だろう」
湊が顔を歪める。
「くっ。路空に頼むのは不本意ですが……仕方ありませんね」
「さいしょっから素直にそうすりゃいいんだよ」
「あの、路空さん。いいんですか? 部屋のデザインくらいなら自分でも」
そう言う華だったが、路空はふんと顔を斜めに向けて、
「俺らの暮らしてる御殿の一部を、おかしなインテリアにされたくねーだけ」
「な、なるほど……」
「あと」
うつむいたまま、路空は小さく呟いた。
「路空でいい。敬語とかもいらねー。同年代だろ」
「あ。はい。じゃなくて……うん」
どうにか華が頷き、ひとまずその場は解散となった。
華は小ぶりな段ボールを手に、高級マンション、通称『殺し屋御殿』のエレベーターに乗り込んだ。
ともに乗り込んだ澄春の姿は少々異質である。
片手に大ぶりのカーペット。片手にクーラーボックス、とハンドバック数個。
背中に三つの女性もののリュック。
彼に車を出してもらって自宅からとってきた荷物たちである。
「引っ越しまで手を借りてしまって。すみません」
「いやいや。逃避行みたいで楽しいよ。それに、一人では危険だ。今の華ちゃんの周囲で殺人的なのはこの猛暑だけではないんでしょ?」
「ええっと……」
言いよどんでいると、澄春が微笑む。
「詳しい事情はまだ知らないけれど。かよわい女性が困っているなら、全面的に協力するからね」
そんな台詞も彼が言うと極めて自然に響く。
玄関を入り、左側に部屋が二つ、右側にキッチンとつながったダイニング。
奥に進んだ正面の扉から入る一室を使っていいと言われている。
ちなみにさらに上階も彼らが借りていて、キッチンの階段でつながっている。
ひとまず荷物を降ろしに、華と澄春が向かった奥の部屋から。
「なんなんだよこの悪趣味な部屋は」
路空の呆れたような声が響いた。
「悪趣味とはなんですか。華さん歓迎の意図を表するために、私が碧さんとともに考案した、ハイセンス空間です。コンセプトは『日常をロマンチックにゆめゆめしく』」
湊の応戦する声と、
「ふむ……おかしかっただろうか」
碧の声もする。
「女性の部屋というのはイメージがしづらくて……。ひとまず、華やかなデザインのものを一式取り入れてみたんだが」
「はぁ……」
たどり着いたさきで路空が頭を抱えている。
「湊はやたら世界観固めたがるし、碧にいのセンスは壊滅的だし……インテリア担当にこの組み合わせはどう考えてもねーってさいしょから言ったぞ俺は」
「そうかな? なかなかおもしろい部屋だと思うよ。僕には、蝶々さんたちがひらひら舞うのが見えるね……」
凪がうっとりと部屋で息を吸っている。
どうやら全員がそろったようだ。
「うっすらあぶねーこと言ってんじゃねー。……あ、澄春先生」
路空が華たちに気づき、目の前の部屋を促す。
「見て下さいよ、このやばい部屋」
「うん。言われなくても、見えているけれど」
その先を言いよどんだのか澄春は、引っ越し荷物に囲まれた少々ユニークな姿もそのままに立ち尽くす。
段ボールを抱えたまま、華も固まっていた。
右手のカーテンは明るいピンクにラメをちらし、中心上部に大ぶりのリボン。
カーペットは紫の薔薇柄に彩られ。
中世ヨーロッパの絵画のような天使が描かれた天井、文机に小テーブル。
白いドレッサーはどこかの姫が使うようなデザインだが、まぁこれは、どうにか使えそうと思う。
極めつけは、クローゼットの中だ。仮装大会でも使いきれなさそうな華美なドレスがこれでもかというほど敷き詰められている。
「これは華さん! ちょうどよいところに!」
湊の期待に満ちた表情にうっと身構えてしまう。
自負を表すように眼鏡を押し上げ、湊は片目を閉じた。
「いかがでしょうか、この部屋。華さんにふさわしいものをデザインさせていただきました」
「は、はい。ありがとうございます。……そうですね……」
はっきり言って落ち着かなくて暮らせたものではないが、自分のために用意してくれた湊と碧を想うと、そのまま口に出すのは憚られる。
「おや。もしや、お気に召しませんでしたか……?」
哀しそうに目を細める湊に、
「えっと、その……」
言いよどんでいると、
「湊。このあたりにしておこう――華さん」
碧がフォローを入れてくれて助かった、と思う。
が。
「やはり、カーペットの薔薇とカーテンの色は、ショッキングピンクに統一すべきでしたよね」
真顔で言われて、あ、これ助かってない、と悟る。
「ったく」
真の助け舟となってくれたのは意外にも路空だった。
「考えてもみろよ。こんなどぎつい部屋でまともに休めるかっつの」
「そうだね。パーティー会場としてなら素敵だけど、おかしな奴らに追われていて、まずは安心したい女性には少し……ね?」
さらに荷ほどきをしながら澄春も言ってくれ、華も続けることができる。
「そうですね。もう少しだけシンプルだと、もっと素敵だと思います」
「そうですか……すみません、華さん。私、少し張り切りすぎてしまって」
「そんな」
湊に華は両手を振った。
「考えてくれた気持ちがとても嬉しいです。その、一つ一つは、とても素敵ですし」
碧が頷き、
「すまないが路空、部屋のデザインをもう一度考え直してくれるか? お前はこういうことは得意だろう」
湊が顔を歪める。
「くっ。路空に頼むのは不本意ですが……仕方ありませんね」
「さいしょっから素直にそうすりゃいいんだよ」
「あの、路空さん。いいんですか? 部屋のデザインくらいなら自分でも」
そう言う華だったが、路空はふんと顔を斜めに向けて、
「俺らの暮らしてる御殿の一部を、おかしなインテリアにされたくねーだけ」
「な、なるほど……」
「あと」
うつむいたまま、路空は小さく呟いた。
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