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第2幕 ~盗んだのは禁忌の香り~
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「幼少期はそれなりに仲のいい家族だったと思います」
リビングのソファの角に華が腰かけ、ぽつりぽつりと語りだす。
その両隣に碧と湊。
左側のソファに背を預けながら澄春が耳を傾け。
右側に足を投げ出している凪。
キッチンで夕飯の片付けをしながら耳を傾ける路空。
「十代の終わりくらいから、だんだんと様子がおかしくなって。きっかけは、父が暴力をふるいだしたことでしょうか」
流しから鋭い息が吐かれる。
「ま、家族崩壊のきっかけとしちゃありがちだな」
路空のコメントを挟み、華は語りを続ける。
「わたしも何度もやられました。母も。それなのに母は、父を一向に批判せず――かばってばかりで。殴られるのはわたしが反抗的だからと」
「そんな環境だからでしょうか。わたしも妹もそれぞれ精神的な問題を抱えるようになって」
「母は妹ばかりを大事にするようになりました。理由は――たぶん、怖かったんだと思います」
妹の病み方はかなり攻撃的だった。
気に入らないことがあれば怒鳴ったり叫んだりし出す。
盗癖も見られた。
万引きをしたと、警察から華のもとへ連絡がきたこともある。
母は、父との壊れた関係をあたくれるように華には挨拶もせず、話しかけても無視されることも日常茶飯事だった。
料理も掃除もなにもかも、妹には丁寧に尽くして。
華にはしてくれたことがない。
それどころか、華が家事を提供しても感謝の言葉すら言われた記憶がなかった。
旅行や行事など、家族らしいことは軒並み華抜きで行われ。
介護や面倒ごとはみな、華一人に押し付けられる。
「ふーん」
きゅっと、水道を締め上げる音がする。
「なかなかなクソ野郎どもだな。そんなどうしようもねー奴ら、なんで早々に見切んなかった?」
布巾で手を拭いながら告げる路空になんとも答えられずにいると、凪が言葉を足してくれる。
「フフフ。華ちゃんは、見切る必要すらないよ。そういうふざけた人種は、僕が消してあげる」
「凪くんの気持ちには激しく同意だけれどね……。こればかりは華ちゃんから指令がなければ、私たちは動くことはできないから」
澄春の言葉を受けて、華はじっと自らの膝を見つめる。
家族を激しく憎んでいる。
事故に遭えばいいと思うほどに。
……だけど。
「そんな自分が怖くて。ものすごく、悪い人間のように思えて――」
どん詰まりのような鈍い沈黙が、一帯を支配する。
それが長らく続く前に、打ち破ったのは路空だった。
「はー。かったり」
キッチンの壁にもたれて足を組み、華をまっすぐに見据える。
「っていうかさ、あんたいったいどうしたいわけ」
「え――」
気付いたら路空が目の前に立って見下ろしていた。
「路空。やめなさい。華さんはただでさえ苦しんでいるのですよ」
湊の静止もふんと一息で跳ねのけて、路空は続けた。
「じゃぁ訊くけど。お前を一番苦しめてるのって誰だよ」
「え……?」
ぐっと顔を近づた路空の表情が、ふいに消えた。
「暴力でしかものも言えない最低じじいか。娘を守ることもできない最弱ばばあか。モラハラしても許されてきたわがまま娘の妹なのか」
「それは……」
華は考えてみる。
どれも正解で。
どれも違う気がする。
「うう……」
脳みそがぐるぐる回るような感覚にこめかみを抑えると、碧が横から支えてくれる。
「路空。急ぎ過ぎだ」
「碧にいは黙っててくれ」
かまうことなく路空は続ける。
「そんなやつらの言うこときいて、気の進まない介護も、面倒ごとも引き受けて。暴力も愚痴もハラスメントも文句も言わずに受け入れて来た。そうやってお前を粗末に扱ってきたの、誰だよ」
どんと、華はテーブルに両手をついた。
「華さん! 路空、少しは慎みなさい」
「そうだねぇ。路空くん、傷ついている女性をさらに傷つけては、いけませんよ?」
湊と凪が言葉を挟む。一方で、後方の澄春が成りゆきを見守っているのを感じる。
「はっ。はぁはぁ……」
手をついた体勢のまま、華はあえいだ。
様々な感情が脳をかき乱し、呼吸ができない。
「華さん、だいじょうぶですか。落ち着いて」
碧に支えられ、激しい息がようやく収まったとき、出てきたのは意外な言葉だった。
「路空の、言う通りです」
「誰より、わたしを苦しめていたのは……わたし自身です」
ひらりと、路空の右手が宙を舞う。
「はん。ようやく気付いたか」
そして、続いたのは――押し殺すような声。
「誰も傷つけられねー人間にかぎってこれだ。……お前自身がお前のこと、いじめてんじゃねーよ」
強い言葉に宿るほのかなぬくもりに、汗を拭いながら華は頷く。
「ノーを言ったり、断ったり……そういうことは昔から苦手でした。でも、これじゃだめだと、思います」
黙っていた澄春が口を開く。
「きっとはるか昔から植え付けられた習慣がそうさせているんだろう。すぐに抜けるものではないけれど……少しずつ自分のことを尊重できるようになっていこう。私たちも協力するから、ね?」
「澄春さん……」
「あなたは、尊重されるだけの価値がある人です。それは俺が保障しますから」
「碧さんも」
「それでだ」
目の前の路空が、話を纏め上げる。
「いい加減腹決めろ、華。お前はどうしたい」
「路空……」
路空の人差し指が、華の眼前につきつけられる。
「一生家族の奴隷を続けていきたいか? そういうやつだって少なからずいるから、俺はなんも言わねーけど」
「……っ」
その指をとり、華は投げ捨てた。
「嫌!」
高い、だが芯のある声が、殺し屋御殿のリビングに響き渡る。
「もう嫌。ぜったいに嫌だ。ぞんざいに、ごみか便利品のように扱われ続けて。逃げても逃げても、頭の中でずっと、あいつらの責める声が聞こえてきて。もうわたしは」
熱を持った頭を全身を抱くように抱え、華は宣言する。
「自由になりたい……! ずっと縛られてきた、頭の中の、わたしを責める声から」
「——ふっ」
口元を歪め、路空はにやりと笑みを見せた。
「やればできんじゃん」
「華さん」
隣を見れば、湊が微笑んでいる。
「心が決まりましたら、正式なご依頼を」
「——」
すっと、華は息を肺一杯に吸い込んだ。
「殺し屋御殿のみなさん」
「わたしの家族を、消してください」
澄春が口元に弧を描き。
湊が眼鏡を押し上げ。
凪がふわりと微笑み。
路空がにっと片頬を持ち上げ。
碧が右手を胸にあてた。
「承りました、お客様」
この日この時。
何かが流れ出したのを、御殿の五人は共有した。
「そうと決まりましたら、俺たちだけで少し、計画の骨格を話し合いたいので――華さんは少し、外していただけますか」
「ええっ。でも、碧さん。これはわたしの問題ですし。ぜんぶお任せってわけには」
「専門外の人間には聞かせらんねー話だらけなんだよ、ごたごた言うな」
「うう。路空……」
さきほどの笑顔は少しだけ、優しいと思ったのに。
「やっぱりいじわる……」
再び路空は、口の端をあげた。
「おう。優しい人間のつもりは一ミリたりともねーよ。ほら、出た出た」
リビングのソファの角に華が腰かけ、ぽつりぽつりと語りだす。
その両隣に碧と湊。
左側のソファに背を預けながら澄春が耳を傾け。
右側に足を投げ出している凪。
キッチンで夕飯の片付けをしながら耳を傾ける路空。
「十代の終わりくらいから、だんだんと様子がおかしくなって。きっかけは、父が暴力をふるいだしたことでしょうか」
流しから鋭い息が吐かれる。
「ま、家族崩壊のきっかけとしちゃありがちだな」
路空のコメントを挟み、華は語りを続ける。
「わたしも何度もやられました。母も。それなのに母は、父を一向に批判せず――かばってばかりで。殴られるのはわたしが反抗的だからと」
「そんな環境だからでしょうか。わたしも妹もそれぞれ精神的な問題を抱えるようになって」
「母は妹ばかりを大事にするようになりました。理由は――たぶん、怖かったんだと思います」
妹の病み方はかなり攻撃的だった。
気に入らないことがあれば怒鳴ったり叫んだりし出す。
盗癖も見られた。
万引きをしたと、警察から華のもとへ連絡がきたこともある。
母は、父との壊れた関係をあたくれるように華には挨拶もせず、話しかけても無視されることも日常茶飯事だった。
料理も掃除もなにもかも、妹には丁寧に尽くして。
華にはしてくれたことがない。
それどころか、華が家事を提供しても感謝の言葉すら言われた記憶がなかった。
旅行や行事など、家族らしいことは軒並み華抜きで行われ。
介護や面倒ごとはみな、華一人に押し付けられる。
「ふーん」
きゅっと、水道を締め上げる音がする。
「なかなかなクソ野郎どもだな。そんなどうしようもねー奴ら、なんで早々に見切んなかった?」
布巾で手を拭いながら告げる路空になんとも答えられずにいると、凪が言葉を足してくれる。
「フフフ。華ちゃんは、見切る必要すらないよ。そういうふざけた人種は、僕が消してあげる」
「凪くんの気持ちには激しく同意だけれどね……。こればかりは華ちゃんから指令がなければ、私たちは動くことはできないから」
澄春の言葉を受けて、華はじっと自らの膝を見つめる。
家族を激しく憎んでいる。
事故に遭えばいいと思うほどに。
……だけど。
「そんな自分が怖くて。ものすごく、悪い人間のように思えて――」
どん詰まりのような鈍い沈黙が、一帯を支配する。
それが長らく続く前に、打ち破ったのは路空だった。
「はー。かったり」
キッチンの壁にもたれて足を組み、華をまっすぐに見据える。
「っていうかさ、あんたいったいどうしたいわけ」
「え――」
気付いたら路空が目の前に立って見下ろしていた。
「路空。やめなさい。華さんはただでさえ苦しんでいるのですよ」
湊の静止もふんと一息で跳ねのけて、路空は続けた。
「じゃぁ訊くけど。お前を一番苦しめてるのって誰だよ」
「え……?」
ぐっと顔を近づた路空の表情が、ふいに消えた。
「暴力でしかものも言えない最低じじいか。娘を守ることもできない最弱ばばあか。モラハラしても許されてきたわがまま娘の妹なのか」
「それは……」
華は考えてみる。
どれも正解で。
どれも違う気がする。
「うう……」
脳みそがぐるぐる回るような感覚にこめかみを抑えると、碧が横から支えてくれる。
「路空。急ぎ過ぎだ」
「碧にいは黙っててくれ」
かまうことなく路空は続ける。
「そんなやつらの言うこときいて、気の進まない介護も、面倒ごとも引き受けて。暴力も愚痴もハラスメントも文句も言わずに受け入れて来た。そうやってお前を粗末に扱ってきたの、誰だよ」
どんと、華はテーブルに両手をついた。
「華さん! 路空、少しは慎みなさい」
「そうだねぇ。路空くん、傷ついている女性をさらに傷つけては、いけませんよ?」
湊と凪が言葉を挟む。一方で、後方の澄春が成りゆきを見守っているのを感じる。
「はっ。はぁはぁ……」
手をついた体勢のまま、華はあえいだ。
様々な感情が脳をかき乱し、呼吸ができない。
「華さん、だいじょうぶですか。落ち着いて」
碧に支えられ、激しい息がようやく収まったとき、出てきたのは意外な言葉だった。
「路空の、言う通りです」
「誰より、わたしを苦しめていたのは……わたし自身です」
ひらりと、路空の右手が宙を舞う。
「はん。ようやく気付いたか」
そして、続いたのは――押し殺すような声。
「誰も傷つけられねー人間にかぎってこれだ。……お前自身がお前のこと、いじめてんじゃねーよ」
強い言葉に宿るほのかなぬくもりに、汗を拭いながら華は頷く。
「ノーを言ったり、断ったり……そういうことは昔から苦手でした。でも、これじゃだめだと、思います」
黙っていた澄春が口を開く。
「きっとはるか昔から植え付けられた習慣がそうさせているんだろう。すぐに抜けるものではないけれど……少しずつ自分のことを尊重できるようになっていこう。私たちも協力するから、ね?」
「澄春さん……」
「あなたは、尊重されるだけの価値がある人です。それは俺が保障しますから」
「碧さんも」
「それでだ」
目の前の路空が、話を纏め上げる。
「いい加減腹決めろ、華。お前はどうしたい」
「路空……」
路空の人差し指が、華の眼前につきつけられる。
「一生家族の奴隷を続けていきたいか? そういうやつだって少なからずいるから、俺はなんも言わねーけど」
「……っ」
その指をとり、華は投げ捨てた。
「嫌!」
高い、だが芯のある声が、殺し屋御殿のリビングに響き渡る。
「もう嫌。ぜったいに嫌だ。ぞんざいに、ごみか便利品のように扱われ続けて。逃げても逃げても、頭の中でずっと、あいつらの責める声が聞こえてきて。もうわたしは」
熱を持った頭を全身を抱くように抱え、華は宣言する。
「自由になりたい……! ずっと縛られてきた、頭の中の、わたしを責める声から」
「——ふっ」
口元を歪め、路空はにやりと笑みを見せた。
「やればできんじゃん」
「華さん」
隣を見れば、湊が微笑んでいる。
「心が決まりましたら、正式なご依頼を」
「——」
すっと、華は息を肺一杯に吸い込んだ。
「殺し屋御殿のみなさん」
「わたしの家族を、消してください」
澄春が口元に弧を描き。
湊が眼鏡を押し上げ。
凪がふわりと微笑み。
路空がにっと片頬を持ち上げ。
碧が右手を胸にあてた。
「承りました、お客様」
この日この時。
何かが流れ出したのを、御殿の五人は共有した。
「そうと決まりましたら、俺たちだけで少し、計画の骨格を話し合いたいので――華さんは少し、外していただけますか」
「ええっ。でも、碧さん。これはわたしの問題ですし。ぜんぶお任せってわけには」
「専門外の人間には聞かせらんねー話だらけなんだよ、ごたごた言うな」
「うう。路空……」
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