麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第2幕 ~盗んだのは禁忌の香り~

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 谷の底を超えて、山の腹でようやく一息ついた瞬間、頭を叩かれてまた底に沈み込むような瞬間が、人生にはある。

 ほのかな香りに包まれて、香水を大事にしまっておこうと、部屋に戻った華を待っていたのは、部屋の奥の壁一面の書かれた赤字だった。

 ―死ね   “暗殺者”より―

 あまりの恐怖と気味の悪さに、言葉を失くして立ちすくむ。

「華ちゃん。澄春先生が、おもしろいボードゲームをもってきてくれたよ。僕は命のやり取りのない遊びには興味がないけれど。先生は、みんなできっと楽しめると……」

 小走りに駆け寄ってきた凪の足音が異変を察知し、止まる。

「華、ちゃん?」

 立ちすくむ華の前方を見た凪の目元が黒く、殺気立っていく。

「ほう。また醜い家畜さんがふざけたことをしてくれたようだね」

「凪くん……」

 そのまま支えるように抱き込まれた。
 されるがままに、硬直して動けない華は頭を撫でられる。

「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。ここには僕たちがいるから」

 そのぬくもりに誘われるように、言葉が迸る。

「情けない。情けないけど、わたし……怖いです」
「うん」
「みなさんに励ましてもらって、何度立ち上がっても」

 ほの暗く底のないような感情が自分に向けられるたび、立ち上がれない気持ちになる。

 家族の関係者か。
 他の誰かなのか。

 ――自分を憎んでいるのは。

「凪くん? ボードゲームに華ちゃんをお誘いするのに随分時間が――」

 次いでやってきた澄春が、一瞬にして表情の中の酔いを消し去る。

「これは。いつの間にこんな。――碧くん、路空くん。湊くんも。一度集合してくれるかい」

 華の部屋に集った一同は、血のりのような文字で書かれた壁を前に険しい顔をしてたたずむ。


「今日はずっと誰かが屋敷にいたはずだ。……。俺たちの監視をかいくぐって忍び込むことが可能な人物か。そんな者が存在するのか……」
「相当な知能犯、と認定してよさそうだね」
 思考する碧と澄春の前を横切り、凪に抱えられている華に視線をあわせるようにかがみこんで、路空が低く、囁く。

「いつまでもびびってんじゃねーぞ」

「……路空」

「自分で人生切り開く、お前はその一歩目を踏み出したんだろーが」

「……!」

 凪の手を借り、立ち上がろうとする華を支えながら、碧が微笑んだ。

「そうですよ、華さん。大事な人生を誰かに奪われるなんて、あっていいのですか?」

「碧さん」

「——たとえ華さんが許しても、そんなことはこの私たちが決して、許しませんよ」

「湊さん」

 そして華は立ち上がる。

 ――そう。

 ――戦うって決めたんだ。

 えりの下にかかっている香水を服越しに、そっと握りしめた。
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