麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第4幕 ~愚かな天使~

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「ふーん……」
 モールを歩きながら、凪の視線は危うげにそこここをたゆたっている。
「あの、凪くん?」
 普段から感情の起伏が分かりにくい彼だが……不機嫌、のような気がする。
「さっきから、なんか怒ってる? わたしなにかしたかな……?」
 ふいに、凪が華のほうを見た。
「あの先輩さんを見る華ちゃんの瞳、ゆらゆらと揺れていたよ」
「え」
 くいっと顎を持って、顔を向けられる。

「デート中にそんなふうにほかの異性を見るのは、マナー違反だよね?」
「え。で。デートって」
 大いに戸惑うと、凪は心が痛むというように胸に手をあてて、
「少なくとも僕は澄春先生にそう教わったけど、違うのかなぁ? 他の女性になんて目もくれないで、華ちゃんだけをお守りすると約束してきたよ。まぁ約束なんてなくても、そのつもりだったけどねぇ」
「そ、そんな話が」

 脳内で微笑む赤メッシュの男性に、華は毒づく。
 ――もう、澄春さんったら……。

 彼らのその気持ちは嬉しいが、今回ばかりは許してほしい。
 なにせ。

 華はあたりをきょろきょろと見回すと、凪の耳元に口を近づけた。

「じつはね。……初恋の人なの、あの先輩……」

 ぴし、と凪が静止する。

「ふ~ん。へぇ。そういう」
「も、もちろん今は! 吹っ切れてるよ! こ、こんなイケメンたちに囲まれてるしね! あはは!」

 と、受けねらいなのかなんなのかわからない微妙な発言もしてしまう。

「――だいじょうぶ?」

 思いのほか心配そうな視線が返ってきて。

「僕は経験したことがないからわからないけれど。初恋は実らないもので、それでいて一生忘れられないものなのだと、澄春先生に教わったことが――」

 ――澄春さんっ、凪くんには、もう少し違うレクチャーをしてください……!

 心でつっこみつつ、さっぱりと、華は笑ってみせる。

「正直、ちょっと切ない。でも平気」

 そして、過去の一出来事を、凪に語った。

「わたしが好きになったときにはね、もう結婚してたの、あの人。これでも一時は思いつめたんだー。それでも告白だけしちゃうかって」

 痛むように伏せられた凪の視線を追っていけば、
「華ちゃんは、情熱的なんだね……」
 そんなふうに呟かれて、みょうに気恥ずかしい。
「てへへ。意外とね。——でもね、今は、思いとどまってよかったと思ってる」
 モールを楽し気に行き来する人々に視線を寄せながら。
 ゆっくりと華は語る。
「不倫とか愛人関係とか。わたしにはよくわからないけど」


 それでも、父が母以外の女性と暮らしていると知った時に感じた、自分の存在理由が揺らぐような不安定感を、華は覚えている。

 それと同じ感情を、今日保護した、あの子に与えてしまっていたかもしれない。
 そうならなくてよかったと、心から思う。

「ふふふ……」
「ど、どうしたの?」

 笑うところではないと思うんだけど、と視線を上げると、凪は屈託なく微笑んでいる。

「華ちゃんみたいな人って。きっとこの世では少数派で。普通よりずっとずっとひたむきで真面目で」
「そ、そうかな。ははは……」
「そしてそういう人が、幸せになりそこねるんだと思う」
「……凪くん、満面の笑みでそういうこと言わないで」
「あまりに微笑ましくてついね」

 くくくと一人含み笑いをしたあと、いたずらっぽく彼は片目をあげる。

「でも僕は好きだな。そういう人」

「うっ――」
 ――な、なに。

 ――不覚にもどきっとしてしまった……!

「さてと」

 こちらはどぎまぎしっぱなしなのに、彼はもう感情を切り替えて、真顔で振り向いてくる。

「悪いけど、僕は他に買い物もあるから。華ちゃんは疲れたでしょ? 今屋敷の誰かに迎えを頼むから、さきに帰っていて」
「え? でも――」
「明日も収録でしょ? いい子は遠慮なんかしないものだよ」
 頭を撫でられて、また華の心臓はいたづらに脈動しだすのだった。

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