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40 鬱憤を語り始める学生
しおりを挟む自覚は無かったけれど疲れていたらしい。目を開けたら朝だった。
自分がどうやってアパートの鍵を開けたのかもよく覚えてない。……なんて言うか。
数年ぶりに『寝落ちして、朝』という醜態をやらかした隼百は感動した。数年ではないかも。もしかしたら十数年ぶりかも。とかく人間の睡眠、取分け健やかな睡眠には基礎体力が必要なのだ。
体力を取り戻すための睡眠に体力が必要ってどうなんだろな?
爆睡の原因は気疲れだろうなあ。なんて事をぼーっと考えながら胸元に抱いた布を引き寄せて思い切り深呼吸。じわっと胸に広がるちょっとの幸福。そばに誰も居ない開放感。人の目が無い状態はかなり久しぶりだ。くわっとみっともない欠伸を気兼ねなくする。
こうしてオンボロアパートに戻ってみると日常の平凡さに『船』での出来事は夢だったんじゃないかと疑いたくなる。
「だってなあ」 誰も聞いてないのに口を動かす。独り言は一人暮らしのデフォだ。「夢じゃないってのはわかってっけど、っくしゅん」
ぶるりと寒気に身を竦めて、ようやく隼百は昨夜からの違和感を思い出した。
涼しい。
すこぶる涼しい。おかしいな。暦の上では秋だろうが彼岸前なんざ実質、夏である。実際、一昨日までは一晩中暑くて寝苦しかった。断続的に身体を襲う苦痛が主な要因ではあったけどもこのアパートはクーラーの効きがイマイチで……ってここで前に寝たのは一昨日じゃなかった。昨晩の前の日は、船中泊。
秋らしくなったのはありがたいな。連日猛暑なんていい加減うんざりだもん。暑くないのは嬉しい。本当に嬉しい……。
「……さむい」
あかん。せっかく必死で思い込もうとしてたのにうっかり本音が口から漏れた。寒さは思い込みではどうにも出来ない。
隼百は震える我が身を見下ろして思わず失笑する。
随分、奇天烈な格好してんなオレ。
白衣を腕に抱いて、スーツを羽織って前屈み。
だって寒い。
何でだろ?
いまだ寝起きでぼんやりとする頭をすっきりさせたくて隼百はスーツと白衣を丁寧にたたんで仕舞う。寒いけどそれは外せない儀式のような一連の動作。
そうしてから煙草を取り出す。
久々の一服は美味すぎた。
この世界、召喚された者に対するサポートは厚い。窓口は『アルファ協会』
どんなものかとひとことで表すならデカイ組織だ。田舎での生活を選択した隼百がその巨大さを体感しているという一点でも凄さがわかるというもの。仲嶋の職場でもあるが、隼百の職場も大本はアルファ協会なのだ。大企業の運営の根っこにはだいたい協会が絡んでるし、地方の生活にだってどこかしらに協会の支援がある。
アルファ協会はアフリカ、ユーラシア、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカ、南極の大陸各地、宗教の差異無く置かれているのだからその力は国なんかより巨大だ。元の世界にそんなデタラメな組織は存在しない。協会はヤバい。それが異世界に来て数ヶ月で得た隼百の印象だ。
その協会が全力で挑んでいる事業が召喚。
広報が召喚の経験と実績を自信満々に謳っているのも伊達ではない。召喚者を受け入れる為のシステムは既に完成されている。それでいて召喚の内情はベールに包まれて謎が多いらしいが、なにせ隼百は経験した身だから知っている。正に至れり尽くせり。要求すれば可能な限り与えられる。手違いで召喚された隼百にだって、それは適用された。
この暮らしは隼百の選択なのだ。協会からの手助けの殆どを断った。
隼百は望みを多く持たない。
ハズレだし。
隼百が受け取ったのは仕事と田舎のアパートと、中古の車。
ちなみにこの世界線、いすゞのベレットが存在していた上にいまだに手に入れる事が出来た。日本に酷似した異世界に飛ばされて、いっとうテンション上がった事かもしれない。
で、隼百が上げた数少ない欲しい物リストのひとつが目覚し時計だ。くだらないものばかりを欲しがると呆れられた、と思い返しつつデジタルの日付を見て、もういちど見た。いわゆる二度見だ。
壊れてるのかな?
月の表示がひとつズレている。
元の世界に居た頃もスマホを持たなかった隼百だ。部屋にテレビも置かず、新聞も取らない生活で日付を確認する手段は案外少ない。こういう時に反省する。いくら端々が元の世界と似通っていると言ってもここは異郷の地。オレはもっと積極的に情報を取り入れないといけないんじゃなかろうか。
この世界って何で召喚なんてしてるんだろな?
隼百は歯磨きをしながら今更すぎる疑問をぼーっと考える。召喚された時にも事業の目的は聞かされたし、一応、ざっくりとは理解してる。ガラガラとうがいをして、
ぺっと吐き出す。
ざっくりとだけ、なんだよな。
正直、隼百は問題の本質を理解していない。元の世界とよく似ていて、でも違う世界。ここには男女の他にアルファ、オメガ、ベータという第三の性の枠が存在している。人の性別が二種類で収まらないなんて隼百には奇異に感じるけれど、他の世界から召喚されて来るのもまたアルファとオメガだ。つまり多くの世界で普通に存在しているらしい。
ここでは隼百の方が変わり者扱いだ。
似ているようで決定的に違う。違うのに、似ている世界。物事ひとつ考えるにしても勝手が違いすぎる。
このサポートの厚さから解る事はある。
召喚されてきた人間の重要性だ。
異世界人は各々が未知の知識を持っている。未知の文化、技術を伝える存在となるのだ。それはわかる。優秀な人材ならば単体で世界の均衡を変えかねない。そしてアルファなら優秀と決まってるという保証付きだ。そりゃもう無下には出来ないよな。
でもやっぱり、わからない。
隼百の疑問は最初に立ち戻る。
世界を変える存在を大量に抱えてどうすんだ?
疑問は多い。気になる点をあげればキリが無い。『船』はどういう位置づけなんだろ? とかな。
……盛り沢山だよ。
立て続けに厄介事に巻き込まれて、いくら自身に無頓着な隼百でも神妙にはなるのだ。自分はハズレで無関係だから、と思考を放棄しているツケをいつか払わされるという予感がある。
まあ面倒さが勝つんだけどな。仕事行こ。
†
海浜公園に属する小さな水族館。
ここでの隼百の扱いは居ても居なくても構わない雑用バイトだ。協会からの斡旋を受けて社員として起用された筈だが来てみたらバイトだった。どうやら元館長の一存。辞めてくれて助かったと思うのは薄情かなー? 今回の無断欠勤、元館長が居た頃ならば彼は嬉々としただろう。嬉々として隼百に罵声を飛ばすし、罰則をいつくも与えるだろうし、しばらくは欠勤をネタにしてネチネチと嫌味を続ける。容易に脳裏に浮かぶ。
……あのひと、オレを嫌ってる癖にクビにはしないんだよな。実際のところ協会の後ろ盾を持つ隼百は仕事が無くなっても困らないのだけど。今振り返ってみればあれは執着だった。首を傾げる。なぜオレに。
まあいいか。
欠勤は皆に迷惑かけただろうから謝らないと。
海浜公園の駐車場に車を置き、水族館のある建物に向かう。従業員の車置き場はお客様駐車場のその先の空き地。
田舎の娯楽施設の駐車場ってのは最盛期、繁忙期を想定して作られていて無駄に広い。
田舎あるある、土地だけはある。
何が言いたいかと言うと、まあ遠い。お客様駐車場が満車になっているところを見た事が無いのがまた虚しい。
でも前回までは途轍もなく果てしなさを感じていた場所が今は苦もなく歩ける。……なんだかな。
健康の有り難みを噛みしめる機会が多すぎる。
声を掛けられたのはそんな時だ。
「別人」
「え?」 振り返ってみればそこに呆然と立ち尽くす知人がいた。「惠崎さん、おはようございます」
本日のネイルは地味にベージュの単色とべっこうの組み合わせ。右の人差し指だけに気球のワンポイント。隼百の返答に惠崎はほっとしたように息を吐く。
「やっぱり藤崎さんだった、良かった。おはようございます」
「別人って?」
「健康そうって意味」
カツカツと靴音を鳴らして隼百と一緒に歩き出す。
「ああ、うん? はい。元気です」
ここが元の世界と似ている分、混乱する。知らなかった。別人って単語には健康って意味もあるのか。
「ちょっと」 発言に同意したのに惠崎は微妙な顔をする。「夏の格好で寒そうにしてると健康でも元気には見えないわ。まさか藤崎さん、衣替えの服の予算も支給されてないの? 協会の補助体制、機能してないんじゃない? 大丈夫? ベータだからって蔑ろにされて用意してくれないとか……無いか。逆にこのひとって異常に目をかけられてるし」
怒涛に畳み掛けられた上に最後の呟きは聞き取れなかったが、それよりも前半の単語が気になりすぎた。
「それなんですけど……今日の日付ってわかります?」
「藤崎さん、面白い。それって言いながら全然話変わってるし」
冗談と思ったのかケラケラ笑いながら教えてくれた日付に歩みが止まる。
「え?」
声は聞こえたが脳が理解してくれない。
「だから10月の」
「じゅう?」
それはおかしい。夏が終わってる。
でも、目覚まし時計の時に見たデジタル表示と同じだ……何よりさむい。
デジタルが合ってる?
「秋じゃん!」
「冬と呼ぶには早いわね?」
恐ろしい可能性に気がつく。よもや船の中はウラシマな異空間だったのか? そうであったとしても違和感がない。むしろ説得力がある。
「藤崎さん立ち止まらないでよ。遅刻したいの?」
促されて狼狽したままとりあえず歩みを再開する。
歩く、という行為は思考に適しているらしい。目的地に向かっているだけだが頭の中で問題が整頓されて冷静になってくるのがわかる。
ウラシマ空間ってのは多分違うな。
……単純に考えれば。眠った時間が長かった、か?
そういえばあの時も目覚めは良かった。寝て起きたら病が取り除かれていた。円が治癒をしてくれたおかげなのだ。……眠っている間に。
隼百は一晩ゆっくり眠ったと感じたけれど、死にかけが全快するなんて手品が一瞬で出来るなんて考える方が浅はかだ。
考えてる間も顔見知りの従業員とは会うのでおはようございますと気も漫ろに挨拶をしていたが、途中で気がつく。反応が変だ。皆一様に戸惑った顔をする。
何故。
「……あ。寒そうだからか」
「違えわ」
「惠崎さん?」
まだいたのか。隼百の後ろにいた。
「失礼、口が滑ったわ。皆がびっくりしてるのは藤崎さんが美形だったからよ」
「何言ってるんですか、無いですよ」
本物の美形を見てきたばかりの隼百は、だから笑ってしまう。すると何が逆鱗に触れたのか惠崎はギッと隼百を睨む。
「そっちこそ何言ってるの? ふざけてるの? 人相が変わったって自覚ぐらいあるでしょうが。頬が痩けてないし目だって落ち窪んでないし動作は老人みたいだったのに今は颯爽と歩いちゃって」
「いやそんな? 大丈夫ですか?」
狼狽える隼百だ。惠崎がふるふると肩を震わせて俯いてしまった。と思ったらバッと顔を上げた。
「一体どんなエステすりゃそこまで美形に変身するわけ!? 別人かと目を疑ったわ!」
「あ? あー……いや」
自覚は無いです。とは口に出来ず、言葉を濁す。怖い。女の人の容姿に対する過剰反応、怖い。隼百からすれば病気をする前の体調に戻っただけだ。けど、そうか。病に侵されていた姿しか見てない人がしたら今が異様に映るのか。にしても褒めすぎ。社交辞令とわかっていてもむず痒い。
……ん? 一緒に歩いてる?
「こっち水族館ですよ。惠崎さんは方向違いません?」
「私の仕事知ってる?」
「秘書課の人が水族館に用があるんですか?」
「あります。手続きが滞っているんですよ」 口調を改めた惠崎に隼百は無意識に身構える。「藤崎隼百さんの無断欠勤関連です」
「へ? あ……げっ」 事態を把握して青褪める。日付が合ってるって事は、隼百の無断欠勤は数日どころじゃない。約一ヶ月? 「え? え? すみません!」
「大丈夫だけどね」 あっさり言って手をひらひらと振る。「その姿を見れば皆も納得するわ。休みの目的は療養だったのね。そりゃ事前に連絡は欲しかったけど……ええ。出来ない状況もあるだろうし、考慮しましょう。一緒に行ってあげるから手続きより先に水族館の方々に挨拶に行きましょうか」
ちゃきちゃきと先導されて呆然と見送る。
恐ろしく物分りが良い。
……職場にはすんなり復帰できそうだ。良いんだけど拍子抜けする。
「そうだ、藤崎さんが居ない間に水族館に変化があったのよ」
「ペンギン来ました? それともカピバラさん?」
「なんでカピバラ」
「水族館にいるところあります」
「でも違うわ。なんと! 新しい館長が就任しました! やっとよ。前の館長とは関係ない派閥の方だから藤崎さんも安心して良いわ。しかも……ってそこで不思議そうな顔しないで?」
「安心とはなんだろうかと」
どちらかと言うとカピバラじゃなくてガッカリした。ペンギンでも良かった。
「嫌だもう藤崎さん、あなた前の館長に散々目の敵にされてきたじゃない。別部署の人間が知ってる位だから相当よ? 新しい館長がどんな人か、どうしたって気になるものじゃないのよ普通は。……ねえ? 心配、するわよね?」
ぽやっとした様子の隼百に惠崎の方が自信なさげになってくる。言われてみればそうかも?
「そうですね」
隼百の棒読みっぷりに呆れた様子。
「藤崎さんってほんと」
「はい?」
「影が薄い」
投げつけられた台詞に隼百は目を瞬く。
薄い……自分の頭をペタペタと触ってみる。あ。天に向かって手を上げたから気がついた。お日様はあったかい。日向ぼっこしたくなる。
「髪じゃねえっての」
「はい?」
「口が滑ったわ。じゃなくて、ほら! 侮辱されたって怒りもしない!」
「? すみません」
とりあえず謝ったら溜息を吐かれてしまった。
「言っとくけど存在感が無いって意味でもないわ。いつか消えちゃいそうって意味よ。ちゃんと生きてるのかな? って思う」
「……」
水族館、バックヤードを抜けて事務所に辿り着いて驚いた。そこは元館長が整えたこの規模の水族館には釣り合わない贅沢な部屋だ……ったはずが、今は様相が変わっている。シンプルに、機能的に。
そして奥の椅子には先客が座ってる。相手は隼百の登場に切れ長の目を見開いた。
パアッと花が咲くように微笑み両手でちいさく手を振る美少年。背が高く、良い体格をしてるというのにやたらと可愛い仕種が似合ってる。
「わあ、びっくりした。僕、もう先輩の出勤は無いかもって聞いてたから会えて嬉しいです。にしても来るの早すぎじゃないですか?」
台詞の割に動じていない。
「来己君?」
「お久しぶりです藤崎先輩」
「ひ……ひさしぶり。だけど、え?」 意味がわからなすぎて、「オレの出勤が無いかもってどういう意味? 早くないよ一ヶ月ぶりの出勤になっちゃって……遅すぎてるんだけど」
もっと他に聞くべき事があるのに混乱していちばんどうでも良い話題に反応してしまう。
「あははは遅すぎてるって。先輩は変な日本語使いますね。僕は先輩が再びここに来る可能性は低いと聞いてたんです。来るとしても最低でも三ヶ月は先だろうと」
「具体的だな。誰から聞いて?」
「心当たりはありませんか?」
「無いよ」
「ふうん……おもしろいな」
「なにが?」
「謎が多いって立派に主人公属性です。もしかして先輩、チート持ってます?」
「ちーと? ゲームのチートプレイか? あれは苦手。戦闘ってギリギリで勝つのが醍醐味じゃないかなあ? 強すぎると作業になっちゃって飽きるんだよオレ。そんで途中で投げ出してエンディングにたどり着けない」
「関係ないんですね。じゃいいです」
「一人で納得しないで?」
「僕、いつも過程飛ばして結論に飛んじゃうから他の人が付いて来られないんですよ」
「だろうね!」
「……お知り合いですか?」
会話の切れ目になって、惠崎さんが控えめに問いかけてくる。隼百ではなく来己に。敬語だ。
来己は惠崎に行儀良く微笑む。
「彼とは同郷なんですよ」
「……そんな事があり得るんですか? 召喚された異世界人で同郷だなんて、私は初めて聞きました」
「ちょっと待ってそれより、何で来己君がこんな田舎にいるんだ?」
今更の隼百に問いに、来己はこてりと首を傾げる。
「護衛?」
なぜ疑問形?
「なにを護衛?」
隼百も同じ方向に首を傾げる。
「僕、いま協会の使いっ走りなんですよ」
「え、来己君、仕事なんかしてるんだ。趣味で?」
「ヒドイな、先輩だって就職してるじゃないですか。僕ら界渡りの生活は協会が責任を持つ義務があるんですから本来、先輩は齷齪と働く必要無いでしょ」
「いや、働く自由はあるから。頼めば仕事は斡旋してくれるし……じゃなくて、ソレはこっちの台詞だ。来己君なんてまだ学生だろ。勉強しろよ」
隼百のようなハズレではなく、彼はずっと優秀で希少なアルファなのだ。働いてる場合ではない。
「生活の為です」
「……ええ?」
「アルファ協会の支援を受けて、実はもう何度か僕のための召喚を行ってもらったんですよ。でも僕の運命のオメガは来なくて」
「そうなんだ」
来己の言葉が止まったので頷いて先を促す。
「驚いてくださいよ!」
「なにをだよ!?」
「召喚された人間が自分の為の召喚が出来るのは普通は一度なんですよ? 他の皆さんは一発で運命を引き寄せているんですおかしいでしょう!? 僕だけ! 召喚の費用が膨大な事は知ってますよね?」
「へえ。知らなかった」
「マ?」
「ま? ってなに?」
来己君は同郷なのに隼百の馴染みのない言葉を使う。世代の壁、異世界の言葉の壁とあまり変わらない。
ぽかんとした隼百に来己が気まずげに咳払いをする。
「ネットスラングです。日常会話じゃ使わないです」
「なんで使った」
「……そうか、先輩は界渡りとは言え、ベータですもんね。運命の番に関しては完全に部外者か。だから説明も省かれたんでしょうね」
「しれっと流して会話を続けようとしない」
「だってせっかく懐かしい故郷の言葉が通じる人に会えたんですよ!? 年寄りすぎて全然通じてないけど嬉しくてちょっとぐらい浮かれたって良いじゃないですか。そもそもオメガバースも知らないひとに説明とか面倒臭いんだよね」
「来己君、ところどころに本音を付け加えたりしなきゃ普通に同情されるのに」
「嫌だな。同情なんていりません。媚を売るつもりで話したわけじゃないので」
「若いなあ」
「はい?」
今度は来己がぽかんとする。隼百は首に手を当てて溜息。
「詳しい事情はわからないけど来己君がこの異世界でうまくいってないのはわかったよ。可哀想に」
「急になんですか」
「相当イライラしてるじゃん。でも相手を信じてもいないのに試すような言動しちゃ駄目だぞ。それじゃ周囲からの助けが得られ辛い……って聞いてないな。もー」
「人の話を聞いてないのは先輩です。僕は同郷に会えて嬉しくて浮かれてるって言ったのに。そもそも自分のオメガを得るのに他人の助けなんて必要無いどころか邪魔ですって。大丈夫です。孤立無援でも平気な方なので」
「ほら機嫌悪い。年寄りの助言、馬鹿らしいって顔をしない。物腰柔らかな癖して難儀な子だなあ」
「……僕、機嫌悪いですか?」
「うん」
「うん、って……そういうの見抜かれた事なんて1度も無いんですけど。すごいですね先輩」 どうやら図星だったようだが、藪をつついて蛇を出してしまったらしい。来己の笑みが凄みを増した。「じゃあ先輩はわからなくても理解してくれそうなのでこのまま話を進めますね」
「どうしてそうなる」
し、と人差し指を唇に当てる来己。
「黙って聞いて。知っての通り、協会の魔法陣が召喚するものは運命の片割れです。運命がまだ居ないその召喚者にはアルファでもオメガでもひとつの権利が与えられます。権利とは何か、気になりません?」
隼百は神妙に頷いてみる。
全く気にならなかったが空気を読んだのだ。
「良い反応」 満足げな来己。「それは自分の運命の番を召喚する権利です。協会から予算が出るんですよ。予算が出るのはただの1度きりですが、充分なんです。誰も自分の運命を外さない。協会は今まで数々の運命の組み合わせを誕生させてきた実績があります。なのにひどいんです。僕の番はやって来なかった」
「えっと、どんまい?」
「今の説明で先輩にもわかりましたよね? 召喚の失敗が稀だと。……なんなんですかね? 僕は最初に召喚を失敗した『アルファさん』以来のレアケースかもしれない。こんなレア、心底いらないんだけど。ありえます? なくなくないですか? 異世界にまでやって来たのに僕にチートは無いしここは僕らの世界の双子世界だから知識チートも僕だけは活かせない。むしろ異世界介入を許したせいでこっちのが全然進んじゃってるし……今の僕は落ちこぼれです。初めての扱いですよ。それで使いっ走りなんです」
「それでどうして使いっ走りになるのか、ちょっとわかんない」
途中でいろいろと突っ込みたい部分はあったが、まずはそこが気になる。
「借金ですよ」
「しゃっきん」
「莫大なんです」
「ばくだい」
隼百がオウム返しで思考停止している間に来己は湯気の立つカップから口を離してほうっと息を吐く。気を利かせた惠崎がお茶を入れてくれたのだ。
「同郷って良いですよね。先輩すごく落ち着く。藤崎先輩もお元気そうで……てか、すっかり元気ですね?」
「オレは来己君の方が日本語おかしいと思う。結局なんでここにいるのかわかんないし」
「だって僕、この水族館の館長ですし」
「……はい?」
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来己君はスペックの割にモテないし友達が少ない可哀想な子です。
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