異世界オメガ

さこ

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41 初っ端からお仕事をさせられる来己君

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 一旦、隼百はお茶を飲む……うん。
 濃い。
 苦味を噛み締めて口を開く。

「来己君がこの水族館の館長? でもさっきは護衛って」
「気の所為ですね」
「きのせい……?」
 ええ?
 どうしてこんな田舎に来たのか聞いたら『護衛』だと妙な台詞を吐いてたのは聞き間違いか? 来己のあまりにも堂々とした否定に突っ込めない。とは言え、護衛という単語が出る意味がわからないし、自分の耳を疑った方がしっくりくるんだよな。聞き間違いかも。それにしたって高校生が館長って。

「一日館長とかではなく?」
「体験イベントじゃありません。ちゃんと覚えてます? 学生の身分でも、僕はアルファ。世界に喚ばれた特別な人間です」 椅子に背を預けて尊大に笑う。「出来る・・・んですよ。実力的にも、この世界の法的にも。ふふふ。どんな気持ちですか? これからは僕が先輩の上司です」
 してやったり、と勝ち誇る目には彼の感情が透けて見えていてこれは……可愛い。そこに悪意は皆無、イタズラでびっくりさせてやったという無邪気さしかないからだ。
「どういう気持ち、かあ。うーん」
「あの、今のは質問じゃなく煽りですから素直に考えないで下さい」

 呆れる相手の目をひょいと隼百が覗く。見透かす瞳に来己がビクッと緊張した。

「子供なのに、と思う。負担がデカ過ぎるだろ。オレだってまだこの世界の常識もわかってないのに」
「別に僕は……」 一瞬だけ心細さそうに視線を彷徨わせたが、振り切るように不敵に笑う。「先輩とは出来が違うんです。この世界、僕にとっては生きやすいです。大人扱いされるから。アルファへの信頼度が高いんですよね」
「生きやすいか? イライラしてたのに? 来己君だってこっちの世界の初心者じゃん。オレは未だにアルファってのがよくわからないけど、アルファだからって何でも出来るわけじゃないだろ。子供は子供だよ。大人に守られるべき対象」
 隼百の主張に来己はうっすらと笑む。
「可愛いな。先輩ってニワトリの雛に母性をかきたてられたセキセイインコみたいですね。ヒヨコよりもちいさい癖に羽の下に収めようとする」
「解りにくい例えすんな?」
「残念ながら、僕に出来なかった事はありません」
「ホントかよ」
「え」
「来己君にだって苦手はあるだろ。周りの人と円滑な関係を保つとか、友達作るとか、適切な日本語使うとか」
「……っぐ」 胸を押さえる来己。「触れられたくない部分をピンポイントでえぐるのは止めて下さい」
「ごめんごめん」 軽く謝って流す。「何にしろ、ここの人ってアルファってのに期待しすぎだよ。権限持たせすぎ。学生の身分って事は、学校に通いながら館長する気か?」
「通いませんよ。そんな不安そうな顔をしなくても僕、仕事は出来ます」
「そこは信頼してるけど学校は行け」
「同郷ってだけの大して知らない僕を信頼? 先輩だってアルファの肩書きに踊らされてるじゃないですか」
「いや、それこそ同郷だから知ってるだろ。オレみたいなおっさんにはアルファが凄いとかオメガが駄目とか、その手の感覚は理解できないよ。多分一生。でも来己君個人の事なら多少は解る。オメガに憧れていて、負けず嫌いで」
「負けず嫌いに見えます? 負けた事が無いだけですよ」
「努力を他人に悟られるのが嫌い。ハードルは高いほど燃える。責任感があって与えられた役割をキッチリこなす、ってだけでも前任者とは雲泥の差だけど更に仕事が出来るんだ。良い上司になるのはわかってるよ。でもさ」 少年の未来に思いを巡らせていた隼百は相手がどんな顔をしたのかは見ていない。「学業と学校生活が疎かになるのは大人として見過ごせない」
「……問題ありません。僕、勉強しなくても結果を出せるんですよ。学校なんて狭い社会で何年間もベータと足並み揃える方が苦痛です。あんな時間の無駄」
「ちっ」
 いま舌打ちが聞こえたような? と隼百はそちらを見て思わず一歩退いた。惠崎のルージュを引いた唇は完璧な笑みを作ってるのに眉間の皺が隠しきれていない。気持ちはわかるけど。
 隼百は無意識に後ろ首を押さえてしばらく考える。

「そっか……うん、それも良いのかもな。わかりました。これからよろしくお願いします」

「えっ」
「えっ」
 なんか声が重なった。来己を見れば、表情こそ変わらないが瞬きが多い。
「先輩、受け入れるの早くないです?」
「来己君に支障が無いなら私に反対する理由はありませんよ。そんな権限もないですけど」
「……敬語?」
 ポソリと呟いた来己に隼百は笑いかける。
「反対どころか来己君の力はうちに必要です。魚よりも鳥の囀りがでかい水族館ですから」
「鳥って。ペンギンすら居ませんよね?」
「鳥と言っても閑古鳥です」
「オヤジギャグ寒いですよ」
「オヤジだから仕方ありません。新しい風を起こすのはいつだって才気溢れる若者です。職場環境を良くしてくれる上司は部下としては大歓迎です。私が懸念したのはひとつは若すぎる年齢であなどられる事でしたが……感覚が違うのを忘れてました。年配者ほどアルファをあがめてるんですよね。うちはお年寄りなら多いし、皆さん大切にしてくれますよ。ねえ惠崎さん、ここではアルファって珍しいんですよね?」
 どこぞの有名なアルファが立ち寄るというだけでパレードが準備されたぐらいの田舎なのだ。そんな存在が隼百の世界に居るか? 海外の王族とかスター? 天皇?

 こほ、と気を取り直すように咳払いをして惠崎が口を開く。
「珍しいなんてものじゃありませんわ。界渡りは地方には居着きません」
「……居着かない?」
 隼百も一応は異世界人なんだけど、もしかして惠崎の中では対象外か。そうだね。
「ええ。田舎のアドバンテージって『故郷』って部分じゃないですか。けど異世界人の故郷はここにありません。彼らには愛する人はいても、愛する土地はありません。田舎に愛着を抱かないんです」
「静かな環境が好きって人も居るんじゃ?」
「そういう異世界人はもっと自然豊かな山奥を選択します。コンビニもショッピングモールもある中途半端な地方は不人気です。勿論、快適さを求める人材は都会に取られます」
「なるほど。なら来己君……ああ駄目か、この呼び方も改めないとですね。館長とお呼びすれば?」
 頭を掻く隼百を来己が唇を尖らせて睨んでいる。
 つい先日会った子どもたちを連想してしまう隼百だ。置いてかれた迷子みたいな怒り方。
「いい加減止めて下さい。先輩に敬語を使われるのは気持ち悪いです」
「上司相手にタメ口なんて出来ませんよ。他の職員に示しがつかない」
「上司である前に後輩です」
 来己の言葉に隼百はなだめるように眉を下げて笑う。
「優秀な後輩が先輩よりも高い地位につくのは珍しくもありません。それでも皆、折り合いをつけているでしょう? 社会人はケジメが必要です」
「じゃ、じゃあ後輩命令で」
「それを言うなら上司命令なのでは? ってもー、混乱しすぎだ。泣きそうな顔しないの。君を虐めている気分になってくる」
 隼百が掴み所のない『大人の顔』からぽやんと気の抜けた顔に戻った。空気が緩んで来己が息を吐く。
「びっくりしたー。止めてください僕、先輩に指摘された通りなんですから」
「うん?」
「未だにこの世界で先輩以外に親しい人間なんて居ません」
「それはそれでどうなんだ……オレだって来己君に会うの久しぶりだろ」
「僕、出来すぎて浮いちゃう子なんですよね」
「それ……」 惠崎が思わずといった風に口を挟む。「才能だけが原因でしょうか」
 来己の発言から滲み出る傲慢さに引いている。
「どうだろな?」 隼百は苦笑する。わかる。そりゃ浮くだろうな、と言いたくなる台詞を吐くよね。でも。 「出来すぎるってどういう意味で?」
「そのままの意味です。子供の頃からずっと浮いてた。本気を出したら人間扱いされません。幸い虐めの対象にはならなかったし、信者なら居る。けど、友達は出来ない。でもまさか自分がアルファだなんて夢にしか思わなかったなあ」
 ぽろりと零された弱気に惠崎が意外そうな目を向けている。
「そこは夢にも思わないって言うところじゃないか?」
 軽口を返しながら隼百の気持ちは沈む。
 夢には見てたのか。
 年齢より大人びていて隙のない青年の、自衛手段は他の子供と同じだ。

 荒唐無稽な想像をして現実から逃げる。

「さっきも言いましたけど僕、やる気になれば何でも出来るんです。『明日から本気出す』人みたいですけど」 片方の口の端を上げる。「オリンピックあるでしょ? 僕大抵の競技でアレの記録を超える成績出せますもん。アニメみたいな人外の動きも出来ますし? 勿論、それを人前でやらかすのはバカだから隠してました」
「……おりんビック?」
「惠崎さんオリンピック知らないのか」
「無いから知らないんでしょ。こっちにはその発想自体が無いんだと思います」
「なんで?」
「運動能力でも有利なのはアルファだから。絶滅したアルファを他から呼び寄せるような世界ですよ。ここのベータにアルファと競う気概は無い」
「……ああ、そりゃ来己君ひとりで複数のオリンピック選手超えちゃうんじゃ……な、ってえ。聞き流してた、アルファとベータってそんなに違うのか」
 アルファと一般人との違いを分かりやすく例えられて戦慄する。
「良い反応」 唇に手を当てて機嫌良さげに笑う。「不思議だな。どうして先輩は僕の言う事をあっさり信じるんですか」
「疑う必要あるか?」
「普通の大人は頭ごなしに否定して馬鹿にしてくるし、嘘じゃないとわかっても気味悪がって離れていきます。加減しても遠巻きにされるのは変わらなかったけど。……僕、人との適切な距離がよくわからないんです。古いネトゲは良かったな。顔も見えない相手なら対等なんです。現実じゃ、先輩みたいな命知らずじゃないと距離を詰められない」
「……」
「だからこの世界線に落ちて、驚くよりも腑に落ちたんです。やっぱり異分子だった」

「ごめんなさい」 突然の謝罪の声に独白が止まった。惠崎だ。「私はよく知りもしないのに館長の事、恵まれている人だとやっかみを覚えていました」
 すっかり若者を守るおばさんの顔になってる。
 ──卓越した頭脳と身体能力、確かにそれは恵まれている。けれど誰一人として『仲間』がいない中で育った彼はトータルとしては不幸。
 に見えるかも。
「そうよね。知らない土地で、若いのに重責を負わされて、心細くないわけがないわよね。おばさんで良ければいつでも頼ってくれて良いのよ」
「あ、大丈夫です」
 来己は引き気味にそれを遮った。ひくりと笑顔を引きつらせる惠崎。
「来己君、そういうところだよ」
「そういう? 僕なにかしました?」
 悪気は無いのだ。来己はただ弱音を吐いた自分に気まずさを感じたから大丈夫と発言したのだろう。
 傍からは拒絶にしか見えないけど。
 コレちゃんと周囲と歩み寄れるのかなこの子。
 と呆れた辺りで意識が途切れた。



 気づくと眼の前に来己の顔があった。まつげが長い。至近距離で見ても造形が整っているだなんて、これもアルファだからかな? オメガもアレだし、つくづく神様というものは……と、ここまで考えてから疑問が浮かぶ。
 ?
 どうしてこんなに顔が近いんだ? 来己の顔は心なしか青ざめているし、鼓動が早い。……鼓動が分かる? 現状を把握しようと目線を動かす。事務所の壁と天井が見えてるから自分の体勢は仰向けに近い。あと視点が低い。なるほど。どうやら転んで来己に抱きとめられている。
 どうりで痛いと思った。細かくどこが痛いとかまではわからんけどダメージは大きそうで、自分の状態を確認するのは止めておく。
 
 隼百は違和感に眉を顰める。この状態もおかしいが、それ以外もおかしい事がある。
 視界だ。
 壁が見えてる部分がやけに広いというか、目に映るはずのものがいろいろと足りてない。室内の備品が減ってるのか? 消えてるのは……椅子に、机? いや。
 ……床?

 ……穴が空いている?

 静かなのに。いや違う、今、音がうまく聞こえない。耳鳴りがうるさくて鼓膜が仕事をしていない。何が起こったのか整理するために数刻前を思い出す。遅れて理解した。
 今まで隼百が立っていた場所が崩落したのだ。地下に。

 ──。
 何故と考えるより先、焦燥と共に視線を巡らせる。惠崎さんは無事。へたり込んではいるけど無傷だ。崩落は部分的。室内。それこそ。下の階層は貯水槽で人は居ない。ついでに魚もいない。それからようやくほっとする。
 真面目な顔のまま来己が何かを言って隼百の頭上で手をぐっと握り込む。きらきらと降り注ぐ光。……ポーション? それでやっと来己も安心したのか、へなへなと隼百に寄りかかるように脱力して腹から絞り出すようなため息をついた。

「勘弁してください。本当に死にかけるなんて」
 今度は聞こえた。その声は震えてる。
「……事故が起こると最初から知ってたみたいな言い方だな」
 
 すると来己はもう一度溜息を吐く。
「知ってましたよ半信半疑でしたけど! 先輩こそ落ち着いてないで自覚してください。今の先輩は3日に1度の頻度で死にかけてる」

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