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5. あっちとこっちの瑛士

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 色々と文句を言いたかったけれど、ここで騒ぐわけにもいかずぐっと耐える。その分、頬が上気してくるのが感じられた。ああもう、なんか悔しいな。すっごい、してやられた感。

 その後は無言で作品を観て、終わったらショップで買い物をした。私が気に入った赤い傘は、やはりアーティストの代表作品の一つだったらしい。ポストカードとクリアファイルになっていたので、クリアファイルの方を一つ購入。昔はポストカードを買って集めていたけれど、あれも集まると結構かさばるのよね。かといって、クリアファイルもなにに使うという訳でもないのだけれど。

「堪能した?」
「した、した。予備知識無いから余計に面白かった」

 写真展の建物から出る頃にはすっかり気持ちも落ち着いて、普通に戻っていた。私の上気した頬もとっくに冷めている。

「ではご飯に行きますか。はい」
「はい」

 瑛士が左手を差し出したので、つい右手をその上に重ねてしまった。犬にお代わりを教えるみたいなノリだな、とぼんやり思ったところで、きゅっと握られる。

「へっ?」

 指と指が絡む。瑛士の左手に私の右手がすっぽりと包まれると、そのまま彼のコートのポケットへと入ってしまった。え? なんで? どうして?

「やっぱり。指が冷たい」

 眉を寄せ、難しい顔でそう呟くと、瑛士は当たり前のように歩き出した。

「え、あの、瑛士、これ」
「帰りは、左手を温めるから。あと今日はなんか温かいもの食べよう。俺、鍋とか良いな」
「あー、鍋。美味しい季節になったよね、うん」

 混乱してうなずきながら鍋についての個人的見解なんかを口にして、それでも意識はポケットの中の右手に集中していた。時折、瑛士の指が私の甲をさわりと撫でて、そしてまたきゅっと握り直される。それがなんだかとても大切に扱われているみたいで、その都度、鼓動も早くなる。まずい、私、このままだと不整脈で死んじゃうかも。でも、瑛士の手は温かくてポケットの中はとても心地良くて、私はそこから手を引くことが出来ない。

 そしてご飯も食べ終えた帰り道、瑛士は予告通り私の左手を温めるべく手を握って指を絡め、大切そうにポケットに仕舞い込んだ。え、私、そんなに指先冷たいですかね。今、鍋食べて、結構身体は温まっていると思うんですよ。女子って冷え性とかいうけど、私、自分じゃそこまで冷えてはいないと思っているし。ねえ、瑛士。

 ……心臓がもたないです。

 結局、私達は表面上は当たり前の顔をして、でもポケットの中では指を絡めて手をつないで、別れるまでそれを離さなかった。


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