【完結】一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

櫻屋かんな

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その7. 昔の男

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「――先週分のデータですが、応答率が89.7%で2ポイントのアップ。改善されてきました」

 火曜日午前の定例ミーティング。美晴はノートパソコンの画面に広がる表から数字を拾い、読み上げていた。

「ただやっぱり人員が足りてないですね。現状、誰かが急病などで来られなくなると、途端に率が下がります」
「ああ、この日とか?」
「そうです。カバーしきれないので、すぐに数字に反映されてしまう」

 委託元のコールセンターでの現状を数字で表し、本社で上席に報告をする。オンライン上でのやり取りも行ってはいるが、週に一回、直接報告できるのは意義がある。問題点の洗い出しなど指示も受け、ミーティングは終了した。会議室から自席に戻ると、同僚に声をかけられる。

「お疲れ様。マニュアルの改訂部分を印刷したから、あっちに戻る時に一緒に持っていってくれる?」

 あっちとは、美晴が駐在しているコールセンターのことだ。

「了解。他に持っていくもの、ある?」

 そんなやり取りをして本社での事務作業を片付けると、正午になっていた。これから電車で二駅の、委託元の会社へと戻らなくてはならない。

「それじゃ、行ってきます」

 同僚に声をかけ、エレベーターホールに向かった。ちょうどお昼の時間のため、ホールには同じように降りようとする人たちがすでにエレベーターを待っている。混んでいるのかなかなか来ず、ようやく停まって扉が開いたそこには定員近く人が乗っていた。だが、これを逃すとまたさらに待つことになる。スミマセンと口でつぶやきながら、無理やり乗り込む。一階に着いて扉が開き、降りたところで背後から呼びかけられた。

「久し振りだね」
「……名取さん」

 一緒にエレベーターから吐き出されたうちの一人が、美晴を見つめていた。

「ご無沙汰しています」

 細見の、いかにも仕事の出来そうな雰囲気の男性社員。整った顔立ちはともすれば冷たい印象を与えそうだが、柔和な笑顔でそれを魅力に変えている。名取は美晴が以前所属していた部署の課長だった。

「その荷物ってことは、これから戻るの?」
「はい」

 うなずくと、美晴は立ち止まり軽く頭を下げた。

「それでは」

 そうして反対方向に向かおうとしたところを、名取に一歩近付かれる。

「辛くなったら、いつでも俺を呼んで良いんだよ」

 耳元で囁く声に、美晴の体がビクリと反応した。とっさに見上げると、にこやかな微笑みを浮かべて名取が美晴を見つめている。

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