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その9. 今日はツイてない

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 来ない可能性もあるような言い方に、美晴がぴくりと反応した。

 美晴がしたのは、ホテルで一夜の戯れをしたあとに挨拶せずに先に帰ったことだけだ。その点は感じが悪かったと思わなくもない。だが、かといって朝起きて二人でホテルを出るのも、実際なってみれば気まずかったのではないだろうか。

「そうではなくて、無理いって来てもらったから」

 事実を告げるように健斗が言う。その言葉に、美晴は自分の心がささくれだっていることに気が付いた。つい悪い方に揚げ足を取るように考えている。

「ごめんなさい」
「えっと、取り敢えず行きましょうか。店、予約したんで」

 目を伏せて謝ると、健斗が誘導するように歩き出した。ぎくしゃくとした空気。申し訳ないなとまた思う。

「お店、どこですか?」

 気持ちを切り替えるよう、意識して明るい声で聞いてみた。

「すぐそこの、イタリアンです。生麺パスタの。俺、ランチにしか行ったこと無いんだけれど、夜も美味いって評判で」
「それって柿村さん情報」
「違います」

 速攻で否定され、美晴がつい吹き出した。少しずつ、健斗との会話のテンポが戻ってくる。それに連れてゆっくりと、心の中のささくれが消えてゆく。

「お店って、この信号渡った先の地下のですよね。私も夜は行ったことないから嬉しいです」
「良かった。って、……あれ」

 信号を渡った先、いつもなら店の看板が出ているはずの所に何もなく照明もついていないことに、二人同時に気が付いた。足早に向かうと店のドアには『closed』のプレートが掛かっており、その下には『本日臨時休業』のメモが貼ってある。

「そんな。さっきネットで予約したのに」

 慌てて健斗がスマホを取り出す。画面を目で追ってゆき、しばらくすると小さく「あ」と呟いたきり黙り込んだ。

「どうかしました?」
「……日付、一週間間違えて予約入れてました」
「あー」

 無表情のまま、ガックリと肩を落としている。ヘタれた耳と尻尾が見えてきそうで、逆に美晴は感心してしまった。これだけ表情筋を動かさずに雰囲気だけで感情をあらわにするのも、一種の才能だと思う。

「どうしよう」
「あの、それじゃあ」

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