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その9. 今日はツイてない

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 とっさにまわりを見回し、目に付いた斜め前の赤い看板の店を指さした。

「あそこに入りませんか」
「でもそこ、中華料理屋ですよ」

 確かに看板には『南華飯店』と書かれている。美晴は今まで入ったことはなかったが、確か美味しいと評判の店だったはずだ。炒飯となにかが有名だったはずだが、そこまで詳しくは覚えていない。とはいえさすがにイタリアンから中華のギャップは激しすぎたようで、健斗の声が戸惑っている。

「いいです。パスタもラーメンも、どっちも麺です」

 あえて言い切り、安心させるようににこりと微笑んだ。もともとイタリアンも美晴のリクエストではない。ここで一から店選びをするくらいなら、目の前にある店に入った方が得策だと思えた。健斗も自分が食べたい店としてイタリアンを決めたのでは無かったのだろう。美晴の笑顔におされて、中華料理屋の扉を開ける。

「……あれ?」

 なんだか勝手の違う店の雰囲気に戸惑い、健斗が小さくつぶやいた。多分いつもなら威勢のよい声がかかるはずだろう店内は、何故かしんとしている。

 てっきり誰もいないのかと思えば、厨房では鍋を振って調理している音が聞こえる。そして店内にはチラホラと客もいた。だが、誰もが声を出さずに無言で食事をしている。雰囲気の微妙さに気付かず中まで入ってしまったため、今更出るわけにもいかない。健斗が先にテーブル席に着き、美晴もその向かいに座ると、ゴンッという音と共にお冷が置かれた。

「いらっしゃいませ」

 全然歓迎していない様子で女性の店員が言うと、それ以降は無言を貫くつもりか、黙ってメニューを差し出される。明らかに不機嫌そうな彼女の表情。その迫力にのまれて、二人も押し黙ってしまう。

「……あの、ここで良かったでしょうか?」

 店員が奥に去っていく後ろ姿を見ながら、美晴がそっと健斗に聞いた。成り行きとはいえ、この店を決めたのは美晴だ。お冷まで出されてから店を変えるのもどうかと思うが、それをしても仕方ない状態とも思えた。

 健斗はそんな困った表情の美晴を見つめ、それから思案するように店内を見回す。

「食べて出ますか。俺はラーメンで」

 さっさと食べて出ていく作戦だ。美晴に文句は無く、勢いよく首を縦に振る。

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