上 下
59 / 85
その16. 解禁の勧め

(1)

しおりを挟む
 昼二時前の駅構内。健斗はエスカレータを上がると立ち止まり、前方の改札口を眺めた。

 今日は十月最初の土曜日。天気も良く、絶好の行楽日和だ。海浜公園やイベント会場のあるこの駅は、レジャー施設を利用する人たちで賑わっている。もちろん健斗もその一人で、公園に併設されたバーベキュー会場に向かうため待ち合わせをしているところだった。

「来たな、ケンケン」

 改札を抜け、駅のエントランスに立っている三人を見つけ近寄ると、それに気が付いた陽平が手を振ってきた。集合時間の五分前にはたどり着いたというのに、健斗が最後の一人だ。

「みんな、早いな」
「俺も来たばかりだよ。で、こちら新菜ちゃん。美晴さんの会社の後輩」
「陣内 新菜です。この間は演奏会に来てくださって、ありがとうございます」

 来たばかりと言いながらすでに自己紹介を済ませ、なおかつ健斗にその相手を紹介までする、陽平の手際のよさに感心する。

「井草 健斗です。どうも」

 新菜とは先日会ったとはいえ、遠目に会釈しただけの間柄だ。しかも演奏会では黒のドレス姿だったが今は行楽仕様なのか、Tシャツ、デニムパンツに大き目のコットンシャツを羽織るというラフな格好で、健斗にとってはまるきり別人に見える。そんなほぼ初対面の相手に気の利いた会話が浮かばず、とりあえず前回と同じくらいの距離感で挨拶した。

「健斗、愛想忘れている」
「え?」
「わぁ、確かに」

 陽平に指摘され、自分の素っ気なさに初めて気が付く。だが、謝るよりも先に新菜に納得されてしまった。

「さすが美晴さん、なかなかに手強いのを手なづけましたね」

 隣に立つ美晴に声をかけると、新菜はそのまま彼女の腕にしがみついた。美晴もTシャツにカーディガン、コットンパンツと、こちらも新菜同様にカジュアルだ。

「新菜ちゃんも十分美晴さんに懐いているんじゃない?」
「そりゃそうです。私は美晴さんっ子ですから。そしてなおかつ、一週間ぶりの美晴さんですよ! 本社に戻ってしまってどれだけ私が心細い思いをしているか」
「新菜ちゃんとは毎日電話で業務連絡しているでしょ」

 美晴が言い返すが、その目は優しく後輩を眺めている。にこやかな表情は、新菜に負けず劣らず彼女も後輩を可愛がっていることが伺えた。

 いや、俺は二週間ぶりだけど。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】セックス依存症の精神科医がスパダリCEOと結ばれるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:711

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,111pt お気に入り:1,556

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:88

ファンタジー世界で溺愛される短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:35

処理中です...