かのえアウトサイダーズ

永井こう

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第5話「とりあえずファーストで」

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「若菜」
「ん?」窓の外を眺めていると、友達の石浦よつみに呼びかけられる。
「次、何だけ?」
「えーっと、英語」
一応、えーっとなんて言ってみたけど、英語の授業の時間はちゃんと覚えてる。
「ああ、青池か。なんかウケるよね、あの人」と石浦。
「まぁ、ね」
その時、青池先生が教室に入って来る。
「あー、まだ始めないから自由にしてて」青池先生は教卓の上に教科書を置く。
かっこよすぎ。
私はまだチャイムが鳴っていないけれど、席につく。せっかく一番前の席になったのだから、早めに座って見ておかないともったいない。
青池先生は背を向けて黒板に文字を書いている。
広い背中。少し強いチョークの音。
やっぱりかっこいいな。
青池先生は書いている途中で振り返る。
「どうした?」いい声。
「あ、いえ」私は慌てて答える。
「おう、そうか」
青池先生はまた書き始める。
ヤバい、かっこよすぎて死にそう。
鼻が高くて綺麗、無精ひげが可愛い、紺色のベストがおしゃれ。
チャイムが鳴る。
「よし。始めようか」青池先生はパンパンと手に着いたチョークの粉を払って言う。
青池先生の授業は号令がない。理由は「無駄だろ、そういうの」かっこいい。
「じゃあ、ワークのレッスン5から」
あ、違うと思う。
「あの、レッスン4の答え合わせがまだです」
「おっ、そうか。よく気づいたな。Thank you.」
あー、死ぬ死ぬ。

「久次郎、昨日、なんかあった?」目の前の坊主が弁当箱の蓋をあけながら尋ねてくる。
「まあ、ちょっと」と僕は答える。
この坊主も野球部で、名前は鞍野 楼(ろう)。少し思い切りが良すぎる所はあるが、いい奴で、なんだかんだこのクラスの中では一番仲がいい。実際、こうして昼は二人で食べることも多い。
そして、僕がかのえさんに告白するように仕向けたのも鞍野だ。
「なんか青鷺がめちゃくちゃキレててさ。あ、青鷺っていうのはうちの新キャプテンで」
「知ってる。小学校一緒だったし。野球チームも同じだった」
「あ、そうそう。お前、野球やってたんだってな。こんどキャッチボールでもしようぜ」
青鷺は左手を開いたり、閉じたりする。
「うん、いいよ」
「わるいな、うちの青鷺が」
青鷺と違って鞍野はいい奴だから、野球部関連で揉めて関わりづらくなるようなことは避けたい。
「いや、いいよ」
「そういえば、お前にもチームメイトがいるんだろ? 誰?」
「あー、えーと、かのえさん」
「かのえって、中島かのえ?」
「うん」
「おー、やったな」鞍野は僕の右肩を叩く。
「まあ」お前のおかげだ、とまでは言えない。もし付き合うところまで行けたら言ってもいいだろう。
「久次郎」背後からかのえさんに呼ばれる。
僕は振り返る。
「明後日、暇?」明後日は土曜日。もちろん予定はない。
「うん」
「昨日の打ち上げしよう」
「いいよ」
かのえさんはニヤリと笑ってそれから教室を出ていく。
僕はその後姿を見送る。
ずっと可愛い。
「おい、明後日って、体育祭の打ち上げ」
「あー、僕はいいや。行けなくなったって言っといて」
「仕方ないな、まあ、がんばれよ」
「ああ」
「あ、でも」
鞍野は僕を箸で指す。
「もし、お前のチームとうちで試合することになったら、その時は手加減しないからな」
「ああ」
「で、ポジションは?」
「キャッチャー」
「おー、一緒」
「でもやったことなくて」
「は?」
「かのえさんがピッチャーやりたいから、キャッチャーやれって言われてて」
「へー、中島ちゃんってそういう感じの人だったんだ」
「僕も思った。それで、ちょっと手伝ってほしいんだけど、明日、空いてる?」
「いや、明日は無理」
「月曜日は?」
「ああ、いいけど。何させられる?」
「キャッチャーミットを買いに行く」
「おー、いいね。色々教えてやるよ」

 体育祭とは言っても、各クラスせいぜい数試合。人数の多い高校だから、ほとんどが待ち時間だ。
 他のクラスに友達がいるようなやつはその応援に行くけれど、僕はそんな友達もいないから、教室で本を読むか、教室に残っている仲のいい友達と話すかそれくらいだ。
 かのえさんもそこまで交流が広い方ではないから、ずっと教室にいる。
 鞍野は野球部の応援に行ってしまったし、読書にも飽きてきたから、かのえさんに話しかけてみようかと思って立ち上がる。
 同じタイミングでかのえさんが立ち上がる。
 そのまま後ろを通って教室を出ていく。
 購買かトイレに行ったのだと思っていたけれど、なかなか戻ってこない。
僕はまた本に目を戻す。

体育祭が終わって、翌日の土曜日。私のクラスは駅前の焼き肉チェーンで打ち上げをすることになった。時間は午後6時から。来たのはクラスの三分の二くらいで二十数人。遠いところに住んでいる人もいるから、これでもそれなりに集まったほうだと思う。
一番仲のいい石浦に来て欲しかったのだけれど、やっぱり来なかった。
店で集合の予定なのに、すずめが仲のいいグループで集まって行こうと言い出して、わざわざ駅で待ち合わせてから行くことになった。
すずめ、入内すずめは結構仕切る人で、正直、私や石浦とはタイプが違うと思う。でも一応、その一派に属していることになっている。
集合場所の時計の前に行くと、すでにすずめと何人かの特に仲のいい友達が集まっていた。もしかしたら、さらに手前で待ち合わせていたのかもしれない。
それからさらに何人か来て、ようやく全員が集まって焼き肉店へ向かいだした。
予約したのは八人掛けくらいの掘りごたつが三つ。早めに着いたから、席には入れて貰えたけれど、まだ私たちの他に誰も来ていなかった。
なんとなく女子どうしてまとまる感じかと思ったのだけれど、すずめが私を連れて奥へ座って、他の女子たちはさらに仲のいい集団に分かれるみたいに座った。
「もう来てる」しばらく経って、男子たちの集団がぞろぞろと入って来る。
「瀬戸くん、こっち」とすずめが笑顔で呼びかける。
それに気づいて、瀬戸くんがすずめの隣に座り、もう一人の男の子がその隣に座る。
瀬戸大将。サッカー部に入っているのか、もうやめたのか、そんな感じ。カリスマ性というのか、人を引っ張っていく力がある。そして、なんだかんだ男女ともに人気が高い。
「すずめさんって、制服じゃないとイメージ違うね」と瀬戸が言う。
「そう?」すずめは笑う。
『イメージ違う』って言うのは遠回しに『おしゃれだね』みたいな意味なのだろう。
そう思えば、男子たちもいかにも普段は着なさそうな、もちろん普段どんな服着てるかは想像だけど、そんな服装だ。大学生みたい。
「おしゃれ」と瀬戸くんの奥の男の子が言う。
「え~」
「若菜さんもよろしく」と瀬戸くん。
「よろしくっ」
別に特別おしゃれをしてきたつもりはないけれど、すずめだけがおしゃれと言われるのはなんだか釈然としないな。
「あと何人くらいだろう?」と向かいの女の子が言う。
「まだ、五人くらい?」と私。
「とりあえず、なんか頼もう」瀬戸くんの提案でみんなが揃う前に注文を始める流れになる。
私は目の前の注文用タブレットを充電器から取って、すずめに渡す。
一通り、雑多なものを頼み終えたころ、最後の一団がついて、全員揃う。
「瀬戸、あいさつ」ドリンクバーをみんなが取ってきたときに、どこかの男の子が言う。
瀬戸は笑いながら立ち上がる。
「えー、今回の体育祭では見事優勝できまして——」
「してなーい」と言う声があちこちから飛んできて笑いが起こる。
もちろん私も笑う。
「えー、惜しくも準優勝でしたが、えー、僕とか、あと三好若菜さんのおかげでいいところまで行くことができました」
拍手が起こる。
注目が一度私に向いて、何度となく会釈をする。
心の中ではしまったな、と思う。運動神経が良いばっかりに、バレーでそれなりに活躍してしまった。いや、もちろんついつい発揮しちゃったみたいなのじゃなくて、あっ自分が活躍できる機会だ、と思っての事だったのだけれど、今は少し悪目立ちしたな。特に、瀬戸くんに名前を挙げられて。
「ということで、かんぱーいっ」
「かんぱーい」
私は横目ですずめを見る。
ただの運動会なのに。めんどくさいな、こういうの。

「赤下、マジウザいよな」と瀬戸くん。
「ねー、ほんとそれ」とすずめ。
赤下というのは生物の赤下先生の事だ。なんか、人が他人の悪口言ってるの聞くのって、もやもやするな。私も家では言うけど。共通で盛り上がれる話題だからって感じで持ち出すのはちょっと違う気がする。
それに、いかにも男女交流みたいな雰囲気。
そういえば、打ち上げって出会いの場なのかな? まあ、そうだろな。体育祭の一部みたいなとこあるし。
そんなことを考えながら肉を焼いている。
「若菜ちゃん、今日大人しいね」と向かいの子が言う。
「まぁ、ずっと肉焼いてるからね」
「今日のMVPなのに」
「いやいや。私は自分の役割を果たしただけですから」
「マジでかっこよかったよ」
「そう? どうも」と言ってその子の皿に肉を乗せる。
何人の男の子がその子の奥から私に声を掛ける。
「今日のめっちゃすごくなかった?」
「ね、ほんとすごかったよね」と向かいの女の子がまた言う。
「バレーやってた?」
「いや、やってないけど、勘?」
「足で蹴るやつも」
「そうそう。あー足なら届くなって」
「天才だ」
「よっ、未来のアスリート」
「いやいや。肉焼く大会の方がよっぽど優勝できそう」と言いつつ、正直男子に褒められるのは女子に褒められるのとは少し違った感じがする。
あ、青池先生がここに居たらな、って思う。
その時、
「若菜さんって彼氏いる?」と瀬戸くんが聞いてくる。
恋バナになってるなとは思ってたけど。
「いや、いないかな」
「じゃあ、居たことは?」
「パス。話せるような事は特にから」と言いながら、すずめの皿に肉を盛り付ける。
「すずめさんは?」と瀬戸くん。
「えー。えーっとねー」
私は前座か。別に瀬戸くんにどう思われてもいいけど、ちょっとどうかと思うな、君のそういうところ。
そういえば、青池先生って彼女とかいるのかな? そう思うと、余計にもやもやする。
飲み物がちょうど無くなったから、取りに行こうと立ち上がる。
「後ろ、通るよーっ」と言いながら、すずめと瀬戸くん、そしてもう一人の男の子の後ろを通って通路に出る。
ドリンクバーの機械では、同じクラスの男子が一人、何かをしていた。
「なにしてんの?」
「日比にジュース頼まれたから、混ぜてる」日比というのも同じクラスの男の子だ。
「中身は?」
「お茶の原液の炭酸割り」
「へー、面白そう」
私がジュースを注いでいる間に、日比くんはもう飲んでしまったようで、遠くから笑い声が聞こえた。
なんか、私だけ損したみたいだな、と思った。

駅まではみんなで戻って、それからバラバラと方向別に散っていく。
私と同じ方向の人達は数人いたけれど、なんとなくお互いに会話するほどの仲じゃないから駅のホームに散らばる。
すずめってあんまり人の事好きにならないとか言いながら、瀬戸くんには結構な感じだったな。また付き合ってすぐ別れる感じか。
スマホを開いてインスタグラムを見ると、もうすずめとか瀬戸くんとかは打ち上げの写真を上げている。私は見るだけだから、あまり関係がないけど。
そういえば、青池先生ってインスタやってるかな?
やってなさそう。
ちょっと検索してみよう。
いや、なんかダメな気がする。やってたとしてもどうせ鍵アカだろうし。
電車はまだかとホームを見渡す。
あ。中学の後輩の男の子だ。一つ下だから、あの子もう高校生か。
話しかけようかと思ったけど、やっぱりやめておく。今話しかけたら、さっきの打ち上げの愚痴ばかりになりそうだ。
ようやく電車がホームに入って来る。
私はカバンにスマホをしまう。

「食べないの? 今日は青池先生のおごりだよ」かのえさんは中トロを食べながら言う。
シアー素材の水色のカーディガンに、ブラウンのシンプルなスカート。かのえさんの私服だ。
可愛い。
「百円の皿にしてくれよ」と臙脂のポロシャツを着た青池先生が言う。
「僕も奢ってもらっていいんですか? あんまり打ってないのに」
「気にするな、かのえの方が打ってねぇんだから」
「打ったよ」
「打ったうちに入んねえよ」
青池先生が注文したビールが届く。
「何はともあれ」
青池先生はビールジョッキを持ち上げる。
「かのえアウトサイダーズの初勝利に乾杯」かのえさんがジュースのカップを持ち上げる。
「乾杯」僕も水が入ったコップを持ち上げる。
僕たちはいつものバッティングセンターの近くの回転ずしチェーンで打ち上げをしている。僕とかのえさんが初めてバッティングセンターに来た時にも行った場所だ。
「はぁー、とりあえず良かったな、勝てて」青池先生はビールを半分まで一気に飲んで言う。
「うん」とかのえさんが答える。
かのえさんの注文した中トロが届く。
「で、次の話だろ?」
「次の話?」と僕。
「うん。新しいメンバーの話」
「当てがあるの?」
「うーん」と言ってから一口で寿司を食べる。
「どっちだよ」
「一塁と三塁」かのえさんは真剣な顔をして答える。
「一塁と三塁?」僕も寿司を食べながら尋ねる。
「ランナーを一塁と三塁まで進められてて、そっからホームに戻せるかどうかってくらい」
「つまり、一応目星はついてるけど、まだ可能性は低いってことか」
「うん」
「誰?」
「まだ秘密」かのえさんはニヤリと笑う。
いつものことながら可愛いな、と思う。

「どうだった、打ち上げ」昼休み、弁当を食べながら石浦が聞いてくる。
「いかにも高校生の打ち上げだったよ。石浦も来ればよかったのに」
「カップルできた?」
「さあ?」
「若菜様は?」
「なに、様って」
「あれだけ活躍したんだから、さぞ人気者だったでしょ」
「いや、全然。恋バナの前座だったよ」
「なに、前座って」
「別に」
「なんか根に持ってんね」
「そんな事ないよ」
「話したの?」
「何を」
石浦は声を潜める。
「青池先生のこと」
「っ、話してないよ」

「じゃあね」
石浦と別れて、私は駅の階段を上る。石浦は方向が逆だ。
毎日のことだけれど、ホームはうちの生徒であふれかえっている。近所の人から苦情が来たりもするらしいけど、人数が多い高校だからある程度はしょうがない。
あ。
その向こうに青池先生を見つける。
なんか、うれしい。
話しかけてみようかな。
私の足は青池先生に向かっていく。
人の合間を縫って、進んでいく。ちょうど前を歩いている女の子がいるから歩きやすい。
だいぶ近づいてきた。
青池先生は西日がまぶしいようで目を細めている。
やっぱりかっこいい。
「青池先生」
前を歩いていた女の子が言う。この学校の生徒だ。
「ああ、かのえ」と青池先生が答える。
え、誰。
「久次郎は?」と青池先生。
「友達と買い物行くって」
「なんだよ」
「私は自由にやりたいから、いいの」
「そうかよ」
親しげだな、と思う。かのえって下の名前なのかな。
 その時、ホームに電車が入って来る。
 ドアが開いて、青池先生とその女の子が一緒に乗る。
 私もその電車に乗る。最初から乗るつもりだったから。
「昨日の野球見た」
「ああ、スクイズのな」
「あれ、どういうこと?」
「三塁版送りバントみたいなもんだよ」
「へー」
二人はずっと雑談をしている。
うらやましいな、と思う。
大きな乗り換えのある駅に着いて、二人は下りていく。
私もなんとなく下りてしまう。
青池先生とその女の子は地下鉄に乗り換える。
私も少し離れた席に座る。
何やってんだろ、と窓に映った自分を見て思う。
地下鉄を降りると、今度はバスに乗り込む。
気づかれればよかったのだけれど、気づかれずに私も同じバスに乗り込む。
十五分くらいバスに乗って、着いたのはバッティングセンターだった。

女の子はヘルメットをかぶって、打席に入っていく。
球速は80キロ。
私もほとんどやったことないけど、この女の子がそんなに打てる方じゃないことは分かる。
青池先生はアドバイスを言っている。
私は室内から横目で見ながら、ウロウロとしている。
何のためにここまで来てしまったのだろう。
女の子が打席から出てくる。
「どう?」
「まず構え方だな。とりあえず構えてみろ。振るなよ」
「うん」
女の子は構える。
「違う。まず腕を閉じろ」
「こう?」
「肘じゃない。脇だ」
「最初から言ってよ、こう?」
「だから違うって」
「こう?」
「違う」
「え、分かんない」
「だから」青池先生は女の子の背後から腕を回して、バットを握った手を握る。
「っ」私は思わずじっと見る。後ろから抱きしめてるみたい。
「こうだよ。ほら、こっから、こう。で、ここで当てて、こう」
「ああ、いい感じ」女の子は笑う。
「だろ?」青池先生も微笑む。
「うん」と女の子。
なに、これ。
「じゃあ、ちょっと見とけよ」
「分かった」女の子は椅子に座る。

ほんとに分かってんのか、と思いながら俺は打席に立つ。
ボールが飛んできて、それを遠くに飛ばす。
やっぱ勝負の方がやる気出るな。
まあ、かのえの手本ならこれくらいで十分か。
「青池先生」かのえに呼びかけられる。
「あ?」と言いながらまたボールを打つ。
「アイス買ってくるから、がんばってね」
「おい、お前に見せるために打ってんだよ」
返事はない。
くそ、見とけよ。
俺はバットを構えなおす。
その時、俺から見て正面、100キロの打席に人が入る。
ボールが来て、俺は打つ。
隣も打つ。
ああ、結構飛ばすな、と思ってその打席の人を見る。
「こんにちは、青池先生」
「え」
俺が教えてるクラスの三好だ。
 「7組の三好若菜です」
「お、おう。どうした、こんなとこで」
ボールが来て、俺は打つ。
「バッティングです」
三好もボールを打つ。
「青池先生は?」
「同じだよ」
「さっきの子は誰ですか?」
「2組の中島かのえ」
「どういう関係ですか?」
どんどん訊いてくるな。
「同じ野球チーム」
「一人の女子生徒と放課後に二人きりで遊ぶのって、どうなんですか?」
「別に、二人きりってわけじゃない」
遊ぶって、聞こえが悪いな。てか、怒られてんのか、俺。
まずい、いや、多分まずくはないはずだけれど、かのえと二人でいる所を見られたのはよくないな。一応、教師と生徒という関係だ。個人的に学校外で会うのは下心があるととらえられかねないな。かと言って弱みを握られてるって素直に言うわけにもいない。
だが、一番まずいのは、たぶん三好が俺に好意を持っていることだ。

何をやってるんだろ、本当に。
ピッチングマシンのランプが消える。
私はネット越しに青池先生を見る。
青池先生も私を見ていたが、ふと目をそらす。
私も青池先生と同じ方を向く。
かのえという女の子が、アイスクリームを持って立っていた。
「結構打てるね」とその子が言う。
「……」
「私のチームに入らない?」

鞍野とグローブを買い終えて、まだ時間が早かったから、一人でいつものバッティングセンターに向かった。
もしかしたら、かのえさんたちがまだ練習しているかもしれない。
そう思いながら店舗の中に入る。
すぐにかのえさんを見つける。ヘルメットをかぶっているから、すぐに分かる。
ん?
知らない女子がかのえさんと向かい合っている。
僕に気づいて、青池先生が手を上げる。
来い、という意味だろう。
「あ、久次郎」とかのえさん。
もう一人の女子が僕の方を見る。
ポニーテイルで髪をまとめ、背は僕と同じくらい。女子にしては高いほうだろう。かのえさんと比べると10センチ以上違う。腕時計を右手につけているから、この人も左利きなのかもしれない。
「新しいチームメイト」とかのえさんが言う。
「7組の三好若菜です。よろしく、久次郎」若菜さんは微笑む。
「早田久次郎、クラスは2組。よろしく」
「ようこそ、かのえアウトサイダーズへ」

「で、昨日はどうだった?」昼休み、いきなり石浦が話しかけてきた。
「なにが?」
「入った?」
「どこに?」
「かのえちゃんの野球チーム」
「ん、え、なんで知ってるの?」
「かのえちゃんとは小学校が一緒だったから」
「え」
「体育祭のときに偶然会って、野球のチームメイト探してるっていうから、運動神経良くて帰宅部の人いるよって」
「それだけ?」
「ううん、普通に青池先生で釣れると思うって教えた」
「石浦の陰謀ってことか。うわー、癪だな」
「まあ気にすることないよ」
「うーん、いいけどさ。青池先生と仲良くなれるなら」
「でしょ」
「とりあえず、ありがとう」
「ふん」
「でも、練習しないとな。野球やったことないし」
「キャッチボールくらいなら相手してあげるよ」

「三塁」とかのえさん。
「三塁?」
僕とかのえさんはプールの傍のベンチで昼食を食べている。
「ああ、この前言ってた話か」
「うん。若菜ちゃんは三塁の方」
ん、待てよ。
「偶然、あそこで会ったわけじゃないってこと?」
「うん」
それもそうか。いくら同じ学校とはいえ。
「体育祭のとき、小学生のときの友達と会って。それで、まあ、後は言えないけど。とりあえず、若菜ちゃんはその友達の友達」
かのえさんは大きく口を開けてパンを食べる。
また弱みを握るか、なにかしたのだろう。
かのえさんは水筒からお茶を飲む。
何をしていたとしても、やっぱり可愛い。
「そういえば、若菜さんの守備のポジションってどこ?」
「野球やったことないって言ってたから、とりあえずファーストでって言ってある」

つづく
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