かのえアウトサイダーズ

永井こう

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最終話「じゃあ、また」

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「かのえアウトサイダーズ、サヨナラ勝ちおめでとうっ、かんぱーい」
若菜さんの音頭で僕たちは各々のコップを上げる。
中に入っているのは緑茶だ。なぜなら、ここは回転ずしチェーンだから。
「なんで、打ち上げがここなんだよ。焼肉とかでよかっただろう」と青池先生が言う。
「ううん、かのえアウトサイダーズの打ち上げと言えばここでしょ」と言いながらかのえさんは大トロを食べる。
「お前が寿司食べたかっただけだろ?」
「違うよ。義一と若菜ちゃんとえつおもここに連れてきてあげたかったし」
「そうなのか。まあ、楽しけりゃ、どこでもいいけどよ」
ちょうど、青池先生の注文したビールが届いて、青池先生はそれを一気に飲む。
「やっぱ、運動した後だと段違いにうまいな」
「そういえば、不思議なことがあって」とかのえさんが話し始める。
「私が最後の打席に立った時、正岡子規の声が聞こえたんだよね」
「なんて言ってたの?」と僕は尋ねる。
「いろいろ。打ち方教えてくれたり」
「かのえちゃんが正岡子規好きすぎて、向こうから来てくれたんじゃない?」と若菜さんが言う。
「だったら、うれしいな」とかのえさんは答える。
やっぱり可愛い。
付き合えたら、どれだけ幸せだろうか、と思う。
もしかしたら、このままずっとこの関係が続いて、結局何もなく終わってしまうのかもしれない。それは寂しい。
でも、かのえさんが望むなら、という気持ちもある。
かのえさんは若菜さんと楽しそうに話をしている。
義一は同い年のえつおと会話をしている。
僕はなんとなく手持無沙汰で注文用のタブレットを触る。
すごく幸せなのに、少し寂しかった。

「じゃあ、俺は9時に寝るので帰ります」と言って、えつおくんは帰っていく。やっぱりちょっと変わった子だなと思う。
「僕も帰っていいですか? 今日読んでる漫画の新刊がでるので、本屋閉まる前に買いたくて」
「うん。いいよ。気を付けてね」かのえちゃんはお寿司を食べながらそう言う。
やった、と私は心の中で思う。
多分、久次郎とかのえちゃんは方向が同じだから一緒に帰る。
そうすると、私と方向が一緒なのは青池先生だけになる。もし、家とかに誘われたら、どうしよう、と思う。そうしたら、もう仕方がないかもしれないな。
その時、青池先生が立ち上がる。
トイレにでも行くのかと思っていたら、財布から一万円札を数枚机の上に置く。
「全然、いくらか分かんねえから、これ置いてく。余ったら、札だけ返してくれ。じゃ、おれはタクシーで帰る。お前らも、あんま遅くなんなよ」
青池先生はそう言い残して去っていく。
なんで、わざわざタクシーに乗っていくのだろう。
そのせいで、私は一人だ。

「わりぃな、三好。俺は教師なんだ。お前の気持ちには答えてやれねぇんだよ」
夜道を歩きながらそう呟く。
なんで、こんな気使ってんだって、そりゃ、似てるからだろうな、夏海ちゃんに。もしなんとも思ってなかったら、こんなことはしてねぇ。
そっか、夏海ちゃんはもう家庭があるんだな。
俺は星空を見上げる。
なさけない、くそ情けないな。
中途半端に都会だから、まともに星も見えやしねぇ。
あ。
財布の金、ほとんど机の上に出してきちまった。
仕方がない。歩いて帰るか。

私の足はなんとなく近くの書店に向いた。
普段ほとんど漫画は読まないけれど、コミックコーナーを見てみる。
「あ、若菜先輩」
義一くんがちょうど漫画を選んでいるところだった。
一人が寂しいから、青池先生の穴を埋めようと思って、来たわけじゃない。ただなんとなくこっちに足が向いただけだ。
と自分に対して言い訳をする。
「どうか、しました?」と義一君が訊いてくる。
「ん、ちょっと本見に来ただけだよ。なんで?」
「なんか、暗い顔してるんで」
「いや、うーん。これ、友達の話なんだけどさ」
「はい」と義一くんは本棚を見たまま言う。
「その友達には好きな人がいて」
「はい」
「でもそれが先生だから、どうしても付き合うことができなくて」
「……」
「で、友達のほうが距離を縮めようとすると距離を置くんだよ」
義一くんは黙ってうなずく。
「ちゃんと、断ってくれればいいのに。あなたとは付き合いたくありませんって。静かに逃げてくのは、ずるいよ」
「そうですね」と言って義一くんは棚から漫画を一冊取って、表紙を眺めている。
私の話に興味はないのか、義一くんも。
あれ、少し義一くんの手が震えている。大丈夫かな。
義一くんは短く息を吐く。
持っていた漫画を本棚に置く。
「俺じゃ、だめですか?」
「え?」
義一くんはまっすぐ私の目を見る。
「先輩が好きです。俺と付き合ってください」

久次郎の隣を歩いて、駅まで向かう。
私がボールを投げたら、ちゃんと取ってくれる。
私が塁にいたら、ホームに帰してくれる。
へんな感じだ。
ただ、野球の仲間が欲しかっただけなはずなのに。
青池先生とか、義一くんとか若菜ちゃんとかえつおとは少し違うような気がする。
とうとう駅のホームまでくる。
方向が違うから、どちらかの電車が来たら、それでさよならだ。
やっぱり、言っておこうかな。
その時、ホームに電車が入ってくる。
久次郎が乗る方向だ。
やっぱり言わなくていいか。
「じゃあ、また」と私の口から自然と出る。
「うん。また」
久次郎は電車に乗り込む。ほかに乗客はほとんどいない。
ドアが閉まるというアナウンスがある。
いや、やっぱり言おう。
思い切って閉まり始めたドアに飛び込む。
私のすぐ背後でドアが閉まる。
たぶん、車掌さんは怒っているだろう。
でも、別にかまわない。
もう電車が動き出したから、私は降りられない。
だから、言うしかないか。
「どうした、かのえさん」久次郎は驚いた表情で私を見ている。
私の行動に時々見せる、素直そうな表情だ。
私は久次郎をじっと見る。
「久次郎、君の選択で可能性はゼロじゃなくなった」
久次郎はそっと笑う。
「何パーセント?」
「5」
「じゃあ、もう少し経ってからにしようかな」
「これからもよろしくね、久次郎」
「うん。よろしく」

おわり
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