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【短編】
傷病の騎士の、妻たるものの務め (五)
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第五話 王宮魔術師の見舞いの品
目が覚めた時、熱は下がっていた。
額から濡れたタオルを取り上げ、フィリップは上体を起き上がらせる。
カーテンの隙間の窓から注がれる外の光はすでに明るい。
もう昼過ぎになっているのだろう。
寝台にはバーナードの姿はなく、彼はすでに仕事へ向かったようだった。
部屋の扉が軽くノックされ、「どうぞ」と声をかけると、執事のセバスチャンが入ってきた。
「お目覚めですか。お加減はいかがでしょう」
「ありがとうございます。熱も下がりました」
「それはよかったです。軽く食べられるものをご用意しますね」
そう言うと、セバスチャンは部屋を出ていった。
しばらくして、召使の若者が一人、キッチンカートを押して入ってきた。
ドーム型の銀の蓋を開けると、そこからスープとパン、そしてフルーツが載せられた皿が出てきた。
食事をサイドテーブルに載せる。
「お召し上がりの際のお手伝いは必要でしょうか」
「いえ、大丈夫です」
熱が下がったせいで、身体もどこか軽い。
サイドテーブルに置かれた食事を、フィリップは時間をかけて食べていった。
食べ終わった後は、用意された水と薬を飲んでまた眠りについた。
それからしばらくして、ガタンという物音がしたので目を覚ました。
そこには、バーナードの親友にして王宮魔術師のマグルがいて、紙の箱を落としたらしく慌てて拾っている姿があった。
「マグル?」
「ごめん、目が覚めちゃったか。お見舞いに来たんだけど、君が寝てたからさ。荷物だけ置いて帰ろうと思っていたんだ」
テーブルの上には花器にいけられた見舞いの花があった。それも彼が持ってきたのだろう。
「熱が出ているなんて知らなくて。捻挫だと聞いていたし、暇だろうから遊びに来たんだけど、悪かったな」
ぽりぽりと髪を掻きながら言うマグルに、フィリップは椅子を勧めた。
「熱はもう下がったんだ。わざわざ見舞いに来てくれるなんてありがとう」
「いやいや。……ちょっと好奇心もあったからね。君がこの屋敷でどう過ごしているのかと」
含みのあるようなその言い方に、フィリップは目をすがめた。
「……それってどういう意味ですか」
「あははははは。まぁ、そのまんまだよ。ここ、君、居心地悪くなかった?」
「………どういうことか、話して下さい」
マグルはどこからともなく取り出した“静寂の魔道具”をテーブルの上に置いて、静かに起動させた。
それからおもむろに語りだした。
「この屋敷の召使は、執事のセバスも含めて、みんなバーナードのことが大好きで、奴の実家からついてきた奴らばかりなんだ」
「……………………」
「セバスにいたっては、バーナードが赤ちゃんの頃から奴を育てていたからね。実の息子よりも可愛がっているという話だった」
「……………………」
「バーナードには若い頃から見合いの話もあったけど、“坊ちゃまにはふさわしくない”“あんなアバズレ”とか言って、常に見合いの釣り書きを燃やしていたね。下手な小姑達よりも恐ろしい召使だよ。……ああ、バーナードはそういうこと気が付いていないから。あいつ、昔からそーいうのにはすげぇ鈍感なんだよな」
それは理解できた。
「もうあいつはずっと結婚できずに、この屋敷でセバスや召使達と暮らしていくのかなーとか僕は思っていたんだけど、君がバーナードを落としてびっくりしたよ。ははははははははっ。セバス達にとってはまさしく“青天の霹靂”だったろうね」
知らなかった。
フィリップはバーナードの側に副官として十年以上勤めていた。だが、バーナードの屋敷の者達がそういう気質の人間だったことには気が付かなかった。
それは、その召使達が巧妙に隠していたせいなのか。それともバーナードの鈍感さ……細かいことを余り気にしないせいなのか。はたまたその両方のせいなのか。
「坊ちゃま命……今は旦那様命といっていいかな。そういう癖のある召使ばかりだからね。正妻たる君を目の敵にするだろうとは思っていたけど、さすがに熱で寝込んでいる君を責め立てるようなことはしなかったね。まぁ、そんなことをしたら、愛しの旦那様に激怒されるから、それはしないだろう」
そこでニヤニヤとマグルは笑った。
「でもフィリップ、気を付けろよ。お前は憎まれているからな。あいつら、絶対にお前に意地悪をするからな」
フィリップはぞくりと身を震わせた。
それは、熱が下がったせいではなかった。
その様子を見て、マグルは言った。
「大丈夫。僕はお前達の味方だからな。親友のバーナードに、お前みたいなしっかりとした嫁が来て安心した。二人とも仲がいいし、僕はお似合いだと思っている」
「ありがとう、マグル」
「それでだ。僕は君達二人に見舞いの品を持ってきたんだ。この“静寂の魔道具”と、最新鋭の“結界魔道具”だ」
「……“結界魔道具”?」
その問いかけにマグルは頷いた。
「そうだ。僕が開発したばかりの“結界魔道具”。これは最上級の攻撃魔法が頭上で炸裂しても大丈夫なほどの、高強度の結界を生成できる。僕が知る限り、史上最強の強度だ」
……最上級の攻撃魔法が頭上で炸裂するなんて事態が、この屋敷の中であり得るんだろうか。
いや、忘れるな。ここは“敵地”だった。
フィリップは真剣な表情でマグルの話を聞いていた。
「その結界は、そうだな。この部屋全体の大きさになり、結界内部は外から見えなくできる。そしてここからが肝心だ。外からの侵入者すら弾くんだ。どうだ、凄いだろう!!」
ドヤ顔のマグル。
「…………」
「新婚の君達にぴったりだと思わないかい? 使い終わったら感想を聞かせてくれたまえ。あとで開発に役立たせてもらうから」
そう言って、マグルは手を振って部屋を出ていった。
立て板に水のように、朗々と語った彼は、フィリップの返事の言葉を聞くこともなく、勝手に話して勝手に納得して出ていってしまった。
フィリップはマグルから手渡された箱の中身をじっと見つめていた。
目が覚めた時、熱は下がっていた。
額から濡れたタオルを取り上げ、フィリップは上体を起き上がらせる。
カーテンの隙間の窓から注がれる外の光はすでに明るい。
もう昼過ぎになっているのだろう。
寝台にはバーナードの姿はなく、彼はすでに仕事へ向かったようだった。
部屋の扉が軽くノックされ、「どうぞ」と声をかけると、執事のセバスチャンが入ってきた。
「お目覚めですか。お加減はいかがでしょう」
「ありがとうございます。熱も下がりました」
「それはよかったです。軽く食べられるものをご用意しますね」
そう言うと、セバスチャンは部屋を出ていった。
しばらくして、召使の若者が一人、キッチンカートを押して入ってきた。
ドーム型の銀の蓋を開けると、そこからスープとパン、そしてフルーツが載せられた皿が出てきた。
食事をサイドテーブルに載せる。
「お召し上がりの際のお手伝いは必要でしょうか」
「いえ、大丈夫です」
熱が下がったせいで、身体もどこか軽い。
サイドテーブルに置かれた食事を、フィリップは時間をかけて食べていった。
食べ終わった後は、用意された水と薬を飲んでまた眠りについた。
それからしばらくして、ガタンという物音がしたので目を覚ました。
そこには、バーナードの親友にして王宮魔術師のマグルがいて、紙の箱を落としたらしく慌てて拾っている姿があった。
「マグル?」
「ごめん、目が覚めちゃったか。お見舞いに来たんだけど、君が寝てたからさ。荷物だけ置いて帰ろうと思っていたんだ」
テーブルの上には花器にいけられた見舞いの花があった。それも彼が持ってきたのだろう。
「熱が出ているなんて知らなくて。捻挫だと聞いていたし、暇だろうから遊びに来たんだけど、悪かったな」
ぽりぽりと髪を掻きながら言うマグルに、フィリップは椅子を勧めた。
「熱はもう下がったんだ。わざわざ見舞いに来てくれるなんてありがとう」
「いやいや。……ちょっと好奇心もあったからね。君がこの屋敷でどう過ごしているのかと」
含みのあるようなその言い方に、フィリップは目をすがめた。
「……それってどういう意味ですか」
「あははははは。まぁ、そのまんまだよ。ここ、君、居心地悪くなかった?」
「………どういうことか、話して下さい」
マグルはどこからともなく取り出した“静寂の魔道具”をテーブルの上に置いて、静かに起動させた。
それからおもむろに語りだした。
「この屋敷の召使は、執事のセバスも含めて、みんなバーナードのことが大好きで、奴の実家からついてきた奴らばかりなんだ」
「……………………」
「セバスにいたっては、バーナードが赤ちゃんの頃から奴を育てていたからね。実の息子よりも可愛がっているという話だった」
「……………………」
「バーナードには若い頃から見合いの話もあったけど、“坊ちゃまにはふさわしくない”“あんなアバズレ”とか言って、常に見合いの釣り書きを燃やしていたね。下手な小姑達よりも恐ろしい召使だよ。……ああ、バーナードはそういうこと気が付いていないから。あいつ、昔からそーいうのにはすげぇ鈍感なんだよな」
それは理解できた。
「もうあいつはずっと結婚できずに、この屋敷でセバスや召使達と暮らしていくのかなーとか僕は思っていたんだけど、君がバーナードを落としてびっくりしたよ。ははははははははっ。セバス達にとってはまさしく“青天の霹靂”だったろうね」
知らなかった。
フィリップはバーナードの側に副官として十年以上勤めていた。だが、バーナードの屋敷の者達がそういう気質の人間だったことには気が付かなかった。
それは、その召使達が巧妙に隠していたせいなのか。それともバーナードの鈍感さ……細かいことを余り気にしないせいなのか。はたまたその両方のせいなのか。
「坊ちゃま命……今は旦那様命といっていいかな。そういう癖のある召使ばかりだからね。正妻たる君を目の敵にするだろうとは思っていたけど、さすがに熱で寝込んでいる君を責め立てるようなことはしなかったね。まぁ、そんなことをしたら、愛しの旦那様に激怒されるから、それはしないだろう」
そこでニヤニヤとマグルは笑った。
「でもフィリップ、気を付けろよ。お前は憎まれているからな。あいつら、絶対にお前に意地悪をするからな」
フィリップはぞくりと身を震わせた。
それは、熱が下がったせいではなかった。
その様子を見て、マグルは言った。
「大丈夫。僕はお前達の味方だからな。親友のバーナードに、お前みたいなしっかりとした嫁が来て安心した。二人とも仲がいいし、僕はお似合いだと思っている」
「ありがとう、マグル」
「それでだ。僕は君達二人に見舞いの品を持ってきたんだ。この“静寂の魔道具”と、最新鋭の“結界魔道具”だ」
「……“結界魔道具”?」
その問いかけにマグルは頷いた。
「そうだ。僕が開発したばかりの“結界魔道具”。これは最上級の攻撃魔法が頭上で炸裂しても大丈夫なほどの、高強度の結界を生成できる。僕が知る限り、史上最強の強度だ」
……最上級の攻撃魔法が頭上で炸裂するなんて事態が、この屋敷の中であり得るんだろうか。
いや、忘れるな。ここは“敵地”だった。
フィリップは真剣な表情でマグルの話を聞いていた。
「その結界は、そうだな。この部屋全体の大きさになり、結界内部は外から見えなくできる。そしてここからが肝心だ。外からの侵入者すら弾くんだ。どうだ、凄いだろう!!」
ドヤ顔のマグル。
「…………」
「新婚の君達にぴったりだと思わないかい? 使い終わったら感想を聞かせてくれたまえ。あとで開発に役立たせてもらうから」
そう言って、マグルは手を振って部屋を出ていった。
立て板に水のように、朗々と語った彼は、フィリップの返事の言葉を聞くこともなく、勝手に話して勝手に納得して出ていってしまった。
フィリップはマグルから手渡された箱の中身をじっと見つめていた。
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