騎士団長が大変です

曙なつき

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第十七章 金色の仔犬と最愛の番

第三話 王宮副魔術師長への相談

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 朝も早い時間帯に、バーナードがマグルの住む屋敷を訪ねてきた。
 屋敷には通いの家政婦がおり、バーナードの突然の来訪に驚きつつも、マグルの部屋へ案内してくれる。
 マグルは珍しくその時間帯、起きていた。
 寝ぐせのついた髪を掻きながら、小さな欠伸をして親友の訪れに驚いている。

「どうしたんだ、バーナード。こんな早い時間にやってくるなんて」

 そう言って椅子を勧める。家政婦が、バーナードにも朝食を食べるか聞いてきたが、彼は断っていた。

「いや、有難いがいい。すぐにまた帰らないといけないからな」

「帰るって。ああ、お前、今日は休みか。明日まで休暇なんだろう?」

 そのマグルの問いかけにバーナードは頷いた。
 先日までバーナード騎士団長は、隣国への国宝品の輸送任務に就いており、二日間の休暇が認められていたのだ。
 椅子にどっかりと座ったバーナードは、マグルに言った。

「お前はフィリップが“人狼”だという話は、すでに聞いているそうだが」

「うん。フィリップが教えてくれたよ。あいつもすげぇな。“愛”の為に人間やめるなんて!! 尊敬するぜ」

 そう言うマグルを前に、バーナードは呻き声を上げていた。

「それで、困っている。あいつが、人間に戻らないんだ」

「………………え?」

 マグルは目を見開いた。

「人間に戻らないって、狼になっているのか、あいつ」

「ああ、昨晩、急に狼になって、それからずっと狼のままなんだ。昨日の夜は三日月で、満月でもない」

「ふんふん」

「それで、いつもなら朝には人間に戻るのに、ずっと狼のままで困っている」

 



 朝になっても金色狼のままだったフィリップは、バーナードに甘え通しで、その大きな狼の体でのしかかり、ペロペロと顔を舐めまくる。
 朝食の時もそばに寄り添って食事をとるし、どこに行こうにもついて来ようとした。
 フィリップのこの異変を、マグル副魔術師長に相談しようと屋敷を出る時も、当然のようについて来ようとした。
 こんな大きな金色の狼を連れていくことはできない。

「お前は留守番だ」

 そう言われた時、金色狼は青い目を驚愕に大きく見開いていた。
 クゥンクゥンと鳴いて、「いやだいやだ」と主張する。そのフサフサの毛を撫で回しながら、バーナードは言った。

「お前を連れて行くことはできないんだ。分かってくれ。俺もお前と離れるのは辛い。だが、今の姿のお前を連れていくことはできない。大人しくいい子で屋敷で待っていろ。用事を済ませたらすぐに帰ってくる」

 それでも哀れに鳴き続ける金色狼の体を抱きしめて、バーナードは苦しそうな顔で言った。

「すぐに戻って来るから、待っていろ」

 後ろ髪を引かれるような思いで、バーナードは屋敷の扉を閉めて、急いでマグルの屋敷に向かった。
 そして冒頭のシーンに至ったのだった。




「人狼についての文献はないか? 戻れなくなるケースがあるのか知りたい。どうやったら、元の人間のフィリップに戻れるか知りたいんだ」

「前にもフィリップに言われて調べたことがあったけど、人狼は希少種で、文献自体少ないんだ。正直、僕にも分からないな」

「………………」

 バーナードの顔が苦しそうに歪むのを見て、マグルも胸を痛めた。

「その、妻のカトリーヌ経由で、妖精の国のご隠居様に聞いてもらおうか?」

「そんなことができるのか!!」

 マグルは頷いた。

「うん。カトリーヌは、妖精の国のセリーヌと今でもよく連絡を取り合っているんだ。妖精の国と通じる魔法の手鏡をもらったようで、話を聞くことならすぐにできるよ」

「頼む」

 バーナードは深く頭を下げた。

「ちょっと待っていて。僕、すぐにカトリーヌに頼んでくる。それで、手鏡も借りて来るよ」

 そう言うとマグルは一度部屋から出て、そしてしばらくすると小さな手鏡を手に戻ってきた。
 小花模様の精緻な細工がしてある手鏡の鏡面には、すでに頭上に冠を載せた姉のセリーヌの姿があった。

「ご無沙汰しています、バーナード騎士団長。おじいさまにお頼みして、フィリップさんを人狼に変えられた人狼族の長に連絡を取っています。連絡が来たら、マグルさんに報告致します」

 バーナードは「宜しく頼む」と言って、また頭を下げるのみだった。




 その後「人狼化したフィリップに会いたい」と言って好奇心旺盛なマグルは、バーナードについてフィリップの屋敷へ行くことにした。
 マグルの王宮副魔術師長という職はかなり融通が利くようで、決まった時間に王宮へ行かなければならない決まりはないらしい。
 そして、屋敷に着いてフィリップの金色狼の姿を見たマグルは、驚いていた。

「うわ、思ったよりもデカイ、それに綺麗だな~」

 その賛美の言葉に、なぜかバーナードは満足そうに腕を組んで頷いている。
 王都一という美貌を誇るフィリップは、狼になってなおも綺麗だった。金色の毛はふさふさと波打ち、顔立ちも……狼なので美醜はよくわからないが、整っているような気がする。
 何より真っ青なその両眼が美しい。

 マグルはしゃがみ込むと、ワシャワシャとフィリップの豊かな毛を撫でていた。

「すげぇ綺麗だ。フサフサじゃねぇか。もう、この狼のままでいいんじゃないか。このままこいつを飼ってやれよ。散歩とか困るなら、僕も手伝ってやるぞ」

「……そういう問題じゃないだろう。いつまでもフィリップがこの狼のままだと困る」

「えー、僕、犬が好きだから、フィリップはこのままの方がいいなぁ」

「困る」

 しばらくマグルに大人しく撫でられていたフィリップであるが、その後は当然のようにバーナードのそばに行って、バーナードの顔を舐めまわし、そして長椅子に座るバーナードの膝の上に頭をのせていた。バーナードはフィリップの毛を撫でながら続けた。

「このままでも十分、フィリップはかわいいが、やはり人間に戻らなければ困るだろう。副騎士団長が狼というわけにはいかない」

「それはそうだけどさぁ」

 このままでも十分フィリップはかわいいとか、惚気のろけているのかお前、と内心マグルは突っ込みたかったが、極めて自然にバーナードが惚気を口にするので、突っ込めなかった。
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