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第二章
第五話 奴隷の思い - 彼女からの話 -
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あの後、寝床で震えながらも私はエヴェリーナに尋ねた。
「国に戻って、何をするというのだ。あの国にはもう、何もない」
王家は滅び、侯爵家は滅び、国民の多くが死んだ。魔族に蹂躙された穢れた土地。
「うん。知ってる。もうあの国は、隣の国に分けられて、消滅しているのよね。貴方、戻って“私は王太子だ。この国の継承者だ”と主張する?」
「……………する……わけがない」
そんなことを言うことが許されるはずがない。
魔族を導き入れたのは、この私だった。
この私が、国が滅ぶことの引導を渡したのだ。
「私は憎まれている。国に戻れば殺されるだろう」
見つかったのなら、すぐに断頭台へ送られると怯えて生きてきた。今まで八年間、よくバレることもなく生きてこられたものだと思った。
でも、心のどこかで、そう、襤褸のように捨て置かれた牢獄の中で、もう楽になりたいと願う気持ちが無かったわけではない。
父上や母上と同じく、黄泉の国へと疾く駆けていくべきではないかと。
死ぬのは一瞬の苦痛だ。でもその後は楽になれる。
エヴェリーナは私を、その緑色の大きな瞳で見つめながら言った。
「前にも言ったけれど、貴方は私の愛玩物だから殺されないわ。私が許さないから。貴方には指一本、他の者には触れさせない。だからそのことは安心していい。貴方を置いていくことも考えたのだけど、今の貴方は一人で置いていたら、見つかったら殺される可能性が高い。私の傍にいた方が安全よ。だから、連れていくだけ。右目を治したのはね……」
エヴェリーナの指が、そっと癒された私の蒼い目の瞼に触れた。どこか羽のように軽い、優しい触れ方だった。
「貴方も見てみたいだろうと思ったから。アレから八年が経っている。貴方、私を婚約破棄した後、行方不明になったのよね。あの後、国がどうなったのか知っている?」
「父上や母上も亡くなり、貴女の侯爵家は逆賊として討伐されて」
「弟のリンデイルも亡くなって、国は滅茶苦茶になったわ。私は五年前に一度国に戻り、魔族や魔獣の討伐に協力したの。国ではちょっとした英雄扱いよ」
私はエヴェリーナの細い身体を見つめた。
この目の前の、ほっそりとした少女が魔族や魔獣の討伐をする?
信じられない思いだった。
私の知るエヴェリーナは深窓の姫君で、剣も握ったことのない少女だった。
魔獣や魔族などを目にすれば、彼女は怯えて半狂乱になる姿の方が思い浮かぶ。
エヴェリーナがそんなこと、できるはずがない。
私の目にありありとした不信が浮かんでいるのを見て、エヴェリーナは声を上げて笑った。
「女の身で、そんなことができるはずがない。貴方、そう思っているわよね。確かに貴方の知るエヴェリーナには出来ないでしょうね」
「……………」
「貴方は本当に、本当に何も知らなかったみたいね。ぼんやりとした気弱なエヴェリーナが、どうして王家の王太子の婚約者に据えられたのか。他にふさわしい優秀な貴族の娘達はたくさんいたのに、どうしてあの娘が貴方の婚約者になったのか」
「……………」
彼女の弟のリンデイルは、エヴェリーナが私の婚約者になることに反対していた。
エヴェリーナには王太子妃など、荷が重すぎると。
彼女との婚約は、王たる父上が、エヴェリーナの侯爵家を王家に取り込むために希望したと聞いていた。
王家の盾、剣と呼ばれたあの優秀な血を、欲したという。
彼女はクスクスと笑って、私の金の巻き毛を指で整えて遊んでいた。
綺麗に巻いていくと嬉しそうに目を輝かせて見つめている。
「貴方の髪って本当に綺麗。大好きだわ」
「……教えてくれ、どうしてエヴェリーナが私の婚約者になったんだ」
「私達の血が欲しかったのでしょう。侯爵家が必ず双子を産むのは知っている?」
不思議なことに、侯爵家の当主は必ず子の中に双子を産むのだ。男男、男女、女女というように性別には決まりはない。
ただ、必ず子の中に双子がいる。
それは恐ろしいほど昔から、そうなのだと言う。
双子が必ず当主の地位に就くということもない。ただ、双子を産む家系だった。
現当主の妻も、このエヴェリーナとリンデイルという双子の姉弟を生んだ。
「そうした双子を生み出す血を、王家は欲しがったの。国によっては、双子は不吉なものとして、産まれると同時に片方の子を殺すところもあると聞くわ。でも、我が侯爵家は違っていて、双子を尊んだ」
「……だから、王家に、君を迎えようとしたのか?」
「そうね。でも、途中からマリアが出てきて、今度は“聖なる乙女”の方が王家にふさわしいという話になって、私はお役御免になったのだけどね」
それに、私はぐっと言葉に詰まる。
話だけ聞いていくと、王家の勝手ぶりがわかる。
双子を産む侯爵家の血を欲して、幼いエヴェリーナを私の婚約者に据えた。
そして、“聖なる乙女”のマリアが登場すれば、それにすげ替える。
そんなことをされては、王家の盾、剣と呼ばれ忠義を捧げてきた侯爵家の立場はないだろう。
だが、その頃から私を含め、王家の者達はマリアに操られて、正常な判断が下せなくなっていた。
「もう遅いわ。続きはまた今度話してあげる」
そう彼女は言った。そして私の金の巻き毛に口づけた。
子供のように「綺麗だわ」と言って。
「国に戻って、何をするというのだ。あの国にはもう、何もない」
王家は滅び、侯爵家は滅び、国民の多くが死んだ。魔族に蹂躙された穢れた土地。
「うん。知ってる。もうあの国は、隣の国に分けられて、消滅しているのよね。貴方、戻って“私は王太子だ。この国の継承者だ”と主張する?」
「……………する……わけがない」
そんなことを言うことが許されるはずがない。
魔族を導き入れたのは、この私だった。
この私が、国が滅ぶことの引導を渡したのだ。
「私は憎まれている。国に戻れば殺されるだろう」
見つかったのなら、すぐに断頭台へ送られると怯えて生きてきた。今まで八年間、よくバレることもなく生きてこられたものだと思った。
でも、心のどこかで、そう、襤褸のように捨て置かれた牢獄の中で、もう楽になりたいと願う気持ちが無かったわけではない。
父上や母上と同じく、黄泉の国へと疾く駆けていくべきではないかと。
死ぬのは一瞬の苦痛だ。でもその後は楽になれる。
エヴェリーナは私を、その緑色の大きな瞳で見つめながら言った。
「前にも言ったけれど、貴方は私の愛玩物だから殺されないわ。私が許さないから。貴方には指一本、他の者には触れさせない。だからそのことは安心していい。貴方を置いていくことも考えたのだけど、今の貴方は一人で置いていたら、見つかったら殺される可能性が高い。私の傍にいた方が安全よ。だから、連れていくだけ。右目を治したのはね……」
エヴェリーナの指が、そっと癒された私の蒼い目の瞼に触れた。どこか羽のように軽い、優しい触れ方だった。
「貴方も見てみたいだろうと思ったから。アレから八年が経っている。貴方、私を婚約破棄した後、行方不明になったのよね。あの後、国がどうなったのか知っている?」
「父上や母上も亡くなり、貴女の侯爵家は逆賊として討伐されて」
「弟のリンデイルも亡くなって、国は滅茶苦茶になったわ。私は五年前に一度国に戻り、魔族や魔獣の討伐に協力したの。国ではちょっとした英雄扱いよ」
私はエヴェリーナの細い身体を見つめた。
この目の前の、ほっそりとした少女が魔族や魔獣の討伐をする?
信じられない思いだった。
私の知るエヴェリーナは深窓の姫君で、剣も握ったことのない少女だった。
魔獣や魔族などを目にすれば、彼女は怯えて半狂乱になる姿の方が思い浮かぶ。
エヴェリーナがそんなこと、できるはずがない。
私の目にありありとした不信が浮かんでいるのを見て、エヴェリーナは声を上げて笑った。
「女の身で、そんなことができるはずがない。貴方、そう思っているわよね。確かに貴方の知るエヴェリーナには出来ないでしょうね」
「……………」
「貴方は本当に、本当に何も知らなかったみたいね。ぼんやりとした気弱なエヴェリーナが、どうして王家の王太子の婚約者に据えられたのか。他にふさわしい優秀な貴族の娘達はたくさんいたのに、どうしてあの娘が貴方の婚約者になったのか」
「……………」
彼女の弟のリンデイルは、エヴェリーナが私の婚約者になることに反対していた。
エヴェリーナには王太子妃など、荷が重すぎると。
彼女との婚約は、王たる父上が、エヴェリーナの侯爵家を王家に取り込むために希望したと聞いていた。
王家の盾、剣と呼ばれたあの優秀な血を、欲したという。
彼女はクスクスと笑って、私の金の巻き毛を指で整えて遊んでいた。
綺麗に巻いていくと嬉しそうに目を輝かせて見つめている。
「貴方の髪って本当に綺麗。大好きだわ」
「……教えてくれ、どうしてエヴェリーナが私の婚約者になったんだ」
「私達の血が欲しかったのでしょう。侯爵家が必ず双子を産むのは知っている?」
不思議なことに、侯爵家の当主は必ず子の中に双子を産むのだ。男男、男女、女女というように性別には決まりはない。
ただ、必ず子の中に双子がいる。
それは恐ろしいほど昔から、そうなのだと言う。
双子が必ず当主の地位に就くということもない。ただ、双子を産む家系だった。
現当主の妻も、このエヴェリーナとリンデイルという双子の姉弟を生んだ。
「そうした双子を生み出す血を、王家は欲しがったの。国によっては、双子は不吉なものとして、産まれると同時に片方の子を殺すところもあると聞くわ。でも、我が侯爵家は違っていて、双子を尊んだ」
「……だから、王家に、君を迎えようとしたのか?」
「そうね。でも、途中からマリアが出てきて、今度は“聖なる乙女”の方が王家にふさわしいという話になって、私はお役御免になったのだけどね」
それに、私はぐっと言葉に詰まる。
話だけ聞いていくと、王家の勝手ぶりがわかる。
双子を産む侯爵家の血を欲して、幼いエヴェリーナを私の婚約者に据えた。
そして、“聖なる乙女”のマリアが登場すれば、それにすげ替える。
そんなことをされては、王家の盾、剣と呼ばれ忠義を捧げてきた侯爵家の立場はないだろう。
だが、その頃から私を含め、王家の者達はマリアに操られて、正常な判断が下せなくなっていた。
「もう遅いわ。続きはまた今度話してあげる」
そう彼女は言った。そして私の金の巻き毛に口づけた。
子供のように「綺麗だわ」と言って。
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