黒に染まる

曙なつき

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第2章 騎士団長と神の怒り

第5話 花の徴

 その日、ルースが注文した薬をヴェルディは預かっていた。屋敷の召使達がそれを届けに行くと言っていたが、騎士団の方が神殿の近くにある。だから、ついでとばかり、ヴェルディはそれを引き受けた。どうせ仕事帰りに馬車に載せて、運ぶだけのことだ。
 そのため、数個の木箱が馬車には載っていた。これまでの分と併せると、神殿へは相当な量を寄進しているだろう。
 神殿の者達も、侯爵家の紋章のある馬車を見ると、「ああ、またいらした」とスムーズに受け付けてくれるようになっていた。

 副神官長のテラが奥から現れて、ヴェルディに頭を下げる。

「御寄進、誠にありがとうございます」

「収納する場所に困るなら、所有する倉庫での保管もするので、遠慮なく言ってくれ」

「はい」

 テラは微笑んだ。

「こんなに薬を寄進して頂けると、何があっても心強いです」

「そうだな」

 疫病が流行ると“もう一人のルーディス”は言っていた。これらの薬でしのげるといいのだが。

 奥の部屋で、いつものようにお茶をふるまわれる。
 
「薬ばかりの寄進で悪いな。ルースが薬がいいと言っていてな」

「うちには救護院もあるので、本当に助かります。これから冬に向かう中、風邪も流行りそうですし、備えがあれば憂いなしです」

「そうだな」

「ルース様はお元気ですか」

 年下の元見習い神官であっても、今は侯爵家に入った身である。テラはルースをルース様と呼ぶようになっていた。

「ああ、元気だ。風邪一つ引いていない」

「それは良かったです。また神殿にも遊びに来て欲しいですね」

 それには、ヴェルディは微笑みだけ浮かべて答えなかった。神殿にはあまり近寄らせたくなかった。里心が付かれても困る。
 そして、ふと気になっていたことを聞いた。

「先刻、マリア王女をお見掛けした。彼女は右手に“聖女のしるし”を持っているのだが、アレは、ルーディス神官長と同じバラなのだな。聖人・聖女は代々同じバラの花の痣を持つのか」

 一瞬で、テラは口を開いたまま凍りついた。
 真っ青な顔をして、彼の身体が小さく震えだす。
 その尋常ではない反応に驚いた。

「……本当に、本当にバラの御徴おしるしだったのですか」

「そうだ」

 彼は認めたくないように首を振った。

「それは、あり得ないです。御徴は、それぞれに違います」

「どういうことだ」

「ですから、現れる聖人・聖女はそれぞれ自分の御徴を持つのです。本当に、バラの御徴でしたか? 本当に? 本当に?」

 否定してもらいたくて、何度もテラはそう言った。
 ヴェルディが答えないと、最後には、とても小さく呟くように言った。

「それは……たぶん、ルーディス神官長から奪ったあの、“聖人の徴”ですね。王家はまだそれを、“ライシャ事変”の後も持っていたんですね」

「馬鹿な!!!!」

 ヴェルディは叫び、テラの肩に手をかけ、激しく揺すった。

「そんなはずがない。あの奪われた“聖人の徴”はきちんと葬り去ったはずだ」

「葬り去ったといっても、誰も見ていないでしょう」

 そう、ルーディス神官長の遺体すら見つからず、犯人の捕縛、処刑、国王の交代と続いて、事変後はひどく混乱していた。きちんと葬ったと言われても、実際のところ、ヴェルディもはっきりとそれを見た記憶はない。

「ならば、王女は、神官長の奪われた徴を付けているわけか。……なぜ、そんなことを」

「そうしないと、ずっとこの国には“聖人”も“聖女”も現れない時代が続くからでしょう? ルーディス神官長が亡くなってから、誰も立っていない。だから、王家は聖女を作ったんですよ。でも、だからといって、あり得ない」

 テラは吐き捨てるように、もう一度言った。

「あり得ない」




 呆然としたヴェルディを見つめ、副神官長のテラは言った。

「このことを神殿長、神官長と話し合います。いいですか、ヴェルディ様」

 彼は厳しい顔をして言った。

「絶対にこのことを、他の者に言ってはなりません。騎士団にはもちろんのこと、王に詰め寄ることもなりません。あなたがそれを知ったことに気づかれたら……」

「……」

「あなたが処罰される可能性が高いです。王家の認めた聖女を否定することを、王は許さないでしょう」

 副神官長のテラは、早急に神殿長達と話し合うと言って席を立った。
 ヴェルディは信じられないような気持ちのまま、屋敷に戻る。
 そして、思ったのだ。

 “もう一人のルーディス”はこれを知っていたのだと。
 自分の右手から奪われた“聖人の徴”を、死後も隠し、密かに王家が使う機会をうかがっていたことを知っていたのだ。
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