黒に染まる

曙なつき

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第2章 騎士団長と神の怒り

第7話 疫病

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 寒くなってきた。冬の始まりということもあり、王都の街ではそこかしこで咳き込む人が見られるようになり、中には高い熱を出す者が現れた。
 そう、その病は、高い熱から始まった。
 額に触れるとその熱さに驚かされる。止まらない咳と高い熱、倦怠感に苦しむ人々は救護院に殺到した。
 感染力が非常に強いのか、患者は驚くほどの勢いで増えていき、あっという間に救護院の寝台も埋まってしまう。路上にも倒れる患者の姿が見られるようになった。
 疫病のはじまりだった。

 以前流行った疫病が、ネズミからもたらされるものであったため、街からはネズミの姿が消えた。
 だが、何百、何千という打ち殺されたネズミの死骸が山積みにされようと、その病の収まる気配はなかった。

 新たに立った聖女マリアは、疫病が王女たる身にうつることを避けるため、街に出ることはとりやめられ、王宮の奥にこもることになった。
 その聖なる力で、疫病を払って欲しいと、王宮の門にすがりつく者達は、兵士達に追い払われた。



   *



「審理に入るどころではなくなりましたね」

 副都の神殿から急遽呼び寄せられた特別審理官の一人、ダルクは肩をすくめる。
 同じく特別審理官のカーターもうなずいた。

「一度、副都に戻りますか。我々も感染の恐れがあります。王都が封鎖されれば、副都に戻ることも叶わなくなります」

「副都に戻れば、今度は王都に入れなくなるだろう」

 特別審理官の三人のリーダーであるシューマッハがため息混じりに呟いた。

「ここでしばらく経過を観察するしかない」

 ダルクとカーターは顔を見合わせた。

 

 十五年前の“ライシャ事変”で、王都の神殿の神官の大半が殺されたため、この街には経験を積んだ神官がいない。特別審理官も、副都から呼び寄せなければならない状態であった。
 それでも、王都の神殿は、今では通常の業務をこなせるようになっていた。マイナスからここまでの体制の立て直しは、並大抵の苦労ではなかっただろう。

 “ライシャ事変”というと、今でも神殿の神官達を震えあがらせる事件であった。
 これは王都のライシャという地名の土地にある神殿で起きたから、その名が付けられている。そもそも、そのライシャという地名も、古えの優れた聖人の名前からとられたと聞く。
 聖人の名ではじまり、聖人の名で終わる事件だった。

 このライシャの神殿の神官長を務めていた、聖人たるルーディスが殺された。神殿の多くの神官達も殺され、ルーディスの右手から“聖人の徴”が奪われる。その犯人が国の第一王子と男爵令嬢というセンセーショナルな事件である。ルーディス神官長の遺体は見つかることはなかったが、恐らく殺されたであろうと見られていた。右手の“聖人の徴”も、その徴を移された男爵令嬢と共に葬り去られたと思われていた。それが十五年経って、王女の右手から見つかる。
 この事態にどう収拾をつけるのか、神殿上層部も困っていることだろう。

 これから、偽の聖女だとマリア王女を告発することになるだろうが、王家側はそれを絶対に認めないはずだ。
 たとえ、その右手の御徴が、ルーディス神官長から奪ったものだとしても、それも認めないだろう。新たにマリア王女の手に発現した神の徴だと言い張る姿が、今からでも目に浮かぶようだ。
 そう、ロベルト国王は簡単に頭を下げるような王ではない。
 彼が、王女を聖女として認定したことは、間違いなく神殿の権威を奪うものだった。この国の王家の絶対的な権威を確立するために、打ち出したものに他ならない。
 そして神殿側は、やや腰が引けている。ルーディス神官長を失った後、神殿は新たな聖人・聖女を得ることなく十五年の歳月が経った。
 “ライシャ事変”の犯人が第一王子であったという不祥事から、事件後には王家の権威は大きく失墜した。だが、それを解決した当時の第三王子ロベルトを王の座に就けることでなんとか王家を存続させようとしたところがある。“ライシャ事変”を解決した騎士団の支持もあり、ロベルト自身の有能さもあり、王家は持ち直していった。
 そして、十五年後にして打って出たのが、マリア王女への聖女認定宣言である。

 とりあえず、任務は淡々と進めていくことにするが、この疫病の発生のせいで、様々な事柄が大きく遅延することは間違いなかった。
 特別審理官は、マリア王女への面会を求めていた。しかし、すでに疫病の発生の為、面会は延期となっている。
 解決にはとにかく、時間がかかりそうだと思った。


 


 特別審理官三人が、部屋の中で考えに耽っている中、突然、神殿の中がざわめいた。
 なんであろうと三人が顔を上げた時、廊下を通り過ぎた神官の一人が教えてくれた。

「ルース様が薬を追加でお持ち下さった」
「ご本人がいらっしゃってるぞ」

 その声に、三人は顔を見合わせる。
 侯爵家に嫁いだルースという少年が、大量の薬を寄進している話は聞いていた。それも疫病発生の前から、そら恐ろしい程の量の薬を寄進していたため、神殿では薬不足には陥ることがなく非常に助かっていた。もし彼からの大量の寄進が無ければ、早々に薬は尽きて、大変な状況になっていただろう。神殿では感謝の気持ちが強い。

 好奇心から、詰めていた部屋から出てみると、階下の広間にちょうど彼がやって来ていた。
 従者に木箱を幾つか運ばせている。
 小柄な少年だった。まだ十四歳だと聞く。
 神殿では、彼はたいした出世を遂げたという噂だった。
 神殿前に捨てられた身の上でありながら、侯爵家令息で騎士団長ヴェルディに見初められ、結婚する。
 黒髪黒目という忌むべき外見をしてなお、望まれるというのは、相当したたかなタマなのではないかと、副都から来ていた特別審理官三人は眺めていた。
 フードを下ろし、その長い黒髪の少年の姿を見た時、特別審理官の一人、ダルクは息を呑んだ。

 思わず悲鳴のような声が漏れる。

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ」

 後ずさり、彼は部屋の中に駆け込んだ。

「おい、どうしたダルク」

 カーターが声をかけると、ダルクはガタガタとその身を震わせ、目を大きく見開いて言った。

「あんな、あんなに呪いを受けて、どうして生きているんだ」

「……呪い?」

 ダルクは能力持ちだった。いわゆる、“る”ことができる。幽霊はもちろんのこと、呪いなどもわかるという話だった。
 神殿にはそういう人間もいる。ダルクはその能力を活かして、特別審理官になった。
 過去にも彼は、呪いを受けたモノや人物を相当数視て来た、経験を積み重ねた能力者だ。
 その彼がこうも怯え切っている様子は初めてだった。

「あの子はすごい呪いを受けていますよ。よく、生きていますね。真っ黒じゃないですか」

「……どういうことだ」

 シューマッハは言うと、ダルクは声を震わせながら言った。

「そのまんまですよ。強い呪いを受けて生きているんです。そら恐ろしいほどの呪いを受けながら、あんな普通にしているなんて……」

 シューマッハとカーターは顔を見合わせた。

「一度、話を聞いてみよう」

 がしりとシューマッハはダルクの右手を掴み、カーターはダルクの左手を掴んだ。

「えっ、えっ、いやですよ、僕をあの子の前に連れていくんですか!! やめて下さいよ、あんな恐ろしいものの前に連れていくなんてやめてくださいー」

 悲鳴を上げる彼を引きずるように連れて行きながら、二人はルースの前に立った。
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