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第一章 前世の記憶

第9話 十二歳 東の塔のゼファーと出会う

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 夢を見た。
 夢の中には、前世の懐かしい彼が出てきた。
 彼は、僕を優しく抱きしめ、その黄金色の瞳で見つめる。
 僕も両手をその背中に回して、抱きついた。
 僕よりも大きい彼に抱かれると、包みこまれているような安心感がある。

 好きだ、愛していると耳元で囁かれる。
 照れることもなくストレートに愛情を伝えてくれる彼のことが好きだった。
 
 だけど、今はもう、彼はそばにはいない。
 それが悲しくて涙がこぼれた。

 今世では、僕は彼に出会っていない。
 彼の姿を見ることもなく、その声を聞くことすらない。
 それを選んだのは僕だった。

 ひどく寂しいけど、そのことに後悔はない。
 だって、僕は……



 そこで目が覚めた。
 目元を押さえると、ぽろりと涙がこぼれる。
 
 なぜ、涙が出たのか一瞬理解ができなかった。
 ひどく悲しい夢を見た。
 けれど、もうその夢の内容は思い出せない。

 
 

 
 朝、迎えに来てくれたグースと共に馬車に乗る。
 塔に赴くためだ。
 七つの年に、ヘクト師から僕は塔の部屋を与えられていた。
 そこでは思う存分、研究に励むことができる。
 夜も泊ってもいいのだけど、両親が心配するので夕方には馬車で屋敷に帰る日々だった。
 
 前世では、アレクが僕から研究を取り上げていたけど、今世では両親とグース以外研究に夢中になる僕を注意する者はいない。
 研究三昧な日々ではあったけど、あまりにもそれに夢中になりすぎて、食事などとらない状況が続くとさすがにそれを見かねて父も母も注意する。
 前世の時よりも僕は細くなっていた。
 なんやかんや、前世ではそばにいたアレクが口うるさくしていたからなぁ。
 すごく身体も求められていたけど、すごく大事にされていた。

 アレクはどうしているんだろう。
 前世では僕が婚約者だったけど、今世では別の誰かを婚約者として迎えているんだろう。
 そのことにひどく胸は痛んだけど、それは僕が選んだことだったから仕方ないと思っている。
 願わくば、彼が愛しい人と幸せな人生を送ってほしい。

 馬車が塔に到着した。
 僕は少し緊張している。

 今日は、わざわざ東の塔からゼファーが僕を訪ねてくる日だった。
 ゼファーは、僕と同様に魔法研究の分野で天才少年として名高い。
 中央塔のフランと、東塔のゼファーの二人は、ケルべスク帝国の魔法研究の若き双璧と呼ばれている。

 ゼファーは魔法具や古代の遺物の研究をしている。公表論文の幾つかを読ませてもらったけど、もう痺れがくるくらい素晴らしい論文だった。
 そんな彼に出会えることは非常に名誉なことで、とても興奮する。

 塔の最上階のヘクト師の部屋で待つ僕の前に、一人の少年が現れた。
 黒髪に茶色の瞳の、ぶ厚い眼鏡をした小柄な少年。それがゼファーだった。
 彼は緊張しながら、僕に右手を差し出した。

「フランシスさん、お会いできてとても嬉しく思います」

 そう嬉しそうに笑いかけてきたのが、ゼファーだった。
 なぜかそばにいたヘクト師とグースは驚いていた。

「ゼファー、お主もそうちゃんと挨拶ができるのだな。それも笑顔で」

「私もゼファーさんがそんな笑顔を見せたのは初めて見ました」

 彼らの言葉に、ゼファーはすぐに不満そうな顔を見せた。

「僕もちゃんと挨拶はできます」

「そうなのだなぁ。ワシはびっくりしたよ。まぁ、若い者同士、いろいろと話し給え」

 まるで仲人のような台詞を言いつつ、ヘクト師は自らの真っ白い髭を撫でていた。
 それで、僕達は移動して僕の部屋で話し合うことにした。

 彼は僕に興奮したように言った。

「あの、魔石の分析の論文読みました。ああいう視点から見ることができたのはとても新鮮でした」

「読んで頂けたんですか、ありがとうございます。僕もゼファーさんの『魔法大全』に掲載された論文、全部読ませて頂きました。本当に素晴らしくて、僕、あなたのファンなんです」

 これとまったく同じセリフを、僕は前世でも彼に向かって話していた。
 彼の素晴らしい論文は魔法大全にすべて収められていて、僕は何度もその論文を読み返していた。それこそ諳んじることができるくらいに。
 前世で彼に会えたのは、今の僕の年齢よりも遅くて十五歳だった。
 アレクと結婚した後のことで、アレクは僕が彼と会うことを嫌がり、邪魔していたのだ。
 ゼファーと出会い、語り合ってよくわかった。
 彼は僕と同じものを見つめ、同じことを理解できる、真の同士だった。
 
 前世では、彼との出会いが、遅くなったことを残念に思っていた。
 もし、彼ともっと早く出会えていたら……。

「僕も、フランシスさんの発表された論文はすべて目を通しています。僕はずっと前から貴方にお会いしたかった。今ここで、貴方に会うことができてとても幸運だと思っています」

 どこか頬を紅潮させてゼファーは言った。

 それから僕とゼファーは何時間も話し合った。魔石のこと、古代帝国の遺物のこと、世界が破滅に際して起きた七つの戦いのことなど、あまりにもマニアックな会話に、後から飲み物を差し入れにきたグースは引いていた。それで夜もそのまま会話を続けそうな僕らにストップをかけた。

「また明日も話し合えばいいでしょう。時間はまだまだあるんだから」

 ゼファーは外が暗いことに気が付くと、少し恥じたように視線を落とし、再び僕を見て言った。

「また明日も来ます。是非、もっと貴方と話したい」

「喜んで」

 僕もうなずいた。
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