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[挿話] 勇者の願い
第二話 治療(上)
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初めてアメリカでダンジョンが現れた時、アメリカ陸軍がその制圧、管理に乗り出した。
その後、日本と同様に、その管理のために設立された民間組織がダンジョンの半分の管理を引き受けている。
秋元は、アメリカ陸軍に身を寄せるのは、どうにも気が向かなかった。だから、民間組織の方へ潜り込むことを考えた。
しかし、アメリカ国内へ魔法の力で“転移”したとして、民間組織の中へ潜り込むには何らかの“身分”が必要だった。
てっとり早いのは、日本でしたように権力を持つ人間を味方にすることだ。
その人間が自分の命を売ってでも欲しがっているものを差し出すのがいい。
自身や家族が病気だというのなら、それを癒してやることがいい。
そうなれば、後は自分の手伝いをいろいろとしてくれるようになる。
秋元は日本にいる時から、新聞や雑誌、図書館でのパソコンで情報を得ていた。
ほどなくして、不動産投資により巨額の富を持つという、アメリカ国内有数の若き資産家が、病に苦しんでいることを知った。
秋元は、治癒魔法が使えた。聖女のように部分欠損を癒すほどの力はない。だが、そうでなければ、ある程度の病を癒す自信はあった。
だから、あとは、彼に接触すればいいだけのことだった。
リチャード=ブルマンという若き青年実業家は、一昨年から肺がんを患っていた。
その進行は非常に速く、ステージはすでにⅣ、余命宣告も受けている身の上だった。
切除手術を受けていたが、取り切れずに再発していた。
その後、放射線治療を受けた。
経過は良くないと、医師のくもった表情を見て、これはマズイと改めて思ってしまう。
少しでも身体に良いというものは、何でも取り入れていた。
だが、どんなに民間療法を試そうと、良いと言われるものを試しても、そのすべてが無駄だったようだ。まさしく、リチャードは絶望していた。
そんな絶望した彼の前に、アキモトという男は現れたのだった。
突然、病室の中に現れたアキモトを見て、リチャードは悲鳴を上げた。
強盗が押し入ったのかと思った。
しかし、その東洋人の眼鏡の男は、指を口元に当てて「シー」と言った。
「静かにお願いしますね」
悲鳴を上げて、看護人達が現れるべきところ、誰も病室にやってくる様子はない。
そのことにも驚いた。
「他の部屋の人には眠ってもらっています。リチャードさん」
アキモトは微笑んで、リチャードが横になる寝台の上に座った。
肺がんの末期にあるリチャードの口元には人工呼吸器が付けられていた。
「私が魔法使いだと言ったら、貴方は信じますか?」
流暢な英語でアキモトという男は話しかけてくる。
リチャードは目をすがめた。
その胡散臭さにNOと言うと、アキモトは小さく笑っていた。
「まぁ、そうですよね」
魔法使いだと名乗るアキモトは、下はジーンズに上は白いシャツのラフな姿だった。靴は古くなった紺色のスポーツシューズ。
若いように見えるが、どうもその言葉使いや目付きなど、年齢が伺えない落ち着きがあった。
眼鏡をかけ、その表情は柔和といえるものだった。
「魔法使いなので、貴方の病を癒すことができるんです。もし、貴方の病を癒すことができたのなら、私の願いを叶えてもらえますか? ああ、そんな警戒して見ないでください。私の望みは大したことのないものです。貴方の力があれば、とても容易いでしょう」
アキモトは寝台の上に横たわるリチャードの胸元にそっと手を当てた。
そして何事か、唱えたのだった。
たったそれだけで、リチャードの病状は大幅に改善されることになったのだった。
実際にその瞬間から、息苦しさもなくなり、リチャードは目を大きく見開きながら、呼吸器を自分の手で外していた。
「……どういうことだ」
「私は魔法使いだと言ったでしょう? でも、貴方の病は完全に癒えたわけではありません」
魔法使いだというアキモトは、そう言って東洋人らしいその心の内を窺わせないような微笑みを浮かべていた。
「あと何回か、治療が必要でしょう。後ほど、医師に検査をしてもらってください。貴方の病が改善されていることがわかるはずです」
「アキモト、私を完全に治すことは可能なのか?」
アキモトは頷いた。
「可能です」
そして彼は、現れた時と同様に、唐突にその姿を消したのだった。
その後、日本と同様に、その管理のために設立された民間組織がダンジョンの半分の管理を引き受けている。
秋元は、アメリカ陸軍に身を寄せるのは、どうにも気が向かなかった。だから、民間組織の方へ潜り込むことを考えた。
しかし、アメリカ国内へ魔法の力で“転移”したとして、民間組織の中へ潜り込むには何らかの“身分”が必要だった。
てっとり早いのは、日本でしたように権力を持つ人間を味方にすることだ。
その人間が自分の命を売ってでも欲しがっているものを差し出すのがいい。
自身や家族が病気だというのなら、それを癒してやることがいい。
そうなれば、後は自分の手伝いをいろいろとしてくれるようになる。
秋元は日本にいる時から、新聞や雑誌、図書館でのパソコンで情報を得ていた。
ほどなくして、不動産投資により巨額の富を持つという、アメリカ国内有数の若き資産家が、病に苦しんでいることを知った。
秋元は、治癒魔法が使えた。聖女のように部分欠損を癒すほどの力はない。だが、そうでなければ、ある程度の病を癒す自信はあった。
だから、あとは、彼に接触すればいいだけのことだった。
リチャード=ブルマンという若き青年実業家は、一昨年から肺がんを患っていた。
その進行は非常に速く、ステージはすでにⅣ、余命宣告も受けている身の上だった。
切除手術を受けていたが、取り切れずに再発していた。
その後、放射線治療を受けた。
経過は良くないと、医師のくもった表情を見て、これはマズイと改めて思ってしまう。
少しでも身体に良いというものは、何でも取り入れていた。
だが、どんなに民間療法を試そうと、良いと言われるものを試しても、そのすべてが無駄だったようだ。まさしく、リチャードは絶望していた。
そんな絶望した彼の前に、アキモトという男は現れたのだった。
突然、病室の中に現れたアキモトを見て、リチャードは悲鳴を上げた。
強盗が押し入ったのかと思った。
しかし、その東洋人の眼鏡の男は、指を口元に当てて「シー」と言った。
「静かにお願いしますね」
悲鳴を上げて、看護人達が現れるべきところ、誰も病室にやってくる様子はない。
そのことにも驚いた。
「他の部屋の人には眠ってもらっています。リチャードさん」
アキモトは微笑んで、リチャードが横になる寝台の上に座った。
肺がんの末期にあるリチャードの口元には人工呼吸器が付けられていた。
「私が魔法使いだと言ったら、貴方は信じますか?」
流暢な英語でアキモトという男は話しかけてくる。
リチャードは目をすがめた。
その胡散臭さにNOと言うと、アキモトは小さく笑っていた。
「まぁ、そうですよね」
魔法使いだと名乗るアキモトは、下はジーンズに上は白いシャツのラフな姿だった。靴は古くなった紺色のスポーツシューズ。
若いように見えるが、どうもその言葉使いや目付きなど、年齢が伺えない落ち着きがあった。
眼鏡をかけ、その表情は柔和といえるものだった。
「魔法使いなので、貴方の病を癒すことができるんです。もし、貴方の病を癒すことができたのなら、私の願いを叶えてもらえますか? ああ、そんな警戒して見ないでください。私の望みは大したことのないものです。貴方の力があれば、とても容易いでしょう」
アキモトは寝台の上に横たわるリチャードの胸元にそっと手を当てた。
そして何事か、唱えたのだった。
たったそれだけで、リチャードの病状は大幅に改善されることになったのだった。
実際にその瞬間から、息苦しさもなくなり、リチャードは目を大きく見開きながら、呼吸器を自分の手で外していた。
「……どういうことだ」
「私は魔法使いだと言ったでしょう? でも、貴方の病は完全に癒えたわけではありません」
魔法使いだというアキモトは、そう言って東洋人らしいその心の内を窺わせないような微笑みを浮かべていた。
「あと何回か、治療が必要でしょう。後ほど、医師に検査をしてもらってください。貴方の病が改善されていることがわかるはずです」
「アキモト、私を完全に治すことは可能なのか?」
アキモトは頷いた。
「可能です」
そして彼は、現れた時と同様に、唐突にその姿を消したのだった。
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