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[挿話]
“そば”の定義 (1)
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第一話 戦いを終えて
魔王を討伐し、神が勇者達の願いを聞き届け終わった後、世界の時は再び動き始めた。
世界に満ちていた光は消え去り、人々はいつものように動き始める。
まるで、目の前に神が現れたことなどなかったことのように。
わっと佐久間柚彦と秋元は人々に囲まれるが、聖女であった麗子のことは誰の目にも入っていないようだった。
秋元の神への願い……麗子が聖女で魔王討伐の旅に参加したという全人類の記憶を消し去るという願いが早速叶えられた様子だった。
後に知ったのだが、勇者を助け、魔獣と魔王を倒したその旅に、聖女は参加していないことになっていた。過去の映像記録や、ネット上の聖女に関する記録も全部綺麗サッパリ消されてしまったのだった。
柚彦と秋元はすぐさま警護の自衛隊員に囲まれる。秋元は麗子に声をかけた。
「おいで、麗子ちゃん」
それに、自衛隊員は秋元に問いかけた。
「その女性は何ですか」
魔王を倒すまで、麗子は警護の自衛隊員に守られていた存在だった。
自衛隊員の記憶自体も、消し去られている。
だから、秋元は優しくこう言った。
「僕の大事な友達だ。一緒に連れていく」
その言葉に、麗子は一瞬涙ぐみそうになった。
“聖女をやめる”ことも麗子が望んだことだし、“聖女だった記憶を全人類から消し去る”ことも、麗子が望んだことだった。だから、魔王討伐の為にあれだけ苦労したのに全人類が自分のことを綺麗サッパリ忘れ去っていてヒドイと言うつもりはない。だけど、あれほど苦労した旅を誰も記憶していないことは寂しい。
麗子の手を秋元は掴んだ。自分のそばに近寄らせる。
「……あとで“転移”して、君の家に帰してあげるから。今は我慢してくれるかな」
それに、未だ頭からヴェールを被ったままの麗子はうなずく。
その彼女の耳元で、秋元は囁いた。
「本当にお疲れ様、麗子ちゃん。僕はずっと、君のことを覚えているからね」
どうやら、記憶を消された全人類の中には、秋元と、そして柚彦は含まれていなかったようで、柚彦も麗子に向かって頷いていた。
それに、麗子は涙が出るほど嬉しい気持ちだった。
そのねぎらいの言葉と、秋元と柚彦二人が“聖女”だった自分のことを覚えてくれるだけで、十分だった。
柚彦と秋元は迎えの車に乗せられる。
その時、ひと悶着があった。
ADDO(アメリカダンジョン開発機構)の秋元は、米軍の迎えの車に乗るべきだと主張する米兵や、ADDOスタッフがいたのだ。
秋元は困ったように眉を寄せる。そうした中、柚彦は強引に車を出発させた。
「いいです、気にせず帰りましょう」
魔王討伐を終えたばかりの一行は、最終決戦地のアイスランドにいる状態だった。
秋元に対して、柚彦はこう言った。
「秋元さんは……僕と一緒に日本に帰るんですよ」
「でも僕、国籍がアメリカだから、揉めると思うよ」
すでにそうした気配が漂っている。
稀有な“魔法使い”である秋元は、魔王討伐が終わった時点で、アメリカ国軍は元より、ADDOに確保されそうな様子があった。それが嫌だったから、秋元は魔王討伐が終わったら即、異世界へ“転移”するつもりだったのだ。
なのに。
思い出して、秋元は小さくため息をつく。
現世勇者である佐久間柚彦の神への願い。
それは秋元が全く予想だにしないものであった。
『秋元さんに、この世界にずっといて欲しい』
どうして、何でという思いが未だに胸の中に燻っている。
魔王を討伐したら、異世界へ戻るつもりだったのに、その道は塞がれた。
“異世界への転移”の術式が消え去っている。
これでもう、帰ることが出来ない。
少し暗くなっている様子の秋元に、柚彦は小声で言った。
「人気のないところで、麗子さんを日本へ“転移”させて送るのでしょう?」
「ああ」
「僕もついていきます。一緒に日本へ“転移”させて下さい」
いつも自衛隊機で帰国する柚彦にしては珍しいお願い事だった。
「いいけど。でもそうすると、君、出国記録が付かなくなるから面倒になると思うよ」
「その辺りはどうとでもなりますよ」
随分と割り切っているなと、秋元は思った。
魔王を討伐し、神が勇者達の願いを聞き届け終わった後、世界の時は再び動き始めた。
世界に満ちていた光は消え去り、人々はいつものように動き始める。
まるで、目の前に神が現れたことなどなかったことのように。
わっと佐久間柚彦と秋元は人々に囲まれるが、聖女であった麗子のことは誰の目にも入っていないようだった。
秋元の神への願い……麗子が聖女で魔王討伐の旅に参加したという全人類の記憶を消し去るという願いが早速叶えられた様子だった。
後に知ったのだが、勇者を助け、魔獣と魔王を倒したその旅に、聖女は参加していないことになっていた。過去の映像記録や、ネット上の聖女に関する記録も全部綺麗サッパリ消されてしまったのだった。
柚彦と秋元はすぐさま警護の自衛隊員に囲まれる。秋元は麗子に声をかけた。
「おいで、麗子ちゃん」
それに、自衛隊員は秋元に問いかけた。
「その女性は何ですか」
魔王を倒すまで、麗子は警護の自衛隊員に守られていた存在だった。
自衛隊員の記憶自体も、消し去られている。
だから、秋元は優しくこう言った。
「僕の大事な友達だ。一緒に連れていく」
その言葉に、麗子は一瞬涙ぐみそうになった。
“聖女をやめる”ことも麗子が望んだことだし、“聖女だった記憶を全人類から消し去る”ことも、麗子が望んだことだった。だから、魔王討伐の為にあれだけ苦労したのに全人類が自分のことを綺麗サッパリ忘れ去っていてヒドイと言うつもりはない。だけど、あれほど苦労した旅を誰も記憶していないことは寂しい。
麗子の手を秋元は掴んだ。自分のそばに近寄らせる。
「……あとで“転移”して、君の家に帰してあげるから。今は我慢してくれるかな」
それに、未だ頭からヴェールを被ったままの麗子はうなずく。
その彼女の耳元で、秋元は囁いた。
「本当にお疲れ様、麗子ちゃん。僕はずっと、君のことを覚えているからね」
どうやら、記憶を消された全人類の中には、秋元と、そして柚彦は含まれていなかったようで、柚彦も麗子に向かって頷いていた。
それに、麗子は涙が出るほど嬉しい気持ちだった。
そのねぎらいの言葉と、秋元と柚彦二人が“聖女”だった自分のことを覚えてくれるだけで、十分だった。
柚彦と秋元は迎えの車に乗せられる。
その時、ひと悶着があった。
ADDO(アメリカダンジョン開発機構)の秋元は、米軍の迎えの車に乗るべきだと主張する米兵や、ADDOスタッフがいたのだ。
秋元は困ったように眉を寄せる。そうした中、柚彦は強引に車を出発させた。
「いいです、気にせず帰りましょう」
魔王討伐を終えたばかりの一行は、最終決戦地のアイスランドにいる状態だった。
秋元に対して、柚彦はこう言った。
「秋元さんは……僕と一緒に日本に帰るんですよ」
「でも僕、国籍がアメリカだから、揉めると思うよ」
すでにそうした気配が漂っている。
稀有な“魔法使い”である秋元は、魔王討伐が終わった時点で、アメリカ国軍は元より、ADDOに確保されそうな様子があった。それが嫌だったから、秋元は魔王討伐が終わったら即、異世界へ“転移”するつもりだったのだ。
なのに。
思い出して、秋元は小さくため息をつく。
現世勇者である佐久間柚彦の神への願い。
それは秋元が全く予想だにしないものであった。
『秋元さんに、この世界にずっといて欲しい』
どうして、何でという思いが未だに胸の中に燻っている。
魔王を討伐したら、異世界へ戻るつもりだったのに、その道は塞がれた。
“異世界への転移”の術式が消え去っている。
これでもう、帰ることが出来ない。
少し暗くなっている様子の秋元に、柚彦は小声で言った。
「人気のないところで、麗子さんを日本へ“転移”させて送るのでしょう?」
「ああ」
「僕もついていきます。一緒に日本へ“転移”させて下さい」
いつも自衛隊機で帰国する柚彦にしては珍しいお願い事だった。
「いいけど。でもそうすると、君、出国記録が付かなくなるから面倒になると思うよ」
「その辺りはどうとでもなりますよ」
随分と割り切っているなと、秋元は思った。
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