105 / 711
第六章 黒竜、王都へ行く
第十一話 呪いを和らげる
しおりを挟む
客室の一つに案内された青竜エルハルトは、寝台の上にそっとシェーラを横たえた。
彼女のそばに座り、その額に手をやる。
「大丈夫か……」
「大丈夫よ。こんなの寝ていれば治るわ」
そうは言っているが、顔色は悪い。
そして瞳の色も、魔法で青い瞳を維持することが辛いのか、いつの間にか金色に変わっていた。
ベットサイドそばのランプを点けているが、薄暗い部屋の中、彼女の金色の瞳がキラキラと輝いて美しく見えた。
「辛いなら、人化を解けばいい」
「この屋敷を壊すわ」
「ルーシェのように、小さくはなれないのか。お前は器用に魔法を使うところがある」
「…………今の状態で、更に魔法を使うのは辛いわ。人化を解いた瞬間に、小さくなる魔法だなんて」
そこに、扉をノックする音が響いた。
部屋の中へ入って来たのは、幼い子供姿のルーシェを腕に抱いたアルバート王子と、リヨンネであった(バンナムは部屋の扉の前で立っている)。エイベル副騎兵団長とキースは、この屋敷のご婦人方の相手をしてもらうため、応接室に残している。
「大丈夫? シェーラ」
ルーシェは王子の腕から下りて、走り、シェーラが横になる寝台のそばへ近づいた。
今、彼はフードを下ろし、可愛らしいその面を心配そうに曇らせていた。
「俺に何か出来ることはない?」
「ありがとう、ルーシェ。貴方はいい子ね」
リヨンネが水の入った水差しとグラスを運んで来ていた。
「召使達には、しばらく眠らせて欲しいと伝えて、この部屋には近寄らせないようにしています。安心して横になって下さい」
リヨンネはグラスに水を注ぎ、シェーラに差し出した。
「大丈夫ですか?」
「……寝ていれば治るから大丈夫」
そう言って、咳き込むシェーラを見て、アルバート王子は問いかけた。
「先ほど、王家は“黄金竜の加護”を持ち、それに触れた反動でこうなっていると聞きました」
「ああ、そうだ」
青竜エルハルトは頷き、そのことを初めて聞いたリヨンネは驚いていた。
「“黄金竜の加護”が、まだ生きているのですか……」
竜の生態学者であるリヨンネは、この王国の、王家に伝わる伝承の類にも詳しかった。
初代の王が、女王竜と結ばれ、そしてそこで“黄金竜の加護”が王家に下された。その話を聞いたことがあったが、具体的な加護の内容は知られていない。王家の者に金髪の髪色が現れやすいのもその影響という話だが、必ず王家の者が金髪になっているとは限らない(現にアルバート王子は黒髪である)。大体、初代の王と女王竜が結ばれたのも二千年以上前の出来事である。加護が目に見えるハッキリしたものでないこともあり、多くの者達が、王族が加護を受けていること自体、忘れてしまっている。
先日、リヨンネはこの王国自体が黄金竜のテリトリーとされている話を聞いた。その後の話であったから、考えさせられるものがある。
初代の王と結ばれた竜の女王は、そこまで、この国の王を深く愛したということなのか。
子々孫々に渡って、その子らに深く深く、“黄金竜の加護”が生き続けるように。
(だが、その子孫が糞みたいな野郎でも“黄金竜の加護”を受けている)
リヨンネは、第三王子ハウルのことを思う。
あんな色狂いの馬鹿王子でも、“黄金竜の加護”を受けていて、黒竜シェーラの呪いを跳ね返すというのか。そのせいで、黒竜はこんなに苦しんでいる。
シェーラは差し出された水の入ったグラスを両手で持って、ちびちびとその水を飲み込んでいた。
その彼女のそばにアルバート王子は座り、おもむろに彼女に向かって言った。
「私も王家の者です。私にも“黄金竜の加護”が下されているのでしょう。もし貴方が王家の加護のせいで苦しんでいるのなら、同じ加護を受けている私が、貴方の苦しみを和らげることが出来るのではないでしょうか」
「……………」
シェーラはじっとアルバート王子の顔を凝視する。それは青竜エルハルトも同じだった。
「どうだろう。やってみる価値はあるのではないか」
青竜エルハルトは頷き、シェーラの手からグラスを取り上げると、その手をアルバート王子が握るように促した。
「どうか、シェーラの手に触れて、彼女の身が健やかになるように願ってくれ。今はおそらく、跳ね返されてきた呪いを、“黄金竜の加護”が、彼女に押し付けるようにしているはずだ」
(“黄金竜の加護”ってこわっ。そんなことが出来るの!!)
エルハルトは、跳ね返された呪いを更に第三王子ハウルが持つ“黄金竜の加護”が押さえつけており、そのせいでシェーラは呪いが解けず苦しんでいるのだと言う。
「お前が王家の“黄金竜の加護”持ちなら、中和することができるかも知れない」
王子はシェーラの手を両手で握り、祈るように目を伏せる。
そして長い間、彼は動かずにいた。
部屋の中の者達は皆、固唾を飲んで様子を見守る。
やがてシェーラが、ふーと息をついた。
彼女は言った。金色の瞳がカッと大きく開く。
「スッキリしたわ!!!!」
(スッキリしたって何だよ……)
リヨンネはちょっと呆れてシェーラを見る。彼女は寝台の上で、ぶんぶんと肩を回していた。
「体も軽くなったわ。あああ、さっきまでこう、胸がすごくモヤモヤしてムカムカして辛かったの。おかげで今はスッキリ爽快だわ!!」
「上手くいったみたいですね」
アルバート王子はそう言うと、そばにルーシェがやって来て「すごい、王子。やっぱり俺の王子は凄いんだ!!」と嬉しそうに声を上げた。だから王子はルーシェを抱き上げ、その頬に口づけを落とした。
彼女のそばに座り、その額に手をやる。
「大丈夫か……」
「大丈夫よ。こんなの寝ていれば治るわ」
そうは言っているが、顔色は悪い。
そして瞳の色も、魔法で青い瞳を維持することが辛いのか、いつの間にか金色に変わっていた。
ベットサイドそばのランプを点けているが、薄暗い部屋の中、彼女の金色の瞳がキラキラと輝いて美しく見えた。
「辛いなら、人化を解けばいい」
「この屋敷を壊すわ」
「ルーシェのように、小さくはなれないのか。お前は器用に魔法を使うところがある」
「…………今の状態で、更に魔法を使うのは辛いわ。人化を解いた瞬間に、小さくなる魔法だなんて」
そこに、扉をノックする音が響いた。
部屋の中へ入って来たのは、幼い子供姿のルーシェを腕に抱いたアルバート王子と、リヨンネであった(バンナムは部屋の扉の前で立っている)。エイベル副騎兵団長とキースは、この屋敷のご婦人方の相手をしてもらうため、応接室に残している。
「大丈夫? シェーラ」
ルーシェは王子の腕から下りて、走り、シェーラが横になる寝台のそばへ近づいた。
今、彼はフードを下ろし、可愛らしいその面を心配そうに曇らせていた。
「俺に何か出来ることはない?」
「ありがとう、ルーシェ。貴方はいい子ね」
リヨンネが水の入った水差しとグラスを運んで来ていた。
「召使達には、しばらく眠らせて欲しいと伝えて、この部屋には近寄らせないようにしています。安心して横になって下さい」
リヨンネはグラスに水を注ぎ、シェーラに差し出した。
「大丈夫ですか?」
「……寝ていれば治るから大丈夫」
そう言って、咳き込むシェーラを見て、アルバート王子は問いかけた。
「先ほど、王家は“黄金竜の加護”を持ち、それに触れた反動でこうなっていると聞きました」
「ああ、そうだ」
青竜エルハルトは頷き、そのことを初めて聞いたリヨンネは驚いていた。
「“黄金竜の加護”が、まだ生きているのですか……」
竜の生態学者であるリヨンネは、この王国の、王家に伝わる伝承の類にも詳しかった。
初代の王が、女王竜と結ばれ、そしてそこで“黄金竜の加護”が王家に下された。その話を聞いたことがあったが、具体的な加護の内容は知られていない。王家の者に金髪の髪色が現れやすいのもその影響という話だが、必ず王家の者が金髪になっているとは限らない(現にアルバート王子は黒髪である)。大体、初代の王と女王竜が結ばれたのも二千年以上前の出来事である。加護が目に見えるハッキリしたものでないこともあり、多くの者達が、王族が加護を受けていること自体、忘れてしまっている。
先日、リヨンネはこの王国自体が黄金竜のテリトリーとされている話を聞いた。その後の話であったから、考えさせられるものがある。
初代の王と結ばれた竜の女王は、そこまで、この国の王を深く愛したということなのか。
子々孫々に渡って、その子らに深く深く、“黄金竜の加護”が生き続けるように。
(だが、その子孫が糞みたいな野郎でも“黄金竜の加護”を受けている)
リヨンネは、第三王子ハウルのことを思う。
あんな色狂いの馬鹿王子でも、“黄金竜の加護”を受けていて、黒竜シェーラの呪いを跳ね返すというのか。そのせいで、黒竜はこんなに苦しんでいる。
シェーラは差し出された水の入ったグラスを両手で持って、ちびちびとその水を飲み込んでいた。
その彼女のそばにアルバート王子は座り、おもむろに彼女に向かって言った。
「私も王家の者です。私にも“黄金竜の加護”が下されているのでしょう。もし貴方が王家の加護のせいで苦しんでいるのなら、同じ加護を受けている私が、貴方の苦しみを和らげることが出来るのではないでしょうか」
「……………」
シェーラはじっとアルバート王子の顔を凝視する。それは青竜エルハルトも同じだった。
「どうだろう。やってみる価値はあるのではないか」
青竜エルハルトは頷き、シェーラの手からグラスを取り上げると、その手をアルバート王子が握るように促した。
「どうか、シェーラの手に触れて、彼女の身が健やかになるように願ってくれ。今はおそらく、跳ね返されてきた呪いを、“黄金竜の加護”が、彼女に押し付けるようにしているはずだ」
(“黄金竜の加護”ってこわっ。そんなことが出来るの!!)
エルハルトは、跳ね返された呪いを更に第三王子ハウルが持つ“黄金竜の加護”が押さえつけており、そのせいでシェーラは呪いが解けず苦しんでいるのだと言う。
「お前が王家の“黄金竜の加護”持ちなら、中和することができるかも知れない」
王子はシェーラの手を両手で握り、祈るように目を伏せる。
そして長い間、彼は動かずにいた。
部屋の中の者達は皆、固唾を飲んで様子を見守る。
やがてシェーラが、ふーと息をついた。
彼女は言った。金色の瞳がカッと大きく開く。
「スッキリしたわ!!!!」
(スッキリしたって何だよ……)
リヨンネはちょっと呆れてシェーラを見る。彼女は寝台の上で、ぶんぶんと肩を回していた。
「体も軽くなったわ。あああ、さっきまでこう、胸がすごくモヤモヤしてムカムカして辛かったの。おかげで今はスッキリ爽快だわ!!」
「上手くいったみたいですね」
アルバート王子はそう言うと、そばにルーシェがやって来て「すごい、王子。やっぱり俺の王子は凄いんだ!!」と嬉しそうに声を上げた。だから王子はルーシェを抱き上げ、その頬に口づけを落とした。
応援ありがとうございます!
15
お気に入りに追加
3,467
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる