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第六章 黒竜、王都へ行く

第十四話 後始末

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 屋敷の主人ジャクセン=バンクールは、居間へ入るなり召使達に人払いを命じた。
 部屋の中には、ジャクセン、弟のリヨンネ、アルバート王子とルーシェ、護衛騎士バンナムとエイベル副騎兵団長がいる。ちなみに黒竜シェーラと青竜エルハルト、そしてキースは、客室にいる。シェーラの体調が回復したばかりだから、二人はシェーラのそばに付いていたのだ。

 ジャクセンは椅子に座り、そして自分の座った椅子の前の長椅子二つに座る大勢の者達を見つめ、それからリヨンネをジロリと見て言った。

「リヨンネ、説明しなさい」

「……はい、兄さん」

 悪いことをしたわけではない。
 そう、自分は悪いことをしたわけではないが(むしろエイベル副騎兵団長を、王宮の好色な第三王子の魔の手から救ったんだからいいことをした!!)、一番上のこの兄の前で話をすることにリヨンネは緊張した。
 じっとりと手に汗をかいていた。

「全て包み隠さずに、話すのだよ」

「はい」

 そしてリヨンネは、夕方、チエリ宝飾店で第三王子と遭遇したことから話し始め、黒竜シェーラの呪いの力とそれが跳ね返された出来事、そしてエイベル副騎兵団長が連れ攫われ、それを竜の能力を“同調”して使ったアルバート王子が第三王子の元からエイベル副騎兵団長を連れ出した話まで全て、ゲロったのであった。
 その話の全てを聞いた時、リヨンネの兄でバンクール商会の商会長ジャクセンは両目を片手で覆い、天を仰ぐような姿を見せた後、再度召使を呼び寄せ、更には何人かの部下達を呼びよせて小声で命令して、部屋を出て行かせた。

 しばらくの間、部屋の中を沈黙が包み込んだ。



 やがてジャクセンは口を開いた。

「アルバート王子殿下、エイベル副騎兵団長、バンナム卿、そして紫竜ルーシェ君でいいのかな。ご挨拶が遅れて済まない。私が、リヨンネの兄のジャクセン=バンクールだ。お初お目に掛かる。日頃は愚弟が随分と世話になっている」

 そう言ってジャクセンは自己紹介の後、部屋の中の者に向かって話し始めた。

「竜の“同調”の能力や、黒竜の“呪い”、王家の“黄金竜の加護”の話をとても興味深く聞いた」

 リヨンネは兄に問われるまま、何もかも全て洗いざらい、この一番上の兄に対して話をした。そこまで話すのかというように、護衛騎士バンナムの問いかける視線を受けたのだが、リヨンネはそれを無視して話し続けた。
 一番上の兄ジャクセンはリヨンネの知る誰よりも賢く、極めて処理する能力も高く、そしてリヨンネの味方であることが分かっていたからだ。そんな彼に隠し事など出来ない。むしろ、隠し事があると知られた時の方が恐ろしかった。

「にわかには信じられないが、リヨンネは曲がりなりにも竜に関する専門家だ。真実だろう。そこで、私はアルバート王子殿下にお尋ねしたい」

 ジャクセンは、アルバート王子に向きかい、改めて尋ねた。

「アルバート王子殿下は、王位に就くおつもりはあるのでしょうか」



 その問いかけに、アルバート王子は言葉を失う。
 そして王子の横にちょこんと座っていた空色のフードを被った小さな子供は、王子の方に身を寄せる。
 小声で王子に問いかける。

「王位に就くって、王子は七番目だから、なれないよね?」

 皆の視線を強く感じながらも、アルバート王子は答えた。
 今まで一度として、王位に就くことなど考えたこともなかった。
 七番目の王子である。自分の上にはズラリと年上の王子達がおり、王座など遠い話であった。
 王になど、なることは出来ない。
 だから、竜騎兵になった。
 卵の中から現れた紫色の小さな竜を見た時から、心の中は大空を、小さな竜と共に飛ぶことしかなかった。

「考えたこともありません」

 ハッキリそう答えると、ジャクセンは再度、言った。

「では、王位をお求めになるおつもりはないということで、宜しいですね」

「はい」

 そう答えると、ジャクセンは王子達に言った。


「アルバート王子殿下が、“同調”して、竜の能力を使えることは、王家にとって極めて重大な、看過できない能力です。ただの竜騎兵が、“同調”して竜の能力を使えるというのであれば、王家は“黄金竜の加護”で身を守ることが出来るでしょう。でも、王家の一員であるアルバート王子殿下は、同族故に“黄金竜の加護”の力をかいくぐることができる。つまりは、王族達すべてをしいすることもできるのです。王子殿下が竜騎兵の“同調”の能力を使うことで、竜の能力をそのまま使うことができることは、非常に大きな」

 ジャクセンは言葉を一度区切って、それから吐き出すかのように言った。

「人の手には有り余るほどの、大きすぎる戦力です」

 竜の中でも飛び抜けて魔力の高い“紫竜”の主で、そして“呪い”が十八番の“黒竜”の力を借りることも現に出来ている。それだけでも恐ろしい能力であったが、他にも数多くの竜達が、あの北方地方の山間に生息している。もしアルバート王子が多くの竜達に協力を頼み、竜達が王子に力を貸すと決めた時には、王子がどれほどの力を持つことになるのか、考えるだけでもそら恐ろしいことであった。
 そしてその力は、同族故に加護の力をくぐり抜け、王家に対しても牙を剥くことが出来るのだ。

 部屋の中にいた者達は、ジャクセンの指摘にようやくそのことに思い至ったようで、言葉を失っていた。


「王子殿下が王位を望まないと聞いて安心致しました」

 ジャクセンはそう言って、静かに微笑した。
 それから彼は、長い指を膝の上で組み、こう言った。

「僭越ながら、私の方で王宮の方は手当させて頂きます。本日、王子殿下は、エイベル副騎兵団長を救出するため、第三王子殿下の元をお訪ねしていない。王子殿下が王宮へ足をお運びになったのは、マルグリッド妃殿下の元をお訪ねするつもりであった。ただ、騒動を耳にして、早々に王宮から退出なされた。それで、宜しいですね」

「はい」

 ジャクセンは、アルバート王子が王宮で、第三王子ハウルと会わなかったことにすると言うのだ。そしてエイベル副騎兵団長も、ハウル王子殿下に連れ攫われなかった。連れて行かれたのはあくまでエイベル副騎兵団長によく似た美しい青年で、彼は王宮の騒動の中、逃げ出した。
 ハウル王子殿下は、長年の乱れきった生活のツケが来て、突然の病に倒れた。そして錯乱している。
 アルバート王子とハウル王子の対立は無かった。
 そうなるように、ジャクセンは自分の息のかかった王宮内の侍従や女官達に手を回すと言う。
 
「殿下方は、明日には王都を早々にお立ちになられることが宜しいかと思います」

 そうジャクセンは言った後に、ジロリと末弟のリヨンネを睨みつけ、そしてリヨンネには部屋に残るように告げたのであった。





 アルバート王子達は、リヨンネを残して部屋から退出した。
 部屋に残ったのはリヨンネと、その兄ジャクセンである。
 二人きりになった後でも、ジャクセンはしばらくの間、口を開かなかった。

 それから、深くため息をついてこう言った。

「リヨンネ、この考え無しが……」

「え、兄さん」

「お前は、私達家族を王家の争いに巻き込むつもりか。もう少し頭を使え。何故、アルバート王子殿下をエイベル副騎兵団長の助けに向かわせた。副騎兵団長がお一人で王宮へお向かいになったのは、我々を巻き込まないようにするご配慮だったのだぞ。その折角のご配慮を無碍むげにして」

「だって、それは」

 つまり、この長兄ジャクセンは、あの時の最善の手は「エイベル副騎兵団長に第三王子はお任せして、放っておくこと」だと言うのだ。確かに適当にエイベル副騎兵団長が、第三王子をいなしてくれれば良かったのかも知れない。
 だけど、頼まれたのだ。
 エイベル副騎兵団長の伴侶であるウラノス騎兵団長に。
 彼に頭を下げられ、「エイベルに気を付けてやってくれ」と言われたのだ。
 だから、例えエイベル副騎兵団長が一人覚悟して王宮へ向かったとしても、放っておくことなど考えもしなかった。絶対に助けなければならないと思っていた。

「……エイベル副騎兵団長は、大切な仲間なんです。私達の友人です」

「…………」

「それに兄さんだって、もし、コレットやベアトリスが連れ攫われたら、私達と同じように取り戻しに向かったでしょう!?」

 妻や三人の子供達を溺愛するジャクセンに、必死にリヨンネがそう言うと、ジャクセンはまたもため息をついて言った。

「まず、連れ攫われないように力を尽くすだろう」

 グゥとリヨンネは呻き声を上げた。
 確かに兄ならば、そもそも最初から、自分がこんな窮地に陥らないようにしていただろう。
 兄のことだ。もし、娘達が第三王子に目を付けられたと知ったのなら、すぐさま王都から娘達を離れさせたはずだ。第三王子の騎士達が屋敷へやって来ても、そこには連れ攫う相手がいない状況になっただろう。
 それなのに。
 リヨンネはアルバート王子達をジャクセンの屋敷へ連れ帰り、ジャクセンの家族達までも危険にさらしたのだ。
 一歩間違えれば、ジャクセンのいない間に、ジャクセンの妻子まで連れ攫われた事態も有り得た。
 ジャクセンは、バンクール商会と、王家との関係は、付かず離れずのほどよい距離を保とうと常に細心の注意を払っていた。
 過去、ジャクセンの息子ユーリスが、王家の者達と揉めた時も、ジャクセンはすぐさまユーリスを留学させたくらいであった(未だにその長男は留学中である)。

「済んでしまったことを責めても仕方がない。ハウル王子殿下の件は、これ幸いと陛下やリチャード王子殿下の方で処理なさるだろう。これがハウル王子殿下だったから助かったが、リチャード王子殿下やアンリ王子殿下であったなら、大変なことになった可能性がある」

「兄さん、すみません」

「反省しろ、リヨンネ。それから、アルバート王子殿下には可能な限り、王宮へは近づかせないようにするのだな。殿下が、王位には興味がないと聞いて安心した」

 兄が直截ちょくさいに、王子にそのことを尋ねたことに、リヨンネは驚いていた。

「アルバート王子殿下は、竜騎兵です。陛下に忠誠を誓っています」

 アルバート王子は、十六歳で正規の竜騎兵になった時に、国王陛下に剣を捧げている。それは王のみならず、王家にも反逆の意志はないという意志表示でもあったはずだ。ジャクセンの言葉を聞くまで、七番目の王子である彼が、王位に就く可能性など考えたことも無かった。

「野心のない御方で助かった」

 ぽつりとジャクセンは言った。
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