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第十三章 失われたものを取り戻すために

第二十四話 もう一つの“召喚”

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 “消失”が起きたその現場へやって来た。
 今、季節は秋。
 本来なら、深い山脈の上部には雪が広がりはじめ、針葉樹の森も緑を失い、雪を積もらせ始めるその季節。そうした景色が見える場所であるのに、今、視界にあるのは墨のような黒であり、その黒い空間がずっと遠い果てまで続いていた。

 ルティ魔術師は、黒く“消失”しているその場に立ち、説明を始めた。
 その場には、ルティ魔術師の他、魔力を提供するリン王太子妃、三橋友親、小さな紫竜は元より、リン王太子妃の付き添いの護衛騎士達、女官、三橋友親の二人の伴侶、アルバート王子、それから「絶対に私も同席する」と、制止する部下達を振り切ってやって来たバルトロメオ辺境伯がいた。
 ギャラリーとなっている彼らは少し離れた場所から、緊張した面持ちでルティ魔術師の説明を聞いていた。

「私が別の次元に留まっている対象物を、“召喚”します」

 リン王太子妃と三橋友親、そしてアルバート王子に抱かれている小さな竜は頷いていた。
 この時、小さな竜の首には、黒竜シェーラから以前もらった首飾りが下がっていた。
 大切にしまっていた首飾りだったけど、なんとなしに今のこの場でお守りのように身に付けていたいと思ったのだ。


 ルティ魔術師の説明は続く。

「魔力が足りず、“召喚”魔法が不発する時は、何も起きません。そのことについて、危険は一切ありません。ですが“召喚”が成功した時、別の次元から別のものも一緒に“召喚”する場合があります」

 ルーシェと友親、リン王太子妃は自分達が召喚された時のことを思い出した。
 
 そう。
 十八年前、勇者召喚をした召喚者は、全く無関係の者達を七人もその場に召喚したのだ。

「まったくの善意のものを“召喚”する場合もあるでしょうが、悪意をもった何かも連れてきてしまうことがあります。その点、注意して下さい」

 リン王太子妃の護衛の騎士達とアルバート王子は頷いた。
 
 そして三橋友親にそばにいるカルフィー魔術師は、友親の手を両手で握り、ひどく心配そうな顔でこう言う。

「トモチカ、危ないと思ったらさっさとやめるんだぞ。私がいつでも“転移”して逃げられるようにしておく」

 危ないと見たら、すぐにその場から友親を連れて逃走することしか考えていないカルフィー魔術師。
 友親はそのカルフィーの言葉になんとも言えぬ表情をしていた。

 十八年前、佐藤優斗が、勇者鈴木陸と沢谷雪也を殺害した現場から、即座に逃げ出せたのは、そのカルフィー魔術師の「友親を連れてすぐに逃げる」態勢があったから出来たことでもあった。呆れるほど逃げ足が早い魔術師なのである。

 でもそれも、自分の身を心配してくれてのことだと、友親には分かっていた。

「分かった。でも、大丈夫だ」

 友親はカルフィーの手を握り返し、言った。

「お前達は待っていろ」

 そう言って、友親はカルフィーの手を離し、ケイオスに手を振って、ルティ魔術師のそばに行く。
 すでにルティ魔術師のそばに、リン王太子妃、アルバート王子に抱かれる小さな竜ルーシェが揃っていた。

 なんとなしに、友親は十八年前のことを思い出していた。



 十八年前、自分達はただの高校生だった。
 突然異世界へ召喚された自分達は、非力で何も出来ない、本当に弱い子供だった。
 
 でも今は、こうして誰かを救うために、持つ力を必要とされている。
 十八年前とは違う立場になっている。

 
「“魔力”を譲渡して頂けるように、臨時の紋を刻みます」

 精密な魔法陣が描かれている用紙を渡される。リン王太子妃がそれを右手の甲に置くと魔法陣の書かれた用紙から、魔法陣の模様が手の甲に写されて、用紙は真っ白になっていた。

 カルフィー魔術師と、リン王太子妃付きの騎士達は、その魔法陣に何かしらの細工がされていないか事前に調べていた。それは“魔力”の譲渡魔法陣であるということだけで、問題はなかった。身体に刻む魔法陣は、注意しなければ支配を受けることがある。重々注意を払うべきものであった。

 友親も右手に魔法陣を写した。小さな竜の姿をしているルーシェは、自分の子竜の手では魔法陣の面積よりも小さかったため、ルーシェはぷっくりと膨れた腹にその魔法陣を写していた。
 その様子を見て、友親は爆笑していた。

「は、腹って、お前」

 真っ赤な顔をして口元を押さえて笑っている友親に、たちまちルーシェは黒い目を吊り上げて、頬も膨らませていた。

「ピルピルルルピルピルル!!!!(そんなに笑うなよ!!!!)」

「悪い、悪い」

 友親は小さな竜であるルーシェの頭を撫で、言った。

「さぁ、じゃあ準備するか」

 その気安い言い方は、高校の時の友親の言葉を彷彿とさせた。

『さぁ、行くぞ。ユキ。急がないと学校が始まっちゃうだろう』





 ふいに脳裏に、十八年前、狭い道を歩いていた時のことを思い出す。
 そこにはぶ厚い眼鏡を掛けて本を手に歩く少年もいた。
 仲が良さそうに笑い合う二人の少女達もいた。
 前を歩いていたのは委員長こと石野凛だった。
 そして鈴木らしいハンサムな少年も、鞄を手に、真っ直ぐ前を向いて歩いている。
 皆の横を追い抜こうとしたその時、彼らは“召喚”されたのだ。
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