ノゾミノナカと悪霊迷宮の殺人鬼

ちさここはる

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第82話 魔法の杖が吠える

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 かさ!

 桜木から渡された《宝石フォーガ》説明書に目を通した。
「この宝石が、やってみればいいだけの話しね」
 じゃら。
 そう言うと希美は、魔法石を魔法の杖に嵌めこめた。

「!?」

 ヴオォンッッ‼

 閃光が奔った。
 希美の髪も、大きく靡いく。

 ばさばささ!

(大丈夫)

 希美は大きく頷くと、微笑んだ。

(これで。大丈夫!)

 希美が嵌めこんだ魔法石は――《潤いの藍》なる水を増量させるものだ。
 まさに。
 今、最も必要な魔法石。

「……呪文とか、解放のなんかは。ないのよね?」

 もう一度、説明書を希美は見た。
「姐さん。どうでやんすか? どうでやんすか!?」
 たぬ吉が、希美に聞き返した。
 彼だって、一刻も早く。
 この階から逃げ出したくて堪らない。

 みんなと心は同じだ。

「ええ。なんとかなりそうよ。たぬ吉」
「‼ 姐さん~~好きでやんすぅ~~♡」
「ありがとう。たぬ吉」

 希美はたぬ吉の頭を優しく、笑顔で撫ぜた。
 たぬ吉も、満面の笑顔を向け、
「姐さん! やっちゃってくださいでやんす!」
 両手を動かした。

「ええ」

 きり、と表情を引き締めた直す希美。
 そんな彼女の横顔を、たぬ吉は口を開けて魅入っていた。

「私はまどかを、たぬ吉が――春日部を救う!」

 かちゃ。

「『お願い! 宝石! あたしに力をかして!』」

 頬が真っ赤になっているのが《提灯霊バケモ万物チョロスト》の灯りが照らし出していた。

「『魔力開放‼』」

 少し、身体がかたかた、と震えるには。
 言っているいる呪文が合っているのか、必要なのかも分からず。
 とりあえず、言っていることが恥ずかしかった。
 でも。

 そんな気持ちを振り払うかのように。

(どんな恥ずかしいことだって、私は受け入れる‼)

 唇を噛み締め、床を濡らすスプリンクラーが噴き出した水を見た。
 そこには、険しい表情の希美自身の顔が映し出されている。

(こんな顔。私、しているのね)

 ふと。
 口先が緩んだ。

「みっともない」

「? え? なんでやんすか??」

「いいえ。なんでもないわ、たぬ吉」

 ヴォンンッッ‼

 希美の疑心暗鬼を払拭するかのように。
 魔法の杖が反応を示した。

 そう。

「あ、ってた……」

 希美が行った方法は合っていた。
 水が希美の周りを浮き始めた。
 まるで。

 生き物のように。

「《ウォーター・ドラグレス》‼」

 そう唱えると。

 水が一気に。
 水量を増量させた。

「!? 一気に、増えなくたっていいのに!」

 突然のことに。
 希美は怒りを吐き出した。

「ま、まどか」

 船が水の上を浮き始めた。
 床で、交戦している桜木と日向のことを思い出した。

(溺れしまう!)

 そして。
 二人がいた場所に視線をやると。
 そこには。
 すでに床の姿はなく。

「ぃ、ない……そ、んな?!」

 かたかた、と希美の膝が嗤う。
 カラーン、と魔法の杖も足元に落とし、頬に両手を置いた。

「まどか、まどか、まどか?!」

「ううん? のなかちゃん」
「‼」
「いきなり水の量が上がるとは聞いてないのだ! のなかちゃん!」

 ビシャビシャになっている日向が、希美に言い寄った。
 日向は海の女。
 彼女と一緒にいれば、溺れる心配はない。

「お兄さんが。船までおぶ――」
「まどか! まどか! まどかぁ!」
「っわ! ……のなかちゃん。ありがとう」

 抱き合う二人に、
「美しい友情はいいが。あいつらには常識の概念はないみたいなのだ!」
 忌々しいと言った口調で、声を荒げた。

 白いマネキンたちが、水の上に立っていたからだ。
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