妖魔は言った「それでも世界は美しい」

たき火

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4.侵入する凍てつく風

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 早朝、何者かが訪ねてきた。

「ダーチさん、おはよう御座います」

 私はその声で目を覚ます。
 まだ日が登っていないので時計を見ると六時であった。こんなに早い時間訪ねてくる世間知らずな知人など私にはいない。
 警戒しながら玄関へ足音を立てずに歩き、扉の覗き穴から外を見る。
 そこにいたのは八百屋の主人と奴隷商人だった。おそらく妖魔がこの家にいる情報を主人が商人に売ったのだろう。昨日シナを引き取る際、野菜をいくつも買ってこのことを誰にも話さないよう金まで渡したのに、約束を破りまだ金を得ようとするのか。

「ダーチさん、いるんですよね。出てきてくれませんか」

 何度も大きな声で呼ばれる。奥で寝ているシナが目を覚ますかも知れない。小さく返事をして私は玄関の扉を静かに開けた。冬の凍てつく風が家の中に侵入してくる。白く積もった雪の上を、二人の男が笑顔で私を伺っていた。

「すみませんねダーチさん、こんな早い時間に。私は奴隷商人のラベルです。早速ですがお宅に妖魔がいると聞きまして、ぜひ私が買い取りたいと思い本日伺いました」

 ラベルは垂れ目で、額に赤い斑点を幾つもつけていた。きっとダニに刺されたのだろう。温室の家で過ごす不清潔な人間の象徴は、このダニの斑点だ。紫色のダウンは虫に食われ、シルクハットのてっぺんは凹んでいる。細長い体は寒さで少し震えているようにも見えた。

「私も迷ったんですよ。でも妖魔がダーチさんに迷惑をかけていないか心配で。そこで妖魔のことをラベルさんに話したんです。そしたらなんと引き取ってくれるというじゃありませんか」

 八百屋の主人が白々しく身振り手振りをつけ加えながら話す。大きな声で嘘をつく姿にイラつく。この男はただ妖魔という珍しい生き物を奴隷として売りたいだけだ。きっと高値で話がついたのだろう。シナを売ったら大金が懐に入ることが、下心のある目を見ればわかる。

「朝早すぎですね」

 そう言うと二人は苦笑する。
 流石に私が妖魔をどこかへ連れて行く前に来たと言いはしない。金になる品を見失う可能性を回避するために、わざわざ朝早く来たのだ。

「そうですね、ありがとうございます。私も困っていたんです。今まで妖魔と関わったことなどないので、助かります。連れてくるので、ここで待っててください」

 私は玄関の扉を閉め家の中を見渡す。食料は2日程度ならある。シナはまだ起きていない。大きなリュックを急いで用意し、冷蔵庫にある肉や野菜を入れる。次に米びつから米を布袋へ移し、酒、調味料、水の入ったボトルと一緒にリュックへ詰めこむ。そして歯ブラシなど様々な日用品をショルダーバックへ入れてチャックを閉めた。あとは財布と、携帯電話……
 荷造りをしていると玄関の外から声が聞こえた。

「ダーチさん、まだですか?」

 私は急いでシナを起こす。

「シナ、起きるんだ」

 布団に顔を埋めて寝ているシナの肩を揺すって起こす。
 目を覚まし、どうしたのか驚いた表情で布団から起き上がるシナに上着を掛け、靴下と靴を履かせる。

 奴隷になんか絶対にさせない。

 私は帽子を深く被るように言い、手を握って裏口から出た。

 扉を開けると奴隷商人の手下が裏口で身構えていた。シナを連れて逃げることを商人は予測していたのだろう。疑い深い商人だ。
もしかしたら私の身辺調査までしているかもしれない。また、手洗い真似をするということは、これまで強引に人を買い取ることもしてきたのかもしれない。

 私は両手を広げて飛びかかってくる手下を上段蹴りでブッ飛ばし、ガレージへ走る。農機具が収納されたそこには大型バイクがある。到着すると荷造りした大きなリュックをリアキャリアへ積み、シナを運転席の後ろへ乗せた。奴隷商人と八百屋の主人が慌てた顔で追いかけてくる。商人は私が手下を蹴り倒すことまでは予測できなかったようだ。

 「ま、待ってください!」

 気にせず車体の右側にあるペダルを思い切り踏んでエンジンを始動させた。雪の積もる静かな空間を爆音が響く。その音はまるでこれ以上近寄るなと威嚇しているようだ。シナは怖がってしっかりと捕まっている。私の代弁者となったバイクは、勢いよく彼らの間をすり抜け外へ飛び出していった。
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