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マレニア魔術院の一学期

・最凶の二人 - ヌル過ぎて物足りなかった -

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「――ちゃんっっ、お兄ちゃんっっ!!」

 地上に戻ると、そこにあるはずのない顔が2つもあって驚いた。
 それはリチェルとセラ女史の姿だった。

 よっぽど心配させてしまったのか、リチェルは兄が帰還するなり、涙を浮かべて胸に飛び付いて来た。
 数日前のリチェルの迷宮実習の時とは立場が正反対で、俺はつい笑ってしまった。

 まあ、セラ女史の恐ろしい顔付きからして、今回の事態は、笑って済ませられるものではなかったようだが。

「ただいま」
「ふぇぇ……よかった……。お兄ちゃん、すごく危ない迷宮に、入れられちゃったって……セラ先生に聞いて……っ! しんぱい、したの……」

 すごく危ない?
 いやヌル過ぎて物足りなかったが?
 と、ここで返すのは野暮だろう。

「心配かけたな。見ての通り、お兄ちゃんは無傷だ。カミル先輩もラズグリフ教官もな」

 俺はリチェルをやさしく抱き締めて、疑問の方は他の連中に任せることにした。
 うちの妹は半泣きでもかわいかった。

「まったく驚きましたよ。知らせを聞いて駆け付けてみれば、既に貴方が救援に入っていたのですから」

 リチェルをあやしながら、俺は教官たちのやり取りを盗み聞いた。
 普段は尊大なセラ女史だったが、言葉尻から彼女の安堵が感じられた。

「いや、そりゃぁ……ちょいと違うんだなぁ……?」
「違う? どういうことです?」

「睨むなよ、女史。俺ぁなんも悪ぃことしてねぇよ」
「どういうことです、詳しく説明しなさい!」

「ていうかそっちこそ、なんでこんなに早く取り違えに気付けたんだよ? 早くねぇか?」

 そう、そこが俺も疑問だった。
 なぜセラ女史とリチェルはここにいるのだろう。

 こんなに早く異常に気付き、迅速に現場へ急行できるなんて、いくら女史が有能でも可能なのだろうか。

「通報者がいたのです」

 それはまた親切なやつもいたもんだ。

「通報者だぁ? どこのどなた様だよ、そいつはよーっ!?」
「答えるよりも見た方が早いでしょう。さあ、いつまで隠れているつもりです! 早く出て来なさい!」

 セラ女史の背後にある石柱から、人影がひょっこりと現れた。

「なっ……お、お前っっ!?」

 気になる……。
 あの影はいったい誰なのだろう?
 そう思い焦点を合わせようにも、まあ知っちゃいたが無理だった。

「あーー……その、面目ねぇ……」

 しかし声を聞いた途端にすぐにわかった。
 その聞けばすぐにわかる特徴的なだみ声は、俺のルームメイトのジーンのものだ。

「ははは、これは驚いたな。容疑者様ご本人の登場じゃないか」
「先輩、まだ容疑者と決まったわけじゃない。ジーン、お前が知らせてくれたのか?」

 そうジーンの影に問いかけると、リチェルがさっと胸から離れた。

「お兄ちゃん、ジーン、反省してた! ジーン、悪くないんだよっ!」
「どういうことだ?」

 リチェルの隣を離れて、ぼんやりと見えるジーンの前に立った。

「先に言うぜ……。俺はこの後、治安局に出頭する……」
「なぜだ?」

「故意ではないとはいえ、俺は結果的にテメェらを死地に送り込んだ。マジで悪かったよ、グレイボーン、カミル先輩……」

 声は本人だが、コイツ本当にあのジーンか?
 俺はジーンの顔をのぞき込んだ。
 するとそこには、失敗に気を落とした男の顔があった。

「全くわからんっ! 俺らに状況を説明してくれや、女史!」
「いいでしょう。単刀直入に説明しますと――真犯人は他にいるっっ!! ということです」

 なるほどわかりやすい。
 なぜ一部だけ劇的に主張するのかという、セラ女史の人格への疑問が新たに生まれたが。

「俺たちがハメられたように、ジーンもまた、騙されていたってことか?」
「おう、弁明が許されんならそうだよ……。俺はラズグリフ教官に迷宮が変更になったことを伝えた後、組合の本部に戻った……」

 寮じゃなくて、組合?
 せっかくの安息日に、なぜそんなところに行く?

 いや『戻る』という表現からして、まるで所属がマレニア魔術院ではなく、冒険者組合にあるような言い方じゃないか。

「ああ、俺はな、お前らマレニアの監視役、私服査察官なんだ……。所属は冒険者組合で、こう見てもう27歳だ……」

 ああ、要するにスパイか。

「ええーーーっっ?! ジーン、大人のおじさんだったのーっ!?」
「うっ……おじさん扱いは勘弁してくれよ……っ」
「君、サバを呼んでいないかい? 27には見えない」

「若く見えるように手を入れてんだよ……っ! こっちだって大変なんだぞっ、若ぇのに混じるってのはよー……っ!」

 なるほど、今日までのジーンの不審な行動は、学内の査察のためだったと。
 そっちの謎は解けたが、女史が言うには真犯人がいるという。

「で、誰が俺たちをハメたんだ?」
「ああ……そりゃ話の続きになんな。違和感を覚えた俺は本部に戻った。で、気付いたわけだ。誰かがここの迷宮に関する資料を改竄し、お前らを抹殺しようとしたことにな……」

「それが本当なら、感謝するのはこっちの方だぞ? ありがとう、ジーン」
「止めろ、気持ち悪ぃ……っ」

 馴れ合いを好まないところは、ジーンの元々の性質みたいだな。
 こういうノリの方がヤツらしくて俺も楽だった。

「ついでに聞くが、ルームメイトの俺と関わり合いになりたがらなかったのは、なぜだ?」
「決まってんだろ! てめーは黄金で塗装したトラム列車だ!」

「俺が?」
「じゃなきゃ、クソめんどくせートラブルメーカーだっ! てめーみてぇのに関わってたら、こっちは仕事になんねーっつのっ!!」

「俺は俺なりに慎ましく暮らしているつもりなんだが……」
「寝言言ってんじゃねーぞ、ボケ!」

 とにかくルームメイトに嫌われているわけではなかった、ってことだ。
 それが知れただけでもよかった。

「彼は治安局に出頭し、組合を代表して、真犯人の追求に取り組むそうです。顔や言動に似合わず、潔癖な男ですね」
「うっせーよっ! どこのどいつか知らねーがっ、組合のメンツを潰したバカ野郎を野放しになんて出来るかっ!」

 ちょっと嫌なやつだと思っていた男は、実はいいやつだった。
 本気でこの事態に怒ってくれていた。

 そこには多少なりとも、ルームメイトへの友情もあったと思いたい。
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