16 / 41
・ピラー夫妻の白磁の壺 1/2
しおりを挟む
6月、俺はとある有力者のお屋敷を訪ねた。その屋敷はうちの屋敷から100メートルばかしの比較的近所で、そのたった100メートルぽっちを俺はゴルドーさんの馬車で運ばれた。
「歩いて行けるって言ったのに……」
「悪ぃですけどね、これが俺の仕事ですんで、諦めて下せぇ」
正門を抜けた屋敷の前で降りて、厩舎からゴルドーさんが戻るのを待った。
「おお、よくきたね、アルヴェイグ王子」
ゴルドーさんより屋敷の主の出迎えの方が早かった。
「お邪魔しております、ピラー商会長。以前お話ししていた件で、お時間をいただきたいのですが」
「そこの東屋へどうぞ。こんなに若いお客様が訪ねてきてくれるとはね、私も嬉しいよ」
5月に体験した社交界漬けの生活は決してムダではなかった。皇太子殿下のご紹介により、俺はたくさんの有力者とお知り合いになれた。
2年で会社が倒産して、それからずっと修理屋生活をしていた俺にはわからなかったことだけど、コネクション、人脈というものはどうもバカにならなかった。
「君のためにハニーパイを作らせたんだ。さ、おあがりなさい」
「ありがとうございます、ピラー商会長」
「ご近所さんじゃないか、ピラーおじさんとでも呼んでくれたまえ」
「そ、それはさすがに、崩し過ぎかと……」
「いやね、私も君とゆっくり話したいと思っていたのだよ。さ、ハニーパイをお食べ」
「はい、いただきます」
甘いハニーパイを口に運ぶと、ピラーおじさんが孫を見るような目で笑った。
彼がこういった態度を取ってくれるのも、社交界で信用を獲得したからだ。
帝国貴族たちが祭事に忙しいのは、コネクションの持つ力をよく知っているからだった。
「大きくなったら皇太子様の味方になっておくれ。彼は帝国の希望の星だ」
「はい、俺もそう思います。地位に甘えず精力的に働く姿に、小国ながら王子として深い感銘を覚えました」
「うん、そこに注目してくれるとは私も嬉しい。人はああいった、エネルギーを持った人間に惹かれるものだ。……おっと、それでご用件は?」
ハニーパイを半分いただくと、皿のハニーパイが増えた。子供は甘いお菓子をくれる人が好きだ。俺はピラーおじさんがますます好きになった。
「ピラー商会長、俺は骨董の修復を得意としています。壊れたり、捨てられてしまった古い品を、美しく磨き上げて、新品以上の品にするのが幼少よりの趣味でして」
「ほう、骨董の修復かね。若いのに渋いご趣味をお持ちだ。ハニーパイをどうぞ」
「い、いえ、そんなに一気に食べられませんよ……っ」
ハニーパイおじさんは俺のお皿に3つ目のハニーパイを運んだ。
「つまりアレかね。うちの商会の下取り品を買いたいということかね?」
「あ、はい、そうなんです! 俺は持ち主が泣く泣く手放すことになった貴重な品を、廃品として再利用するのではなく、元通りに修復して人の手に戻したいのです」
このお願いは賭けだった。修理屋なんて下層民のする仕事だと、そう一蹴される可能性もあった。修理された中古品など、貧乏人が買うものだと。
「ご近所さんだ、噂は聞いているよ。アリラテからきた王子様は、恐ろしく手先が器用で、人の道具を直して回っているとね」
「お恥ずかしい限りです。ボロボロになっている道具を見ると、ピカピカに磨かずにはいられない性分でして……」
「いや、うちのカミさんがね……先月、壷を割ってしまって落ち込んでいるのだよ。大理石のように美しい、純白の白磁の壷だ」
「あ、よろしければ直しましょうか!?」
そう名乗りを上げると、ピラーおじさんの顔が満面の笑みとなった。
「ハニーパイをお食べ、全部お食べ、包んで持って帰りなさい、割れた壷と一緒に」
「え、はい、ありがとうございます!」
「いやぁ、助かるよ! あれから家の空気が重くてねぇ、カミさんがね、他の白磁じゃダメだと言うのだよ」
「もしかして、何か思い入れのある特別な品なのでは?」
そう問いかけると初老のおじさんが何かを思い出そうとするように腕を組んだ。しばらくするとその目が大きく見開かれる。
「あ、ああっ、そういえばあれは……っ! 私が5年目の結婚記念日にプレゼントした物だった!! その年に息子が生まれたんだよ!」
「すごく大事な物ではないですか。わかりました、俺にお任せ下さい、完璧に修復してみせます」
「ありがとう、アレが落ち込むわけだよ、はっはっはっ!!」
この後、白磁の破片を持って帰宅した俺は、特製の接着剤を手に最高に楽しいパズルを楽しんだ。
ちょっとの距離だけど、ゴルドーさんと馬車でいってよかった。
「歩いて行けるって言ったのに……」
「悪ぃですけどね、これが俺の仕事ですんで、諦めて下せぇ」
正門を抜けた屋敷の前で降りて、厩舎からゴルドーさんが戻るのを待った。
「おお、よくきたね、アルヴェイグ王子」
ゴルドーさんより屋敷の主の出迎えの方が早かった。
「お邪魔しております、ピラー商会長。以前お話ししていた件で、お時間をいただきたいのですが」
「そこの東屋へどうぞ。こんなに若いお客様が訪ねてきてくれるとはね、私も嬉しいよ」
5月に体験した社交界漬けの生活は決してムダではなかった。皇太子殿下のご紹介により、俺はたくさんの有力者とお知り合いになれた。
2年で会社が倒産して、それからずっと修理屋生活をしていた俺にはわからなかったことだけど、コネクション、人脈というものはどうもバカにならなかった。
「君のためにハニーパイを作らせたんだ。さ、おあがりなさい」
「ありがとうございます、ピラー商会長」
「ご近所さんじゃないか、ピラーおじさんとでも呼んでくれたまえ」
「そ、それはさすがに、崩し過ぎかと……」
「いやね、私も君とゆっくり話したいと思っていたのだよ。さ、ハニーパイをお食べ」
「はい、いただきます」
甘いハニーパイを口に運ぶと、ピラーおじさんが孫を見るような目で笑った。
彼がこういった態度を取ってくれるのも、社交界で信用を獲得したからだ。
帝国貴族たちが祭事に忙しいのは、コネクションの持つ力をよく知っているからだった。
「大きくなったら皇太子様の味方になっておくれ。彼は帝国の希望の星だ」
「はい、俺もそう思います。地位に甘えず精力的に働く姿に、小国ながら王子として深い感銘を覚えました」
「うん、そこに注目してくれるとは私も嬉しい。人はああいった、エネルギーを持った人間に惹かれるものだ。……おっと、それでご用件は?」
ハニーパイを半分いただくと、皿のハニーパイが増えた。子供は甘いお菓子をくれる人が好きだ。俺はピラーおじさんがますます好きになった。
「ピラー商会長、俺は骨董の修復を得意としています。壊れたり、捨てられてしまった古い品を、美しく磨き上げて、新品以上の品にするのが幼少よりの趣味でして」
「ほう、骨董の修復かね。若いのに渋いご趣味をお持ちだ。ハニーパイをどうぞ」
「い、いえ、そんなに一気に食べられませんよ……っ」
ハニーパイおじさんは俺のお皿に3つ目のハニーパイを運んだ。
「つまりアレかね。うちの商会の下取り品を買いたいということかね?」
「あ、はい、そうなんです! 俺は持ち主が泣く泣く手放すことになった貴重な品を、廃品として再利用するのではなく、元通りに修復して人の手に戻したいのです」
このお願いは賭けだった。修理屋なんて下層民のする仕事だと、そう一蹴される可能性もあった。修理された中古品など、貧乏人が買うものだと。
「ご近所さんだ、噂は聞いているよ。アリラテからきた王子様は、恐ろしく手先が器用で、人の道具を直して回っているとね」
「お恥ずかしい限りです。ボロボロになっている道具を見ると、ピカピカに磨かずにはいられない性分でして……」
「いや、うちのカミさんがね……先月、壷を割ってしまって落ち込んでいるのだよ。大理石のように美しい、純白の白磁の壷だ」
「あ、よろしければ直しましょうか!?」
そう名乗りを上げると、ピラーおじさんの顔が満面の笑みとなった。
「ハニーパイをお食べ、全部お食べ、包んで持って帰りなさい、割れた壷と一緒に」
「え、はい、ありがとうございます!」
「いやぁ、助かるよ! あれから家の空気が重くてねぇ、カミさんがね、他の白磁じゃダメだと言うのだよ」
「もしかして、何か思い入れのある特別な品なのでは?」
そう問いかけると初老のおじさんが何かを思い出そうとするように腕を組んだ。しばらくするとその目が大きく見開かれる。
「あ、ああっ、そういえばあれは……っ! 私が5年目の結婚記念日にプレゼントした物だった!! その年に息子が生まれたんだよ!」
「すごく大事な物ではないですか。わかりました、俺にお任せ下さい、完璧に修復してみせます」
「ありがとう、アレが落ち込むわけだよ、はっはっはっ!!」
この後、白磁の破片を持って帰宅した俺は、特製の接着剤を手に最高に楽しいパズルを楽しんだ。
ちょっとの距離だけど、ゴルドーさんと馬車でいってよかった。
88
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる