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第弐章 初めての仕事です
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事件とは唐突に起きるものである。
❇︎
月はその日、探偵事務所の必要物資を買いに商店街に来ていた。
「まさか冷蔵庫に胡瓜しかなくて食器やパソコンもないなんてね。」
というのも、凛と会ったあと、事務所に案内され、適当に使ってくれと言われ見たものの、冷蔵庫と中に大量の胡瓜しかなかったのだった。
とりあえず、家から食材やお茶っ葉、ノートパソコンを運び設置はした。
今は、食器等やインテリア系のものを買っているところだった。
買い終わった物資を一旦車に積んで月はとある場所へと向かう。
向かった先はアンティークショップ。
ウィンドウの中には様々な装飾品が飾られている。
そのウィンドウの中にあるブローチを月は見ていた。
ブローチは星のモチーフをしたエメラルドグリーンの石がはまっているものと月のモチーフの青い石のはまっているものと2種類あった。
「…すいません、ショウウィンドウの中のですが」
月は2つのブローチを買う為にアンティークショップへと足を運んでいた。
「よし、これでとりあえず買っとくものは大丈夫そうね。」
月が嬉しそうに呟き、アンティークショップを浮かれ気味に出た時だった。
「誰かそいつを捕まえてくれ!!ひったくりだ!!」
そう叫ぶ男性と黒いリュックを抱えて走ってくる男性がいた。
「…はっ!!」
月は走ってくる男の腕を通りすがりに掴み、そのまま背負い投げ。
月は不幸体質のおかげか、ちょっとした護身術なら使えるのだ。
「ぐっ!?」
男が怯み、リュックから手から離れる。
それを拾い、叫んでいた男の所へ行く。
「これ…」
「ああ、俺のだ。助かったよ、ありがとう。」
「え?っっっ!?」
突然、腹部に痛みが走る。
男はにっこりと微笑み、月へナイフを刺す。
(しまった…助けるべき相手じゃなかった。)
おそらく、さっき投げ飛ばしたのは私服警官。
目の前にいる笑顔でナイフを刺してきたのは紛れもなく悪い人。
「っ!!」
痛みを我慢しながら逃すまいと犯人の手を捕まえる。
「このっ!!放せっ!!」
男は逃げようと必死で刺しているナイフをぐりぐりと動かしてくる。
「っ!!いっ、あっ!!」
激痛に身体を侵され、視界がぼんやりとする。
と、その時だった。
「おい…」
と、低い声が響く。
「あ…」
そこには凛が立っていた。
「お前、何してやがる。」
凛の問いに男は慌てる。
「こ、こいつがいきなり襲いかかってきたんだ!正当防衛だよ。」
「はは、そうかよ。」
凛はニイっと笑うと男へ頭突きを一発。
「いっ!?い…って…な、何しやがる!」
「ハッ!何しやがる…だあ?そりゃこっちの台詞だね。俺様の連れに随分なコトしてくれやがって。」
お返ししなきゃなっと凛は男に笑う。
「くっ!」
男は部が悪いと見たのか走って逃げ出す。
「おい、月。“すねこすり”を使え。」
「すねこすり?」
「その名の通り、人の脛を擦って移動を邪魔する妖怪だ。そいつで逃げたあいつの足止めをするんだ。そして俺様がその隙に取っ捕まえる。」
「…分かった。やってみる。」
月は鞄から本を取り出す。
「すねこすり、助けて」
ページを開き、名を呼ぶとピンク色の髪をツインテールにした可愛い女の子が出てきた。
「あの走っていく人を止めて。」
月が言うと女の子は頷き走る。
女の子はすばしっこくてすぐに男に追いつく。
「うわっ!?な、なんだお前っ!?」
小さな女の子に足元にまとわりつかれて男は困惑し、立ち止まる。
「捕っかまえた~♪」
その隙に凛は男の背後にいて腕を掴んでいた。
しかも、小脇に月が投げ飛ばした男性を抱えている。
力持ちだ。
「け、警察だ。お前を麻薬所持の疑いで」
男性が言いかけている時だった。
「もっと確実な罪で逮捕できるでしょう?」
凛とした女性の声が響く。
「この子の怪我、充分殺人未遂及び傷害罪で通るんじゃない?」
女性は月を見ながらそう言う。
「げ…」
凛はその女性と目を合わせまいとそっぽを向く。
「あらあら、誰かと思えば凛じゃない。」
女性はそれに気づきわざと声をかける。
「え、凛の知り合い?」
月は凛へ問いかける。
「警察なんて探偵してりゃ嫌でも会うだろ。」
「うん、でも名前呼んでたし…」
「腐れ縁って奴だ。その…ほら、あれだ…幼馴染とかいうやつ。」
「そっか。安心した。」
と月は笑う。
「は?安心?」
意味が分からず、凛は問いかける。
「昔何かして警察にお世話になってたのかなって思って。」
「はあっ!?」
月の言葉に凛は驚く。
何をどう捉えたらそんな話に行き着くのだろうと。
「ふ、クス…アハハっ」
そのやりとりに女性警官は耐えきれず笑い出す。
「ああ、すまない。面白くてつい、ね。それよりも君を病院に連れて行かなきゃね。」
月へ手を伸ばすがその手は凛によって払いのけられる。
「お、俺が連れていく。触るな、聖!」
「凛?何怒ってるの?」
「お、怒ってねよ…」
凛を無視して女性警官は月の手を握る。
「まあ、また会うでしょうし名乗らせて貰うわ。私は目阿弥聖(もくあみひじり)よ。ちなみに“目目連”って妖怪なの。」
「目目連って障子にいくつもの目があるって言われてるやつ?」
「そうよ。この目のおかげで情報収集と逮捕が得意なの。だから貴女が私を召喚してくれるの楽しみにしてるわ。」
聖はにこやかにそう笑うと犯人を連れ、パトカーに乗って行ってしまった。
2人はそれを見送り、湊のいる病院へと向かった。
❇︎
「大丈夫。そんなに傷は深くない。多分運良く何かがクッションの様になったんだろう。」
「…もしかして。」
月は上着のポケットを探る。
中から小さな紙袋が出てきた。
紙袋は血で染まっていた。
「あーあ…」
「どうしたんだよ?」
明らかに落胆した月。
「え?えーっと…本当はね、この中に入ってるのをプレゼントにって思ってたんだけど…。はは、壊れてるみたい。」
月はそう言いながら紙袋をゴミ箱に捨てようとしたのを凛が慌てて止める。
「くれるんだろ?なんで捨てるんだよ。」
「だって壊れてるし、私の血で汚れてるし…」
「いいから。」
凛は月の手から紙袋を取り上げる。
中身を取り出して洗うと、少しヒビの入った緑色の石と、その付属品であった安全ピンや金具が姿を現した。
「…このくらいなら直せる。」
湊は引き出しからピンセットと瞬間強力接着剤を出し、手早く直してくれた。
「ほら」
「おう、サンキューな!」
凛はブローチを受け取る。
「…よかった。」
月は紙袋からもう一つのブローチを取り出して洗う。
それも凛のブローチ同様壊れていた。
色は淡い水色だった。
「なんだ、まだ直すのがあったのか。貸してみろ。」
湊は慣れた手つきでそのブローチも直していく。
「なんか慣れてますね。」
「ああ、何処ぞの馬鹿がよく物を壊すからな。」
湊はそう言いながらチラチラと凛を見る。
どうやら凛は物を壊す常習犯の様だ。
「あー、あ、そのブローチは月の形なんだな。」
話題を誤魔化そうと凛は話をふる。
「うん、湊先生に…。その、迷惑じゃなければ、だけど。」
「なんだよ、てっきり俺とお前で揃えてあるのかと思ったぜ。」
「2人にはこれからお世話になるから…その、ちょっとした気持ち。」
月は照れ臭くて下を向きながら言う。
「私にも…か?」
「今までもだけど、これから主治医になるって凛から聞いて。」
「ああ、緑川凛とは古い付き合いでな。ま、所謂幼馴染というやつだ。…ブローチありがとう。大切にさせてもらうよ。」
「ん?」
月は“幼馴染”という湊の言葉に気づいた。
「もしかして聖さんとも?」
「なんだ、知り合ったのか。目阿弥聖と…」
気のせいか湊の声が低い。
「今日お会いして凛の幼馴染って言ってたの思い出して、もしかしたら先生もそうなのかなって。」
「…まあ、幼馴染だがアイツと私は犬猿の仲だし、緑川凛とは職業柄相入れない。私とは性格上どうしても合わない。」
不機嫌に答える湊。低い声はやはり機嫌の悪さであった。
「でもよー、あいつは月のコト気に入ったみたいだぜ?」
「そりゃそうだろうさ。私も気に入ってるんだから。」
「はい?」
湊の言葉の意味を理解出来ず月は思わず聞き返す。
「…山南と聖は好みや性格が似てるんだ。ま、性格って言っても根本的なもんは違うけどな。」
「つまり、だ。私と聖の好みはほぼ一緒ってわけだ。…認めたくはないがな。私はお前に興味がある。つまりそういうことなのだろう。」
「根本的な部分が違うって凛は言ってたけど。」
「ああ、山南は基本、“人が好き”なんだ。だから医者をして人を助けてる。だが聖は違う。あいつは“人はおもちゃ”としか見てない。警察って立場を利用して遊んでやがるんだ。」
「…悪い人には見えなかったけれど。」
「あれはまだ全然素じゃねえからだ。」
兎に角気をつけろっと凛は念を押す。
月は黙って頷くしかなかった。
❇︎
そして、月が揃えた物品で必要なものも揃い、正式に探偵として働く日、凛が“気をつけろ”と言っていた人物こと“目阿弥聖”が事務所へと来た。
「呼ばれなくて寂しいから来ちゃった♪」
「帰れ。」
上機嫌な聖とは対照に凛はかなり不機嫌である。
「あら、河童には用事ないんだけど?」
「ここは俺の事務所だ!」
「ところで、月ちゃんに依頼があるの。」
怒る凛をガン無視し、聖は言う。
「この前逮捕した男…あ、月ちゃんを指したゴミのことね。」
月は耳を疑う。
(え?ご、ゴミ?き、聞き間違いだよね?)
「そのゴミに仲間が居てね。そいつら、大量の麻薬を売買してるらしいの。」
(…聞き間違いじゃなかった。)
「そこまでは良いんだけれど、居場所が分からない。そこで、月ちゃんに“雪女”を読んで欲しいの。私よりも情報収集に長けているから。」
「分かりました。」
月は本を取り出し、ページをめくる。
「雪女」
「お呼びでしょうか?」
本から冷気と共に忍者の様に格好をした少女が現れた。水色がかった銀髪を一つに束ね、見ただけで凍てつきそうなアイスブルーの瞳をしている。
「貴女が雪女?」
「はい、雪女の“白雪零”(しらゆきれい)です。貴女様の手足となりましょう、頭領。」
「と、頭領!?」
「はい、どうかなさいました?」
流石に頭領は恥ずかしい。
「あの…私の名前で呼んで。月って。」
「御意。月様とお呼び致します。」
雪女は時代劇で家臣が殿の前にいる時みたいに片膝をついている。
「ありがとう。早速だけど、聖さんに力を貸してあげて。」
「御意」
「ありがとう。写真のやつらの居場所を探して欲しい。大麻所持で一回逮捕してたんだがこの前懲役が終わって出たばかりだから近場だとは思うけど私じゃ見つけきれなかったわ、悔しいことにね。」
聖はそう言って写真を零に渡す。
「分かり次第連絡します。」
そう言って零は行ってしまった。
❇︎
零から連絡がきたのは探索に出て3時間後だった。
見つけたとのことだった。
「御苦労。ひっ捕らえにい行く!」
聖は場所を聞くなりものすごいスピードで事務所を出た。
ウサインボルトもびっくりなスピードである。
慌てて月は後を追う。
「あ、コラっ!!」
凛も月を追って事務所から飛び出した。
2人が追いついた頃には、犯人は聖に拘束され、踏まれていた。
「…心配なかったね。」
「あ?もしかしてコイツのこと心配して追ったのか?」
「うん。…変だったかな?」
「あのなあ…、俺達は探偵!警察でもねえの。」
「それは知ってるよ。」
「俺達に出来るのは“解決”まで。後のことは邪魔にしかならねえよ。」
「でも…私は探偵としてじゃなくて、1人の人間として聖さんが心配なの。」
「…あーもう!勝手にしろ。」
凛は渋々、月をとめていた手を引っ込めた。
月は聖の元へ行く。
まあ、見ての通り聖は犯人を捕まえて踏んでいるわけだが。
「月ちゃんの協力のおかげで助かったわ。ありがとう。」
「いえ、私はただ雪女を呼んだだけで…え?」
月はとある違和感に気付いた。
(なんか少し顔色が悪い気がする。)
「聖さん…あ」
月は聖の手から血が出ているのに気付いた。
「っ!!手当てしなきゃ!!」
月は慌てて本を開く。
「ちなみに言っとくが、山姥の山南を召喚したら山南も聖も絶対怒るぞ。」
と慌てて凛が言ってくれる。
(危なかった。湊先生を呼ぶとこだった。)
「…あ、そうだわ。」
月はとある妖怪の話を思い出した。
“鎌鼬”
人を転ばせ、切って怪我を負わせるがその怪我に薬を塗って治していくという妖怪である。
すぐに治るという話でその薬があればきっと聖の怪我も良くなる筈だと考えたのである。
「“鎌鼬”」
月が呼ぶと深い緑の髪に忍者みたいな格好をし、鋭い目つきをした女性が現れた。
(なんか見覚えが…いや、でもこんな無表情で怖そうな人見たことない。)
「あ、あの、鎌鼬って確か薬を塗って怪我を治すことが出来るんだよね?」
「ええ、まあ。」
「良かった。聖さんがてを怪我してるの。だから直して欲しいんだけど…。」
「…はい、では。」
鎌鼬は懐から小さな壷を取り出す。
蓋を開け、中に入っている薄い黄色の塗り薬を聖の手へ塗ってくれた。
すると、たちまち傷は癒えて綺麗に無くなった。
「す、すごい。」
「任務は以上ですか?」
「え?あ…うん。ありがとうございました。」
「では、私はこれで。又ご用命の際にお呼びください。」
帰ろうとする鎌鼬を月は慌てて止める。
「ま、待って。私、貴女と会ったことある気がするの。」
「…やはり気づいてませんでしたか。私は山南先生の所で働いている薬剤師です。」
「え…?あ、ああ」
戸惑っている月に鎌鼬はため息をつく。
「…無表情だって思いました?仕事の時は笑顔なのにって。…あれ、営業仕様なんで。素はこっちなんです。」
それだけ言い残し鎌鼬は姿を消した。
「あいつは“鎌太刀希流(かまいたちきる)”。名前でよくからかわれるみたいで名前嫌いらしく名乗らないんだ、あいつ。」
と、凛が教えてくれた。
「…何はともあれ、協力ありがとう。初めてのお仕事大成功ね。」
聖はにこやかな表情を浮かべ月の頭を撫でる。
「いえ。…でも、もう無茶をしないでください。何かあったら私は…」
月の言葉に聖は驚いた顔になり、そしてまたにこやかな顔になる。
「やっぱり貴女って面白い。変わった子ね。」
「え?」
「私の心配をする人は初めてだわ。私妖怪なのもあって普通の人よりタフなの。だからかしら、人に心配なんかされないわ。貴女を除いて、ね。あ、怪我も治してくれてありがとう。」
「…聖さん。」
月は悲しそうに目を伏せる。
「ああ、そんな悲しい顔しないで。心配いらないくらい私は強いから。」
「それでも…私は心配です。余計なお世話かもですが、どうしても気になるんです。」
「ふふ、嬉しいわよ。ありがとう。大丈夫よ、無茶な時は貴女に助けを求めることにするわ。」
「うん。」
嬉しそうな月の顔を確認すると、聖は犯人を連れてその場を後にした。
そう、これが初めての依頼だった。
大成功の余韻に月は浸っているのだった。
❇︎
月はその日、探偵事務所の必要物資を買いに商店街に来ていた。
「まさか冷蔵庫に胡瓜しかなくて食器やパソコンもないなんてね。」
というのも、凛と会ったあと、事務所に案内され、適当に使ってくれと言われ見たものの、冷蔵庫と中に大量の胡瓜しかなかったのだった。
とりあえず、家から食材やお茶っ葉、ノートパソコンを運び設置はした。
今は、食器等やインテリア系のものを買っているところだった。
買い終わった物資を一旦車に積んで月はとある場所へと向かう。
向かった先はアンティークショップ。
ウィンドウの中には様々な装飾品が飾られている。
そのウィンドウの中にあるブローチを月は見ていた。
ブローチは星のモチーフをしたエメラルドグリーンの石がはまっているものと月のモチーフの青い石のはまっているものと2種類あった。
「…すいません、ショウウィンドウの中のですが」
月は2つのブローチを買う為にアンティークショップへと足を運んでいた。
「よし、これでとりあえず買っとくものは大丈夫そうね。」
月が嬉しそうに呟き、アンティークショップを浮かれ気味に出た時だった。
「誰かそいつを捕まえてくれ!!ひったくりだ!!」
そう叫ぶ男性と黒いリュックを抱えて走ってくる男性がいた。
「…はっ!!」
月は走ってくる男の腕を通りすがりに掴み、そのまま背負い投げ。
月は不幸体質のおかげか、ちょっとした護身術なら使えるのだ。
「ぐっ!?」
男が怯み、リュックから手から離れる。
それを拾い、叫んでいた男の所へ行く。
「これ…」
「ああ、俺のだ。助かったよ、ありがとう。」
「え?っっっ!?」
突然、腹部に痛みが走る。
男はにっこりと微笑み、月へナイフを刺す。
(しまった…助けるべき相手じゃなかった。)
おそらく、さっき投げ飛ばしたのは私服警官。
目の前にいる笑顔でナイフを刺してきたのは紛れもなく悪い人。
「っ!!」
痛みを我慢しながら逃すまいと犯人の手を捕まえる。
「このっ!!放せっ!!」
男は逃げようと必死で刺しているナイフをぐりぐりと動かしてくる。
「っ!!いっ、あっ!!」
激痛に身体を侵され、視界がぼんやりとする。
と、その時だった。
「おい…」
と、低い声が響く。
「あ…」
そこには凛が立っていた。
「お前、何してやがる。」
凛の問いに男は慌てる。
「こ、こいつがいきなり襲いかかってきたんだ!正当防衛だよ。」
「はは、そうかよ。」
凛はニイっと笑うと男へ頭突きを一発。
「いっ!?い…って…な、何しやがる!」
「ハッ!何しやがる…だあ?そりゃこっちの台詞だね。俺様の連れに随分なコトしてくれやがって。」
お返ししなきゃなっと凛は男に笑う。
「くっ!」
男は部が悪いと見たのか走って逃げ出す。
「おい、月。“すねこすり”を使え。」
「すねこすり?」
「その名の通り、人の脛を擦って移動を邪魔する妖怪だ。そいつで逃げたあいつの足止めをするんだ。そして俺様がその隙に取っ捕まえる。」
「…分かった。やってみる。」
月は鞄から本を取り出す。
「すねこすり、助けて」
ページを開き、名を呼ぶとピンク色の髪をツインテールにした可愛い女の子が出てきた。
「あの走っていく人を止めて。」
月が言うと女の子は頷き走る。
女の子はすばしっこくてすぐに男に追いつく。
「うわっ!?な、なんだお前っ!?」
小さな女の子に足元にまとわりつかれて男は困惑し、立ち止まる。
「捕っかまえた~♪」
その隙に凛は男の背後にいて腕を掴んでいた。
しかも、小脇に月が投げ飛ばした男性を抱えている。
力持ちだ。
「け、警察だ。お前を麻薬所持の疑いで」
男性が言いかけている時だった。
「もっと確実な罪で逮捕できるでしょう?」
凛とした女性の声が響く。
「この子の怪我、充分殺人未遂及び傷害罪で通るんじゃない?」
女性は月を見ながらそう言う。
「げ…」
凛はその女性と目を合わせまいとそっぽを向く。
「あらあら、誰かと思えば凛じゃない。」
女性はそれに気づきわざと声をかける。
「え、凛の知り合い?」
月は凛へ問いかける。
「警察なんて探偵してりゃ嫌でも会うだろ。」
「うん、でも名前呼んでたし…」
「腐れ縁って奴だ。その…ほら、あれだ…幼馴染とかいうやつ。」
「そっか。安心した。」
と月は笑う。
「は?安心?」
意味が分からず、凛は問いかける。
「昔何かして警察にお世話になってたのかなって思って。」
「はあっ!?」
月の言葉に凛は驚く。
何をどう捉えたらそんな話に行き着くのだろうと。
「ふ、クス…アハハっ」
そのやりとりに女性警官は耐えきれず笑い出す。
「ああ、すまない。面白くてつい、ね。それよりも君を病院に連れて行かなきゃね。」
月へ手を伸ばすがその手は凛によって払いのけられる。
「お、俺が連れていく。触るな、聖!」
「凛?何怒ってるの?」
「お、怒ってねよ…」
凛を無視して女性警官は月の手を握る。
「まあ、また会うでしょうし名乗らせて貰うわ。私は目阿弥聖(もくあみひじり)よ。ちなみに“目目連”って妖怪なの。」
「目目連って障子にいくつもの目があるって言われてるやつ?」
「そうよ。この目のおかげで情報収集と逮捕が得意なの。だから貴女が私を召喚してくれるの楽しみにしてるわ。」
聖はにこやかにそう笑うと犯人を連れ、パトカーに乗って行ってしまった。
2人はそれを見送り、湊のいる病院へと向かった。
❇︎
「大丈夫。そんなに傷は深くない。多分運良く何かがクッションの様になったんだろう。」
「…もしかして。」
月は上着のポケットを探る。
中から小さな紙袋が出てきた。
紙袋は血で染まっていた。
「あーあ…」
「どうしたんだよ?」
明らかに落胆した月。
「え?えーっと…本当はね、この中に入ってるのをプレゼントにって思ってたんだけど…。はは、壊れてるみたい。」
月はそう言いながら紙袋をゴミ箱に捨てようとしたのを凛が慌てて止める。
「くれるんだろ?なんで捨てるんだよ。」
「だって壊れてるし、私の血で汚れてるし…」
「いいから。」
凛は月の手から紙袋を取り上げる。
中身を取り出して洗うと、少しヒビの入った緑色の石と、その付属品であった安全ピンや金具が姿を現した。
「…このくらいなら直せる。」
湊は引き出しからピンセットと瞬間強力接着剤を出し、手早く直してくれた。
「ほら」
「おう、サンキューな!」
凛はブローチを受け取る。
「…よかった。」
月は紙袋からもう一つのブローチを取り出して洗う。
それも凛のブローチ同様壊れていた。
色は淡い水色だった。
「なんだ、まだ直すのがあったのか。貸してみろ。」
湊は慣れた手つきでそのブローチも直していく。
「なんか慣れてますね。」
「ああ、何処ぞの馬鹿がよく物を壊すからな。」
湊はそう言いながらチラチラと凛を見る。
どうやら凛は物を壊す常習犯の様だ。
「あー、あ、そのブローチは月の形なんだな。」
話題を誤魔化そうと凛は話をふる。
「うん、湊先生に…。その、迷惑じゃなければ、だけど。」
「なんだよ、てっきり俺とお前で揃えてあるのかと思ったぜ。」
「2人にはこれからお世話になるから…その、ちょっとした気持ち。」
月は照れ臭くて下を向きながら言う。
「私にも…か?」
「今までもだけど、これから主治医になるって凛から聞いて。」
「ああ、緑川凛とは古い付き合いでな。ま、所謂幼馴染というやつだ。…ブローチありがとう。大切にさせてもらうよ。」
「ん?」
月は“幼馴染”という湊の言葉に気づいた。
「もしかして聖さんとも?」
「なんだ、知り合ったのか。目阿弥聖と…」
気のせいか湊の声が低い。
「今日お会いして凛の幼馴染って言ってたの思い出して、もしかしたら先生もそうなのかなって。」
「…まあ、幼馴染だがアイツと私は犬猿の仲だし、緑川凛とは職業柄相入れない。私とは性格上どうしても合わない。」
不機嫌に答える湊。低い声はやはり機嫌の悪さであった。
「でもよー、あいつは月のコト気に入ったみたいだぜ?」
「そりゃそうだろうさ。私も気に入ってるんだから。」
「はい?」
湊の言葉の意味を理解出来ず月は思わず聞き返す。
「…山南と聖は好みや性格が似てるんだ。ま、性格って言っても根本的なもんは違うけどな。」
「つまり、だ。私と聖の好みはほぼ一緒ってわけだ。…認めたくはないがな。私はお前に興味がある。つまりそういうことなのだろう。」
「根本的な部分が違うって凛は言ってたけど。」
「ああ、山南は基本、“人が好き”なんだ。だから医者をして人を助けてる。だが聖は違う。あいつは“人はおもちゃ”としか見てない。警察って立場を利用して遊んでやがるんだ。」
「…悪い人には見えなかったけれど。」
「あれはまだ全然素じゃねえからだ。」
兎に角気をつけろっと凛は念を押す。
月は黙って頷くしかなかった。
❇︎
そして、月が揃えた物品で必要なものも揃い、正式に探偵として働く日、凛が“気をつけろ”と言っていた人物こと“目阿弥聖”が事務所へと来た。
「呼ばれなくて寂しいから来ちゃった♪」
「帰れ。」
上機嫌な聖とは対照に凛はかなり不機嫌である。
「あら、河童には用事ないんだけど?」
「ここは俺の事務所だ!」
「ところで、月ちゃんに依頼があるの。」
怒る凛をガン無視し、聖は言う。
「この前逮捕した男…あ、月ちゃんを指したゴミのことね。」
月は耳を疑う。
(え?ご、ゴミ?き、聞き間違いだよね?)
「そのゴミに仲間が居てね。そいつら、大量の麻薬を売買してるらしいの。」
(…聞き間違いじゃなかった。)
「そこまでは良いんだけれど、居場所が分からない。そこで、月ちゃんに“雪女”を読んで欲しいの。私よりも情報収集に長けているから。」
「分かりました。」
月は本を取り出し、ページをめくる。
「雪女」
「お呼びでしょうか?」
本から冷気と共に忍者の様に格好をした少女が現れた。水色がかった銀髪を一つに束ね、見ただけで凍てつきそうなアイスブルーの瞳をしている。
「貴女が雪女?」
「はい、雪女の“白雪零”(しらゆきれい)です。貴女様の手足となりましょう、頭領。」
「と、頭領!?」
「はい、どうかなさいました?」
流石に頭領は恥ずかしい。
「あの…私の名前で呼んで。月って。」
「御意。月様とお呼び致します。」
雪女は時代劇で家臣が殿の前にいる時みたいに片膝をついている。
「ありがとう。早速だけど、聖さんに力を貸してあげて。」
「御意」
「ありがとう。写真のやつらの居場所を探して欲しい。大麻所持で一回逮捕してたんだがこの前懲役が終わって出たばかりだから近場だとは思うけど私じゃ見つけきれなかったわ、悔しいことにね。」
聖はそう言って写真を零に渡す。
「分かり次第連絡します。」
そう言って零は行ってしまった。
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零から連絡がきたのは探索に出て3時間後だった。
見つけたとのことだった。
「御苦労。ひっ捕らえにい行く!」
聖は場所を聞くなりものすごいスピードで事務所を出た。
ウサインボルトもびっくりなスピードである。
慌てて月は後を追う。
「あ、コラっ!!」
凛も月を追って事務所から飛び出した。
2人が追いついた頃には、犯人は聖に拘束され、踏まれていた。
「…心配なかったね。」
「あ?もしかしてコイツのこと心配して追ったのか?」
「うん。…変だったかな?」
「あのなあ…、俺達は探偵!警察でもねえの。」
「それは知ってるよ。」
「俺達に出来るのは“解決”まで。後のことは邪魔にしかならねえよ。」
「でも…私は探偵としてじゃなくて、1人の人間として聖さんが心配なの。」
「…あーもう!勝手にしろ。」
凛は渋々、月をとめていた手を引っ込めた。
月は聖の元へ行く。
まあ、見ての通り聖は犯人を捕まえて踏んでいるわけだが。
「月ちゃんの協力のおかげで助かったわ。ありがとう。」
「いえ、私はただ雪女を呼んだだけで…え?」
月はとある違和感に気付いた。
(なんか少し顔色が悪い気がする。)
「聖さん…あ」
月は聖の手から血が出ているのに気付いた。
「っ!!手当てしなきゃ!!」
月は慌てて本を開く。
「ちなみに言っとくが、山姥の山南を召喚したら山南も聖も絶対怒るぞ。」
と慌てて凛が言ってくれる。
(危なかった。湊先生を呼ぶとこだった。)
「…あ、そうだわ。」
月はとある妖怪の話を思い出した。
“鎌鼬”
人を転ばせ、切って怪我を負わせるがその怪我に薬を塗って治していくという妖怪である。
すぐに治るという話でその薬があればきっと聖の怪我も良くなる筈だと考えたのである。
「“鎌鼬”」
月が呼ぶと深い緑の髪に忍者みたいな格好をし、鋭い目つきをした女性が現れた。
(なんか見覚えが…いや、でもこんな無表情で怖そうな人見たことない。)
「あ、あの、鎌鼬って確か薬を塗って怪我を治すことが出来るんだよね?」
「ええ、まあ。」
「良かった。聖さんがてを怪我してるの。だから直して欲しいんだけど…。」
「…はい、では。」
鎌鼬は懐から小さな壷を取り出す。
蓋を開け、中に入っている薄い黄色の塗り薬を聖の手へ塗ってくれた。
すると、たちまち傷は癒えて綺麗に無くなった。
「す、すごい。」
「任務は以上ですか?」
「え?あ…うん。ありがとうございました。」
「では、私はこれで。又ご用命の際にお呼びください。」
帰ろうとする鎌鼬を月は慌てて止める。
「ま、待って。私、貴女と会ったことある気がするの。」
「…やはり気づいてませんでしたか。私は山南先生の所で働いている薬剤師です。」
「え…?あ、ああ」
戸惑っている月に鎌鼬はため息をつく。
「…無表情だって思いました?仕事の時は笑顔なのにって。…あれ、営業仕様なんで。素はこっちなんです。」
それだけ言い残し鎌鼬は姿を消した。
「あいつは“鎌太刀希流(かまいたちきる)”。名前でよくからかわれるみたいで名前嫌いらしく名乗らないんだ、あいつ。」
と、凛が教えてくれた。
「…何はともあれ、協力ありがとう。初めてのお仕事大成功ね。」
聖はにこやかな表情を浮かべ月の頭を撫でる。
「いえ。…でも、もう無茶をしないでください。何かあったら私は…」
月の言葉に聖は驚いた顔になり、そしてまたにこやかな顔になる。
「やっぱり貴女って面白い。変わった子ね。」
「え?」
「私の心配をする人は初めてだわ。私妖怪なのもあって普通の人よりタフなの。だからかしら、人に心配なんかされないわ。貴女を除いて、ね。あ、怪我も治してくれてありがとう。」
「…聖さん。」
月は悲しそうに目を伏せる。
「ああ、そんな悲しい顔しないで。心配いらないくらい私は強いから。」
「それでも…私は心配です。余計なお世話かもですが、どうしても気になるんです。」
「ふふ、嬉しいわよ。ありがとう。大丈夫よ、無茶な時は貴女に助けを求めることにするわ。」
「うん。」
嬉しそうな月の顔を確認すると、聖は犯人を連れてその場を後にした。
そう、これが初めての依頼だった。
大成功の余韻に月は浸っているのだった。
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