女神に愛された災厄級わがままイケメン皇子だけど、なぜか民にも愛されてます!?

水無月 星璃

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第一話「真冬の都で桜を満開にせよ!」

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【序幕:第五皇子のわがままと側近たちの胃痛】

「よいか、私の言葉は神の言葉と心得よ!」

ババーンッ!!
と、効果音が鳴り響きそうなセリフが、朝の光が差し込む金烏きんう京のとある居室に響いた。
声の主は、部屋の主であり、この国の第五皇子──瑠璃宮綾仁るりのみや あやひと
綾仁あやひとは艶やかな黒髪を優雅に揺らし、澄んだ美しい瞳を輝かせながら、三人の側近に尊大さMAXで言い放つ。

「私は花見がしたい! すぐに桜を満開にせよ!」

綾仁あやひとは神が作りたもうた奇跡だ。
とある女神が自分の観賞用に“外見だけ”を重視して創造した、中性的な魅力を持つ国宝級の美男子。
これでもかと美辞麗句を並べ立てたくなるほどの、それこそ神や妖魔ですら虜にしてしまいそうな完璧すぎる美貌を前に、側近たちは今日もまた言葉を失う。

皇子に心酔する者は誰もが鼻息を荒くしながら、口を揃えて次のようにその美しさを語る。
(脳内での倍速再生、または読み飛ばしを推奨する。by側近's)

「あの御方の美しさを、我らなどが口にするのも烏滸おこがましいが──。カラスの濡れ羽色をした黒髪に、透き通るように白い肌。形の良い眉と、通った鼻筋に小さめの小鼻、薄めだが赤く熟れた蠱惑的な唇。愁いを帯びた涼やかな瞳と左目の下の泣き黒子が色っぽく、頬はほんのり桜色。少し童顔気味かつ儚げな顔立ちで、それがまた倒錯的で悩ましい色気を放っていらっしゃる。背丈は男性の平均より少しだけ低め。かつ細身でどこか頼りなく、それがひどく庇護欲をそそる──。 そして、高すぎず低すぎず、耳朶を擽る甘い声もまた、皇子の魅力を増幅させている! ああ、皇子──。本日も実に、実に麗しい!!」

(((これを一息で言うのだから、本当に奴らはどうかしている──。)))

うっとりとしながら主の容姿を賛美する信者たちに、側近たちは辟易していたが、そんな彼らですらつい見惚れてしまうほど、確かに皇子は美しかった。
だが、その麗しい唇から零れる言葉は、あまりにも横暴すぎて。

「お前たち、何を呆けている? すぐに何とかせよ!」

不機嫌そうな声が響き、側近たちはすぐに現実に引き戻された。

お察しの通り、この皇子、見た目は国宝級の美しさ、されど性格は災厄級の超わがまま。
いわゆる“残念なイケメン”なのである。

三人の側近は、それぞれ訳あってここ半年以内に皇子の傍付きになったのが、最低でも月に1度はとんでもないわがままが炸裂するので、気苦労が絶えない。
しかも、今回のわがままは今までにないほどの無理難題である。

「殿下、またそのようなわがままを──。」

冷静沈着な側近筆頭、藤原経直ふじわら の つねなおが深いため息をついた。
若くして左大臣派閥で頭角を現した切れ者の彼ですら、この皇子の相手をしていると胃薬が手放せない。

「何を言う。これは決してわがままではない。──そう、神の啓示なのだ!」

(((いや、わがままでしかないから!! あと、絶対ただの思い付きだろ!?)))

側近たちは一斉に心の中でツッコミを入れる。

「そのような発言は神の怒りに触れますよ。そろそろ皇子としてのご自覚をお持ちください。」
経直つねなおはいちいちうるさいな。言われずともわかっている。」
「わかっていらっしゃらないから、申し上げているのです。」

経直つねなおはうんざりした様子で頭を抱えた。

もはや朝の恒例行事となった主従の不毛な会話。

風雅を愛する在原理景ありわら の まさかげが苦笑いを浮かべながら扇子をひらりと振る。
この男、一見優男風だが、その笑顔の奥には確実に曲者くせものの気配が漂っている。

「あっはっは!さすがは殿下。また、とんでもないことをおっしゃいますね。まるで、かぐや姫だ。寿命が縮みそうです。」
「何を言うか、私は男だぞ? まあ、かぐや姫に劣らぬ美しさなのは間違いないがな!」
「ハハハ──。おっしゃる通りです。」

理景まさかげの乾いた笑いを気にも留めず、綾仁あやひとは言葉を続けた。

「それから、お前たちにはまだまだ私のために働いてもらわねばならないからな。体調管理を怠るなよ?」

(そう思うなら少しは自重してください、殿下。)

喉まで出かかった言葉を飲み込み、理景まさかげは優雅に微笑んだ。

「もちろんです、殿下。ご心配、痛み入ります。」
「うむ、苦しゅうない!」

機嫌よく答える綾仁あやひとに、最年少の側近がすかさずツッコミを入れる。

「殿下、いくらなんでもそれは無茶苦茶ですよ!」

実直な性格が災いして左遷された、元武官の壬生忠成みぶの ただなりだ。
まだ二十歳に満たない彼は、若く血気盛んな分、皇子相手でも遠慮がない。

「お考え直しを! 今は《しわす》ですよ? 雪がちらついているというのに、桜なんて咲きませんて! そんなの物理的に不可能です!」
「だから、それをなんとかしろと言っているのだ。そなたは頭が悪いのか?」

綾仁あやひとはまったく悪びれもせず、きょとんとした顔で言い放つ。
あまりにもあっけらかんと返されて、二の句が継げなくなった忠成ただなりは、「……ぐうっ」と唸り声を上げて、ガックリと肩を落とした。

その時──

\\ ガッシャーン!! //

朝っぱらから頭痛と胃痛に苛まれる側近たちのどんよりした空気を切り裂くように、豪快な音が響いた。

「はわわ、殿下、すみません!」

上ずった声とともに、新米女官、葛葉くずはがオロオロしながら姿を現した。
年の頃は十二、三だろうか。
まだあどけなさを残す顔立ちに、くりくりとした大きな目が愛らしい少女である。

「あたし、またやっちゃいました……。」

どうやら、運んできた朝餉あさげの膳をひっくり返してしまったらしい。
すると、青ざめて立ち尽くす少女の隣に、すっとベテラン風の女官がやってきて恭しく頭を下げた。

「殿下、おはようございます。朝から大変失礼いたしました。すぐに替えの膳をお持ちいたします。」
菖蒲あやめか。よきにはからえ!」
「はい。……まったく、困った子だこと。葛葉くずは、すぐに片付けなさい。」
「は、はいっ!ホントにホントに、すみませんでした!」

菖蒲あやめと呼ばれた先輩女官に叱られてしょんぼりしながら、葛葉くずははすぐさま床に這いつくばり、割れた食器の破片に手を伸ばした。
皇子や側近たちの刺さるような視線を感じる中、ただ黙々と手を動かす。
恥ずかしさで顔を上げられず、大きな瞳に涙が滲んだ。
バレないようにそっと鼻をすすると、ふいに声がかかった。

葛葉くずは、怪我をしないように気を付けるのだぞ?」

はっとして顔を上げると、心配そうに眉を下げた綾仁あやひとが、葛葉くずはをじっと見つめていた。

「ひ、ひゃい!! あ、ありがとうございます、殿下!」

潤んだ目からハラハラと涙が零れ落ちた。
それを見て、綾仁あやひとは慌てふためいた。

「ど、どうした!? 怪我をしたのか!?  おい、誰か──。」
「だ、大丈夫です!」

綾仁あやひとの言葉を慌てて遮り、涙を拭くと、葛葉くずはは嬉しそうに微笑んだ。

「その、お気遣いが嬉しくて!」
「ふむ、そうか。葛葉くずはは素直でよいな!」
「えへへ。それだけが取り柄なんです!」

そんな、ほんわかしたやり取りを微笑ましく見守っている側近たちの反応はというと──。

((( ここで優しさ発動かっ!! この皇子、わがままさえ言わなきゃ、悪い人ではないんだけどなあ……。 )))

であった。

綾仁あやひとは、たまにこういう優しさを見せることがある。
だからこそ、どんなわがままを言われても、側近たちは綾仁あやひとを嫌いにはなれないのだった。

気を取り直し、経直つねなおが再び綾仁あやひとに進言する。

「改めて申し上げます。殿下、本物の桜を用意するのは無理でございます。造花で我慢してください。」
「嫌だ。」
「……ははっ、気持ちがいいくらいバッサリですねえ。」
理景まさかげ、笑い事じゃないって! 殿下、思い直してくださいよ!」
「あの、でもでも。殿下のお言葉ですから、きっと何かすごい意味があるんですよね? ありますよね?」

皇子と三人の側近の言い合いに、ようやく膳の片づけを終えた葛葉くずはが恐る恐る口を挟んだ。

「うむ。葛葉くずははよくわかっているな。その通りだ!」
「やっぱり! 殿下、すごいです! さすがです!」
「はっはっは。もっと褒めて良いぞ?」

目をキラキラと輝かせる葛葉くずはにまんざらでもない様子で答え、綾仁あやひとはゴロンと横になる。
優雅に扇を煽る主君にジト目を向ける側近たちの心の内は、満場一致で

(((すごい意味? そんなもん、あるわけないだろおおおっ!!)))

──だったのは、言うまでもない。

「殿下、しゃんとなさってくださいませ。」

そのタイミングで替えの膳を運んできた菖蒲あやめは、だらしなく横になる綾仁あやひとを見て眉をひそめた。

「気心の知れた者たちしか居ないのだ。少しくらい良いではないか。」
「それでは類まれなる美貌が台無しです。はあ……黙って猫を被っていらっしゃれば、殿下も完璧な御方なのですが……。」
「……同感だ。無理難題さえおっしゃらなければと、私も何度思ったことか。」

経直つねなおが即肯定すると、他の側近二人も首がもげそうなほど強く頷く。
しかし、当の綾仁あやひとは知らん顔。
むしろ、自信満々の表情を浮かべて、薄い唇を蠱惑的に歪めた。

「何を言う。美しい私の役に立てること以上の幸せなどないだろう。」
「……はあ、まあ、殿下がお美しいことは認めますよ。でも、すぐに桜を咲かせろなんて、無理なものは無理ですって!」

何でも美しさで押し通そうとする主に半ば呆れつつ、忠成ただなりが必死に食い下がる。
が、綾仁あやひとは不満そうに口を尖らせるだけで、要求を取りやめる気は無いようだ。

「何を言う。この完璧な美貌を前にして、不可能などという言葉は存在しない!」

意味不明な理屈でそう言い切ると、綾仁あやひとは鏡を手に取り、自分の顔にうっとりと魅入った。

「この美しさ……本当に、罪深いことだな。」

そして、唐突に、まだ見ぬ桜に向かって語りかけ始めた。

「桜よ。私の美しさに気後れして咲けぬのはわかるが、気にせず咲くが良い。私が許す!」

(((さ、桜に語りかけた!? というか、皇子の美貌と桜が咲かないことは全然関係ないのでは!? なんなんだ、このトンチキ皇子──。)))

「さあ、桜に許可は出した。みなの者、さっさと桜を咲かせに行ってまいれ!」

側近たちの心のツッコミをよそに、綾仁あやひとは犬にするように扇でシッシッと彼らを追い払う仕草をする。

「──ああ、姿絵も忘れるなよ?」

と付け加えることも忘れずに。

世の中、顔だけですべてが解決する──わけがない。
だが、本気で自分の美貌がすべてを解決すると信じて疑わない皇子は、側近たちに自分の姿絵を持たせている。
それを見せれば、誰でも言うことをきくはずだと言って。

側近たちが揃って呆れかえったその瞬間、綾仁あやひとの背後に一瞬、まばゆい後光が差した!
──ような気がした。

側近たちは何事かと目を細めたが、その光はすくに消えた。
三人は揃って
(きっと目の錯覚だ。王子の無茶ぶりのせいで疲れているのだろう。)
と思いながら、ため息交じりで首を振った。

後に彼らは知ることになる。

その光こそが、綾仁あやひとを美しきトンチキに創造したもうた女神の、大いなる祝福──
「禍転じて福と為す」、略して“禍転わざてん”という、超チートスキル発動の瞬間であったことを。

「何をグズグズしている。早く行け!」
「……まったく、仕方のない御方だ」

経直つねなおが深々とため息をつきながら、他の側近たちを見回した。

「しょせん、我らに否やを唱える権利などない。理景まさかげ忠成ただなり、行くぞ。」
「はいはい。これは胃薬二倍確定ですね。誰かの弱みでも握って憂さ晴らししないと──。」
「トホホ……こんな生活、いつまで続くんだ──。」

こうして、今日も第五皇子の無理難題に付き合わされる羽目になった側近たちは、菖蒲あやめの同情に満ちた視線と、葛葉くずはの期待に満ちた視線に見送られ、真冬の都で桜を探し回るはめになったのであった。


◇◇◇
【第一幕:側近たち、桜を探す】

雪がちらつく中、側近三人は必死に街を駆け回った。
しかし、市井の人々も、こんな時期に咲いている桜などあるはずないと、口を揃えて言う。

「その御方は随分と横ぼ……いえ、変わった御方ですなあ。みなさまも、ご愁傷さ……んんっ、ご苦労様です」

と、ある商人に気の毒そうな顔で言われたときには、一斉に

「「「それな……!!」」」

と言いそうになった。

それでも、皇子の命令は絶対である。
側近たちは知恵を絞って何とかしようとした。

「あそこの梅はどうでしょう? 梅に似た新種の桜だと言って、誤魔化せませんかね?」

理景まさかげが指差すと、経直つねなおが冷静に返した。

「梅と桜は見た目も香りも違う。さすがに無理がある。それに、梅もようやく蕾ができただけで、まだ咲いてはいない。」
「じゃあ、桜餅を山のように積み上げて、満開の桜と言い張るのはどうだ?」

今度は、忠成ただなりがヤケクソ気味に提案する。

「あなたが餅を食べたいだけでしょう?」
「ち、違うって!」

ニコニコしながらツッコむ理景まさかげに、忠成ただなりは慌てて首を振った。

「先ほどは却下されたが、やはり、質感も匂いもできるだけ本物そっくりの造花を造らせて、対処するしか方法はないか……。」

経直つねなおが苦し紛れに提案するが、理景まさかげは首をひねった。

「一番マシな気はしますが、時間も費用もかなりかかりますよ。それに、殿下はそれで納得なさるでしょうか?」
「……いや、無理だろうな。」

盛大なため息をつく経直つねなおの横で、忠成ただなりがついにキレた。

「ああ、もう! どうしろってんだよ!」

それを、まあまあと宥める理景まさかげも、「今回の命令は、いつも以上に骨が折れますねえ……。」とぼやいて天を仰いだ。
そうして良い案が浮かばないまま、時間ばかりが過ぎて行った。

側近たちがこうして頭を悩ませる一方で、都の街角では、重い税に苦しむ民たちが嘆きの声を上げていた。

「また税が上がるって話だぞ」
「もう払えねえよ」
「子どもたちに食わせるものもない」
「役人どもは私腹を肥やすばかりで」
「このままじゃ正月も迎えられねえ」

街には物乞いの姿も目立ち、店を畳む商人が相次いでいる。
飢饉や流行り病の影響もあって、最近は都どころか国全体に暗い影が落ちていた。

しかし、側近たちは皇子の無理難題の解決に手一杯で、そんな民の苦しみに気を配る余裕がなかった。

「待ってください。あそこの神社はどうでしょうか?」

諦めかけたその時、理景まさかげが古い神社を指差した。

「昔から桜の名所だと言われていますよね。」
「それでも、冬に咲くわけがない。」

経直つねなおが眉をひそめた。
だが、もう万策尽きているのも確かだ。

「ダメで元々です。調べるだけ、調べてみましょう。」
理景まさかげの言う通りだな! 行ってみようぜ。」

理景まさかげの提案に忠成ただなりが同意した。
経直つねなおも、それもそうかと思い直し、一行はそのまま雪の積もった古い神社に向かった。


◇◇◇
【第二幕:財宝発見!悪徳役人の陰謀】

神社の参道は人の気配もなく、ひっそりと静まり返っていた。
そこには確かに、樹齢数百年にはなっていそうな立派な桜の木があった。
が、当然ながら花などひとつも咲いておらず、枯れ枝に花のような雪が積もっているだけだった。

「やはりダメか……」

忠成ただなりが肩を落とした。

「いっそ、桜の精霊にでもお祈りしてみましょうか?」

理景まさかげが冗談交じりに提案すると、真面目な経直つねなおは即座に首を振った。

「現実的ではないな。」
「そもそも、こんな時期に咲いている桜を探すこと自体が現実的ではないんですがねえ……。」

二人がいよいよ困り果てていると、

「ちょっと待て。」

と叫びながら、忠成ただなりが桜の根元を指差した。

「ここ、なんだか土が不自然に盛り上がってないか?」
「本当ですね。」

理景まさかげも、忠成ただなりが指差した先を見て頷いた。

「まるで何かが埋まっているような感じです。」

忠成ただなりが近づいて積もった雪を手で少し払うと、その部分だけ最近掘り返したような痕跡があった。

「分かりにくいけど、土の色も少し違うような……。」
忠成ただなり、良く気付いたな。」
「俺、意外と目は良いんすよ、経直つねなお様。あと、なんか一瞬だけ、こっちから桜の香りが漂って来た気がして──。」
「おや、忠成ただなり。幻の匂いまで嗅いでしまうほど桜餅が食べたかったんですか?」
「違うわ!!」
理景まさかげ忠成ただなり。じゃれていないで、掘ってみよう。」

好奇心に駆られた三人は、近くに落ちている手ごろな石や木片を使い、桜の根元を掘り始めた。
万策尽きて途方に暮れていたこともあり、気分転換になればという軽い気持ちだった。

無心で土を掘っていると、忠成ただなりの胸元から、皇子の姿絵が転び落ちた。

「……おっと、いけね!」

慌てて拾おうと手を伸ばすと、妖艶な笑顔でこちらを見つめる皇子と目が合った。
ドキリと胸が高鳴る。
と同時に、暖かな風を感じ、耳元でクスクスと笑う可愛らしい声が聞こえた気がした。
すぐに辺りを見回したが、自分たちの他には誰もいない。

キョロキョロしている忠成ただなりに気付き、経直つねなおが首をかしげた。

「どうした、忠成ただなり?」
「いや、なんか女の子の声が聞こえた気がしたんですけど……。」

それを聞いて、理景まさかげが袖で口元を隠しながら、ニヤニヤと笑った。

「おや、欲求不満ですか?」
「な! ち、違うわ!」

忠成ただなりは真っ赤になって反論すると、ニヤニヤしたまま「もしかしたら、桜の精かもしれませんよ?」と軽口を叩く理景まさかげを横目で軽く睨んだ。

「疲れすぎて幻聴でも聞こえたんだろ。作業続けるぞ!」

そう言いながら、再び皇子の姿絵に視線を落とし、

(ホント、この人“顔だけ”は良いんだよな)

などと不敬なことを思いながら、忠成ただなりは土で汚れた手を着物の裾で拭いて、姿絵をサッと拾い上げた。

「姿絵を落としたなんて、皇子に知られたら大変だ。」
「ふふ。それはそれは、不機嫌になられるでしょうね。」
忠成ただなり理景まさかげ、不吉なことを言っていないで、手を動かせ。」

そんなやり取りをしつつ、慎重に掘り進めると、やがて硬い手応えがあった。

「これは……。」
経直つねなお殿、何かありましたか?」
「壺、か……?」
「かなり大きいですね。」
「お、もしかしてお宝か!?」
忠成ただなり、真面目にやってくださいよ。」
「やってるって、理景まさかげ!」

そうして、三人頭を突き合わせながら、さらに掘り進めると、大きな陶製の壺が姿を現した。

「こ、これは!」

経直つねなおが思わず驚きの声を上げた。

土の中から出てきたのは、かなり厚手で丈夫そうな、大きな陶製の壺だった。
蓋を開けてみると、中には財宝がぎっしりと詰まっていた。
貨幣、金塊、翡翠の装飾品類、真珠や瑪瑙などの宝石類に、金糸の入った上質な絹織物、螺鈿細工が美しい漆塗りの手鏡など──それはもう眩いばかりの宝の山だった。

「なぜ、こんなところに、こんなものが埋まっているのでしょう?」
「だよな。いったい誰が、何のために?」

理景まさかげ忠成ただなりも驚きの声を上げた。

「待て……。」

壺の中を調べていた経直つねなおの表情が、不意に険しくなった。

「この文様、見覚えがある。」

壺の蓋の裏側に刻まれていたのは、都の徴税を司る、ある上級役人の家紋だった。
彼の一族はここ数年で急に幅を利かせるようになっており、黒い噂が絶えない。
横領や賄賂などの嫌疑がかかったこともあるのだが、証拠がなく、今まで罪に問われずにいたのだ。

「賄賂や横領で得た財宝を、ここに隠していたのか──。」

経直つねなおが忌々しそうに呟いた。
彼がそう確信したのには、わけがある。
財宝の中に、本来であれば帝の寵姫に献上されるはずだった翡翠の腕輪を見つけたのだ。
かつて中央で働いていた時、経直つねなおは献上品の検品を担当したことがあるのだが、この翡翠の腕輪はその時に見たものに酷似していた。

「間違いないのですか?」

手元を覗き込みながら理景まさかげが尋ねると、経直つねなおは腕輪をじっくりと眺めて答えた。

「──ああ、間違いない。ここまで見事な細工の腕輪はそうそうあるものではない。これを持ち込んだ貴族が、寵姫に取り入るために、わざわざ高い金を出して名工に作らせた一点ものだと自慢していたからな。」

桜の季節以外に訪れる者も居ないこの神社は、裏金を隠すのに最適だったのだろう。

「献上直前になって保管庫から無くなってな。窃盗事件として捜査を行ったのだが、結局見つからなかったのだ。」
「なるほど。こんなところに隠していたのなら、見つからないはずですね。」
「お蔭で三か月の減給処分を喰らったよ。」
「そりゃ、とんだとばっちりでしたね──。」

気の毒そうに言う忠成ただなりに苦々しい顔で頷き、経直つねなおはため息をついた。

さらに調べると、近くには同じような壺がいくつも埋められており、それぞれに大量の財宝が隠されていた。
すべての壺の蓋の裏に、同じ家紋が刻まれている。

「この量は尋常じゃない……。」

そう言って、忠成ただなりは掘り出した財宝の数々を、青ざめた顔で見渡した。

「この織物、検品の印がないな。まさか、献上前に民から巻き上げたのか……。」

経直つねなおが静かに憤ると、忠成ただなりも貨幣を手に顔を曇らせた。

「やけに小銭が多いな。もしかして、民から搾取してるのか?」

その言葉に、理景まさかげも同意した。

「でしょうね。貴族は高級品しか買いませんから、額の大きい貨幣しか使いません。それに貴族は小銭を嫌う。」
「ああ。だから、貴族向けの商品は釣銭が要らないように、切りのよい金額に設定している商人が多いのだ。」

理景まさかげの言葉に、経直つねなおが続いた。

要するに、日常的に金額の小さい貨幣を使用するのは庶民なのだ。
これだけの量の小銭があるということは、税と称して庶民から巻き上げた可能性が高いということを示している。
真面目な経直つねなおは、いつになく険しい表情で唇を噛んだ。

ただひとり、理景まさかげだけは、扇子を弄びながら、

「ふふ。殿下のお蔭で、随分と興味深いものが見つかりましたね。これは都の勢力図も少し変わりそうです──。」

と、何かを企むような笑みを浮かべたていたが。

「すぐに上に報告をするぞ。これほどの量となると、かなり長期にわたって搾取していたに違いない。」

経直つねなおの言葉に、理景まさかげ忠成ただなりは神妙な顔つきで頷いた。
そして、取り急ぎ、役人の詰め所と大内裏、そして殿下の屋敷へと、それぞれ報告に向かった。

民を守るべき役人が民を苦しめるなど、あってはならない。
しかし、残念ながら彼らのような考えの方が異端で、ほとんどの貴族は民の生活を顧みることなど無いのが現実だ。
それでも、今回、不正の証拠を発見できたのは幸いだった。


◇◇◇
【第三幕:桜、満開! 民の喝采】

調査の結果、この財宝は予想どおり、壺の蓋の裏に刻まれた家紋の一族が、民からの法外な税の取り立てや、賄賂の受け取り、盗みなどを働いて、不当に得たものだと判明した。
彼らは、徴税を司る立場にあることを利用し、何食わぬ顔で私腹を肥やし続けていたのだ。

一族は即座に捕縛され、発見された財宝のほとんどは、皇族や貴族に所有権があるものだったが、小銭に関してはすべて民に還元されることになった。
小銭とはいえ、相当の額だ。
都の人々は狂喜し、久しぶりに希望の光を見出した。

その一方で、都では不思議なことが起きていた。
財宝発見のその夜から、都に暖かい風が吹き始めたのだ。
気象に詳しい陰陽師たちが揃って首をかしげるほどの、季節外れの陽気である。

そして、その暖かさに誘われるように、あの古い神社の桜が美しい花を咲かせ始めたのだ。
しかも、それはたった一日で満開になったのである。

「まさか…本当に桜が」

噂を聞いて、大急ぎで神社の桜を確認しに来た側近たちは、ありえない光景に目を見張った。
降り積もる真っ白な雪の中で咲き誇る、薄紅色の桜──それはまさに奇跡としか言いようがない美しさだった。


一方、綾仁あやひとの屋敷では──。

「殿下、桜が! 桜が咲いたそうです!」

どこからか噂を聞きつけた葛葉くずはが大興奮しながら報告すると、綾仁あやひとは満足そうに微笑んだ。
涼やかな目元と赤い唇が色っぽく弧を描く。

「当然であろう。忠成ただなりが私の姿絵を桜の木に見せたと言っておったからな。私に心を奪われ、桜もつい高揚して花を咲かせたのであろう。」

綾仁あやひとは自信満々にドヤ顔を決めると、艶やかな黒髪を風になびかせながら言い放った。

「はっはっはっ! やはり私の美は自然をも動かすのだな。桜よ、よくぞ私の望みに応えた。褒めて遣わそう!」


実は、こうして綾仁あやひとがドヤ顔を決めていた頃、都の民たちの間では、とんでもない噂が急速に広まっていた。
街角という街角で、人々が興奮気味に語り合っているのは──我らが美貌の第五皇子・綾仁あやひとの起こした奇跡についての噂だった。

「第五皇子様のお蔭で悪人たちが捕まったんだって! 隠されていたお宝が民に返されるっていうじゃないか!」
「きっと皇子様は、最初から全部お見通しだったんだ!」
「あの美しいお姿の奥に、こんなに深い英知が隠されていたなんて……。」
「それより桜だよ! 真冬に桜を咲かせるなんて! 神業だよ、神業!」
「皇子様は、神様に愛された聖者様なのよ!」

こうして、都中が第五皇子を讃える声で満ち溢れた。
商人たちは皇子の肖像画を店先に飾り、子どもたちは皇子の美貌と英知を称える歌を歌い始めた。
都はどこもかしこもお祭り騒ぎだった。

その噂を耳にした側近と女官たちは、御殿の一室に集まって、複雑な表情で茶を啜っていた。
理景まさかげが扇子を優雅に振りながら、どこか計算高い笑みを浮かべる。

「殿下の"奇跡"のお蔭で、我々の立場も随分と良くなりましたね。これは上手く活用させていただかねば。」
「そなたらしいな。しかし、まさか殿下は最初から、あの神社に財宝が隠されていることをご存知だったのだろうか?」

理景まさかげの言葉に苦笑いしつつ、経直つねなおがぽつりと呟いた。

「桜を咲かせろなんて無茶苦茶な命令も、実は我々をあの場所に向かわせるための巧妙な策略だったとか?」

忠成ただなりが首をひねる。

「さすがに偶然だろうと思いたいが……。」

経直つねなおが腕組みして唸った。

「どちらにせよ、結果的に民が救われたのは事実ですわ。」

菖蒲あやめがそう呟くと、葛葉くずはが目をキラキラさせて興奮気味に叫んだ

「殿下は、やっぱり聖者様なのでは!?」
「……まさか、そのような。」

荒唐無稽な話に、菖蒲あやめは苦笑いを浮かべた。

(それでも、あの美貌は、神をも動かすのかもしれない──。)

そう思って、菖蒲あやめは肩をすくめた。

「否定しきれないのが、殿下の怖いところですわね。」
「ともあれ、我々にとっては有難いこと尽くめ。殿下様様ですな。」

理景まさかげが上機嫌で茶を啜った。

「──はあ。いつもの茶が、やたらと美味く感じますよ。」

理景まさかげのいうように、今回の出来事で、側近たちへの認識は大きく変わった。
問題の多い第五皇子付きの側近は、貴族にとってはいわゆる閑職の扱いであり、政争に敗れた“負け犬”だった。
ところが、それが一夜にして“都を救った英雄集団”へと評価が一変したのだ。
帝もたいそうお喜びになり、褒美として給料も上がった。
久々に胸を張って歩けるようになったことを、三人はたいそう喜んだ。
もちろん、都の人々の笑顔が何よりも嬉しかったのは言うまでもないが。

そしてほんの少しだけ、主への賞賛が誇らしくもあった。
結果だけ見れば、良いことだらけだ。

「まあ、殿下がアレなのは変わらないが、お仕えするのもそう悪くないかもしれんな。」

経直つねなおの言葉に、みなも黙って頷いた。


◇◇◇
【終幕:次なる“わがまま”と側近たちの胃痛、再び】

その夜、第五皇子の居室では、例のごとく鏡に向かって自分の美貌にうっとりとする綾仁あやひとの姿があった。
月明かりに照らされた綾仁あやひとの横顔は、まさに絵画から抜け出してきたような美しさである。
いつも通り傍に控える三人の側近たちも、その美しさ「だけ」は否定のしようもなく、芸術品を愛でるような気持ちで、主の横顔をただ黙って見つめていた。

「ふんふん~。……はあ、美しい……桜もなかなかだったが、やはり私には敵わないな。」

上機嫌な主の様子に、側近たちはホッと胸をなで下ろした。
昼間、念願の花見に赴いた綾仁あやひとは、道すがら、民衆にこれでもかと崇め奉られたのだ。
そんなこともあり、今日は殊更ご満悦なのであった。

ひとしきり自分の美を堪能した綾仁あやひとは、満足した様子で側近たちを振り返った。

「そなたたちも、寒い中、大儀であった。」

誰もが見惚れるような笑顔を向けて側近たちの労をねぎらう綾仁あやひとを、忠成ただなりが生ぬるい目で見つめる。

「殿下。そう言っておけば、我々が喜んで無茶ぶりに応えると思っていらっしゃるでしょう?」
「何を言うか、忠成ただなり。これは心からの賛辞ぞ?」

綾仁あやひとは心外だと言わんばかりに、美しい眉根を寄せた。
それを見て、経直つねなお忠成ただなりを軽く諫める。

「控えぬか、忠成ただなり。殿下、もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」
「うむ。苦しゅうない!」

機嫌を治した綾仁あやひと経直つねなおが恭しく首を垂れると、理景まさかげが続けて、

「殿下は(時々)お優しいですからな。お言葉、有難く頂戴いたします。我らも英雄扱いされるようになったうえに、給料も上がって言うことなしです。これも殿下のお陰ですな!」

と持ち上げた。

「はっはっは! そうであろう、そうであろう! 私は桜を堪能できたし、そなたたちは評価も給料もあがった。そして何より──。」

綾仁あやひとはそこで言葉を切ると、おもむろに庭に下り、屋敷を囲む弊の向こうに連なって見える屋根をじっと見つめた。
その屋根の下、ひとつひとつに、民の生活が息づいているのだ。
綾仁あやひとは、先ほど民たちから向けられた賞賛を思い出すと同時に、民の生活を守ることができたことに満足感を覚えていた。
その美しい顔には、いつになく優しい笑みが浮かんでいた。

「何より、民たちを幸せにできた。喜ばしいことだ!」

こういうところが、この皇子の憎めないところなのだ。
側近たちは、ほんの少しだけ、誇らしい気持ちで主の言葉に耳を傾けた。

が、それもつかの間のこと。
綾仁あやひとは部屋に戻るや否や、鏡の前に座り、再び自分の美貌に酔いしれた。

「それにしてもだ。やはり、私の美しさは自然にも通用するのだな。」
「……左様でございますね。」

これには、経直つねなおも抑揚のない声で答えるしかなかった。
理景まさかげは無言で頷きながら貼り付けたような笑みを浮かべ、忠成ただなりは腐った魚のような目をして宙を見つめた。

(((感動を返せ!)))

という声が聞こえてきそうな顔である。

だが、そんな側近たちの、残念な子を見るような反応には目もくれず、綾仁あやひとは次なる余興を求めて部屋の中を見回した。
やがてその瞳が、部屋の隅で埃を被っている『竹取物語』の絵巻物を捉え、キラリと輝いた。

「ふむ。月の使者、天女か。よし、みなの者。今度は天女を連れてまいれ! 私と美しさを競わせてやる! あ、羽衣も忘れるなよ? 私が空を舞う姿は、さぞや美しかろうな!」

その時、再び、綾仁あやひとの背後からまばゆい光が発せられた!
──ような気がした(2回目)。
側近たちは一瞬、目をしばたたいたが、やはり見間違えだろうと思ってさして気にも留めず、互いに顔を見合わせた。

「「「はあ……」」」

こうして、今日も側近たちの深いため息が、居室に響くのであった。


一方、その頃。
季節外れに狂い咲いた件の桜は、人気のない静かな境内の片隅で、淡い光に包まれていた。
そして、命を燃やすように最後にひときわ明るい輝きを放ったかと思うと、一斉に花を散らしたのだった。
少女のような、小さな笑い声だけを残して──。

(第1話 完)
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