知りたくもなかった。

カワウソ

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第一夜

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あの夜、彼はいつもより先に寝ていた。
仕事から帰ると、部屋の電気は消えていて、ベッドの布団の膨らみだけが、彼の存在を教えてくれた。

「ただいま」
そう声をかけたけれど、返事はなかった。
ぐっすり眠っているんだと思った。
疲れてるのかな、なんて、自分のことでいっぱいだった私はそれ以上、何も気にしなかった。

鏡の前でまつ毛を落として、ドレスを脱ぎ捨て、
化粧もそのまま、彼の隣にそっと潜り込んだ。
その背中は、少しだけ冷たかった気がしたけど、きっと気のせいだと思った。

彼の呼吸は静かだった。
まるで、風が止まった夜みたいに。

あの夜、私は一度も、彼の顔を見なかった。
なのに、どうしてあんなに彼の背中の形だけを覚えてるんだろう。

朝、目を覚ましたとき、彼の姿はもうなかった。
布団はきれいに整えられていて、まるで最初から誰も寝ていなかったみたいだった。

「……起きるの早いな」

寝ぼけた頭でそう呟いて、私はスマホを手に取った。
未読の通知は幾つかあったけれど、彼からのLINEはなかった。

いつもなら、「おはよう」か「行ってきます」が届いてる時間。
それが、今日はなかった。

なぜか、それだけで胸の奥がざわついた。

それでも私はその違和感に蓋をして、
「きっと忘れてるだけ」と自分に言い聞かせた。
昨日の営業の疲れを引きずったまま、熱いシャワーを浴びて、
また日常に戻っていくつもりだった。

――でも、その“日常”は、もう戻ってこなかった。
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