知りたくもなかった。

カワウソ

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完結の朝

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彼の命日、私は駅前のコンビニで彼の吸っていたタバコを買った。
特別な意味があるわけじゃない。
ただ、彼はいろんな銘柄のタバコを吸って試していたことを思い出しまただけだ。

いつか彼が言っていた。

「なんでもやってみないとわかんないでしょ?」

「やっても無理なこともあるじゃん。」

そう答えたのは、私だった。
まさか、自分がその言葉を思い返す日が来るなんて、思ってなかった。



彼の母は、私の姿を見ても驚かなかった。
ただ静かに、「来てくれてありがとう」と言って、家の奥から彼の遺影を持ってきてくれた。

線香をあげて、少しの沈黙。

「タバコ...あげてもいいですか?」

遠慮がちに切りだす。

彼の母は少し笑って言った。

「あげてやって。久しぶりだと思うから。」

買ってきたタバコに火をつけ、遺影の隣に置いた。彼の匂いを少しだけ感じた。

そのあと、母はぽつりと話し出した。

「あの子、あなたのこと…すごく大事に思ってたの。でも、それを言葉にするのが下手だった。子供のころから、そういう子だったのよ」

私は黙って聞いた。
頭ではわかっていても、胸のどこかで否定したかった部分に、やっと触れられた気がした。

「あなたに、最後まで頼れなかったこと、後悔してたと思うわ。でも、それでも、あなたと過ごした時間は、あの子にとって救いだったはずよ」

私は泣かなかった。
ただ、深く息を吐いて、少しだけうなずいた。



その帰り道、手紙を焼いた。
あの日見つけた、彼の最後の言葉。

悲しみを消したいわけじゃない。
でも、いつまでもその言葉に囚われていたら、きっと私は前に進めない。

焼けていく便箋の灰が、風に舞っていく。
私はその先を、まっすぐ見つめていた。



夜。
部屋の窓を開けると、涼しい風がカーテンを揺らした。

私はスマホのメモ帳を開き、短く打ち込んだ。

「わたしは、あなたのいない世界で、生きていきます」

それを誰に送るわけでもなく、
ただ「保存」して、スマホを閉じた。



翌朝、久しぶりに鏡の前で笑った。
無理に作った笑顔じゃなかった。
少しだけ、軽くなった心が、表情に出ていた。

彼のことを忘れたわけじゃない。
ただ、彼の死が私の人生を止める理由にはならないと、そう思えた。



最期に彼に伝えたかったことは、
たぶんもう、言葉にできない。

けれど私は、今、歩いている。
彼の優しさも、弱さも、全部抱えて。

そして、生きていく。
私のために。
彼のためにも。
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