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第一部 武装法人誕生 - 都市買収編
第2章 初の契約交渉 ― CFOリュシアの才覚
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レンドル村を傘下に収めてから数日後。
朝の風が、村の広場を静かに抜けていく。
その中心で、新たに掲げられた一枚の旗が、はためいていた。
《二階堂商会》
粗末な木綿布。だが、そこに描かれた紋章は明確だった。
交差する剣と天秤――力と契約、その両方を掲げる意思の象徴。
漣司は、無言のまま旗を見上げていた。
この村は、小麦を生産できる。土は痩せていない。水もある。
だが――問題は、その先だ。余剰分を売る交易路がない。
盗賊の横行により、隣村や都市との往来は途絶え、
村の経済は事実上、孤立している。
このままでは、いかに「企業買収」で手に入れた村であろうと、
収益を生まない赤字部門へと転落しかねない。
漣司は、わずかに眉を寄せた。
「社長」
低く、艶のある声が背後から届く。
振り返ると、そこに立っていたのは――
二階堂商会のCFO、リュシアだった。
長い銀髪を後ろで束ね、漆黒のローブの裾を風に遊ばせながら歩いてくる。
その所作に、無駄は一切ない。
すらりとした体躯。透き通るような白い肌。
そして、数字と現実を射抜く瑠璃色の瞳。
美貌と冷徹さを同時に備えたその姿は、
すでに商会の内部で密かにこう呼ばれていた。
――財務の魔女。
彼女は旗ではなく、村全体を見渡しながら言う。
「そろそろ、隣町《カストリア》との交渉を始めるべきです」
即断。感情の揺らぎはない。
「この村の小麦は品質が高い。問題は生産ではなく、流通です」
指先で、地図のない空間をなぞるように続ける。
「村の小麦を現金化し、商会の資金を確保する必要があります」
漣司は、短く息を吐いた。
「……やはり、そこに行き着くか」
漣司は、内心で苦笑した。彼女は、単なる魔術師ではない。
戦場の魔法使いでも、帳簿係でもない。
経済を構造として捉え、先の損益まで見通す参謀。
――いや。
すでに彼女は、会社の片腕として動いている。
漣司は、旗から視線を外し、言った。
「よし。カストリアに行こう。ここからが、事業の本番だ」
リュシアは、わずかに口角を上げた。
「承知しました、社長」
風が吹き、剣と天秤の紋章が、朝日に揺れた。
「――ただし、問題がひとつあります」
リュシアは足を止め、振り返らずに告げた。
その声は、感情を削ぎ落とした氷のように澄んでいる。
「カストリアは、商人ギルドが実権を握る都市です」
彼女は淡々と続ける。まるで、すでに結果が見えているかのように。
「外部者は、取引の場にすら立ち入れない。
規約、慣例、顔役――すべてが、よそ者を弾くために機能しています」
風が吹き、ローブの裾が揺れた。
「交渉を行うなら、
彼らの信頼を勝ち取らねばなりません」
その言葉を聞いた瞬間、漣司の口元が、わずかに歪んだ。
胸の奥に、懐かしい感覚が蘇る。
胃の底がきゅっと締め付けられるような緊張。
――株式市場でも、同じだった。
数字の裏に人間がいる。契約の向こうに、欲と恐怖がある。
交渉とは、常に天秤だ。
信頼と恐怖、利害と未来――
どちらに、どれだけ重りを載せるか。
漣司は、静かに息を吐き、顔を上げた。
「面白い」
その声には、怯えも迷いもない。
「じゃあ、最初の契約交渉に――乗り出すとしよう」
彼の視線の先で、二階堂商会の旗が大きくはためいた。
剣と天秤の紋章が、朝の光を受けて輝く。
それは宣戦布告ではない――契約の始まりだ。
◇
翌日。
朝靄の残る街道を抜け、漣司とリュシアは少数の護衛を伴って
辺境都市カストリアの城門をくぐった。
門を越えた瞬間、空気が一変する。
――音。
――匂い。
――人の熱。
村とは比べものにならない活気が、全身に叩きつけられた。
石畳の大通りには露店が隙間なく並び、
香辛料の刺激的な匂いと、毛織物の油脂の匂いが混じり合う。
値段を叫ぶ商人の声、金貨の擦れる音、交渉の笑い声。
だが一歩、裏路地へ踏み込めば――空気は途端に濁る。
盗品市の低い囁き。
賭博場から漏れる怒号と歓声。
刃物の光が、日陰で鈍く瞬く。
金がすべてを動かす街。
正と邪が同じ秤に載せられ、重い方が正義になる場所。
漣司は、その匂いを深く吸い込んだ。
――悪くない。いや、むしろ懐かしい。
やがて辿り着いたのは、商人ギルドの館。
白い大理石で飾られた重厚な建物は、
富そのものを誇示するかのようにそびえ立っていた。
内部はさらに露骨だ。豪奢な絨毯。金銀細工の調度品。
壁には、過去の成功を誇る絵画と紋章。
その中央、金貨の山を背に玉座のような椅子に座る男がいた。
商人ギルド長――マルコ・ベリーニ。
脂ぎった体を豪奢な衣服に押し込み、
余裕と傲慢を煮詰めたような笑みを浮かべている。
「ふむ……新参の商会が取引を望むと聞いたが」
視線が、値踏みするように漣司をなぞる。
「そこの若造が、代表か?」
「二階堂漣司。『二階堂商会』の代表取締役だ」
漣司は臆することなく椅子に深く腰かけ、視線を逸らさずに名乗った。
対するマルコは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「聞いたこともないな。
弱小な村を一つ抱えた程度で、我らと対等に取引できると思うのか?」
空気が、きしりと軋んだ。
その瞬間。
リュシアが、静かに一歩前へ出る。
ローブの胸元を軽く整え、澄んだ声で告げた。
「カストリアの市場は、直近三ヶ月で小麦の供給が三割減少しています」
マルコの眉が、わずかに動く。
「原因は二つ。盗賊の増加と、北方領主による関税の強化」
リュシアは一切の感情を乗せず、続けた。
「現在、あなた方が抱える不足分――
それを、我が二階堂商会が供給できます」
その瑠璃色の瞳は、氷の刃のように鋭い。
数字と事実だけで、相手の逃げ道を断つ。
漣司は、内心で舌を巻いた。
――さすがだ。数字を武器にする、その姿勢。
まさに、俺が求めるCFO。
「ほう……随分と調べているではないか」
マルコの額に、うっすらと汗が滲む。
「さらに」
リュシアは畳みかける。
「我らの村の小麦は質が高い。
加えて、二階堂商会は武装を有しています。
盗賊からの護衛込みでの供給を、お約束しましょう」
静かな断言。
「あなた方にとって、これ以上の条件はないはずです」
マルコは顔をしかめた。反論の言葉が、喉で詰まる。
完全に――論理で封じられている。
その一瞬の隙を、漣司は逃さなかった。
机の上に、契約書を置く。
「選択肢は二つだ」
低く、しかしはっきりと。
「俺と取引し、市場を安定させるか。
あるいは供給不足で価格が暴落し、ギルドの信用を失うか」
やがてマルコは、唇を噛み――大きく、息を吐いた。
「……わかった。小麦の取引を認めよう。ただし条件がある」
視線を鋭くする。
「最初の取引で、品質を証明してみせろ」
「いいだろう」
椅子に深く座り直し、言い切る。
「二階堂商会は――約束を、必ず守る」
剣と天秤を掲げる企業の、最初の契約交渉は、こうして成立した。
◇
交渉を終え、商人ギルドの館を出た瞬間――
夕焼けに染まったカストリアの街並みが、二人を迎え入れた。
赤と金が溶け合う空。
石畳は陽を反射し、昼の喧騒を名残惜しそうに抱えたまま、夜へと移ろい始めている。
遠くでは鐘が鳴り、露店の灯が一つ、また一つと灯り始めた。
歩きながら、リュシアがふっと息を吐く。
そして、ほんのわずか――口元を緩めた。
「社長。なかなか、堂々としていましたね」
「いや」
漣司は肩をすくめ、苦笑する。
「お前の数字の切り口がなければ、押し切れなかった」
街を行き交う人々の間を縫いながら、続ける。
「やっぱり、俺一人じゃ会社は回せない。
……お前みたいなCFOがいてこそだ」
その言葉に、リュシアは一瞬だけ足を止めた。
夕陽が、彼女の横顔を照らす。
冷静さの奥に隠されていた仮面が、ほんの刹那、緩む。
氷のような瞳に、わずかな温度が宿る。
「……覚えておいてください」
すぐに、表情は元に戻った。
「私は利益のためなら、冷酷に動きます。
社長が――敵になれば、容赦しません」
漣司は、即座に笑った。
「いいじゃないか。CFOは、そのくらいでちょうどいい」
二人のやりとりを聞いていた護衛の獣人戦士が、
何を言っているのか分からない、という顔で首を傾げる。
だが漣司は、どこか満足げだった。
経営も、戦場も同じだ。
信頼だけでは脆い。
恐怖だけでは続かない。
その両方を、意図して制御できる者だけが、生き残る。
――こうして、二階堂商会は初めての公式契約を結んだ。
小さな村の小麦が都市市場に流れ込むことで、
商会は初めて「収益」という名の血流を得る。
夕日に染まる街を見下ろしながら、漣司は胸の奥で、静かに誓う。
「……これが始まりだ」
取引を拡大し、町を、国を、やがて世界を――
「俺が、買いたたく」
その言葉に、虚勢はなかった。未来を見据えた、冷徹な予告。
小麦の流れが富を呼び、富が権力を呼ぶ。
わずかな取引から立ち上る金の匂いが、漣司の本能を強く刺激する。
支配とは、奪うことではない。
価値を見抜き、価値を操り、価値そのものの座標を書き換えることだ。
夕闇が街を包み始めるなか、漣司は最後に、低く呟いた。
まるで、自らの野心を試すように。
だがその声には、確信しかなかった。
「――世界の値札を決めるのは、俺だ」
夕陽の彼方で、剣と天秤の影が、静かに重なった。
朝の風が、村の広場を静かに抜けていく。
その中心で、新たに掲げられた一枚の旗が、はためいていた。
《二階堂商会》
粗末な木綿布。だが、そこに描かれた紋章は明確だった。
交差する剣と天秤――力と契約、その両方を掲げる意思の象徴。
漣司は、無言のまま旗を見上げていた。
この村は、小麦を生産できる。土は痩せていない。水もある。
だが――問題は、その先だ。余剰分を売る交易路がない。
盗賊の横行により、隣村や都市との往来は途絶え、
村の経済は事実上、孤立している。
このままでは、いかに「企業買収」で手に入れた村であろうと、
収益を生まない赤字部門へと転落しかねない。
漣司は、わずかに眉を寄せた。
「社長」
低く、艶のある声が背後から届く。
振り返ると、そこに立っていたのは――
二階堂商会のCFO、リュシアだった。
長い銀髪を後ろで束ね、漆黒のローブの裾を風に遊ばせながら歩いてくる。
その所作に、無駄は一切ない。
すらりとした体躯。透き通るような白い肌。
そして、数字と現実を射抜く瑠璃色の瞳。
美貌と冷徹さを同時に備えたその姿は、
すでに商会の内部で密かにこう呼ばれていた。
――財務の魔女。
彼女は旗ではなく、村全体を見渡しながら言う。
「そろそろ、隣町《カストリア》との交渉を始めるべきです」
即断。感情の揺らぎはない。
「この村の小麦は品質が高い。問題は生産ではなく、流通です」
指先で、地図のない空間をなぞるように続ける。
「村の小麦を現金化し、商会の資金を確保する必要があります」
漣司は、短く息を吐いた。
「……やはり、そこに行き着くか」
漣司は、内心で苦笑した。彼女は、単なる魔術師ではない。
戦場の魔法使いでも、帳簿係でもない。
経済を構造として捉え、先の損益まで見通す参謀。
――いや。
すでに彼女は、会社の片腕として動いている。
漣司は、旗から視線を外し、言った。
「よし。カストリアに行こう。ここからが、事業の本番だ」
リュシアは、わずかに口角を上げた。
「承知しました、社長」
風が吹き、剣と天秤の紋章が、朝日に揺れた。
「――ただし、問題がひとつあります」
リュシアは足を止め、振り返らずに告げた。
その声は、感情を削ぎ落とした氷のように澄んでいる。
「カストリアは、商人ギルドが実権を握る都市です」
彼女は淡々と続ける。まるで、すでに結果が見えているかのように。
「外部者は、取引の場にすら立ち入れない。
規約、慣例、顔役――すべてが、よそ者を弾くために機能しています」
風が吹き、ローブの裾が揺れた。
「交渉を行うなら、
彼らの信頼を勝ち取らねばなりません」
その言葉を聞いた瞬間、漣司の口元が、わずかに歪んだ。
胸の奥に、懐かしい感覚が蘇る。
胃の底がきゅっと締め付けられるような緊張。
――株式市場でも、同じだった。
数字の裏に人間がいる。契約の向こうに、欲と恐怖がある。
交渉とは、常に天秤だ。
信頼と恐怖、利害と未来――
どちらに、どれだけ重りを載せるか。
漣司は、静かに息を吐き、顔を上げた。
「面白い」
その声には、怯えも迷いもない。
「じゃあ、最初の契約交渉に――乗り出すとしよう」
彼の視線の先で、二階堂商会の旗が大きくはためいた。
剣と天秤の紋章が、朝の光を受けて輝く。
それは宣戦布告ではない――契約の始まりだ。
◇
翌日。
朝靄の残る街道を抜け、漣司とリュシアは少数の護衛を伴って
辺境都市カストリアの城門をくぐった。
門を越えた瞬間、空気が一変する。
――音。
――匂い。
――人の熱。
村とは比べものにならない活気が、全身に叩きつけられた。
石畳の大通りには露店が隙間なく並び、
香辛料の刺激的な匂いと、毛織物の油脂の匂いが混じり合う。
値段を叫ぶ商人の声、金貨の擦れる音、交渉の笑い声。
だが一歩、裏路地へ踏み込めば――空気は途端に濁る。
盗品市の低い囁き。
賭博場から漏れる怒号と歓声。
刃物の光が、日陰で鈍く瞬く。
金がすべてを動かす街。
正と邪が同じ秤に載せられ、重い方が正義になる場所。
漣司は、その匂いを深く吸い込んだ。
――悪くない。いや、むしろ懐かしい。
やがて辿り着いたのは、商人ギルドの館。
白い大理石で飾られた重厚な建物は、
富そのものを誇示するかのようにそびえ立っていた。
内部はさらに露骨だ。豪奢な絨毯。金銀細工の調度品。
壁には、過去の成功を誇る絵画と紋章。
その中央、金貨の山を背に玉座のような椅子に座る男がいた。
商人ギルド長――マルコ・ベリーニ。
脂ぎった体を豪奢な衣服に押し込み、
余裕と傲慢を煮詰めたような笑みを浮かべている。
「ふむ……新参の商会が取引を望むと聞いたが」
視線が、値踏みするように漣司をなぞる。
「そこの若造が、代表か?」
「二階堂漣司。『二階堂商会』の代表取締役だ」
漣司は臆することなく椅子に深く腰かけ、視線を逸らさずに名乗った。
対するマルコは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「聞いたこともないな。
弱小な村を一つ抱えた程度で、我らと対等に取引できると思うのか?」
空気が、きしりと軋んだ。
その瞬間。
リュシアが、静かに一歩前へ出る。
ローブの胸元を軽く整え、澄んだ声で告げた。
「カストリアの市場は、直近三ヶ月で小麦の供給が三割減少しています」
マルコの眉が、わずかに動く。
「原因は二つ。盗賊の増加と、北方領主による関税の強化」
リュシアは一切の感情を乗せず、続けた。
「現在、あなた方が抱える不足分――
それを、我が二階堂商会が供給できます」
その瑠璃色の瞳は、氷の刃のように鋭い。
数字と事実だけで、相手の逃げ道を断つ。
漣司は、内心で舌を巻いた。
――さすがだ。数字を武器にする、その姿勢。
まさに、俺が求めるCFO。
「ほう……随分と調べているではないか」
マルコの額に、うっすらと汗が滲む。
「さらに」
リュシアは畳みかける。
「我らの村の小麦は質が高い。
加えて、二階堂商会は武装を有しています。
盗賊からの護衛込みでの供給を、お約束しましょう」
静かな断言。
「あなた方にとって、これ以上の条件はないはずです」
マルコは顔をしかめた。反論の言葉が、喉で詰まる。
完全に――論理で封じられている。
その一瞬の隙を、漣司は逃さなかった。
机の上に、契約書を置く。
「選択肢は二つだ」
低く、しかしはっきりと。
「俺と取引し、市場を安定させるか。
あるいは供給不足で価格が暴落し、ギルドの信用を失うか」
やがてマルコは、唇を噛み――大きく、息を吐いた。
「……わかった。小麦の取引を認めよう。ただし条件がある」
視線を鋭くする。
「最初の取引で、品質を証明してみせろ」
「いいだろう」
椅子に深く座り直し、言い切る。
「二階堂商会は――約束を、必ず守る」
剣と天秤を掲げる企業の、最初の契約交渉は、こうして成立した。
◇
交渉を終え、商人ギルドの館を出た瞬間――
夕焼けに染まったカストリアの街並みが、二人を迎え入れた。
赤と金が溶け合う空。
石畳は陽を反射し、昼の喧騒を名残惜しそうに抱えたまま、夜へと移ろい始めている。
遠くでは鐘が鳴り、露店の灯が一つ、また一つと灯り始めた。
歩きながら、リュシアがふっと息を吐く。
そして、ほんのわずか――口元を緩めた。
「社長。なかなか、堂々としていましたね」
「いや」
漣司は肩をすくめ、苦笑する。
「お前の数字の切り口がなければ、押し切れなかった」
街を行き交う人々の間を縫いながら、続ける。
「やっぱり、俺一人じゃ会社は回せない。
……お前みたいなCFOがいてこそだ」
その言葉に、リュシアは一瞬だけ足を止めた。
夕陽が、彼女の横顔を照らす。
冷静さの奥に隠されていた仮面が、ほんの刹那、緩む。
氷のような瞳に、わずかな温度が宿る。
「……覚えておいてください」
すぐに、表情は元に戻った。
「私は利益のためなら、冷酷に動きます。
社長が――敵になれば、容赦しません」
漣司は、即座に笑った。
「いいじゃないか。CFOは、そのくらいでちょうどいい」
二人のやりとりを聞いていた護衛の獣人戦士が、
何を言っているのか分からない、という顔で首を傾げる。
だが漣司は、どこか満足げだった。
経営も、戦場も同じだ。
信頼だけでは脆い。
恐怖だけでは続かない。
その両方を、意図して制御できる者だけが、生き残る。
――こうして、二階堂商会は初めての公式契約を結んだ。
小さな村の小麦が都市市場に流れ込むことで、
商会は初めて「収益」という名の血流を得る。
夕日に染まる街を見下ろしながら、漣司は胸の奥で、静かに誓う。
「……これが始まりだ」
取引を拡大し、町を、国を、やがて世界を――
「俺が、買いたたく」
その言葉に、虚勢はなかった。未来を見据えた、冷徹な予告。
小麦の流れが富を呼び、富が権力を呼ぶ。
わずかな取引から立ち上る金の匂いが、漣司の本能を強く刺激する。
支配とは、奪うことではない。
価値を見抜き、価値を操り、価値そのものの座標を書き換えることだ。
夕闇が街を包み始めるなか、漣司は最後に、低く呟いた。
まるで、自らの野心を試すように。
だがその声には、確信しかなかった。
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