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第一部 武装法人誕生 - 都市買収編
第4章 都市門の審判 ― 透明と闇の交渉戦
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カストリアの都市門を正式に出入りし、倉庫を借り受けるには――
市役所が発行する「営業許可証」が不可欠だった。
商人ギルドが流通と市場を握るこの都市において、
その外側で取引を続けることは、緩やかな死を意味する。
流通路を押さえられなければ、
二階堂商会はただの村の雑貨屋で終わる。
漣司はその現実を、誰よりも冷静に理解していた。
彼はリュシアを伴い、市役所の奥――会議室へと足を踏み入れる。
石造りの室内は薄暗く、空気は湿気を帯びて重い。
中央に据えられた長机の向こうには、官吏が三人。
金糸の刺繡が施された衣服。整えられた髭。
そして、言葉にせずとも漂ってくる――袖の下を求める、甘く腐った匂い。
「……二階堂商会、ですかな」
最年長らしき官吏が、油の浮いた笑みを張りつけた。
「新規で倉庫を借りるには、審査料が必要でしてな」
一拍、視線が値踏みするように漣司をなぞる。
「――まあ、規定より多少上乗せしていただければ、
手続きは滞りなく進みますが」
遠回しな言葉。だが意味は露骨だった。
村の長老や小商人なら、ここで黙って銀貨を積む。
それがこの都市で生きる知恵なのだろう。
だが――
漣司は、鼻で小さく笑った。
「随分と分かりやすい審査料だな」
官吏たちの眉がわずかに動く。
「だが残念だ。我々は、違法支出を帳簿に載せる習慣はない」
空気が、きしりと軋んだ。
その隙間を縫うように、リュシアが一歩前へ出る。
「規定の審査料は、銀貨二十枚。――間違いありませんね」
「……そ、そうだが」
官吏の返答は歯切れが悪い。
リュシアは否定も肯定もせず、淡々と続けた。
「ですが、市役所の昨年度決算によれば、審査料収入は銀貨五百枚」
指先で、見えない帳簿をめくる仕草。
「年間二十五件の新規契約。人口、市場規模、流通量を考慮すれば――
明らかに、少なすぎる」
官吏たちの顔色が変わる。
「……つまり」
瑠璃色の瞳が、静かに光を帯びた。
「不正な上乗せが、常態化している証拠です」
官吏たちの顔色が変わった。
リュシアは瑠璃色の瞳を光らせ、淡々と数字を突きつけていく。
「加えて、収支表の雑費項目。
突出して高額で、説明不能な支出が多すぎる」
沈黙。
「このままでは――都市監査で露見するのも、時間の問題でしょう」
官吏の喉が、ひくりと鳴った。
そこで漣司が、ゆっくりと長机に身を乗り出した。
「会議室は戦場だ」
低い声が、石壁に反響する。
「交渉の武器は、金だけじゃない。
数字も、信用も――全部、立派な武器になる」
官吏の一人が青ざめて叫んだ。
「な、何を言うか! 我々を脅す気か!」
「脅してなどいない。ただ事実を述べただけだ。俺たちは正規の審査料を払う」
官吏たちが、息を潜めた。
「その代わり――倉庫契約には、
検査立会いの権利を明記してもらう」
「……検査立会い、だと?」
「そうだ」
漣司の視線は、逃げ場を与えなかった。
「ギルド検査官だけでなく、我々自身も、商品検査に立ち会える。
――これを条項に加えろ。それが条件だ」
沈黙。
室内の緊張は、剣を抜く直前の間合いに等しかった。
その空気を、リュシアが静かな微笑で切り裂いた。
「市の財政は健全化され、
私たちは透明性という武器を得る」
官吏たちを順に見渡し、
「……あなた方にとっても、悪い話ではないはずです」
最年長の官吏は額に汗を浮かべ、
しばし目を閉じ――ついに、首を縦に振った。
「……分かった。倉庫契約を認めよう」
そして、苦し紛れの忠告。
「だが、問題は起こすなよ」
漣司は立ち上がり、背筋を伸ばす。
「安心しろ」
短く、しかし重い声。
「我々は、契約を守る」
一拍置き、言葉を落とす。
「――その代わり、契約を破る者には、容赦しない」
◇
会議室を出た後、リュシアは石畳を踏みながら、ふっと喉の奥で笑った。
夕刻の薄闇が廊下に伸び、二人の影が淡く揺れる。
「社長。あの官吏たち、心臓が止まりそうな顔をしていましたね」
「当然だ」
漣司は足を止めずに答えた。
「日本でもそうだったが、会議室は血の出ない戦場だ。
議題と条項が銃弾で、数字が刃物になる」
淡々と語る声に、戦場の緊迫感が滲む。漣司は拳を握りしめた。
この世界に来ても変わらないもの──
それは、制度の支配者が市場を制すという絶対法則。
「この都市で商売をするには、裏金ではなく制度を握る必要がある。
透明性は最大の武器だ。正々堂々、制度の穴を突けば抵抗できる者はいない」
「ええ」
リュシアは横顔をわずかに上げ、口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「そして、その制度を動かせるのは……数字を読む者。
「数字の意味を理解し、どこを切れば誰が死ぬかを見通せる者です」
彼女の瑠璃色の瞳が、夜の始まりを告げる月光で淡く光る。
冷徹でいて、どこか陶酔したような輝き。
戦いの匂いを読み取り、そこに快楽すら覚える狩人の目だった。
そして漣司もまた、その光に応えるように微かに笑った。
会議室で交わされた言葉の応酬は、ただの交渉ではない。
これは都市を動かす制度を巡る攻防──
権力を奪い合う、もう一つの戦争だった。
リュシアの瞳が、月光に煌めいた。
冷徹でありながら、そこには妙な高揚感も宿っていた。
◇
数日後。
二階堂商会はカストリア市内に初の倉庫を開設した。
石造りの建物の壁には、剣と天秤の紋章が掲げられる。
村の小麦袋が次々と運び込まれ、
倉庫番に登録された村人たちは胸を張って働いた。
漣司は倉庫の入口で立ち止まり、遠くを見やった。
――営業許可、倉庫契約、検査立会権。
これは単なる商売の道具ではない。都市でのプレゼンスを確立する第一歩。
「よし、これで都市に足をかけた。次は橋の入札だ」
言葉は静かだったが、その奥に潜むのは確かな攻勢の響き。
橋はただのインフラではない。
物流、税収、利権、そして政治的支配力──都市の喉元を握る巨大案件だ。
リュシアが隣でふっと口角を釣り上げる。
その笑みは、美しくも冷たい刃の煌めきに似ている。
「談合と袖の下の温床ですね。――次の戦場は、土木工事の会議室です」
二人は視線を交わし、倉庫の奥へと歩みを進めた。
剣と天秤の紋章が夕陽に照らされ、都市の石畳に長い影を落とす。
その影は、まるで都市そのものを呑み込もうとするような、
巨大な意志の輪郭のようだった。
しかしこの時、漣司はまだ知らない。
倉庫の開設は取引の始まりではなく──
都市を巡る権益争いの渦に、商会が自ら乗り込んでしまったという事実を。
鉱山税の配分、土木事業の入札、ギルド内部の派閥抗争。
カストリアは静寂を装っているが、その裏では無数の利害が牙を研いでいる。
剣より鋭く、天秤より冷酷な都市の戦場が、彼らを待ち構えていた。
そして、今まさに夕陽に照らされているこの紋章は、
商会が掲げたただの印ではない。
都市の勢力にとっては、新たな競争者の宣戦布告として映っていた。
二階堂商会の影は伸び続ける。
その足跡がいつか都市の中枢へと届き、誰かの利益を脅かし、
誰かの野望を引き裂き、
やがて都市全体の均衡を揺るがす渦を生み出すことを──
二階堂商会の挑戦は、今まさに都市全体を巻き込み始めていた。
市役所が発行する「営業許可証」が不可欠だった。
商人ギルドが流通と市場を握るこの都市において、
その外側で取引を続けることは、緩やかな死を意味する。
流通路を押さえられなければ、
二階堂商会はただの村の雑貨屋で終わる。
漣司はその現実を、誰よりも冷静に理解していた。
彼はリュシアを伴い、市役所の奥――会議室へと足を踏み入れる。
石造りの室内は薄暗く、空気は湿気を帯びて重い。
中央に据えられた長机の向こうには、官吏が三人。
金糸の刺繡が施された衣服。整えられた髭。
そして、言葉にせずとも漂ってくる――袖の下を求める、甘く腐った匂い。
「……二階堂商会、ですかな」
最年長らしき官吏が、油の浮いた笑みを張りつけた。
「新規で倉庫を借りるには、審査料が必要でしてな」
一拍、視線が値踏みするように漣司をなぞる。
「――まあ、規定より多少上乗せしていただければ、
手続きは滞りなく進みますが」
遠回しな言葉。だが意味は露骨だった。
村の長老や小商人なら、ここで黙って銀貨を積む。
それがこの都市で生きる知恵なのだろう。
だが――
漣司は、鼻で小さく笑った。
「随分と分かりやすい審査料だな」
官吏たちの眉がわずかに動く。
「だが残念だ。我々は、違法支出を帳簿に載せる習慣はない」
空気が、きしりと軋んだ。
その隙間を縫うように、リュシアが一歩前へ出る。
「規定の審査料は、銀貨二十枚。――間違いありませんね」
「……そ、そうだが」
官吏の返答は歯切れが悪い。
リュシアは否定も肯定もせず、淡々と続けた。
「ですが、市役所の昨年度決算によれば、審査料収入は銀貨五百枚」
指先で、見えない帳簿をめくる仕草。
「年間二十五件の新規契約。人口、市場規模、流通量を考慮すれば――
明らかに、少なすぎる」
官吏たちの顔色が変わる。
「……つまり」
瑠璃色の瞳が、静かに光を帯びた。
「不正な上乗せが、常態化している証拠です」
官吏たちの顔色が変わった。
リュシアは瑠璃色の瞳を光らせ、淡々と数字を突きつけていく。
「加えて、収支表の雑費項目。
突出して高額で、説明不能な支出が多すぎる」
沈黙。
「このままでは――都市監査で露見するのも、時間の問題でしょう」
官吏の喉が、ひくりと鳴った。
そこで漣司が、ゆっくりと長机に身を乗り出した。
「会議室は戦場だ」
低い声が、石壁に反響する。
「交渉の武器は、金だけじゃない。
数字も、信用も――全部、立派な武器になる」
官吏の一人が青ざめて叫んだ。
「な、何を言うか! 我々を脅す気か!」
「脅してなどいない。ただ事実を述べただけだ。俺たちは正規の審査料を払う」
官吏たちが、息を潜めた。
「その代わり――倉庫契約には、
検査立会いの権利を明記してもらう」
「……検査立会い、だと?」
「そうだ」
漣司の視線は、逃げ場を与えなかった。
「ギルド検査官だけでなく、我々自身も、商品検査に立ち会える。
――これを条項に加えろ。それが条件だ」
沈黙。
室内の緊張は、剣を抜く直前の間合いに等しかった。
その空気を、リュシアが静かな微笑で切り裂いた。
「市の財政は健全化され、
私たちは透明性という武器を得る」
官吏たちを順に見渡し、
「……あなた方にとっても、悪い話ではないはずです」
最年長の官吏は額に汗を浮かべ、
しばし目を閉じ――ついに、首を縦に振った。
「……分かった。倉庫契約を認めよう」
そして、苦し紛れの忠告。
「だが、問題は起こすなよ」
漣司は立ち上がり、背筋を伸ばす。
「安心しろ」
短く、しかし重い声。
「我々は、契約を守る」
一拍置き、言葉を落とす。
「――その代わり、契約を破る者には、容赦しない」
◇
会議室を出た後、リュシアは石畳を踏みながら、ふっと喉の奥で笑った。
夕刻の薄闇が廊下に伸び、二人の影が淡く揺れる。
「社長。あの官吏たち、心臓が止まりそうな顔をしていましたね」
「当然だ」
漣司は足を止めずに答えた。
「日本でもそうだったが、会議室は血の出ない戦場だ。
議題と条項が銃弾で、数字が刃物になる」
淡々と語る声に、戦場の緊迫感が滲む。漣司は拳を握りしめた。
この世界に来ても変わらないもの──
それは、制度の支配者が市場を制すという絶対法則。
「この都市で商売をするには、裏金ではなく制度を握る必要がある。
透明性は最大の武器だ。正々堂々、制度の穴を突けば抵抗できる者はいない」
「ええ」
リュシアは横顔をわずかに上げ、口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「そして、その制度を動かせるのは……数字を読む者。
「数字の意味を理解し、どこを切れば誰が死ぬかを見通せる者です」
彼女の瑠璃色の瞳が、夜の始まりを告げる月光で淡く光る。
冷徹でいて、どこか陶酔したような輝き。
戦いの匂いを読み取り、そこに快楽すら覚える狩人の目だった。
そして漣司もまた、その光に応えるように微かに笑った。
会議室で交わされた言葉の応酬は、ただの交渉ではない。
これは都市を動かす制度を巡る攻防──
権力を奪い合う、もう一つの戦争だった。
リュシアの瞳が、月光に煌めいた。
冷徹でありながら、そこには妙な高揚感も宿っていた。
◇
数日後。
二階堂商会はカストリア市内に初の倉庫を開設した。
石造りの建物の壁には、剣と天秤の紋章が掲げられる。
村の小麦袋が次々と運び込まれ、
倉庫番に登録された村人たちは胸を張って働いた。
漣司は倉庫の入口で立ち止まり、遠くを見やった。
――営業許可、倉庫契約、検査立会権。
これは単なる商売の道具ではない。都市でのプレゼンスを確立する第一歩。
「よし、これで都市に足をかけた。次は橋の入札だ」
言葉は静かだったが、その奥に潜むのは確かな攻勢の響き。
橋はただのインフラではない。
物流、税収、利権、そして政治的支配力──都市の喉元を握る巨大案件だ。
リュシアが隣でふっと口角を釣り上げる。
その笑みは、美しくも冷たい刃の煌めきに似ている。
「談合と袖の下の温床ですね。――次の戦場は、土木工事の会議室です」
二人は視線を交わし、倉庫の奥へと歩みを進めた。
剣と天秤の紋章が夕陽に照らされ、都市の石畳に長い影を落とす。
その影は、まるで都市そのものを呑み込もうとするような、
巨大な意志の輪郭のようだった。
しかしこの時、漣司はまだ知らない。
倉庫の開設は取引の始まりではなく──
都市を巡る権益争いの渦に、商会が自ら乗り込んでしまったという事実を。
鉱山税の配分、土木事業の入札、ギルド内部の派閥抗争。
カストリアは静寂を装っているが、その裏では無数の利害が牙を研いでいる。
剣より鋭く、天秤より冷酷な都市の戦場が、彼らを待ち構えていた。
そして、今まさに夕陽に照らされているこの紋章は、
商会が掲げたただの印ではない。
都市の勢力にとっては、新たな競争者の宣戦布告として映っていた。
二階堂商会の影は伸び続ける。
その足跡がいつか都市の中枢へと届き、誰かの利益を脅かし、
誰かの野望を引き裂き、
やがて都市全体の均衡を揺るがす渦を生み出すことを──
二階堂商会の挑戦は、今まさに都市全体を巻き込み始めていた。
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