スコウキャッタ・ターミナル

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第17章 名誉戦争

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 まばゆいばかりに緑色の麦畑を、空色のバンは気持ちのよい駆動で走っています。
 風も日差しもちょうどよく、エレンは思わず欠伸をしました。大仕事を終えたフラッフィは隣でくうくう寝ていて、ハンドルを握るリンものんびり指でリズムをとっています。前を行く黄色の三輪自動車とは付かず離れずで、このままなら三輪自動車が停まったところでレネを迎えに行けそうです。しかしそれはしばらく先のことでしょう。
 リンには悪いけれど、少しまどろんでしまおうかしら。エレンがそんなことを考えていると、バンの目の前に突如何かが落下して、リンは慌ててハンドルを切りました。そしてその拍子にバンはバランスを崩して、そのままぐらーんと横転しました。幸い刈入れ前の麦畑に倒れたのでそんなに衝撃はありませんでしたが。
「どうしたの!」
「分からない。突然何かが落ちてきたんだ」

 フラッフィとリンの声を聞きながら、エレンは左側が地面にくっついたフロントガラス越しに見える光景に目を奪われていました。さっきよりずっと小さくなった黄色の自動車が町の中に消えていきます。と、また何かが落下してくる異音が聞こえてきました。それに自分を呼ぶフラッフィとリンの声。でも内容が全然入ってきません。エレンはすべてが遠のいていくのが分かりました。しかしやがてそのことすら分からなくなりました。



 気がつくとエレンはベッドで寝ていました。天井も壁も、ベッドも布団も、あるものすべてが黄色い部屋です。エレンは徐に身体を起こしましたが、左肩に激痛が走ったのでそのまま枕に倒れ込みました。すると、黄色い看護服を着た女の子が駆け寄ってきました。年はエレンと同じくらいです。
「ああ、気がついたのね。よかった。あなた、事故で気を失って丸二日眠っていたのよ」
エレンがここはどこかと尋ねると、くるくるした髪のその子はエレンの脈を測りながら答えました。
「ここはウィデ市立病院。大丈夫。敵とは言え、怪我人に乱暴を働いたりはしないから。それと脈は正常よ」
「敵ってどういうこと? 僕は誰とも争ってなんかいないんだけど」
看護師さんは聴診器を耳に当てながら、肩をすくめました。
「いまさら隠す必要ないわよ。あなた、アウディのスパイなんでしょ? 町では大変な噂になっているんだから。あら。呼吸が少し浅いわね。怪我のせいかしら」
「君が何を言っているんだかさっぱり分からないんだけど、そもそもアウディって何なの」
「黙秘権もあるし、知らんぷりを決め込むのもあなたの自由よ。でもみんなに通用すると思ったら大間違い。特にこれから来る尋問官はとーってもこわいんだから覚悟してよね。あ、噂をすればお出ましよ」
看護師が器具を片付けはじめたので、エレンは慌てて彼女を引き止めました。
「僕と一緒に搬送された人はどこの病室にいるの」
しかし少女看護師は、ここへ運び込まれたのはあなた一人だったわと答えました。

 ノックもなくドアが開いて、看護師が軽く会釈をして退出すると、黄色い軍服にオレンジ色のベレー帽を身につけた少年が入ってきました。年はエレンより三つ、四つ年下といった感じで身長はエレンよりずっと低いですが、とても態度が大きく、人を見下しているのが話さなくても分かります。
「お前はあちらのスパイか」
少年は名前を名乗らず、突然尋問を始めました。
「スパイ? 僕はそんなんじゃない。エレン・ブリクセン。普通の男の子だ」
エレンが当てこすりで自己紹介したのに、この尋問官は堂々と無視しました。
「ではなぜあの三輪自動車を追っていた」
エレンはむかっとしましたが、ここは大人な対応をしようと思いました。けれどもやっぱり我慢ならなかったので、最終的にぶすっと答えることになりました。
「あの車に僕の妹が乗っていたから」
「妹? それは人質か。それともこちらへ亡命したのか」
「さぁ。ただ乗りたいから乗っていただけじゃない。でもすぐに僕が連れ帰るよ。だからもうこんな意味のないことはやめてよ」
エレンはこのわけの分からない少年に付き合っている間にも、レネが遠くに行ってしまうのが心配でした。しかしこのエレンの態度は少年を激昂させました。
「私は子どもながら自治を獲得したウィデ市の兵士だ。その私を侮辱するのは市への侮辱も同じ。アウディの者であろうとなかろうと見逃すわけにはいかん。この命賭しても市政のためならば!」

少年が熱り立って携帯していた手榴弾に手を伸ばしたので、エレンは度肝を抜かれました。しかし駆け込んできた老人が、少年兵をあれよあれよと言う間に押さえ込み、その隙に先ほどのナースが慣れた手つきで手榴弾を外へ放り投げたので、エレンは事なきを得ました。さいわい中庭の上空で暴発した手榴弾は、子どもらしい黄色の花火が出るだけの代物でしたが、それでもエレンはほっと胸を撫で下ろしました。だって子どもが本物の武器を持っていて、しかも実際に使用したのです。
「まあまあ兵士さん、そんなに興奮しないで。今日の事は忘れなさい。大丈夫、我々も軍には話しませんから」
老人になだめすかされると、少年兵は顔を真っ赤にして部屋から走り去りました。

「ピストルは取り上げておいたんだけど、まさか手榴弾を持っているとは。ディケーレさん、たすかりました」
「昔身につけたことがまた役に立ってよかった。しかしまだこんな力が出るとはな」
ディケーレと呼ばれた入院患者らしき老人は手を閉じたり開いたりしてみせました。
「まだまだこれからなんだから。もう私を悲しませるようなことは言わないでくださいよ」
看護師の女の子は老人が立ち上がるのに手を貸すと、そのまま部屋を出て行きました。


 その日の午後、エレンは検査室へ向かっていました。ずっと点滴を打っていましたが、ごはんを食べられるようになったので、採血検査を受けることになったのです。それにしてもたった二日寝ていただけなのに、歩くと変な感じです。しかしその違和感すら愛おしく思えて、エレンは思わず鼻歌を歌いました。だって生きてまた自分の足で歩けるって素晴らしいことじゃありませんか。しかしそんなエレンの楽しい気分は採血センターに来て、一気に萎んでしまいました。

 採血室は恐るべきところでした。エレンはこれまでにも採血をしたことがありましたが、ここの採血室は今までに見たどんな採血室とも違っています。もちろんそこは腕にぷすっと針を刺して血を採られるところですが(考えただけでも手に力が入らなくなりますよね!)、まずその規模が並外れています。採血室に来る途中で分かった事ですが、ここは内科だけでも三つか四つある相当大きな総合病院でした。そのため各課からの患者を預かる採血センターは、一度に何人もの血を採れるように大きなスペースを与えられていました。
 それに配置されているのはみな厳しい試験に合格したきびきびした子どもたち。彼らは国際大会で活躍するアスリートのように、いつ順番になってもいいようにコンディションを整えたり、イメージトレーニングしたりしています。
 しかしエレンをもっとも驚かせたのは、その見事なシステムです。何十人もいるこども看護師を等間隔に配した半円型のカウンターに、注射器、採血瓶、脱脂綿に、アルコールの入った容器、絆創膏などが入ったボックスが看護師の人数分用意されているのはもちろんのこと、カウンターの奥には採取した血液を検査室に運ぶベルトコンベアーが流れていました。しかもこのベルトコンベアーはただ運搬するだけでなく、採血した血が固まらないよう、採血瓶を小刻みに振動させる装置までついているのです。だから元々注射が得意でないエレンは、名前を呼ばれると緊張が最高潮に達して、採血前から血が引いていく思いでした。

 エレンが呼ばれたカウンターにいたのは中学生くらいのむちむちした少年で、エレンは一瞬大人の男の人かと思いました。しかし彼が腕を出すよう指示したとき、その声が少年合唱団のような美しいボーイソプラノだったので、彼もまだ子どもなのだと分かりました。
 さてそのソプラノ看護師に言われてエレンは腕を出しましたが、緊張のせいか少し震えてしまいました。そこで少年看護師は気を遣って、ロボットの方がいいですかと聞いてくれましたが、奥で仕分けをしていたナースロボットがウイーンと首を真後ろに向けるのを見て、エレンは首をぶんぶん横に振りました。いくらミスがないとは言え、やはり採血というのは熟練でも新人でも、きちんと勉強をしたハートのある人間にやってほしいものです。自動車工場でねじを高速でまわすのと同じ要領でやられてはたまりません。
 エレンは目を瞑って臨みました。しかし看護師はいつまで経っても針をさしません。無駄にこわがらせずやってほしいとエレンが催促しようとしたその瞬間、ソプラノ看護師は鈴を転がすような美しい声でお大事に、と言いました。それは本当にあっと言う間の出来事で、エレンは腕が麻痺したのかと疑ったほどでした。 


 エレンが次に向かったのは、手榴弾処理をやってのけた看護師・ニカが教えてくれたドクター・ブッシュの部屋。ブッシュ氏は年取ったシロヤギで、元々細い目の上に長い眉毛が被さっていて、きちんと見えるのかさえあやしいお医者さんでしたが、不幸にもエレンの予想は的中して、ドクター・ブッシュは信じられないことを言いました。
「さて君は何の病気ですかねェー」
ブッシュ医師がなにかを噛んでいるように口をゆっくり動かし続けたので、エレンはしばし見入ってしまいましたが、それでも気を取り直してきちんと答えました。
「それを診てもらいにきたんですけど」
しかしブッシュ氏は耳が遠いのか、なんだってェと聞き返してきました。エレンは先ほどのことばを伝えるのは断念して、事故にあって左肩が痛いことを伝えました。
「それじゃ骨折か、打撲ですかねェ。とにかくレントゲンを撮りましょう。診断はそれができてから」
ドクター・ブッシュはそう言うと、顔を近づけたり遠ざけたりしながらカルテを書きはじめましたが、白衣の胸ポケットに丸い縁なし眼鏡が入っていることをエレンは特に伝えませんでした。


 レントゲンを終えて病室に戻ると、ちょうどニカがシーツを取り替えているところでした。ニカが問診はどうだったか聞いてきたので、レントゲン待ちだけど、あの先生じゃない人に診てほしいとエレンは答えました。
「やっぱりそうだと思った! 私もあの先生、変わっていると思うわ。でもみんなそのことに気がつかないからずっともやもやしていて。でもエレンが理解してくれたからもういいわ」
「それじゃ君はわざとあの医者を紹介したの?」
「どうせレントゲンを撮らないと診断できないんだから、最初はどの先生でもよかったのよ」
ニカがぺろっと舌を出したので、エレンは信じられないと言いましたが、やがて二人はお腹を抱えて笑いました。すると突然、向いの部屋から悲鳴が上がりました。

 悲鳴が聞こえてきた部屋に二人が駆け込むと、軍曹からエレンをたすけてくれたディケーレ老人がベランダのフェンスに登って喚いています。
「わしはもう生きている意味がない。悲しさに耐えて暮らすくらいならいっそのこと死にたい」
老人が握っていたカーテンを手放したので、まわりの看護師たちは悲鳴を上げたり、目を覆ったりしました。しかしディケーレ老人はまだフェンスに立っています。
「ディケーレさん、早まらないで! お嬢さんはきっと来るわ」
ニカがこう言うと、ディケーレは口をへの字にして首を横に振りました。
「今まではわしの手紙が届かないせいで会いに来ないんだと思っていた。しかし今日返信が届いた。先が長くないとしてもお父さんのしたことは許せない、会いに行かないと書いてあった」
ディケーレは握っていた手紙を中庭に投げ捨てました。
 手紙はゆっくりとジグザグに舞い落ちて、老人はわっと泣き出しました。しかしその瞬間をニカとエレンは見過ごしませんでした。

 子どものお医者さんによって鎮静剤を打たれたディケーレ老人が眠ってしまうと、ニカはエレンを病室まで送りました。
「肩の怪我は大丈夫だった? びっくりしたでしょう。でも今日にはじまったことじゃないのよ」
「僕は平気。でもまあ驚いたことは驚いた。朝はあんなに明るかったから」
深く一回頷くと、ニカはディケーレ老人が入院しているわけを話しました。


 ディケーレはもともと娘のターセとともに別の町に住んでいました。しかしあるとき二人の間に何か衝突があって、幼いターセちゃんは子どもに自治権があるウィデ市に引っ越し、二人はそれきり絶縁状態になりました。それから何年も経ったある日、ディケーレ老人は娘に一目会おうと勇気を出してこの町を訪れました。けれどもここはこどもの自治市。とっくに大人になったターセは町を出ていました。それでも娘のことが知りたい老人は熱心に聞き込みを続けました。しかしそれはちょうどウィデ市と隣接するアウディ市との関係が急速に悪化していた頃だったので、ディケーレは運悪く流れ弾に当たって足を怪我してしまいました。
幸い怪我自体はそんなにひどくなかったのですが、運び込まれた病院でターセの連絡先が分かったことがディケーレの心の病を悪化させることになりました。
 ディケーレのカルテをしまうときに、偶然同じパックスという苗字の別のカルテが存在することが分かったのです。それはもちろんターセのカルテで、さらにそのカルテのコピーを最近別の町の病院に送ったことまで判明しました。そこでディケーレ老人はカルテを取り寄せた医師に手紙を送り、ターセの住所を探り当てました。しかし手紙を送っても送ってもターセからの返信はなく、最初は手紙が届かないだけだと強気だった老人も、ターセが無視していることを認めざるをえなくなり、時々ニカに弱音を吐くようになりました。

「それでも心のどこかで何かの手違いだと信じていたと思う。今日の手紙が届くまでは」
ニカのことばは言い得て妙でした。そうでなければあんなに取り乱すはずありません。
「足の怪我はご覧の通りだけど、一人にするのは心配で。かといってうちの病院は人生経験の浅い子どもセラピストしかいないから、できるのは薬物療法ばかり。ちゃんと根治させてあげたいんだけど・・・あ、君にぼやいても仕方ないよね。ごめん、ごめん」
弱みを見せたくないのか、ニカは徐に立ち上がると、ぐっと伸びをしました。そしてそろそろ帰ろうかな、今日は当直開けだし、と呟きました。そこでエレンは思い切って口を開きました。
「ねえ。どうしてウィデ市とアウディ市は争っているの。領土争い? 信条の違い? それともどちらかが先にひどいことをしたの? ディケーレさんも僕も巻き込まれてここに来たのに、何も知らないのは悔しくて」
「さぁどうして戦争をしているのかしら。もともとの発端は分からないわ。でも少なくとも、二つの市ができた頃はうまくやっていたのよ。子どもたちによる自治という理念は一致していたし、昔は壁もなく、人の往来は自由だった。でももうこうなると手を引けないわよ。だってそうしたら自分たちがやられるでしょう。最近はおもちゃも近代化がすすんでいるし」
ニカはそんなことを聞くなんてまったく変わっているとでも言うように、肩をすくめました。


 次の日、エレンはまた診察室にいました。レントゲンができたので、改めて診てもらうことになっていたのです。今日の担当は昨日ニカに文句を言っておいたせいか、若すぎる博士みたいなドクターで、彼は指差し確認をしながらエレンの怪我が打撲だと診断しました。
 服を着ながら、今後の治療方針について聞いていると、カーテン一枚で隔ててある隣の診察室から聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきます。エレンは服の袖を通すときに腕がぶつかってしまった体で、カーテンを細く開けました。
 カーテンの向こうにいたのは、なんとリンとフラッフィでした。ベッドの縁に手をついて突き出したフラッフィのお尻に、ドクター・ブッシュが綿をつめています。
「リン! フラッフィ!」
エレンが思わずカーテンを開け放つと、頭部に包帯をしたリンも、泣きべそをかいていたフラッフィも飛び上がって喜びました。ヤギ先生の方は、瓶底眼鏡の奥のお目目を大袈裟にぱちくりすることしかできませんでしたが。
「二人ともどうしてここに?」
「話せば長いけど、話すほかない!」
持っていた包帯用テープを放り投げると、二人の呆気にとられたドクターを無視して、リンはエレンを連れ出しました。


 リンの話では、エレンと二人が離ればなれになったのは、こういうわけです。横転したミニバンでエレンが意識を失っていたとき、ファンファンファンファンという音がして、一台の青パトカーがやってきました。パトカーから出てきたのは青い警察服を着た小さなブルドッグで、彼は歪んだバンからリンとフラッフィを助け出しました。しかしエレンを救出している途中でまたあの爆撃がはじまり、ブルドック警視は撤退を余儀なくされました。そこでおまわりさんはまだふらふらしているリンとフラッフィを次々後部座席に押し込むと、青の塀に囲まれたアウディ市に逃げ帰りました。
 あとになって分かったことですが、黄色の三輪自動車の後ろを走っていたエレンたちの青いバンは、黄色のウィデ市の車を追い回していると勘違いされていました。黄色はウィデの、青はアウディのシンボルカラーなのです。本来あの道は非武装地帯でしたが、ここ最近緊張状態が続いていたので、黄色のウィデ市は早まってエレンたちを攻撃しました。
 エレンたちがどちらの側でもないことを、青のアウディ警備隊員たちは理解していたので、中立民間人を救出すべく、百戦練磨のブルドック警視が派遣されることになりました。しかしこのパトカーの出動はかえって火に油を注ぎました。あの空色のミニバンはやはりアウディのものだと言っているようなものだったからです。そういうわけで、もともと燻っていた両市はとうとう全面戦争を宣言しました。最後の聖域だった非武装地帯で武力衝突が起こったので、もうあとには引けなくないというわけです。
 当初ブルドック警視は、リンとフラッフィに、エレンとすぐに再会できると話していました。しかし警視の思惑とは真逆に事がすすむので、三人の再会は日ごとに困難になっていきました。

 さらにリンとフラッフィは、敵でないことを証明するためにアウディ軍への入隊を余儀なくされました。ウィデ市の者でないならウィデ市と戦えるはずだというのです。二人はどちらの味方でもないので本当は誰とも戦いたくありませんでした。しかしエレンと再会できるまでは他のところへ行けないし、かといって敵国のスパイでないことを立証できない以上、アウディの中で襲われるかもしれません。二人は入隊を甘受しました。

 最初は子どもの喧嘩程度にしか思っていなかった二人でしたが、前線に出て、予想以上の凄惨さにことばを失いました。最前線はロボット兵たちの戦場なのですが、彼らはドリルやチェンソーのような生身の人間があたったらひとたまりもない武器で互いに傷つけ、破壊しあっていたのです。しかしいたるところに転がるロボットの亡骸より二人が心を痛めたのは、ロボットをコントロールする子どもたちの言動です。管制塔に配備された、まだ身体を張って戦えないようなあどけない子どもたちが死ね、殺せを連呼するのです。事故後だからという理由でこのパイロット班に配属された二人でしたが、数時間もすると居たたまれなくなって他の部隊への転属を申し出ました。

 次に二人が配属されたのは後方の投げ合い部隊でしたが、ここでの武器は日常的に家庭にあるような、さほど危険ではないものでした。子どもの戦争らしく、刃物や火器は禁止されていたのです。しかしそれ以外のものは何でも飛んでいました。野球バットに、積み木、クレヨン、タンバリン。子ども部屋にあるようなものが、人を傷つけるために投げられていきます。リンとフラッフィは投げるのをうまくさぼりましたが、防御をすっかり忘れていて、リンは飛んできた豆腐が頭にぶつかり、フラッフィは犬に噛まれた拍子におしりの綿が飛び出しました。
 戦場で「勲章に値する」怪我―といってもつばをつけておけば治ってしまうようなかすり傷なのですが―を負ったリンとフラッフィは、有能な衛生兵の迅速な処置でことなきをえました。しかし自分のキャリアに傷がつくのをおそれたジェネラル少年将軍は、自分の連隊に負傷者が出たことが明るみになっては一大事と、二人を病院に極秘搬送しました。しかし病院は負傷者多数で混乱を極めていました。そこで二人はこの機会を逃さず、同じ非武装地帯にあるこの黄色い病院に潜り込みました。もしかしたらウィデ市に拘束されたエレンに会えるかもしれないと思ったのです。

 エレンはリンの話にいちいち驚かないわけにはいきませんでした。だって自分が入院している間に、自分たちのせいで戦争が始まったなんて誰が思うでしょう。しかもリンとフラッフィが戦場に出て負傷したのです。
「戦争が始まっているなんてまったく気がつかなかった」
「ここは非武装地帯だし、なんていったって病院だからね。危険とは最も縁遠い・・・痛っ!」
ちょうどお尻の綻びをリンに縫われていたフラッフィは、顔を梅干しみたいにしわくちゃにしました。
「そうさ。そんなことを気にする必要はない。なにはともあれ再会できたんだ。エレンの具合も悪くなさそうだし、早いところこんな物騒なところからおさらばしよう」
 

 その日の治療スケジュールをこなしてしまうと、三人は久しぶりの三人の時間を満喫しました。病院食とはいえ、久しぶりに友達と食べるご飯はそれだけでおいしく感じられましたし、フラッフィのドクター・ブッシュのモノマネはなかなかのものでした。しかしフラッフィのものまねにリンが突っ込みを入れていると、三人を後ろから足早に追い越す人がいました。それはディケーレ老人の病室に入っていくニカでした。エレンは嫌な予感がして、二人に先に戻るよう伝えると、急いでニカを追いました。

 エレンの病室にいるしかなかったリンとフラッフィはなんだか複雑な気持ちでした。エレンが人助けするのはもちろんいいことですが、いつまでかかるとも知れない人助けに付き合うほどリンには余裕がありません。なにしろリンを生贄にしたがっている妖精の女王が、いつ現われるか分からないのです。それに自分たちと離れている間にエレンに友達ができたのは喜ばしいことですが、なんだかその子にエレンをとられたようにも感じました。
「死ぬ死ぬ言っている人って絶対死なないから付き合うことないと思うよ」
フラッフィがぼそっとこう言うと、リンは生返事をしました。
「それって僕に対する嫌味? でもまあ僕もそう思うよ。これまで色んな人に会ったけれど、死の恐怖を克服できるほど強い人間というのは見たことがない」
「誰だって意味もなく死ぬのは嫌だよ。ただ誰かのためなら死んでもいいと思う人もいる。それが真実の愛ってものなんじゃないの。ディケーレさんは違うけど」
「そうかもしれない。でも僕はそういう人に巡り会えない。だからこうして時間が止まったままなんだけれど」
「リンの考え方ってなにか間違っているよ。聞いていると苛々する」

二人がリンの恋愛観について議論を交わしていると、エレンが泣き腫らした目をして戻ってきました。リンとフラッフィは自分たちの不謹慎さにぞくっとしました。そしてお葬式だけ出てから発ちたいというエレンのことばを聞いて、それは羞恥心に変わりました。リンとフラッフィはなんとことばを掛けていいか分からず、ただうなずくことしかできませんでした。 
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