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「だって俺、男子校やぞ」
「初耳」
「ずーっとむさ苦しい男ばっかの空間から、やたらと華々しい大学来て、いきなり瀬奈みたいな可愛らしいコに話しかけられたら──その場で惚れるに決まってるやんか」
「可愛らしい、って」
楢村くんが私の耳を噛む。がじがじがじ。私は身を捩って彼の腕から抜け出そうとするけど、全然無理。
「っ、ひゃあん」
は、と楢村くんが小さく息を吐く。
「何、その声。ヤらしすぎ」
「く、くすぐったいんだって」
「こそばいだけ?」
楢村くんの舌が、耳殻を剃っていく。ぬるぬるとしたその感触に、ずくりとお腹の中心がうずく。
「ぁ……もうっ」
私は楢村くんの肩を押す──さすがに。さすがに、今はだめ。
「結婚式でしょう!」
というか、今からブーケトスなのに!
「忘れてた」
「うそ!」
私の言葉に、白のタキシード姿の楢村くんが眉を上げた。私はあの日と同じ、真っ白なウェディングドレス。
「もう、ほんと何考えてるのか全くわかんない」
楢村くんは一瞬口を開いて、それから気まずそうに目線を逸らす。それを見て、私は吹き出してしまう──だって、だって!
『あれはな、オレとのババ抜きのせいやねん』
エリさんが教えてくれた、楢村くんの無表情の理由──遡ること、約二十年前。彼らがまだ、小学校低学年だった頃のこと。
『ババ抜こうとすると、こう、ニヤッて笑うんよな。つうか感情めちゃくちゃ分かりやすかって、それ指摘したらな、あいつアホやから修行する言い出してん』
楢村くんは難しい顔をして口に手を当てていた。しばらくして、軽く首を捻る。
『……そんなんあったっけ?』
『あったやん。ほんでコーセーお前、普段から笑わんようにして──』
なんとなく、癖になってしまったらしい。
二十年も。
『覚えとらん!』
『な? セナさん、こいつアホやろ』
アホやけど末長くよろしくな、とエリさんが笑って。
私はなんというか、人生で初めてこの台詞を口にしそうになったのだった──『なんでやねん!』
「楢村くんは笑う練習、した方がいいよ」
北野の異人館をリフォームして作られた結婚式場、その二階の控室で、私はさっきまで私の耳を噛んでいた楢村くんのほっぺたを摘む。
「……笑ってるつもりなんやけど」
「全然だよ。表情筋、永久凍土だよ」
「嘘やん」
「──あの。怖い顔だと嫌われるよ」
楢村くんは、その目にちょっと情けなさそうな色を浮かべて、私の指先をきゅっと握る。
「瀬奈に……?」
その視線が捨てられた子犬とかを連想させて、私はなんだか照れてしまう。
「べ、別にっ? ……わ、私は嫌わないけど」
「せやったら誰に?」
じっと楢村くんを見上げる。バルコニーに続く、磨き上げられた格子のガラス戸からは水色の春の陽射し。ガラスの向こうには、まだほのかに白いソメイヨシノ。
私が唇を開いたところで、ノックの音がしてスタッフさんが入ってくる。
「新郎様新婦様、ご準備よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
返事をしながら、彼女が持っていたブーケを受け取る。白と水色の、まるで今日の陽射しみたいなふんわりしたブーケ。
スタッフさんが格子戸を開けてくれる。
楢村くんが私の手を取って、バルコニーに出て──私は下の中庭に集まってくれてる招待客に、小さく会釈をした。
「あのね」
ん? と楢村くんが視線をこちらに向ける。私は小さく笑って、彼の手を自分のお腹に当ててあげる。
「──笑ってとは言わないけど、あやす練習くらいはしてくれる?」
「……まじ?」
「本当」
「……どうしよ。めっちゃ嬉しい」
「え」
あまりに衝撃的なものを見てしまったせいで、私は明後日の方向にブーケをぶん投げてしまう。
青空に、白く花が輝いて──桜の花びらが、ふわふわと風に乗って──
(あ)
変な方向に放射線を描いたブーケは、ぽすんと楢村くんのお母さんの腕の中に。
慌てたようにバランスを崩したお母さんを、製造部長の田中さんが支えて──二人とも、赤くなって。
「え? あれ?」
「いちばん毒されてんの、おかんやろってな──」
楢村くんは少し意味が分からないことを言う。
「まあ親父もさすがに許すやろ。二十五年も経ってるんやし──俺やったら化けて出るけど」
「あ、うわ、そうなの!?」
お二人ってそんな感じだったの──!?
「さあなあ」
「……っていうか! ていうか楢村くん!」
思わず叫んだ私に、楢村くんが不思議そうに目を細めた。
「どないしたん」
「え、だって、いま、いま……笑ってたよ」
「誰が」
「楢村くんが」
楢村くんは「?」を浮かべて自分の頬に触れる。
「いや……だから笑っとるって、俺は。常に」
楢村くんはひどく真面目な顔をしていて──それが面白くて、楽しくて、私は笑う。
声を出して、笑ってしまう。
「笑ってないよ!」
「笑ってたんちゃうんか」
「笑ってたよ!」
きらきらと春の陽射しが降ってくる。
私はみょーに楢村くんの笑顔がツボに入っちゃって、ウエディングドレスでお腹を抱えてケタケタ笑ってる。
「どっちやねん」
そう言って──もういちど、彼が笑った。
「初耳」
「ずーっとむさ苦しい男ばっかの空間から、やたらと華々しい大学来て、いきなり瀬奈みたいな可愛らしいコに話しかけられたら──その場で惚れるに決まってるやんか」
「可愛らしい、って」
楢村くんが私の耳を噛む。がじがじがじ。私は身を捩って彼の腕から抜け出そうとするけど、全然無理。
「っ、ひゃあん」
は、と楢村くんが小さく息を吐く。
「何、その声。ヤらしすぎ」
「く、くすぐったいんだって」
「こそばいだけ?」
楢村くんの舌が、耳殻を剃っていく。ぬるぬるとしたその感触に、ずくりとお腹の中心がうずく。
「ぁ……もうっ」
私は楢村くんの肩を押す──さすがに。さすがに、今はだめ。
「結婚式でしょう!」
というか、今からブーケトスなのに!
「忘れてた」
「うそ!」
私の言葉に、白のタキシード姿の楢村くんが眉を上げた。私はあの日と同じ、真っ白なウェディングドレス。
「もう、ほんと何考えてるのか全くわかんない」
楢村くんは一瞬口を開いて、それから気まずそうに目線を逸らす。それを見て、私は吹き出してしまう──だって、だって!
『あれはな、オレとのババ抜きのせいやねん』
エリさんが教えてくれた、楢村くんの無表情の理由──遡ること、約二十年前。彼らがまだ、小学校低学年だった頃のこと。
『ババ抜こうとすると、こう、ニヤッて笑うんよな。つうか感情めちゃくちゃ分かりやすかって、それ指摘したらな、あいつアホやから修行する言い出してん』
楢村くんは難しい顔をして口に手を当てていた。しばらくして、軽く首を捻る。
『……そんなんあったっけ?』
『あったやん。ほんでコーセーお前、普段から笑わんようにして──』
なんとなく、癖になってしまったらしい。
二十年も。
『覚えとらん!』
『な? セナさん、こいつアホやろ』
アホやけど末長くよろしくな、とエリさんが笑って。
私はなんというか、人生で初めてこの台詞を口にしそうになったのだった──『なんでやねん!』
「楢村くんは笑う練習、した方がいいよ」
北野の異人館をリフォームして作られた結婚式場、その二階の控室で、私はさっきまで私の耳を噛んでいた楢村くんのほっぺたを摘む。
「……笑ってるつもりなんやけど」
「全然だよ。表情筋、永久凍土だよ」
「嘘やん」
「──あの。怖い顔だと嫌われるよ」
楢村くんは、その目にちょっと情けなさそうな色を浮かべて、私の指先をきゅっと握る。
「瀬奈に……?」
その視線が捨てられた子犬とかを連想させて、私はなんだか照れてしまう。
「べ、別にっ? ……わ、私は嫌わないけど」
「せやったら誰に?」
じっと楢村くんを見上げる。バルコニーに続く、磨き上げられた格子のガラス戸からは水色の春の陽射し。ガラスの向こうには、まだほのかに白いソメイヨシノ。
私が唇を開いたところで、ノックの音がしてスタッフさんが入ってくる。
「新郎様新婦様、ご準備よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
返事をしながら、彼女が持っていたブーケを受け取る。白と水色の、まるで今日の陽射しみたいなふんわりしたブーケ。
スタッフさんが格子戸を開けてくれる。
楢村くんが私の手を取って、バルコニーに出て──私は下の中庭に集まってくれてる招待客に、小さく会釈をした。
「あのね」
ん? と楢村くんが視線をこちらに向ける。私は小さく笑って、彼の手を自分のお腹に当ててあげる。
「──笑ってとは言わないけど、あやす練習くらいはしてくれる?」
「……まじ?」
「本当」
「……どうしよ。めっちゃ嬉しい」
「え」
あまりに衝撃的なものを見てしまったせいで、私は明後日の方向にブーケをぶん投げてしまう。
青空に、白く花が輝いて──桜の花びらが、ふわふわと風に乗って──
(あ)
変な方向に放射線を描いたブーケは、ぽすんと楢村くんのお母さんの腕の中に。
慌てたようにバランスを崩したお母さんを、製造部長の田中さんが支えて──二人とも、赤くなって。
「え? あれ?」
「いちばん毒されてんの、おかんやろってな──」
楢村くんは少し意味が分からないことを言う。
「まあ親父もさすがに許すやろ。二十五年も経ってるんやし──俺やったら化けて出るけど」
「あ、うわ、そうなの!?」
お二人ってそんな感じだったの──!?
「さあなあ」
「……っていうか! ていうか楢村くん!」
思わず叫んだ私に、楢村くんが不思議そうに目を細めた。
「どないしたん」
「え、だって、いま、いま……笑ってたよ」
「誰が」
「楢村くんが」
楢村くんは「?」を浮かべて自分の頬に触れる。
「いや……だから笑っとるって、俺は。常に」
楢村くんはひどく真面目な顔をしていて──それが面白くて、楽しくて、私は笑う。
声を出して、笑ってしまう。
「笑ってないよ!」
「笑ってたんちゃうんか」
「笑ってたよ!」
きらきらと春の陽射しが降ってくる。
私はみょーに楢村くんの笑顔がツボに入っちゃって、ウエディングドレスでお腹を抱えてケタケタ笑ってる。
「どっちやねん」
そう言って──もういちど、彼が笑った。
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